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黒と白  作者: 池田瑛
8/9

8.白

 俺の心を寂寞が支配していた。池田酒蔵の仕事。相変わらず忙殺されている。毎日、勉強させられることがある。一昨日の池田酒蔵より、昨日の池田酒蔵の方が良く、そして、今日の池田酒蔵はもっと良くなっている。明日はもっと良くなっているだろう。


 何が不満なのか。新しい池田酒蔵を作るために俺は走ってきた。走り続けてきた。新工業建設が延期になってしまったからだろうか。

 仕事に身が入らないというわけではない。なんだか胸にシコリが残っている。モヤモヤしている。喉に魚の骨が刺さっているような気持ちな違和感がある。


「俺は何をやっているんだろうな」と俺は、夕陽で赤く染まった川内川を見つめながらつぶやいた。俺はガラッパ公園に来ていた。ガラッパ公園は、川内川の中州にあり、カッパの像がなぜかたくさん置いてあるということで有名だ。


どうして俺がこの公園に着たか。それは、お袋がまた見合いの話を持ってきたからだ。だから、俺は、家から逃げてきたというわけだ。


 夕方のガラッパ公園には誰もいなかった。まぁ、それは当たり前かもしれない。ガラッパ公園にはたくさんのカッパの像があるが、はっきり言って、夕陽に照らされるカッパたちの像は不気味だ。もともとカッパは妖怪であるし、日が暮れてきたら不気味で、ずっと公園で遊んでいないで早く家に帰ろうという気持ちになる。

 大人の俺が、なんとなくカッパの像が動きそうで少し怖いと感じのだから、子供は日が暮れてからこの公園に近づこうとは思わないだろう。


 はぁ、と俺はガラッパ公園にある中で一番でかいカッパの像、ガラッパ大王を見上げる。ガラッパ大王は、ふんどし一丁で、偉そうに上から俺を見下ろしている。

 俺は、この大王に聞きたいことがあった。まぁ、銅像が答えてくれるわけはないから、結局のところ自問自答しに来たというわけだ。


「なぁ、ガラッパ大王さんよ。お見合い結婚って、どうなんだ?」と俺はガラッパ大王に問いかけた。そして、ガラッパ大王から2メートルほど離れた場所で、ガラッパ大王を見上げているカッパの銅像に目を向ける。みずえという名前のカッパだ。大王の嫁であるので、女王ということであろう。優しい笑みで、ガラッパ大王を見つめている。


 そして、このみずえさんは、佐賀市の松原川から嫁入りしてきたということになっている。

 どういう経緯で、佐賀からみずえさんは嫁入りしてきたのか、それは分からない。もしかしたら、ガラッパ大王が嫁探しの旅に出て、九州の川を巡っているうちに、みずえさんと出会って結婚することになったのかもしれない。

 だけど、皿に水が無くなったら弱くなるカッパが、川から川へと渡り歩くなんてことはないと思う。伊佐の蔵元の子供として生まれた俺が、伊佐で焼酎を造って一生を終えるのと同じように、川内川で生まれたカッパは、川内川で一生を過ごすのだろう。


 ガラッパ大王とみずえさんは、お見合い結婚なのだと俺は思う。いつまで経っても川内川をふらふらと泳いだり、悪戯をして過ごしているガラッパを見て、両親がお見合い話を持ってきたのだろう。


 優しくガラッパ大王を見上げるみずえさん。夫婦の仲はとても良さそうだ。


「別に、お見合いが悪いってわけじゃないんだけどな」


 ガラッパ大王が俺を睨んでいるようなに見える。きっと夕陽の当たり具合でそう見えるのだろう。


 ん? 電話? 玄穂?


 携帯の表示を見ると、玄穂からの電話だった。玄穂から電話をかけてくるのは珍しいと思った。お互い、用事がないときにしか電話はかけない。玄穂が東京に行っている間もそうだった。そして、お互いに用事があることなど、早々無い。夏祭りの準備期間中に電話でやりとりするくらいだろうか。


「家に電話したら、外出しているって聞いて。今大丈夫?」と玄穂は言った。


 家の電話に出たのは俺の母だろう。余計なことを玄穂にしゃべっていなければいいな、と俺は思った。


「大丈夫。それで、どうした? 玄穂から連絡してくるの珍しいな」


「実は、お願いがあって電話したんだ。池田酒蔵の工場建設の予定地って、まだ、工場建てたりしなんだよね?」


「あぁ」と俺は不機嫌そうに答える。


「もし良かったら、そこに芋を植えても良い? まだ、今日見に行ったら畑としてまだ使えると思って。虎白のお父さんに聞いたら、虎白に聞けって言われたの……」


 池田酒蔵の新工場予定地は、畑を潰して工場にする予定だった。市役所にはもうすでに農地から工場建築地としての、用地変更の許可はもらっているが、まだ、用地変更の手続きをしたわけではない。芋を育てるには地力も十分であるだろう。


「蔵をやめて農家にでもなるつもりか?」


「……」


「ごめん。変な冗談を言った。どうして芋を植えるんだ? 雑草とか抜いていないから、トラクターが必要だぞ?」


 新工場の用地は広い。人の力、とくに、女の力で畑を耕すには面積が広すぎる。


「焼酎用の芋を植えようと思って」


「黄金千貫か?」


「農林58号と、農林46号、九州123号を植えようと思っているの」


品種名で言えば、ハマコマチとジョイホワイトと、そしてダイチノユメだろうか。だが、その芋で焼酎を造るというのは、あまり聞いたことがなかった。


新しい焼酎を玄穂は造ろうとしているのだろう。そのために苗を仕入れて、収穫し、そして、収穫された芋で焼酎を造ってみようというのだろう。

 俺の胸のつっかえがとれたような気がした。そうか、そうか。そうだったんだ。


「条件がある」と俺は言った。


「土地の使用料なら、払うよ」


 そういうことではない。池田酒蔵からしたら、工場の工事が始めるまでは、遊休地として遊ばせておくしかない。


「いや……条件というのは、俺にも手伝わせてくれ。新しい焼酎を造るのだろう?」


「え? どうして分かったの?」と玄穂の声は驚いた様子だった。だが、それだけ聞いたら、焼酎杜氏としてすぐにピンと来ない方がおかしい。


「そりゃあ、分かるさ」と俺は言った。


「ありがとう。私も、虎白が手伝ってくれたらいいなって思ってた」と玄穂が言った。電話を切ったあとも、玄穂の『ありがとう』という声が、俺の耳には残った。


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