プロローグ
「『スキル』も使えない雑魚はもう、必要ないな」
「くけけけ! お前、もう魔王軍から追放だ!!」
ある日、その宣告は突然に。
俺の目の前には、二人の魔族――人間と姿形は変わらないが、赤い瞳が特徴だ――が立っていた。そいつらは魔王軍の、同じ部隊に所属している者たち。
彼らはニタニタと笑いながら、いつものように俺に突っかかってきた。
ただ違うことがあるとすればそれは、言葉が真実だということ。
「どういうこと、だ……!?」
「今まで魔王様のお情けで、軍に置いてもらえていたが――いよいよ使えないと判断されたんだよ。とはいっても、まだ正式に承認されたわけでもないがな」
「でも、それも時間の問題だろうな。役立たずは今のうちに、荷物まとめてどっかに行っちまった方がいいぜ? 大恥をかく前にな!!」
困惑するこちらに、二人はそう言った。
「いや、でも……! 俺にだって、出来ることがなにかあるはずだろ! たしかに『スキル』は使えないかもしれないけど、それ以外のことは頑張って――」
「『スキル』が使えない魔族! ホントに、お笑い種だよな!!」
「頑張ろうと、そうでなかろうと、お前はその時点で落第なんだよ! 戦闘能力のない役立たずの穀潰し、力こそすべての魔王軍には不要だっての!」
「……そ、そんな!」
必死にすがり付く俺に、容赦のない言葉を浴びせる同胞。
「た、たしかに……でも!」
言い返そうにも、声が出なかった。
何故なら、こいつらの言う通りだからだ。魔族は本来、成長と共に『スキル』というものを取得していく。それは人間にはない、魔族固有の特色だった。
しかし、俺はそれを手に入れることができなかった。
理由は分からない。
ただそれは事実としてそこにあった。
努力しても、俺は仲間のような『火炎』や『毒霧』といったもの使えない。その他で力になろうとしてきたが、戦闘能力がすべてを語るここでは無意味だった。
「さっさと消えろ、レオネット! 目障りなんだよ!!」
「くっ……!?」
そして、かつての仲間は俺――レオネットに向かってそう声を上げる。
決定打だった。もう、俺の居場所はここにない。
「分かった……くそっ!」
俺はついにそう口にして、魔王城の一室を出た。
背中にはそんな俺のことを嘲笑う、二人の魔族の声が届く。
「いまに、見てろよ――!!」
唇を噛みしめた。
鉄の味が、口内いっぱいに広がる。
拳を握りしめると、血が滲んでくるのが分かった。
悔しい、悔しい、悔しい――!
その日から始まったのだ。
俺の物語の始まりは、そんな屈辱から。
そして誓った。絶対に、自分を否定した奴らに復讐すると――。
◆◇◆
――それから、数年後。
とある魔王軍の支部、その最奥にて。
「ひぃ……!」
俺の目の前には、一人の魔族がいた。
こちらを見上げる瞳には、明らかな動揺の色が浮かんでいる。
その傍らには動かなくなったもう一人。すでにその身体は魔素に還元され始めていた。返り血を浴びた俺は、静かにその様子を見つめる。
「お前、そんな馬鹿な……!?」
腰が抜けている生き残りは、呼吸を荒くしながらこう漏らした。
「レオネット――お前、そんな力、どこで……!?」――と。
それを聞いてようやく、俺は思い出した。
あぁ、そうか――と。
「そうか、久しぶりだな。名前は――なんだったかな」
「お、憶えてるのか! だったら、見逃してくれ! 昔のよしみだろ!?」
こいつは、あの時の魔族だ。
俺を見下して、魔王軍からの追放を言い渡した片割れ。
そんな奴がこちらに、必死になって命乞いをしていたのが滑稽だった。でもそんなことよりも、いまの俺にはもっと重要なことがある。
「俺を知っているのか。それなら――」
――そう。
「下手なことを言われる前に、消しておかないとな」
「ひ……!」
こちらを知っているなら、ここで殺しておかなければならない。
俺はかつて、仲間だと錯覚を抱いていた者に手をかざした。
すると淡い青い光が生まれる。
「そ、それはまさか! ギフ――」
魔族はその正体に気付いたのか、死の間際に何かを言おうとした。
だがそれを俺は許さない。それより先に――。
「さよならだ。俺よりも格下の、名もない魔族」
――その、命を絶った。
いとも容易く。かつての恨みを晴らした。
「………………」
光の収束と共に事切れた魔族。
その身が魔素になって消えていくのを見つめながら、俺は息をついた。感傷に浸ることなどない。こんなことはもう、何度も繰り返してきた。
その中の一つであり、最終目的への道中にすぎない。
「レオさん……? いま、なにかありましたか」
「あぁ、アリスか」
立ち尽くしていると、俺に声をかけてくる人があった。
振り返るとそこにいたのは、金の髪が美しい小柄な少女剣士の姿。蒼の瞳をした彼女――アリス・マーガロイドは、首を傾げながらこちらに問いかけてくる。
しかし、それに対して俺は素っ気なく答えた。
「いいや、なんでもない。少し昔のことを思い出していただけだ」
「そう、なのですか? 珍しいですね、レオさんがそんなことを考えるだなんて」
「お前は俺のことをなんだと思っているんだ……? まぁ、いいか。とりあえず次の魔王軍支部を目指すとしようか。迅速、かつ的確に――な」
「そうですね。早く、世界に平和を取り戻さなければ!」
こちらの言葉にアリスは、両拳を握りしめてそう意気込んだ。
そして足早に、他の仲間のもとへと向かった。
「………………」
その後ろ姿が見えなくなってから、俺は最後にもう一度だけ魔族の痕跡を見る。
でもそれも、ほんの数秒のことだった。
「まだだ。まだ、足りない」
呟き、俺はアリスの後を追う。
旅はまだ始まったばかり。復讐の完遂には、まだ遠い――。
初めましての方は初めまして。
あざね、と申します。
いつもお世話になっております。
第1話は、22時頃に!
よろしくお願い致します!!
<(_ _)>