1.謀略
「キミたちは村の英雄だ。そして、これからは世界の英雄となっていくのだろう」
アリスの叔父であるニールが、俺たちに向かってそう言った。
あの事件から一週間が経過。村には平穏が戻り、しかし少女の力が目覚めたことにより、世界には大きなうねりが発生した。勇者が誕生したことは、すでに魔族に伝わっているだろう。それはすなわち、魔族と人間による戦争の始まりだった。
「はい、叔父さん。私たちは、必ずや魔王軍を討ち果たします」
「あぁ、頑張るんだよ。アリス……そして――」
ニールはにこやかにアリスへ語りかけ、
「――アリスのことを頼むよ。レオくん」
俺に向かって、そう言った。
それに対して無言で頷く。まるで、大きな決意をしたかのような表情で。そして、ゆっくりとこう言葉を紡ぐのであった。
「俺がアリスを導きます。それが、役目なのですから」――と。
◆◇◆
状況を説明すると、俺はアリス――勇者の導き手として、パーティーに潜り込んだのである。表向きは彼女を陰ながらに助け、その実は少女のことを操るのだ。
今日はその第一歩を踏み出したところ。
旅立ちだった。
「そういえばあの盗賊団はその後、どうなったのでしょう?」
「あぁ、あの盗賊団か」
そんな折にアリスは、森の中を歩きながら思い出したように言った。
それは一週間前の戦いの、後のこと。俺は彼女に、優しく諭すように答える。
「俺があの後、あそこに残っただろう? 今後、村に手出しをしないことを約束させたんだ。意外と話が分かる奴らだったからな、助かった」
「そうなんですね! 平和的に解決できたのなら、良かったです!」
――もちろん、嘘っぱちだが。
ダンの『ギフト』を強奪した後、俺は残りの盗賊の息の根を止めて回った。
以前の俺ならばとても出来ない芸当だ。だが一人残らず殺しつくしていくのは、ある種の快楽を覚えた。俺の『強奪』を知られないために行ったことだが――これはクセになりそうだ。もっとも、大きな目標に向かうまでの些事にすぎない。
したがって、俺は殺人鬼に堕ちることはない。
俺は復讐者であるのだから……。
「ところでアリス――一つだけ、いいか?」
「はい、なんでしょうか?」
そこでふと、俺はアリスにそう声をかけた。
すると少女は無垢な眼差しをこちらへと投げながら、小首を傾げる。
「今後あのような騒動が発生した時は、俺がまず一人で交渉をすることにしよう。アリスは勇者であるとはいえ、まだ経験も少なく幼い。相手にも舐められてしまうからな。――難しいかもしれないが、俺のことを信頼してほしい」
そんな彼女に俺はそう伝えた。
それは、まず交渉の窓口には俺が入るということ。
不測の事態なら仕方ないが、正義感の強いアリスに何でもかんでも先に動かれては面倒だ。思ったように行動するためにも、主導権を握っておく必要があった。
俺の提案に、少女は少しだけ考えてから答える。
「分かりました! 大丈夫です。私はレオさんのこと、信用してますから!」
「そうか。それなら、安心だな」
「はい!」
元気いっぱいに。
それを聞いて、俺は優しく笑みを作った。
無邪気ながらも、それ故に疑うことを知らないこの少女は利用しやすい。心の底ではそう考えるものの、口には当然出さなかった。
だが面白いように騙される彼女が、可笑しくて仕方ないのも事実。
そのため、俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「それにしても、ずいぶんと信じてもらってるみたいだな。俺のことを」
本当に何気なく、アリスにそう声をかける。
すると彼女は途端に赤くなって、
「そ、そそそれは当然です! だって私は、レオさんのことが――」
そう言ったかと思えば、今度はキュッと縮こまってしまった。
声は次第に小さくなって最後まで聞き取れない。
「……ん?」
そのことに違和感を抱いた俺は、なにがどうしたのか、問いかけようとした。
その時だった。唐突に、森の奥から――。
「だ、誰か! 助けてくださいっ!」
そんな、女性の声が聞こえてきたのは。
分かり易く助けを求めたそれに、俺は思考を持っていかれた。
そしてそれはアリスも同様だったらしい。彼女は俺の顔を見上げて、
「レオさん……!」
なにかを訴えるように、そう名前を呼んできた。
「ふむ。まぁ、仕方ないか……」
俺は自分にしか聞こえない声でそう口にする。
ここで声の主を助けないようなことをすれば、アリスからの信用を失いかねない。それは今後のためを考えると、大きな損失だと考えられた。
だとすれば、ここは女性の救出に向かうのが最良か……。
「……分かった。行くぞ、アリス」
「はい! 行きましょう!!」
俺がそう口にすると、ニールから授けられた剣を引き抜いてアリスが答えた。
どうやら、この判断は正解だったらしいな。
そう打算的な思考に塗れながら、俺は駆け出す。
声のした方へと向かって。