フェイスブック・デビュー
今更ながらフェイスブックを始めることにした。
きっかけは会社の広報だった。ホームページは部下と共に管理していたが、どうもページビューが伸びないのだ。わが社のような零細卸売業は売り上げにページアクセス数が直結する。
「会社の情報を如何に発信していくかが早急の課題だな」
小田営業部長が吐き捨てるように言った。商法戦略会議と銘打っている打ち合わせの席だが、実現的な意見は今のところ挙がっていない。
「広告代理店にメディアを通じた発信を依頼するというのはどうでしょう」
総務部の橋場が提案した。
「コストが掛かりすぎるだろう。わが社は固定の顧客で回しているのだし得策ではない」
「コンサルにマーケティングの指南を受けるというのは」
「それも同様の理由で却下だ」
「フェイスブックで商品の告知をするというのはどうですか」
広報課で私の部下に当たる徳河広報係長が提案した。
「フェイスブックにそんな情報の波及効果がるもんかね」
いぶかしげに橋場が訊ねる。
「効果は期待できますよ。クライアントの中にも熱心に情報発信をされている方もいますし。小売り業者も多く利用しています。なによりコスト面で経費が掛からないので、ノーリスクに情報発信を行えます」
「それならやるだけのことはやってみよう。佐藤くん、フェイスブックページのアカウント管理は君に任せるよ」
「は、私ですか」
小田課長から飛んできた白羽の矢が急に当たり動揺してしまった。
「アカウント管理はやりますが、私はSNSを使っておりません」
「そうなのか、君は今どきフェイスブックもしていないのかね」
「お恥ずかしい限りですが」
「まぁいい。これを機に君もフェイスブックデビューするといい。このままだと生きた化石になってしまうよ」
「はぁ」
話も煮詰まり、打ち合わせルームから各々退出した。SNSたるものを一度としてしたことのなかった私はどうしたものかと思いあぐねてしまった。
「佐藤課長、SNSやったことないって本当ですか」
後から出てきた徳河に問われた。
「ああ、この方五十年、そういったものとは無縁でね」
首からぶら下がっているガラパゴス携帯を指さし言う。
「電話とメールだけならこいつで事足りるんだ」
「本当に生きた化石ですねぇ」
徳河は妙に感心しながら歩いて行った。
広報課のデスクに戻り、打ち合わせ内容を私の口から課の職員に伝えた。周囲の話しを聞くにわが社の職員でフェイスブックを行っていないのは、私と経理の中年女性職員だけらしい。いよいよ私も時流に乗るときなのかもしれない。
徳河に方法を教えてもらい、ひとまず個人アカウントを作ることにした。個人情報をこんなに漏らして大丈夫なのかと思いつつ入力を進める。全て入力し確定ボタンをクリックすると、歪んだアルファベットが砂嵐の中で踊っているような画像が出てきた。
「徳河くん、この画像はなんだね」
隣の席の徳河を呼び出す。
「あぁ、これはコンピュータが不正ログインするのを防ぐための文字認証です。個人データ保護のための予防線って感じですね」
「なるほど」
砂嵐の中で踊っていると思しき英数字を入力する。アクセスできない。代わりに違う画像に切り替わる。
「それを入力できないとアカウント登録できないですし、ログインもできないんですよね。私もたまに苦戦します」
徳河は苦笑いしながら自分の席に戻っていった。
気を取り直し再度入力する。今度は水面を漂っているような文字だ。落ちついて入力する。「アクセス失敗」の文字が浮かぶ。
苛立っても仕方がない。女子職員の淹れてくれたコーヒーを啜る。ネットで捕らえたような新規文字画像に再チャレンジ。「アクセス失敗」
その後二度アクセスにチャレンジし計5回黒星を重ねたところで、一から情報を入力し直せ、とページから指示を出された。頭に血が上るのを感じる。
むやみに疲れた私は一度他の業務を挟み、気分を変えることにした。残務処理を終え勢いをつけた私は再度入力フォームを打ち直す。今度はいけそうな気がするぞ。
文字認証まで進んだ。またもや判読困難な歪んだ文字。これはなんだ。「9」か「q」かさっぱり判らない。悩み続けてもいても仕方がない。これは「9」だ。ええい、ままよ。「アクセス失敗」。「q」でした。
大きな舌打ちをするが咎める者はいない。ログインに手間取っている間に退勤時刻になり社内の者は皆帰宅している。
明日出勤してくる徳河に頭を下げログインすることもできるがこうなれば私も意地だ。何としてでも自力で入力してやる。コンピュータにコケにされたまま、おめおめ諦められるか。
再チャレンジ。入力。「アクセス失敗」
入力。「アクセス失敗」
入力。「アクセス失敗」
入力。「アクセス失敗」。情報入力からやり直し。
入力。「アクセス失敗」
入力。「アクセス失敗」
入力。「アクセス失敗」。……。
何度目の挑戦からだろう。諦めの境地を経て只の作業になっていたが、再び理不尽な締め出しに腹が立ってきた。新たにアクセスしたい人間の門を閉ざすのが、果たして本当のソーシャルネットワークの在り方なのか。マーク・ザッカーバーグはこんなシステムを望んでいたのか。
不条理。まことに不条理である。
私は激怒した。
怒髪天を突いた私は八つ当たりに自分のデスクを殴った。
その時。
その時だ。
私のこぶしの皮膚、いや人口樹脂が剥がれた。
強く打ち付けたため、手の甲の回路がショートしている。
むき出しになった手を構成する銅線からバチバチと火花が散る。
そういうことか。
脳、いや頭部に搭載された人工知能で判断し理解する。
文字認証はコンピュータの不正アクセスを防ぐためのもので、コンピュータにとっては正しく識字できないのだ。
オーバーヒートしていた腹部のモーターが、急速に冷却されていく感覚が伝わる。
自分の出生を理解したアンドロイドはゆっくりと瞳を閉じた。