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眠れる王  作者: 慧瑠
見えてくる意思

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祭り前

常峰との情報共有を終えた翌日。城下街では、浮足立った雰囲気が漂い始めていた。

数日前より、ポルセレルの指示で流されていた噂は広まり、昨晩に正式発表と大量のビラが酒場や商店に配られたのだ。


~~聖女様のご厚意により、三日後の晩。


聖女護衛隊 安賀多様

同上    九嶋様

同上    中野様


三名による演奏会が開催される事となりました。

参加する際、身分問わず、参加費不要。


場所:リュシオン城正門


尚、多くの参加者が予想されるため、会場周辺での警備にギルドにご協力していただきます。

聖女様のご厚意に感謝し、節度をわきまえた行動を心掛けるよう。


追:露店申請はギルドを通して可能。前日の昼までにお願い致します~~


リュシオン国の印が刻まれた紙に、ポルセレル皇帝の蝋印まで押されたビラは国民の意識を引くには十分な効果を見せ、噂は真実として更に広まった。


「急な事にも関わらず、随分な賑わいを見せますね」


「元々噂として広めてた事もあるんでしょうけど、動きが早いというか……商根逞しいというか…」


「リュシオン支部のギルド員にはなりたくありませんね。冒険者と商業と複合しているココは特に忙しそうですし。奇冴さんなんか、ああいうの得意そうですよね」


「あぁ…えぇっと、裏方だけなら良いんですけど、ギルド員の方みたいな事務と接客の両立って苦手なんですよ私」


「へぇ~。そうだったんですか」


意外ですね。と言葉を続けながら、鴻ノ森は喫茶店で買った紅茶を片手に本のページを捲り読み進めていく。その対面では、同じ様に艮も別の本を読み進める。


岸達が何かを見つけそうだと言われても、それの報告が来るまで待つ必要はなく。むしろ、同じ情報をこちらでも仕入れられたのなら、信憑性が高まると考えた鴻ノ森は、複合施設となっている協会へと今日も足を運び情報収集に勤しんでいた。


そして今日は、艮も共に来ている。


「鴻ノ森さん」


「はい?」


「鴻ノ森さんは、本を選ぶ時ってどんな風に選びますか?」


「突然ですね」


艮の質問に鴻ノ森は、一旦手を止めて目をつむり考えた。

数秒考え込むと、そうですね。と切り出して問いへ答える。


「表紙のタイトルを見て、軽く中を流し読みして選びます。購入となればじっくり読みますね。基本的に参考書ぐらいしか買わないので、表紙買いなどの経験は無いです」


「あはは。私は表紙買いに近くて、著者の名前なんかで決めたりするんですよ。面白い著者名の人だなぁとか、参考書なんかでも、その道では有名な方が書いていたり監修していたりを調べてから選ぶ派なんです」


「はぁ。そうですか」


確かに○○監修などの帯があれば目が惹かれるな。とも考えた鴻ノ森は、もう一度自分が読んでいる本の表紙を見る。


-リュシオン国の歴史に関する考察-


内容はリュシオン国が建国されてからの話であり、以前読んでいたリュシオン国ができるまでの続編の様な本。そのタイトルから視線をずらしてみるが、著者名が見当たらず、表紙をめくった裏にその名前は書かれていた。


-著・知恵袋-


「この本は知恵袋さんが書かれたみたいですね」


「やっぱりですか」


「やっぱり?」


自分の言葉に返ってきた反応に鴻ノ森が首を傾げると、艮は自分が読んでいた本と読み終わった本を鴻ノ森へ差し出す。そして、同じ様に表紙を捲り著者名を見せた。


「これも知恵袋さんが書いたようなんです。表紙の感じからして、初版ではないとは思うんですけどね」


-魔物の生態-

-戦闘におけるいろは-

-種族による特性-


艮が読んでいた三冊の本。その著者もまた'知恵袋'と記されている。


「物知りですね」


「この知恵袋さんが書いた本が、結構ありまして」


「気になるんですか?」


「主に名前が」


艮に言われ、改めて著者名に視線を移し思う。

確かに珍しい名前。いや、珍しい以前に気付く事がある。


「漢字?」


「そうなんです。この世界に来て、私達はこちらの文字の読み書きが不思議とできています。おそらくは、スキルを受け取った時にあの光が何か追加でしたのでしょう…という話を岸君達がしていました。

