百菜ちゃんとコニュアちゃん
更新ギリギリ。
早朝、皆さんと朝食を済ませた私は、使用人の方にとある部屋の前まで案内をされました。
「どうぞお入りください」
一礼をして豪華な扉を開けた使用人の方は、私に中に入る様にと手で示してくる。入る前に中の様子を伺うと、かなり薄暗くて、天井の方で何かがキラキラと反射する光だけが見えています。
移動中にこの部屋で待つ人の話しは聞いていたので、少しドキドキしながらも足を踏み入れると、使用人の方は私が入った事を確認してゆっくりと扉を閉めた。すると部屋は一層暗くなるけど、天井の反射の正体であるシャンデリアが真下を淡く照らし、そこに佇む一脚の椅子には一人の女の子が座っていました。
「様々な無礼を重ねた上に、ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません。よくぞ、リュシオン国にお越しくださいました。聖女様」
女の子――コニュアさんは椅子から立ち上がり私に一礼をしながら謝ると、そのまま膝を折って私に祈るような姿勢へと移る。
「コニュアさんが謝ることなんてありませんよ?予定も伝えずにいきなり来たのは私達ですから。だから頭を上げてください」
膝を折り深々と頭を下げているコニュアさんに、私もしゃがんで高さを合わせてコニュアさんの手を握る。
聖女という立場には慣れていませんけど、こういう反応への対応は立ち寄った村の方々で予習済みです。それでも、コニュアさんは一線を画すぐらい過剰な感じはしますね。
昨晩、常峰君と念話で話したから意識しちゃってる……かな?
「聖女様…」
私の言葉で顔を上げたコニュアさんは、くりくりとした可愛らしい瞳で私を見つめる。
幼さが残るものの、お人形さんの様な顔立ちに少しだけ羨ましさを感じちゃいますが……その安心した様な表情に、ぎゅっと握り返してくる小さな手を見ると母性がくすぐられてしまいます。
この小さな身に、国という重圧。私じゃ想像もできませんが、きっと沢山苦労をしてきたのでしょう。常峰君が言ったから…ではなく、これは私の本心から出た言葉。
「コニュアさん、お時間ありますか?」
「聖女様の為ならば、優先的にお時間はお作りします」
「ふふっ、では少しだけ私とお話をしませんか?」
'聖女様だから'ではなく、もっと気を緩めて私とお話を。その為にまずは、親睦を深めることから始めましょう。いつかは、お友達としてお話をできるように……。
数時間後。
初めは私に椅子を勧め、自分は地べたに座ろうとしたコニュアちゃん。でもそれは私が嫌だったので、オロオロとするコニュアちゃんを説得して二人で地べたに座ってお喋りを始めました。
聖女というスキルを持つ私を地べたに座らせた事に、負い目でも感じていた様子のコニュアちゃんは、最初こそ口数も少なく、私の言うことには全て肯定で返してきていましたが、時間が経つにつれて少しずつコニュアちゃんから話してくれる事が多くなりました。
そして今では、'コニュアちゃん'と呼んでいい許可も貰えて、本人のお願いである膝枕をしてあげています。
話し始めて慣れてくれたのか、コニュアちゃんは少し幼児退行が見られ、膝枕をしながら頭を撫でてあげるとすぐに寝息が聞こえ始めました。
「きっと、子供ができたらこんな感じなのかな」
誰かに言うわけでもなく一人で呟き、動こうにも動けず、元々動く気もない私は周りを見渡した。
私の周りには、数冊の本が散らばって置かれている。
これは、コニュアちゃんが私に読んで欲しい。と椅子の下にある引き出しから取り出した本達。種類はおとぎ話に近くて、嘗ての勇者の物語である'勇者の伝説'とリュシオン国ではメジャーな'聖女の国'を読み終えた辺りでコニュアちゃんは寝てしまった。
時間経過なんかは読み取れなかったけれど、多分時系列では'勇者の伝説'が先で'聖女の国'が後の事。聖女の国の中で、勇者の伝説が少しだけ語られていたから……多分間違ってはいないと思います。
