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眠れる王  作者: 慧瑠
冒頭
9/236

意識がしっかりとしてくるのを感じた。だが、これは夢の中だとも理解できた。

たまにあるこの現象は、楽しいひと時の場合と胸糞が悪くなる時と…その時見ていた夢の内容次第で変わってくる。


今回は、胸糞悪くなる事は無いだろうが…愉快な夢でも終わら無さそうだ。


「本当に突然来るな…爺」


「腹が減ったんだ。やー坊、飯を作ってくれんか」


「なんか買ってこいよ」


「どうせやー坊が作ってくれると思ってな!ガハハ!」


呆れてものが言えない様子の不登校をかましていた中1ぐらいの俺と、放置された無精髭が生え散らかしている顎を撫で、いつもの様に小さい頃の俺を見て笑う男。


その二人のやり取りを、部屋の隅から俺は眺めている。


「なぁ、爺」


「んー?なんだ?」


料理が得意なんてことはなく、ただ作る過程が簡単なチャーハンを作る俺の言葉に、我が家同然の様に寛ぐ男が俺を見ずに返事をする。


「爺は、学校楽しかったか?」


この質問…この頃の俺は、学校に行く理由を見出だせなかった。

どうせ義務教育、必要最低限以下でも卒業ぐらいはできる。

そう考えて、最初の一週間だけ登校して、あとは変に考えを拗らせて不登校。よく聞くような話だ。


「学校なぁ…俺の頃は、まともに行けるだけでもありがてぇって時代だったからな。

もっと周囲に感謝して学校に行ってる連中も多かったし、殆どがしかたねぇから行くじゃなくて、行きたいから行く、行かせて貰えるから行くってもんだった。


そりゃ、そんな中でも問題起こす連中も笑っちまうぐらいに居て、それをはたから見てるだけでも飽きねぇ場所だったわ。

だから楽しかったな。もちろん、クソ面倒な事もあったし、学校ごときがなんだとムカついたり、嫌な事だってたくさんあったがな」


「でも爺は、ちゃんと学校に行ったんだろ?」


チャーハンの粉が無くて、少しベチャっとしたチャーハンを皿に盛り付け、テーブルに並べる。

横になってテレビを見ていた男は、皿が並ぶテーブルへと向き座り、元々用意していたコップに冷えた麦茶を注いでいく。


自分の分だけ並々注ぎ終えると、それを一口飲んで、男は答えた。


「行ったさ。俺は楽をしたかったからな」


「学校行ったら、楽になるのか?」


「行かなかったら必要以上に苦労する。それに比べりゃ、学校なんて小せえ檻ん中は便利だった。気に食わなきゃ行かねぇで、出入りは自由だし、教師は聖域じゃなかったし、反発するなら暴力ありと言えど対等ではあった。

保護者と教師が殴り合いするなんて事もあったしな。


今こそイジメだなんだと問題に上がっちゃいるが、学校は絶対な場所じゃねぇのよ。

気に食わねぇなら、今のやー坊の様に行かなきゃいい。だが、行かねぇで引き籠もるなら引きこもるで、何か一つで良いからやりてぇ事なり、やってみてぇ事見つけて、それに向けて準備の一つや二つ進めりゃいい。