耳から入る言葉も、もしかしたら別の言葉を介しているのか、会話に使われる言語だけは元の世界と同じなのか。なんて事も話していました。


でも間違いなく文字に関しては別物です。そして、漢字が使われている事は今の所ありません。意識しないと読み書きはこちらの文字を使ってしまいますが、これは間違いないと思います」


「でも知恵袋と漢字で書かれているのは確かですね」


「はい。実はセナちゃんやジョアン君達に聞いてみたのですが、漢字は読めないらしいです。というより、本によく書かれている模様と表現されたので、文字として認識をしていない可能性があります」


「書くことはできても読んだりはできない。ということですか」


「おそらく…ですが。

本に記されている理由は、原本になっているモノか本人が書いた初版にも書かれていたから。だと思います」


艮は、一応と言葉を付け足して本の一番最後のページを開いた。すると、一番最後に著者名として'知恵袋'とこの世界の文字で書かれている。


鴻ノ森は自分読んでいた本を、文字に意識を向けてパラパラと流し読みをしてみたが、最初の著者名以外で元の字が使われている事はない。


「つまりこの知恵袋という方は、私達と同じ世界から来た可能性があると?」


「可能性は高いかと思います」


「王様に報告はしたんですか?」


「東郷先生伝いでですが、一応報告はしました。向こうでも調べてくれると」


「原本が無いか、少し探してみましょうか」


「そうしましょう」


鴻ノ森の提案に艮が反対することはなく。二人は、飲み物の容器を空にして喫茶店の店員に返すと、先程まで使っていた席には戻らず、図書館で保管されている本を端から軽く立ち読みしては戻してを繰り返し始めた。


しかし、教会の中とは言え図書館。貯蔵数は多く、立ち読みであれど時間は進んでいく。


まだ十分の一も終わっていないにも関わらず、気がつけば日は暮れ始めている。過ぎる時間に比例して教会の出入りは多くなり、ギルドでの受付待ちの間、時間を潰そうと喫茶店側も鴻ノ森と艮がいる図書館側も人が増え始める。


「大分混んできましたね」


「安賀多さん達の件も影響しているのかもしれませんね」


冷めた目で人混みに視線を向けた鴻ノ森の隣では、苦笑いをする艮が流し読みを終えた本を棚へ戻す。鴻ノ森も人混みから視線を外し、次の本へ移ろうとした所で声を掛けられた。


「申し訳ございません、少しよろしいでしょうか」


「……」


「あの、すみません」


「……」


「鴻ノ森さん、呼ばれてますよ」


「私ですか?」


比較的静かな教会と言えど、人が増えれば耳に入ってくる会話も多くなり、その中でまさか自分に声を掛けられていると思っていなかった鴻ノ森は、艮に言われることでやっとその声の主の方を向いた。


声をかけてきたのは眼鏡を掛けた女性のようで、鴻ノ森が視線を向けたことで頭を軽く下げている。対する鴻ノ森は、その女性に見覚えがない。知り合いでも無い相手に突然声をかけられたことで、内心警戒を高めてはいるが、それが表情に出ることはない。


「はじめまして、リュシオン支部で副支部長を務めている'テトリア・イカツァ'と申します。少々お時間よろしいですか?」


テトリアと名乗った女性は、見覚えのある手帳を開き身分の証明をしてきた。


「大丈夫ですが……」


副支部長と聞いて浮かぶ顔は、ここの支部長であるコルガの顔。また何かしてしまったのか?と思いつつ鴻ノ森が返事をすると、ここは人が多いということで艮も同伴して構わないと事前に伝えてから別の場所へと案内される。


