足音
すみません。いつもよりちょっと短めだと思います。
体調を壊してしまい、いつも以上に頭が回りませんでした。
全員が集まり話し合い開始……の前に、東郷達は使用人の人達が作り終えたフルーツケーキを堪能していた。
「美味しいですね!」
「似ているも物もあれば、初めて見る物もありますね」
東郷が頬を緩ませている横では、鴻ノ森が真剣にフルーツの形状や味を分析し、艮は安賀多達と談笑を交わし、田中と佐々木は黙々とフルーツケーキの山を削っていく。
そんな中で、ピタリと艮の動きが止まり、紅茶が注がれているカップに視線を集中しはじめた。
「どうしたのさ」
「いや、地震…ですかね」
「地震?うそ?揺れてる?」
艮の言葉が聞こえた安賀多達の三人もカップの中に目を落とすと、確かに微々たるものではあるが紅茶が揺れている。
「こっちでも地震とかあるんだねぇ。自然発生だろうか」
「どうでしょう」
魔法があるこの世界で、誰かが故意に地を揺らす事は体感しているが、戦闘など無い状況で自然発生した地震には初めて遭遇した四人は、少し興味深そうに数分程カップの中を覗いていた。
地震の事も気にしつつ、各自が好きなようにフルーツケーキを味わい過ごしていると、東郷の背筋がピン!と伸びて何度か頷き始める。
「はい、はい……」
初めは何度とかと思った鴻ノ森達だったが、途中から頷くか首を横に振るかだけをし始めた事で、おそらく常峰から念話が来ているのだろうと察する。
「え!?あ、はい」
驚きの声を上げた東郷は、念話が一通り終えた様子で顔を上げた。それに気付いた鴻ノ森達も、東郷へと視線を向ける。
「皆さん、常峰君からの伝言があります。いいですか?」
自分の言葉に全員が頷くのを確認した東郷は、常峰が伝えてきた事を伝え始めた。
「まずはじめに田中君達にですが、今回の行方不明になった子供の件の事で……目的や方法に関する情報が少なすぎて対策は思いつかなかったそうです。
そして、安賀多さん達には、見に来た人達に顔を覚えてもらえるぐらいの勢いで盛大にライブをしてくれとの事でした」
東郷の言葉を聞いて、佐々木は眉間にシワを寄せ、田中は田中で困ったような表情を浮かべる。続けて聞いていた安賀多達も、簡単に言ってくれる。と言葉を漏らしながら東郷に軽く手を振って応えてみせた。
艮や鴻ノ森に向けても一言ずつ、今後の注意と情報収集の礼が送られ、更に常峰側の予定が東郷の口から伝えられていく。
「つまり先生、岸達が何か有益な情報を手に入れたって事かい?」
「それが有益かどうかは、常峰君も岸君達の報告待ちだそうですよ」
「まぁ生き生きと騒いでたのは確かだからねぇ。アタシ達とは見てる所が違うのかも知れないね」
「はい!本当に心強いですね!」
まるで自分が褒められたように喜ぶ東郷の様子に、思わず安賀多は苦笑いをしてしまう。リュシオンに着いてから、東郷は何かを隠して行動しているのを全員が薄々勘付いている。
自分達への接し方が変わったわけではない……だが、最近は一人で行動している事の方が多い。自分達に心配をかけまいとそうしているのか、はたまた知られるわけにはいかないのか。
それらを言い当てる事は、安賀多達にはできない。
しかしそんな事より、自分達の事で一喜一憂してくれる東郷に、嬉しさと抱え込みすぎていないか?という心配が勝ってしまう。
時にふと浮かんでくる不安を、東郷は汲み取り塗り消してくれるのだ。
「東郷先生、それで常峰君からは以上ですか?」
更には自分達に親身になってくれる東郷の外。より離れた位置から冷静に状況を見ている者が居る。故に必要以上の不安を持たず、自分達は自分の事に集中できていると全員は理解して鴻ノ森の問いに返される東郷の言葉を待つ。
……。
東郷の数秒の沈黙に、全員が不思議そうな視線を向けた。
数秒程度の沈黙だけなら気にはしない。だが、東郷の表情は困り顔を浮かべ、更には皆に少し近寄る様に手で合図を出した。
「最後に絶対に注意をして欲しい事があります」
先程よりも小さく、囁くように東郷は告げた。
「行方不明に使われた魔法陣の事ですが……発動のきっかけが'誕生の洗礼'というリュシオンにある伝統行事が関係している可能性があるそうです」