子供が読みやすく、憧れやすくまとめられた'勇者の伝説'は、私達の様に異世界から召喚された勇者が世界を恐怖に陥れていた魔王と戦って、世界の平和を取り戻すお話。
そして'聖女の国'は、勇者の伝説を読む年頃ではなく、もう少し成長した子達に向けた様な内容。もしかしたら大人に向けた本なのかも…と考えられました。
その内容というのも……勇者が魔王を倒した後、まだ現在の大国も無く、勇者がその生を終えるまでは平和だった。だけど、勇者が居なくなり、世界には別の戦火の火種が姿を見せ始めてしまう。――それが'種族大戦'とこの世界では言うらしいです。
最初は人間の国で行われた領土戦争が発端で、いつの間にか戦火は広がり続け、様々な種族を巻き込んだ大戦へと発展。その最中、ある村で'勇者の可能性'というスキルを持った子が現れたそうです。それを知った者達は、その彼を勇者の生まれ変わりと崇め、対抗していた者達が嘗て勇者を喚ぶ為にと神が授けた'異界召喚'の魔法を使うまでに。
そこで現れたのが'聖女'を持つ女性。
'聖女の国'は、その聖女が勇者の可能性を持つ少年と共にココ――リュシオン国を作り上げる物語。
勇者の伝説より暗い内容も含め、読み聞かせをするには不向きな内容でしたが、最後は聖女が神に祈りを捧げる所で終わっていました。
ギナビア国やログストア国の名前が出てこなかった所を見ると、恐らく最も長い歴史を持つ大国がリュシオンなのでしょう。
「ただ…」
私は、コニュアちゃんに読み聞かせた本の内容を思い返し、小さく呟きながらコニュアちゃんを撫でつつ、空いている手で一番近くに置いていた本を手に取る。
その本にはタイトルらしいタイトルは無く、少し色落ちした可愛らしい犬の絵柄だけが描かれていた。
これはコニュアちゃんが一番最後に持ってきた本で、その時にコニュアちゃんは確かに言った……'お母さんの本'だと。初めは、コニュアちゃんのお母さんの物だと思っていたけれど、もしそうならおかしいんです。
さっきも見た最初のページを見る為に私は表紙をめくる。そしてそこには、やっぱりさっきと同じ事が書かれていた。
―異世界1日目。
私、福神 幸子は'聖女'になりました!―
これは初代聖女の日記帳なんですから。
「んっ…聖女様?」
いつの間にか撫でる事を止めてしまい、日記の内容に没頭していると、コニュアちゃんの声で本以外に意識が向いた。
「おはようございます。コニュアちゃん」
「…! も、申し訳ございません。大変ご迷惑をおかけしてしまいっ…まさか、あぁっ」
ガバッ!と勢いよく体を起こしたコニュアちゃんは、さっきまでのやり取りと私への態度を思い出して、恥ずかしくてなのかな?顔を覆っている。
可愛らしい反応に頬が緩みながらも、私はコニュアちゃんの頭を優しく撫でてから抱き寄せた。
「聖女様?」
「皆、今まで大変でしたね」
「そう…ですか…。お読みになられたんですね……」
私に抱き寄せられて思案顔だったコニュアちゃんは、私の言葉を聞いて全てを察したんでしょう。その声は小さく、できることならば知られたくは無かったようにも感じます。
「醜態を晒さぬ様にと、精神保護の魔法を使用していたのですが……やはり私は聖女様のスキルには抗えませんでしたか」
コニュアちゃんの言葉で今度は私が察しました。
私の聖女のスキルは、常峰君とセバリアスさんの協力で確かに抑制されています。でも、さっきコニュアちゃんが寝ている間に確認した時、抑制中にも関わらずレベルは2から4になっていました。それは私のスキルが強くなっている証拠。
そしてコニュアちゃんの言葉でハッキリしました。これは私を信仰している者も対象ですが、一番効果を受けるのは'聖女'を信仰している方達なのでしょう。現に私が意識せずともコニュアちゃんはスキルの思考誘導を受けてしまっていた。
聖女に、自分を生んだ母に甘えたいと言う欲求が、私の仲良くしたいと共鳴してしまった。