テトリアに案内されたのは、ギルド受付の脇を抜け、職員専用の扉を抜けた先。応接室と書かれたプレートが貼ってある扉の部屋。


「どうぞ腰を掛けて楽にしてください。飲み物は紅茶で良かったですか?」


「えぇ、大丈夫です」


「私も大丈夫です」


鴻ノ森と艮の返事を聞いたテトリアは、手際よく紅茶と角砂糖が入った瓶や茶菓子まで用意をしていく。その様子を見ながら、艮は小声で鴻ノ森に呟いた。


「何かしたんですか?」


「心当たりはありません」


「そんなに警戒しなくてもいいですよ。少し聞きたい事があるだけなので」


二人の会話が聞こえていたのか……そう二人に向けて言ったテトリアは、紅茶の用意を終えて鴻ノ森と艮の対面に座る。そして自分の分の紅茶にかなりの量の砂糖を溶かし、一気に飲み干して満足気に小さく息を漏らした。


「どうぞ。コルガ支部長の拘りなので、中々に良いものですよ」


空になったカップに追加を注ぎならが言うテトリアに、二人はゆっくりと一口だけ紅茶を飲んだ。紅茶の良し悪しがわかるほどの知識は無いが、確かに飲みやすく仄かに広がる甘みも邪魔ではない。


「おかわりも自由なので、お好きなだけどうぞ。

さて、本題なのですが、コルガ支部長を知りませんか?」


一息ついたテトリアからの問いに、艮は当然、鴻ノ森も首を傾げる。そんな二人の反応を見て、テトリアは当てが外れた事を理解して、困り顔を浮かべ事情を話し始めた。


「実は、昨晩から支部長の行方が分からず、少々演奏会の処理の方が詰まっていまして。鴻ノ森様ならご存知かと思ったのですが……その様子だと知らなそうですね。

ちょくちょくギルドを空けることはあるんですが、今は居てもらわないと面倒なんですよねぇ」


完全に自己完結を終え、愚痴り始めたテトリアに次は鴻ノ森が聞く。


「知らないのは確かなのですが…どうして私が知っているかもと思ったんですか?どこかでテトリアさんとお会いしましたっけ?」


さも自分なら知っていてもおかしくはない。と話され鴻ノ森は不思議に思った。故に聞いてみたのだが、テトリアは少し悩む表情を浮かべ、懐からギルド手帳を取り出したかと思えば、手帳の内ポケットから更に紙を一枚取り出した。


