1.目覚めた力
――この世界には、二種類の力がある。
一つ目に、神が人間に与えし力――『ギフト』
これは魔族に対抗する術を持たない人々に授けられる、先天性の才能である。『怪力』や『隠匿』など、それらは多岐にわたり、人の大きな支えとなっていた。
二つ目に、魔族が獲得せし力――『スキル』
これは人間に対を為すものであり、魔族が成長する過程で得る後天性の才覚である。人に与えられる『ギフト』とは異なり、それらは技能的な側面を持っていた。
人は『スキル』を得られず。
また、魔族も『ギフト』を得られない。
これがこの世界で定められた不文律であり、絡繰りだといえた。
だが、何事にも例外は付き物だ。
この物語は、一人の魔族の存在が織りなす復讐劇である。
◆◇◆
俺は幼少期から迫害されて生きてきた。
力こそすべて。力なき者は、存在する必要がない。
その価値観のもとに生まれ落ちた俺は、非力ゆえに馬鹿にされ続けた。いくら努力をしても『スキル』を得られない。魔族としての当たり前が与えられていない。
歪んだ環境は、自ずと俺の心を歪ませた。
俺がなにをした? ――無論。なにもしていない。
周囲はなにかしてくれたか? ――否。それどころか、俺を貶めた。
ならば辿り着く感情はなにか。
そんなの、言われずとも分かりきっていた。
「くそ、くそくそくそくそ! いつか、いつか必ず――!」
俺は魔王城を離れて、遥か遠くの名もなき森の中を走っていた。
昼だというのに薄暗いその世界は、明確に目的があるにも関わらず術がない――そんな俺の心を示しているかのよう。焦燥感を煽り、不安を駆る。
世界からの別離を感じさせる、不愉快な空間だった。
「はぁ、はぁ……! ちくしょう、こんな――!」
息が切れた。
近くにあった大木に手をつき、呼吸を整える。
心臓が激しく跳ね回り、酸素の欠乏から視界は大きく歪んでいた。こんな時にも、人間以下に脆弱な肉体が恨めしい。こんな身体でなければ、いまでも思う。
「俺が、なにをした!? 一生懸命に努力して、泥水を啜るような覚悟で諦めずにいたというのに、どうしてこんな仕打ちを受けるんだ!!」
悪態を吐く。誰に向けてというものではない。
だがあえていうなら、これは魔族世界へ向けての怨嗟だった。
「こんなの、許さない……!」
大木を殴りつける。指の骨がひしゃげる音がした。
痛みもあったが、こんなものは今までの屈辱の比ではない。俺が受けてきたものは、こんな一時の傷と同価値であるわけがなかった。
だから、気持ちが収まることなどあり得ないはずだった。
「ほう、こんな辺鄙な森になんの用かな。魔族の若者よ」――と。
そうやって、俺に語りかける人物があるまでは。
「だれ、だ……?」
「ほほほ、そう警戒するな。儂は力のない世捨て人に過ぎぬよ」
「――人間、か。よくも易々と、魔族の俺に声をかけられたものだな」
「なに、そうおかしな話でもあるまいよ。もう人生を終えようとしている爺に対して、目くじらを立てて襲いかかる程、馬鹿ではないと思ったまで」
「………………ふん」
見れば、そこにいたのは一人の老人だ。
みすぼらしい外見をした彼は、くつくつと不気味に笑ってそう語った。
俺は少しばかり不愉快に感じて鼻を鳴らす。しかし同時に、この男に興味を持った。自分に害はないだろうとは思っても、話しかけるのはイカれている。
「それで? 呼び止めたってことは、そっちこそなにか用か」
「そうじゃの。そう考えるのが、妥当じゃのう」
だから俺は老人にそう訊ねた。
すると彼は、大きく頷きながらニタリと笑う。そして――。
「――して。見たところ、お主も儂と同じく爪弾き者かの?」
「なに……?」
そう訊き返してきた。
思わず眉をひそめると、それを答えと受け取ったらしい。
「だから警戒するでない。爪弾き者同士、なにか通じ合うものもあるかと思っての――なに、老いぼれの戯れと思ってくれたらありがたい」
「……まぁ、いい。それで? 結局、お前は何者なんだ」
「ほっほ。儂はしがない盗っ人のなれの果てよ」
「なるほど。盗っ人、か」
爪弾き――その言葉の意味が分かった。
こいつはこいつで、人間の側から迫害されてきたのだろう。そして今、偶然にもこんな誰からも忘れられたような場所で、俺たちは出会った。
なにか話をしたいと思うのは、あながち変な話ではない。
「それで、その盗っ人がどうしたんだ」
「少しばかり、願いがあっての」
「願いだって……?」
「うむ」
そう思い会話を進めてみると、今度はそんな言葉が飛び出した。
首を傾げると、老人は何度も頷いてみせる。
「同じような境遇なら分かるかもしれんがの。儂の最期を看取ってほしいのだ」
「最期、か。そんなものが分かるのか?」
「分かるものじゃよ、案外な」
「そうなのか」
俺の言葉に、またも微笑んだ。
「だから、の――最期くらいは、誰かと共にありたいのだよ」
「………………そうか。良いだろう」
少し考えた後に俺は、彼の願いを承諾した。
気持ちは分かる。ならば、種族の違いはあれど、と思ったのだ。
「さて。そろそろだの……ほっほ、目がかすんできおったわ」
そして、こちらが答えると同じくして彼はそう言う。
どうやら、その時がきたらしい。
「あぁ、ありがとう。名前を聞かせてくれ、魔族の若者よ」
「俺の名前は、レオネット・リンクルートだ」
「感謝するぞ、レオネット。それでは――」
――老人は、そこで事切れた。
薄く目を開いたまま。
まるで、俺の存在を眩しく思うかのようにして。
その姿に思わず胸を打たれ、彼に近づいて顔に手をかざした。
「――――な!?」
その時だ。
俺の身体に、明らかな変化を感じたのは。
なにかが流れ込んでくる。今までに、感じたことのない『力』が――。
「これは、もしかして!?」
分かった。
それは理解という言葉よりも、さらに感覚的なもの。
ただ確実にいえるのは、それとは俺の中に存在していることだった。
その、正体とは――。
「『ギフト』――!?」
あらゆる努力も叶わなかった俺。
そんな俺に訪れた転機、それは予想だにしないところから。
最弱の魔族と呼ばれていた存在が、最強へと至る序章だった……。
次回更新は、明日の昼ごろ!
応援よろしくお願い致します!!
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