俺は、そのやりてぇ事を見つけるのがダルいから、やりてぇ事ができた時用に渋々学校に行って、楽する道を選んだわけだ。

親元に居ても、何かと文句を言われるのを耐えきる程に俺は気がなげぇ方でも無かったからな」


「んで楽できたのかよ」


昔の俺も、男と同じように自分のコップに麦茶を注いで席に座る。


「まぁ、急かすなって。

年食うと、長話すんのが好きになんだよ。


結論から言えば、思っていた楽はできなかったが、それなりに楽しめた。

んで、今はこうして楽してるぞ」


「人に料理を作らせてか」


「そういうこった。

俺は学校で、催し物がある度に自分だけ楽したくてな。他人に頼むすべと言うか…まぁ、他人を動かす要領を身に着け始めた。


ある程度の関係を保ち、その関係間に見合った頼みをして、適材適所に振り分けと指示を出せば…ほら、俺はちょっと手を出すだけで終わるもんだ。

積み重ねも必要になったりするが…まぁ、その辺を俺は楽しめた人間だからな」


「気に食わねぇ人間とか居なかったのか?」


「そりゃ居たさ。

気に入らねぇ人間もしたし、俺のことが気に入らねぇ人間も多々居た。それこそ、イジメに似た境遇だって体験した。

生きてりゃ、それぐらいの事はある。ただなぁ…さっきも言ったように俺は気に食わなきゃ行かねぇのよ。

やりてぇ事は無かったが、やりたくねぇ事は沢山あったし、やられたくねぇ事も沢山あった。


そこで俺の教訓が生きるのよ」


コップの中身を一気に飲み干し、わざと強めに音を立てておいて、相変わらず勝ち誇ったようなドヤ顔で男は昔の俺を見る。


あぁ…今でも覚えているさ。

なんなら、俺が学校に行き始めたキッカケの言葉でもある。


「「'人の振り見て我が糧とせよ'」」


男に合わせる様に、その流れを見ていた俺も口にする。

どうせ夢で、聞こえ伝わる声でもない。


「んだよそれ」


わかるぞ昔の俺。そりゃそう思うよな。

今の話で、その言葉のどこが生きるのか…聞いた瞬間は分からなかった。だが、このお人好しの男は、小馬鹿にするような笑みを浮かべて言うんだ。


「やー坊、お前は何かと頼めばしてくれる優しくも扱いやすい男だ。

だからこうして俺にもベチャベチャなチャーハンを作ってくれた」


「文句言うなら食うなよ」


「バカ!食うに決まってんだろ。やめろ!下げるな!落ち着け!

いいか、人間観察が趣味とか言うなら、もっと得る行動に移し替えてやるべきだって言ってんだ!」


「人間観察が趣味だなんて思ったことねぇし、言った事もねぇよ」


昔の俺は、下げかけた皿をテーブルに戻すと、男はちょっとふてくされつつも自分の方へ皿を寄せて、今度はしっかりと腕でガードしながら話を続けた。


「まったく。いいか?人の振り見て我が振り直せと言うが、んな事をしてたらキリがない。

だからこそ、周りの人間を観察して、その人間を上手く扱う為の情報とするんだ。


イジメが好きな人間でも、意外と扱いやすかったりする。

声が小さな人間でも、その才能は声を出すこと以外に振り分けてあったりする。

人の前に立つ様な人間でも、どこか苦手な事や欠点を持っていたりする。


そういうのは、観察しなきゃ分からない。ただ、それが分かれば、そこを補う様に動いてやるだけで相手にとっては得した様に感じさせる事もできる。

もちろん集団の誘導と個人の誘導は違うもんだが…


誘導するにも補うのにも、万人が納得する妥協点、個人が納得する流れ…そういうのをしっかり見てやって、配置してやると…ほら、今の俺のように勝手に会社は動いて、一定の金は俺の手元に。