皆は聞き覚えのない'誕生の洗礼'という言葉に首を傾げる。その事を察したように、東郷の口から'誕生の洗礼'に関しての説明が行われた。
祈りを捧げ、生まれた子供に加護を与える伝統行事であり、その基盤は過去の聖女が作り上げたものである。普通ならば数ヶ月程度で効果は切れるのだが、稀に加護と相性が良いと十年程加護を受け続ける者いる。
など、常峰よりも詳しく東郷は鴻ノ森達に教えた。
「方法も簡単なもので、魔法陣が浸された水に浸かり祈りを捧げる事でできます。一度受ければ二度目に効果はありませんが、一度目を大人になってから受ける事も一応可能ではあります。
常峰君がジーズィちゃんから聞いた限りでは、ジョアン君もセナちゃんも加護が残っていたそうです。そこから予想されるのが、魔法陣は'誕生の洗礼'に反応して起動したのではないか?とい事らしいです」
「俺達でも今から受けられるって訳っすか」
「はい。転移の目的が分からないが、わざわざ転移される可能性に突っ込む理由はない。というのが常峰君見解で、今後誰かに'誕生の洗礼'を受けないか?と誘われても断る様にと」
なるほど。と佐々木は頷き、他の六人も納得はできた様子を見せる。
一応話は終わりを見せ、それぞれが自分が座っていた席に戻り、各自が残ったフルーツケーキを摘みながら聞いた話をまとめていると……部屋の扉がノックされ、開かれた。
「皆様お揃いですな」
使用人が開けた扉から入ってきたのは、小さな瓶を籠に入れて持ってきたポルセレル。
「ポルセレルさん、お部屋の用意ありがとうございます。それにデザートまでご用意してもらって」
「いやいや、果物を頂いたのは私達の方で。聖女様の為ともなれば、部屋の一つや二つ、幾らでもご用意させていただきますよ。
そしてついでと言ってはなんなですが、我がリュシオン国には代々行われている祈りがありましてな。無病息災を願う'誕生の洗礼'と言うのですが、よろしければ聖女様方も一度お受けにはなりませんか?」
そう言うポルセレルは、持っていた籠の中から淡く青色に光る液体の入った瓶を東郷達に見せてきた。……それに対し、東郷も漏れず、その場に居た者達は思った。
なんてタイムリーな……と。
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ふぅ。とりあえず、これで'誕生の洗礼'は回避できただろう。リュシオン国で何が起きているのか、何をしたいのかが全く分からんから、その場凌ぎを重ねるぐらいしかできんが……何かが起きた時に動けるようにジーズィにも伝えておかないとな。
「んで、アーコミアの動きは分からんか」
「元々それほど関わりがあった訳でも無いからな。故に、我はアーコミアがどうやって魔神を復活させようとしているのかも知らぬ」
「ちなみに、メニアルが魔神を復活させるとしたらどうする」
「どうもせん。我は我を慕う皆が暮らせる場さえあれば良い」
「なんで人間がお前を目の敵にしてるかが不思議になってきたよ」
「それは個ではなく全での話であろう?禍根というのは、そういうものではないか」
「分かっちゃいるんだがな。面倒事を避けたい症候群の俺からすれば、一度話し合えよとか思っちゃうわけよ。
まぁ、そうなったらそうなったで、損益を持ち出して拗れちまうんだろうけどな」
「であろうな」
結局仮眠も取れず、東郷先生と念話をしながら、俺はメニアルとティータイムだ。
一応全員分の椅子も用意したのだが、俺の後ろではラフィとレーヴィが。メニアルの後ろには、ラプトと俺を睨むジレルが姿勢を正して立っている。
「我からすれば、お前の様な存在が現れて嬉しい限りだ。条件も悪くなく、長い目で見れば、皆も人間を含めた他種と友好になれる兆しがある」
「メニアルが居てこそだ。俺の言葉だけだと、ここまでスムーズに受け入れては貰えなかっただろうよ」
「どうであろうなぁ……どう思うジレル」
わざとらしくメニアルがジレルに話題を振れば、一度俺から視線を外して不満げな表情を浮かべならも答える。