そういう事なら幼児退行の様な行動の理由にもなると思います。……それに、コニュアちゃんの境遇を考えれば、聖女への信仰心の高さは人一倍あるのも頷けます。
「まだ全部は読み切っていませんが、ある程度は読みました」
「では、私の事も」
「はい」
しっかりとコニュアちゃんの事も、この日記には書かれていました。
コニュアちゃんは聖女の娘さんであって、そうではない。
その事がしっかりと。
「いつかは聖女様にはお話する予定でした。まさか、こうも早く知られてしまうとは……私の失態です。しかし、知られてしまったのならば……聖女様、そこに書かれている事は事実です。ですが全てが書かれている訳ではありません。
その時より今は随分と経ち、状況も変わり果ててしまいました。こんな身になっても私の力量は足りず、悪化させてしまった事も多々あります」
さっきまでの様な年相応のコニュアちゃんではなく、そこには皇女を担うコニュアちゃんが私をしっかりと見据えて言葉を続けます。
「止められた事も止められず、愚行を繰り返した私です。でも、聖女様、聖女様への思いを偽った事は一度たりともありません。だからこそお聞き入れください。
眠王の庇護下から抜け、リュシオンに就いては頂けませんか」
その言葉に偽りは無いんでしょう。本当に、私の事を思っての言葉なのも分かっています。でもごめんなさい。
「それはできません。常峰君を見捨てる事はしません」
「元の世界で、師弟の関係だった事も存じていますが聖女様、眠王は危険な存在です。全てを利用してでも目的を成そうとするでしょう。
それは聖女様、例外無く聖女様も含まれている」
「かもしれません。でも、常峰君は王様である前に私の大切な生徒なんです。
私は自分の生徒を誇りに思っています。信じています。だから大丈夫ですよ!コニュアちゃんが考えているような事にはなりません」
「言い切るのですね」
「言い切ります!でももし、常峰君が世界に仇なす存在になり始めたら……世界が違っても先生が怒りに来ます!だから安心してください。
それに、コニュアちゃんが抱えている問題を解決する為に、常峰君は力になってくれるはずですよ」
一つ小さく息を吐いたコニュアちゃんは、根負けをしたように優しい笑みを浮かべて私に言った。これでは、どっちが子供か分かりませんね。
「分かりました。未だに私は眠王を信じきる事はできませんが、聖女様がそうおっしゃるなら。丁度、眠王との契約で悩んでいた事もあったので、解決にもなりました。
……ただ聖女様、どうか私の事は暫しの間、内密にお願いします。ここ数年、ポルセレルの動きが怪しいので、悟られる訳にはいかないのです。ご理解ください」
「そこは分かりました。だけどコニュアちゃん、一つ私からもお願いがあります」
「聖女様のお願いであれば何なりと」
「その'聖女様'は止めてください」
「え?」
私のお願いに、ぽかんと子供らしい表情で言葉が詰まったコニュアちゃんは、困ったように顔をしかめて悩み、尚も'様'付けで呼ぼうとするコニュアちゃんと相談をする事数十分。
またしても根負けしたコニュアちゃんが、体裁もあるため人前以外なら…と言う条件付きで'百菜ちゃん'と呼んでくれる事になりました。
「も、百菜ちゃん。その、ではお願いします」
「はい!常峰君には、まだ話さないでおきますね」
少し顔を赤らめるコニュアちゃんを抱きしめた私は、今後の事についてもう少しだけ話して親睦を深めました。
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時を同じくして、リュシオン城より少し街に下りた辺り。白を基調とした街並みの中でも一際目立つ大きな教会。
そこは外見こそ協会ではあるが、内部は協会と兼用でリュシオン支部のギルドがあり、同時に国一番の図書館ともなっていた。
「奇冴さん、今日は田中君達との訓練は良かったんですか?」