んで、俺はこうして旅したり、やー坊の飯を食いに来れたりするもんだ」


「んな上手く行くかよ。たまたま爺の運が良かっただけだろ」


そう、この男は運が良かったんだろう。

だがその良い運を導く為に、お前はこれから人を見るようになる。親の意外な一面も、意外と扱いやすい人間も…短い付き合いでも心許せる人間すらできるようになる。


「当然、運も絡むだろうよ。

ただな…俺はその巡ってきた運を逃さねぇ様に目を凝らして、感覚研ぎ澄まして、その巡ってきた運も他人に頼んで手に入れてきた。


運なんてな、意外と自分で呼び込めるもんなんだよ。宝くじなんかの運は知らねぇ。だが、買わなきゃ当たらねぇ。

それと似たようなもんだ。巡ってきた運を棒立ちで見逃してちゃ、そりゃ運は悪いままだ。

これはチャンスだ!と思ったら、いつでも動けるようにしとくのは大事だぜ?俺は自分で動くのは苦手だし、面倒だし、上手くやれねぇ自信しかねぇからよ。


だから、できるやつに頼んで、俺に巡ってきた運を一緒に回収してもらう。

もちろん無償なんて事はしねぇ。繋いだ人脈やパイプを、繋いだからって蔑ろにすりゃ、そりゃ錆びて腐り落ちるもんだからな。

そういう面では、人間関係ってのはくっそ面倒だが…まぁ、愚痴る友人一人いりゃ、そいつは唯一無二になってたりする。


俺はソレを死ぬほど大事にしている。俺の親友と言っても過言じゃねぇ。そういうのを考えりゃ、確かに俺は恵まれたわ。

やー坊も、そんな奴が一人できりゃ、もう少し楽しめるだろうよ。

その為には、コイツなら!って人間を見つける必要もあるがな。だから、学校って檻は便利だったんだわ。

今は、ネットなんかもあるんだから、もっと見つけやすいだろうけど…それに比例して、見極める感覚は磨いとけよ」


相変わらず話が長い爺だ。

聞いてない事も、言わなくても良かったであろう事も一方的に言ってくる。


「ま、俺がどれだけ自分ではできねぇ人間か…今度、見せてやるよ」


カラカラと笑い、少し冷め始めたであろうチャーハンをかきこんでいく男に、昔の俺は納得のいっていない表情のままチャーハンを食っていく。


後日俺は、男が言ったできねぇ自分を見せる事を実行されて、くっそ不味いチャーハンを食う羽目になるのだが…。今、思い出しても頭を抱える程にまずかった。


その時の事を思い出しつつ、閉じた目をゆっくり開けると、場面は変わって二人は食事を終えていた。


「ゴチ!いやー、ベチャっても美味いなぁ」


「はいはい、おそまつさん」


男の言葉を軽く流して、昔の俺は空になった皿を洗いに行く。

対面式だから、その洗っている場所も見えるのだが…ふと、男の視線が俺の方を見ている気がした。


「……」


こうやってしっかりと見直すと、懐かしい。

爺の言葉は、今の俺を構築した。ありきたりかもしれないが、俺にとっては忘れなれない会話だった。


あぁ…本当に懐かしい。言葉を交わすことができなくても、こみ上げてくるものがあって、少しだけ目頭が熱くなる。


「随分と立派に捻くれたな。

糞ガキだったやー坊が、よく頑張った。俺のおかげだな」


俺は目を見開いた。

まさか、こっちに話しかけてくるとは思っていなかった…。だが、これは夢であるとすぐに思い出す。

きっと、これは俺が言われたかった言葉なのだろう。だからこそ、俺は自分が何を言われたかったか気になってしまう。


「ハハハ、褒めてんのかそれ?……まぁ爺程に上手くはできてないが…俺が納得できるぐらいには、俺は俺でやってるよ」


「俺は天才だからな。俺の猿真似だと、そりゃ俺以上にはなれねぇよ。しかしなんだ…お前は俺と違って、ちゃんと自分でも動くじゃねぇか。

それはやー坊の良いところだ。だからこそ、お前は信頼されている。見てきた俺が言うんだ。お前はよく頑張ってる」


らしくない事を言う。

やっぱり、これは夢で、爺に俺が言わせている言葉なんだろうな。


「さて、やー坊、もう一仕事残ってるみたいだぞ。

ねみぃのは分かるが、そろそろ一回起きてやれ」


「は?」


「まだ色々と俺の人生経験を語ってやりたがったが…悪かったな。もう少し遊んでやれなくてよ…。

でも良かったよ、お前はお前で立派になって…これから大変な事も多いだろうが、まぁ…頑張れや」


「まて…爺!」


この夢の場面から翌年、爺は死んだ。

爺の言う親友とドライブに出かけた最中、暴走車にぶつかって死んだんだ。爺の癖に反射的にハンドル切って、自分の運転席側で受け止めて…搬送先の病院で、死に際まで満足そうに笑って死んだ。