「返答に困ります。そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。この場に居る者達は、皆が禍根を笑う者達です」
「そんな者達が慕うのはメニアルだ。
良い王に恵まれましたね、ジレルさん」
「貴様に言われずとも。だが、その評価を導き出した事は褒めてやろう」
「ハハハ、どうも」
認めてはくれている様だけど、どうにもジレルは俺に冷たいな。
ジレルとの友好関係を築くのは難しそうだ。と苦笑いを浮かべていると、念話が繋がる感覚がした。
「わりぃ、念話だ」
「構わぬよ。それよりドラゴニクス娘よ、我は酒が欲しい」
「……我が王よ、如何なさいますか?」
「持ってきてやってくれ」
メニアルに頼まれて凄まじく嫌な顔をしたラフィを慰めつつ、俺は念話を繋ぐ。
《起きてたか》
《ん?安藤か》
今、安藤はログストア国に居るはずだが……念話をしてこれたって事は。
《皆傘の所に居るのか?》
《よく分かったな》
《消去法だ》
元々安藤が居たグループの念話子機は、今は岸が持っている。そして新道達の近くにはエマスが居て、ログストアに戻った今でも新道達からの報告はエマスを通している。
どうやらエマスは新道達を気に入り、新道達もエマスと仲良くできているようで、新道達本人からこれでいいということだった。
そんなこんなで、今ログストア組の念話子機は皆傘が所持している事になる。
《んで、念話をしてきたって事は、なんかあったのか?》
《いやまぁ…実はな…》
あ、これアレだ。俺じゃ答えられないやつだ。
口籠る安藤の様子から、大体なんの相談か分かった。分かったのだが、俺は答えられない自信しかない。言い切ろう、無理だ。
《モクナの事なんだけどな。こう、俺もいまいち分からねぇからさ、愛情ってどうすればいい》
ほらな?無理だ。
このままバッサリ切ることなら出来るんだが、すんげぇ深刻そうに言われると中々そういう訳にもいかねぇ。
愛情か…愛情ねぇ……つか、呼び捨てなんですね。
《モクナさんはなんて言ってんだよ》
《今のままでも大丈夫だって。十分幸せですって言ってはくれるんだけどな》
脳裏で、何故か上半身裸の安藤がモジモジしているのが浮かんだ。
やべぇな。キ…面倒だぞ。そもそも相談相手を間違えている。そういうのに疎いとか言うレベルじゃない俺に対して、こういう相談は間違えている。
好意を汲み取る方法とか、向けられた好意に疎いとかではないと思うんだが……俺が思い浮かぶのは感情ではなく合理性というか倫理的というか。言ってしまえばつまらないであろう恋愛の仕方でしかない。
まぁ、人が言うには酸っぱいブドウ理論というか…負け犬理論だ。そもそも!そういうので俺の睡眠時間を取られるのが嫌で、今の俺は恋愛に意識も思考も向かない!
《もう、ベッドインしちゃえよYOU》
《よく考えろ常峰。そういうのは、まだはえぇだろ》
そんなマジトーンで返さないでくれよ。
俺も一応真剣に考えてんだが、まったく良い感じの返答が浮かばねぇ。
《俺以外の奴に相談したほうが、いい返答貰えそうだがどうなの。ほら、江口・武宮とか良い解答持ってそうだぞ》
《……普通に恥ずかしい》
《そうかい》
そんな恥ずかしい事も相談してくれるなんて、俺は嬉しいよ。嬉しいからこそ答えてやりたいが、どうしたもんか。
愛情ねぇ。あぁ、そういえば…俺の言葉じゃないが、爺が昔に言ってたっけか。
《安藤君や》
《なんだ?》
《浅き頃は愛で抱き 時、経ち、過ぎれば情も抱く。
積み上がる愛に比例して、情は深く深く掘り下がる
老いを迎え果てる頃、愛も情も語り晒し、互いに思いを抱き寄せば…それこそ最高の女であり、最後の女だ》
《どういう意味だ?》
《知らん》
《知らんてお前…》
本当に知らねぇから仕方ねぇだろ。そもそも、爺が酒を飲んだ時に惚気けで言っていた台詞だからな。俺が知るわけがない。
それにまぁ、あと俺が言える事があるとすれば……。
《別に焦らんでも良いだろ。そもそも文字通り住んでる世界が違う相手だ。そう感じる事柄にも違いはあるだろうし、知らんことの方が多いんじゃねぇのか?
