3.芽生えた悪意
――『選定』というギフトについて。
それは様々あるギフトの中でも、最も異質でありかつ、同時に高尚なもの。
神から選ばれし者にのみ授けられる特別な証。世界を救済するための、ありとあらゆる力を秘めた可能性とも呼べるものだった。
俗に『勇者』と呼ばれる存在となり、魔族を討ち果たす。
世界のバランスを保つ機構。それが――。
「――アリス・マーガロイド」
俺は真っ暗な部屋の中で、ベッドに仰向けに転がって天井を見上げていた。
少女の名を口にして、先ほど知った事実を確かめる。
「あんな小さな子供が、いずれ『勇者』となる。そして俺たち魔族を滅ぼす存在に――か、お伽噺よりもお伽噺みたいだな。ちっとも、笑えない」
本来であれば、魔族としてアリスの抹殺を企てるのが常道だ。
だがしかしその時、俺の中ではある考えが浮かんでいた。これはもしかしたら、自身の復讐の助けになるのではないか、と。そのために、あの少女は利用価値があるのではないか、と。
俺の『ギフト』は『強奪』だ。
しかし、ここで『選定』を奪うのは味気なく、同時に悪手だと考えられた。
「く、くくく……! これは、面白くなさそうだ」
あぁ、一つ思い至った。
最大限にあの少女を利用し、己が復讐を果たすその方法。そのために――。
「――俺は、陰になる」
それは、この上なく悪意に満ちた始まりだった。
◆◇◆
そして事態は、早くも動き出す。
俺がマリノー村にやってきてから数日後のことだった。
「レオさん! 大変ですっ!」
ベッドで寝転んでいる俺のもとへ、大慌てなアリスが飛び込んできた。大きく肩で呼吸する少女の姿に、こちらはほんの少しだけ驚いたものの、
「どうしたんだ。そんなに慌てて……」
平静を保ってそう答える。
気だるげな様を装ったのは、アリスより優位に立つためだ。
おもむろに身を起こした俺は、しっかりと彼女の円らな瞳を見つめ返す。そこに浮かんでいたのは明らかな動揺だった。これは、どうやら『転機』がきたらしい。
「大変なんです!」
「だから、なにが大変なんだ。いいから落ち着け」
「は、はい! すみません――その、えっと……」
「一つずつで良い。現状を把握して、頭の中で咀嚼して、理解しろ」
俺が言うと、少女は何度か大きく頷いた後に深呼吸をした。
そして、意を決したようにこう口にする。
「盗賊が、村に攻め入ってきたんです!」――と。
それを聞いて、こちらは「盗賊……?」と、小さく漏らした。
あくまで初めて盗賊の存在を知ったかのように。夜に村を抜け出して、周辺の変化を察知していたことを隠した。これは、俺の思い描いた画なのだ。
そう。何故ならこれは――。
「村の少ない金品を持ち出して、足りないって言って、女性をたくさん連れ去って行ったんです! 男の人たちも、歯が立たなくて……」
泣き出しそうなアリス。
その姿を見て、俺は小さくほくそ笑むのだった。
何故ならそう――盗賊がこのマリノーを攻めるように仕向けたのは、他ならぬ俺なのだから。姿を偽装し、盗賊団に紛れ込み、嘘の情報を流した。
――この村には莫大な金がある、と。
ならば、どうしてそのようなことを仕掛けたのか。
それはアリスの『選定』の力を開花させるためだった。彼女のギフトは一種独特な物であり、自身や周囲に危機が迫らなければ、目覚めることはない。
最悪の場合、その力が目覚めることなく生涯を終える可能性があった。
それでは俺の計画に支障が出てくる。
「――アリス。話がある、いいか?」
「レオ、さん……? いったい、どうしたんですか?」
だったら、どうするか。
簡単な話だ。こちらから、危機的状況を用意してやればいい。
そして俺は目覚めたアリスを導く。素性を隠し、あたかも仲間のように。そうして彼女の力が育つのを陰ながらに、手助けするのだ。
すべては、己が復讐を果たすために――。
「いよいよ、アリスが必要になった、ということだ。あとは分かるな?」
腹の底にある黒い感情を抑え込み。
あくまで人間としての顔をして、真摯に少女に語りかけるのだった。
「さぁ、世界が待っているぞ」――と。
次の更新は明日の昼ごろに!
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