爺の親友は、後遺症は残ったのもの助かって、退院してすぐに謝りに来た。謝りすぎて死んじまうんじゃないかって程に、爺の嫁さんと身内に謝り倒していた。

もちろん親友の方には落ち度はない。むしろ助かってくれて良かったとさえ思う。守りきれたと笑みを浮かべたまま死んだ爺が報われたんだ。


そう、爺が死んだあの日以来、俺は爺と話すことはできなかった。

だからこうして…懐かしく思えたのに…なんでそんな寂しそうな顔をする。違うだろ…


「笑えよ爺…世界が違ってどうか知らんが、あの世で待っとけ。次は、俺が俺の人生経験を嫌って程に話してやるから」


「ガハハ!生意気さは変わってねぇな!寝坊助め。

ったく…楽しみにしてるぜ、やー坊」


不敵に楽しそうに笑みを浮かべた爺を顔を最後に、視界は暗転して俺は落ちていく感覚に襲われる。


本当にあれが俺の夢なのか、それとも本当に爺だったのかは分からなくなった。だが、どっちでもいい。

爺の事故以来、確かに常に眠くて仕方なかった。今更どうにかなるとは思わねぇし、しようとも思わねぇけどさ…笑って待ってろ爺。

俺は、あんたが笑って話すのが、意外と好きだったんだから。


--

-


重かった瞼がゆっくりと開いて、視界に光が差していく。


「よぉ、起きたか?お?…なんか、機嫌が良さそうだな」


ハッキリした視界に初めに映るのは、何やら興味深そうに俺を見る安藤の顔。


「あぁ…ちょっと決意表明をしてきたからな」


「決意表明?誰にだ?」


「認めると悔しいが、俺の基盤を築いた懐かしい相手に、俺もやりたいように生きるから、期待して待ってろってな」


「常峰の基盤…だと…。かなり癖の強い人なんだろうな…」


安藤は目を丸くして、漏らすように言葉を吐いた。


「否定はしねぇが…俺の基盤から、そう連想するのは気に食わねぇわ」


「ククッ…事実じゃねぇか。お前も相当拗らせて癖がつえぇよ」


「ククッ…ハハハ!だったら、よくつるむお前も同類だな」


「ハハハ!ちげぇねぇわ」


二人して笑っていると、俺は最後に寝たあの部屋から、最初に用意された部屋に移動していた事に気付いた。


「わざわざ運んでくれたのか」


「あの後、とりあえず自由行動って事にしたんだがなぁ…飯食って、解散ってなったときに起きないお前を岸達と運んだ。

ついでに、世界巡り組の拠点はこの部屋って事にして」


「なるほど。後で、岸達にも礼を言っておかないとな。

んで、俺が頼んだ事はしてくれたか?」


「あぁ、試したよ。メイドさん使ってな」


安藤の説明によれば、俺を運ぶ際にメイドさんにスキルで眠ってしまった事を言おうとしたらしい。

すると、言葉が詰まったようにでなくなって、結局また勝手に寝た。と伝えたと言う。


一応、岸達や他のクラスメイトにも試してみた所、同じような結果で、他の皆も似たような結果になったらしい。

紙などに書いて伝えようとしても、その意思を持った時点で手が止まる。


並木がクラスメイトのスキルを覗けなくなった事から、了承無しでのスキル干渉の方も効果が出てるとの事。


補足としては、ちゃんと当人の許可する意思があれば見れるようにもなったと。


「そうか。それは良かった。

解除して欲しいクラスメイトは居たか?」


「今のところ無し」


「OK,ならメンバー表の方は?」


「新道と東郷先生から預かって、岸達と手分けしつつまとめてる。

あぁ、そういや岸がスキルを誤魔化して載せるって言ってたんだが…いいのか?」


「その辺は聞いてる。

もしバレても、俺達でも見破れなかったで通すから気にしなくていい」


ともなれば、他者への漏洩はある程度防いだし、比較的動きやすい環境と、相談しやすい環境も用意できた。

俺からすれば、管理しやすい環境の構築は終わった。


一段落できそうだな。後は、事が起きはじめてからか。


「さて…メンバー表の作成は任せて、俺はもう一眠りするかな」


「あー…まぁ、もう夜だから本当なら別に構わないんだが…」


俺が布団に潜り直し、心地よき二度寝に浸ろうとすると、何やら安藤の歯切れが悪い。


「なんかトラブルか?」


もしトラブルなら、今のうちに解決策が出るようなら出しておきたいんだが…。


「別にトラブルってわけじゃなくて…そろそろ時間か」


未だに歯切れが悪い安藤は、部屋に置いてあった小さい時計を見て呟いた。

同時に、部屋の扉がノック音を響かせる。


…デジャヴかな?


「安藤…一体」


「まぁ、頑張れ」


俺が言い切る前に安藤が被せ、安藤が俺を労う様に肩を叩くと…扉の向こうから俺の名前が呼ばれた。


「常峰様、王がお呼びです」


その一言だけで察した。

クラスメイト同士がどうのとかではなく…


「俺のトラブルですか」


「そういうこった」



さて…進まんな。

次は、もうちょっと進展させたい。


ブクマ、ありがとうございます。

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