熱を上げるのは結構だが、しょーもない空回りで潰れんなよ》
こんなもんか。
適当に言葉を並べては見たが、それっぽい事は言えているだろうか。そんな風に悩んだ事がねぇから、結局は言葉だけなんだけどな。
《そうか。そうかもな。ふぅ……ありがとう、迷惑かける》
《構わねぇよ》
《本当に、迷惑をかける》
《……期待して待っててやるよ》
《ありがとう》
どうやら本当に用事があったのは安藤だけだったようで、皆傘達とは念話をせずにそのまま切れた。念話が切れた事を理解したのか、途中からニヤニヤとしていたメニアルが酒を煽りながら話せを視線を向けてくる。
「夜継の困り顔と言うのも新鮮なものだな。何用であったか」
「秘密だ。男と男の密談を探ろうとせんでくれ」
「カッカッカ!それは悪い事をしたのぉ!」
随分と出来上がってきているな。……そういや、メニアルは大分人生経験を積んでいてもおかしくはなさそうだが、どうなのだろうか。
「なぁメニアル」
「なんじゃ?」
「メニアルは旦那とか居ないのか?言っちゃなんだが、ジレルさん以外の男の影が見えんのだが」
「伴侶か。そうじゃなぁ、色恋沙汰は一度だったか。乙女ではないが、そういう経験は浅いな。若き日の我は男を見る目も無かったしのぉ」
「そう、なのか?」
「寝首をかかれそうになってな!カッハハハ!今でも笑い話よ!」
笑い話でいいんですかメニアルさん。今でもって言うことは、当時も笑い話にしたんすかメニアルさん。その豪胆さは、見習って良いものなのか悩むわ。
それに、メニアルが今話した瞬間、ジレルが鼻で笑い虚空を見下した所を見ると……見知らぬ相手には黙祷だけを送っておこう。良くは知らんし。
「この先、いい相手が見つかることを祈っとく」
「我は別に要らんよ。祈るならば、我ではなくラプトやジレルの幸せを祈れ」
酒を煽り、上機嫌に頬を緩めて笑うメニアルの表情は、初めて見る柔らかい笑みだ。メニアルとってもうラプトやジレルは家族なのだろう。母親的な気分なのかもしれんな。
「んじゃそうしとこうかね。………ん?」
メニアルの空になった容器に酒を注いでやると、ふと地面が揺れた気がした。
「地震?」
「ほぉ…先もあったが、珍しい」
俺の反応とは違い、メニアルは口元を釣り上げ空を仰ぎ目を瞑っている。
ってかさっきも揺れたか?全然気づかんかったんだが。
「たまに地震とか起こるのか?」
地揺れが多いなら、建造する時に配慮が必要かもしれんな。と思いメニアルに問うと、メニアルは軽く首を横に振った。
「これは地震ではない。ただの足音じゃ」
「は?」
いや、明らかに地面が揺れていたんだが。
ここで俺の脳裏にある存在が過る。
見たことしか無いが、見た記憶はある。あまりにも巨大で、その体の全貌は映っていなかったが、山です。と言われても納得できる程に巨大な存在を。
「おい、まさか…」
「夜継が想像した通りであろう。これは、魔王オズミアルが歩いただけの事よ。まぁ、大分遠くにおるようじゃ、今は心配する事も無かろう。
元より彼奴は大海に身を置いておる。そうそう陸に上がろうとはせんよ」
マジで言ってんのか。
確かに、映像でも海は見えていたが……そういう問題なのか?足を動かしただけで地揺れって……。
ふとラフィ達を見てみるが、大して焦っている様子はない。何時も通りのご様子で。
「どうした?酒の香りに酔ったか」
オズミアルと戦闘になった場合を考えた瞬間、あまりにも無謀と言うか面倒で頭が痛くなり手で支えていると、愉快に笑うメニアルの言葉が耳に届く。
「いや、ファンタジーの常識に酔いそうだ」
正直活路が見えない。山をぶっ飛ばす程の魔法も存在はしているのだろうし、規模で言えばそれぐらいはチョコチョコあるんだろうけど……山の規模の生物って、それ自立できんのかよ…。
新たにと言うよりは、自分の見積もりが甘かった問題を再確認した俺は、今後も面倒が続きそうだと頭を抱え、嫌になって枕を抱え。
「寝るのか?夜継」
「現実逃避で」
寝ることにした。
ブクマありがとうございます。
今後もよろしくおねがいします!




