2.それぞれの『ギフト』
「なるほど、レオさんは森に住んでいたのですね?」
「あぁ、そうだ。長いこと一人暮らしだったが、それも退屈になったからな。せっかくだし、一番近くにある村にでも出てみようと思ったんだ」
「ふむふむ。それで、このマリノーにやってきたのですか」
「そういうことになる」
俺は一人の村娘と話していた。
森の中を進んでいると、水を汲みにきた少女と遭遇したのだ。
名前はアリス・マーガロイド。金髪に蒼い瞳、花柄のワンピースを着た小柄で華奢な女の子だ。花のような愛らしい笑みを浮かべながら、彼女は俺を見上げる。
「外からやってくる人なんて初めてです! ゆっくりしていってくださいね!」
「あぁ、ありがとうな」
明るい声色でそう言って、アリスは少し先に行ってしまった。
どうやらここがマリノー村の入口らしい。苔や蔦まみれの柵を越えると、いくつかの民家が見えてきた。少女はその内の一つ――比較的大きなそれだ――のドアをノックする。すると中からは、一人の男性が現れた。アリスはこちらを指差して、なにか説明している。
「ふむ……」
どうやら、その様子から察するに。
男性は少女の父親、あるいはそれに相当する人物のようだった。
「やあ、レオくん――で、いいのかな。アリスが世話になったね」
その人物はこちらにやってきて、気さくにそう言う。
「いいや。俺はあくまで水を運ぶのを手伝っただけだ」
「それでも助けてもらったのには、変わりないさ」
「……そうか」
俺は手に持った二つの桶のうち一つを男性に渡しながら、小さく答えた。
受け取った彼は、ニッコリと笑ってこう名乗る。
「私はニール・アドルフル。アリスの叔父だ、よろしく」
「あぁ、よろしく頼む」
どうやら、後者だったらしい。
しかし俺にはそれ以上に、気になることがあった。
「ふむ……」
左手に持った桶の水。その水面に映った自分の顔を見た。
そこにあったのは――。
「やはり、バレないのだな」
「……? どうかされたんですか、レオさん」
「いいや。なんでもない……」
――『金の瞳』をした、黒髪の青年の顔だった。
それが新しい俺。違和感にはまだ慣れないが、なるほど悪くなかった。
◆◇◆
俺があの老人から得た『ギフト』は『ディスガイス』――俗に『変装』と呼ばれるもの。自身の顔立ちなどを変えたり、目の色を変えたり出来る。
いまの俺のように瞳の色を変える程度なら、半永久的に持続可能。ただ、まるっきり身体つきを変えるなら、時間制限がある。そういうものだった。
「盗っ人には、もってこいの『ギフト』だな。ただ、それでいて――」
森の老人。同じく爪弾きになった者に思いを馳せた。
「――一歩間違えれば、孤独な力だ」
彼はおそらく、これの使い方を誤ったのだろう。
その結果として自分を失い、さらには居場所を失った。
「俺はそんな風にはならないからな、安心しろ――爺さん」
宛がわれた一室。
そのベッドに腰かけて、俺はそう呟いた。
いまは確認を取りようがない、かの老人の名を想像しながら。
「レオさん! いま、いいですか!」
「ん……アリスか。こんな時間にどうしたんだ?」
そうしていると、ノックの音が消えるよりも早く。
思い切りドアを開けながら、部屋に飛び込んでくる少女がいた。その少女ことアリスは、どこかウキウキとした表情でこちらに歩み寄ってくる。
「いえ、大したことではないのですが! ……お話、したいなぁ、って」
「話、だって? 俺はそんな大したお伽噺は知らないぞ?」
「ぶー……いま、子供扱いしましたね?」
「子供じゃないか……」
そんなやり取りをしているうちに、彼女は俺の隣に座った。
そして、こちらの顔を覗き込んでくる。
「じゃあ、今日は私のお話をしますね!」
「そっちがそれでいいなら、な」
「えへへ!」
アリスはまた一つはにかむと、足をぶらぶらとしながら話し始めた。
「実はですね、私の『ギフト』って特殊なんです! 世界に一つしかない、って――お父さんが昔に話してくれました!!」
「……へぇ、そうなのか。ちなみに、その名前は?」
俺は半分聞き流しながし、なんとなく自分の『力』について考える。
おそらく、俺があの老人から『ギフト』を得たのもまた『ギフト』によるものだろう。理由は分からないが、俺には人間側の力である『ギフト』が備わっていた。
問題はその名前だが――ひとまずは『強奪』と、そう呼称しよう。
「えへへ、聞きたいですか?」
「あぁ、そうだな。教えてくれるなら――」
そして、そんな結論に至った時だ。
アリスがニタニタと笑いながら、こう告げたのだ。
「私の『ギフト』は『選定』です」――と。
それは、魔族の俺でも知っている名前だった。
「…………なん、だって?」
だから思わず息を詰まらせる。
何故ならそれは、ある特別な存在にのみ与えられるもの。
『勇者』と呼ばれる存在にのみ、授けられる『ギフト』だったからだ……。
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