「食後にする事になってます。それよりも、鴻ノ森さんは何か見つけられました?」
「全然ダメですね。過去に誰も試そうとした痕跡すらありません」
朝食後、田中と佐々木も連れて艮と鴻ノ森の四人はその協会へと足を運び、帰還方法に関しての情報収集をしていた。しかし、昼時に差し掛かろうとも有益な上方は一つも見つからず、田中と佐々木に関しては、街で人々に情報収集をしてくると別れてしまっていた。
「安賀多さん達は、ポルセレルさんとの約束の為にミーティングで忙しそうだし、これ以上深く調べるとなれば…もう少し人手が欲しい所ですかね?」
「奇冴さんの考えも一理あるけれど、多分これは数より質かもしれないですね」
「そうなれば、そこそこの地位や権力がある方になりますよね」
「はい。もしくは、隠蔽される前の知識がある方か…」
全く情報が集まらず、あるのは綺麗にまとめられた英雄譚ばかり。これには、艮も鴻ノ森も完全にお手上げ状態であった。流石に何時間もぶっ通しで調べていたせいか、少し休憩も兼ねて二人は協会内でギルドが経営している喫茶店の方へと足を運ぶ。
二人は知らないが、リュシオン支部のギルドはログストア支部の様に喧騒に包まれていることはなく、落ち着いた空気と心地よい足音が聞こえ、耳に届くとしてもこの喫茶店かギルドカウンターでの会話程度。
つまり、少し耳を澄ませば、近場の会話は耳に届く。
「そういえば聖女様がいらっしゃってるらしいぜ」「私は見たわ。可愛らしい方だったわよ」「へー、俺も屋根の修理がなきゃ見に行きたかった」「護衛の方々も何ていうかオーラがあったわ」「お前に分かるのかよ」「分かるわよ。間違っても敵だなんて言って刃を向けたりしない程度にはね」「そういや、聖騎士の連中が刃向けたんだっけ」「そうそう、噂では旧派のロバーソンらしいわよ」「これは痛手だろうなぁ」
なんて会話を二人は耳にする事に。
「噂になってますね」
「みたいですね。奇冴さんは、旧派って分かりますか?」
「わかりません。鴻ノ森さんは」
「さっぱり」
周りに聞こえないように小声で会話する二人は、息抜きがてらにもう少し周囲の会話に耳を傾けた。思ったよりも色々と入ってくる会話に、気がつけば時間は結構経っていて、田中達が戻ってくるまで喫茶店に居てしまったようだ。
それでも周囲の会話に耳を傾けていたおかげで、帰還方法に関してはさっぱりだったが、リュシオン国について少しだけ情報を得る事ができた。
「旧派と新派ねぇ…」
まだ食事までは時間があると言うことで、結局食事前に訓練をする事にした艮達と別れた鴻ノ森は、用意された部屋で一人、今日集めた情報をまとめていく。
何処の店が安い、誰々が逢引をしている、どこの子が生まれた。などなど耳にした情報を思い出し、その中でも興味があること、自分達に今後関わってきそうな事柄を取り上げる。
信仰対象は同一の二つの派閥
そして、田中達が街で子供達から聞いたと言う'森の怪物'
今の所、鴻ノ森の興味が惹かれたのはこの二つだけ。
「派閥ができているなら、それの神輿が居るはず。片方はポルセレルだとして、もう片方は……?
それに、田中君達が子供達から聞いた森の怪物……この周辺には何箇所か進入禁止になって封鎖されている森が確かにある。初めは子供達を怖がらせる為に大人達が生んだオカルトかとも考えたけれど、もしかしたら本当に居るのかしら」
食事の時間が来るまで、持ち合わせの情報だけで予想を幾つも用意していく鴻ノ森だったが、結局は先に食事の時間が来てしまい、今のままでは納得の行く答えも出せないと諦める。
そして、先に案内されていた安賀多と東郷、自分より少し遅れてきた艮達を混ぜ、ある程度の情報共有をしながら食事を進め、今後の予定を立てていった。
本当、ギリギリになってしまいすみません。
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