「こうやって会話をするのは初めてですね。鴻ノ森様の顔は、先日コルガ支部長が声を掛けていた時に私、ロバーソンの相手をしていたので。

それ以前に、妹から特徴は聞いていたので子供と訪れていた時に目星は付けていました」


テトリアから差し出された紙を受け取り内容を見てみると、東郷先生を筆頭にリュシオン国へ来ている全員分の名前が書かれ、それらしい特徴も記されている。


当然鴻ノ森も例に漏れず。女、黒髪、推定身長、戦闘時の傾向、最大の特徴として表情の変化が稀。と書かれていた。


「こんなモノを見せて良いんですか?明らかに警戒心を抱くと思いますが」


「聖女様のお付きの方にでしたら。それに、どうやら眠王――常峰夜継様には、妹を見逃して頂いたようなので」


「妹さんをですか?」


先程から出てくる妹に検討が付いていない鴻ノ森の隣で、艮はテトリアのフルネームをブツブツと呟き、あっ…と声を漏らす。


「奇冴さん?」


「もしかして、妹さんってフューナ・イカツァさんですか?」


「艮様…ですね?妹より、話しは聞いております。近接戦闘を得意とするそうですね」


それが会話になっているのかも分からず、名前を出されてもやはり分からず。何やら二人で確認を終えている様子を見ていると、艮が鴻ノ森に説明をした。


「ログストア国で東郷先生の専属メイドをしていた方がフューナさんです」


そう言われて、やっとぼんやり顔が浮かぶ。リピアの一件があった時に、岸達から一応警戒はするようにとも注意をされていた相手だ。

つまりは、リュシオン国の密偵。その事を今さらりと告げられたのだ。


「つまりログストア国から私達の監視をしていたと」


「お守りをしていた。と捉えていただきたいですね。他国から聖女様に良からぬ干渉をされては、コニュア皇女がお悲しみになります。

最も、ギナビアからは随分と手練が紛れ込んでいたようで、常峰様の件を止める事はできなかったようですが」


「私が眠王へ、眠王からログストアへ情報が漏れる可能性は考えないんですか?」


「問題はないですよ。既にフューナはログストア王都を離れ、ここリュシオン中央へ向かっています。元々私達姉妹は、コニュア皇女の指示の元で諜報として動いているので。

バレて困るといえば、私はそうであるとコルガ支部長に知られる方が問題ですので……どうかご内密に」


不敵な笑みを見せたテトリアは、カップの底に溜まっていた砂糖まで口に流し込むと、用意した菓子を口に時計を見た。


「さて、ここまでコルガ支部長が見つからないとなると、おそらく精霊魔法でも使っているのでしょう。代理で私が許可を出して問題はなさそうですね。


鴻ノ森様と艮様にはご迷惑をおかけした上に、大したおもてなしもできず申し訳ありませんでした。元より私とフューナはコニュア皇女、ひいては聖女様のお助けをする身ですので、何かありましたら受付にて私の名前を告げてコチラを提示してください。即時対応させていただきます」


そう言ってテトリアから手渡されたのは、自分達分と追加で六枚の銀のプレート。表面には、何やら模様が刻まれている。


「是非聖女様や他の方々にもお渡しください。では、私は隣の部屋で書類を処理しないといけないので、お帰りの際は一言お声を。外までご案内しますので」


「いえ、話が終わったのなら帰ります」


「預かったコレも東郷先生へ渡しておきたいですしね」


鴻ノ森達の返答を聞くこと無く話を進めていくテトリアの様子に、どこまで疑いを持てば良いか悩みつつも忙しいのは本当なのだろうと理解した二人は、その場で帰る事を告げた。


テトリアの案内で執務室を後にギルドの受付へ戻れば、人は先程よりも多くなっており、あちらこちらで演奏会の話題が聞こえる。

副支部長として顔が知れているテトリアが先導している事もあってか、若干注目は浴びたものの鴻ノ森と艮はスムーズに教会の出口へと進むことができた。


「では、もしですが、コルガ支部長を見かけた際はギルドに顔を出すように言って貰っていいですか?」


「わかりました」


「探すのはお手伝いしなくて大丈夫ですか?」


「精霊魔法を使われたとなると、準備無しでは見つけるのは困難なので……そこまで艮様達にご迷惑はおかけできません。お気持ちだけで十分です」


忙しい今、無理をして協力をしても迷惑と分かっている艮は、そういう事ならと食い下がり軽く頭を下げ、鴻ノ森もそれ以上は何も言わずに頭を下げてリュシオン城へと向かう。


既に城下街ではお祭りムードが埋め尽くし、ここ数日歩いていた大通りも賑やかに。そして、装飾も付けられ始め華やかなものへと変わっていっている。


「明後日でしたよね?」


「そのはずです」


恒例行事などではなく、突然の催し物にも関わらず街の前夜祭の様な賑わいに、鴻ノ森も艮も言葉が出てこない。

人が行き交い歩き辛さのある大通りを歩いている途中、艮はふと視線を横に向ける。その視線の先は、最近田中や佐々木共に子供達と遊んでいる場所があるのだが……。


「にーちゃあああん!」「おっしゃこいやコラ!」「「「「おおおおおお」」」」」「ちょ、ちょっとまって!!俺はむウゴッ」


何故かいつも以上に増えている子供達にもみくちゃにされている二人の姿があった。


「どうかしましたか?」


「いいえ、巻き込まれる前に行きましょう」


アハハッと苦笑いから声を漏らした艮の様子に鴻ノ森が問えば、艮は慌てて首を横に振り見なかったことに。

子供の相手が嫌いなわけではないのだが、ああももみくちゃにされるのは苦手な艮は、今日の訓練は少しだけ軽くしようと心に決めて鴻ノ森の隣を歩く。



夜も更け始めて尚、城下街は騒がしく明るく。活気で賑わいを見せ続ける。故に、本来であれば夜を照らしたであろう不自然な光に気付く者は居ない。


子供は元気ですね。



ブクマありがとうございます!

今後もよろしくおねがいします!

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