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眠れる王  作者: 慧瑠
見えてくる意思

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二体の魔王

「聖女様、昨晩は楽しい催しをありがとうございました。

またお近くにいらした時には、どうぞお立ち寄りください」


「こちらこそ、宿をお貸し頂いてありがとうございました。近くに来た時にはまた……そういえば、魔物などの悩みはありませんか?一宿一飯の恩義を兼ねてと言ってはなんですが、お悩みでしたら手をお貸しします」


「ふぉっふぉ…本当にお優しい。ですが聖女様がご心配なさるような事はございません。魔物の被害など、ここ数十年ありませぬ」


「それは良いことですね。では、私にできる限りの礼になってしまいますが……これからも平和が続く様に願っています」


「おぉ…ありがたや」


では。と別れの言葉を交わし村長宅を後にすると、村人達を別れを告げていた安賀多達を合流をした東郷は、一日滞在していた村を離れてリュシオン国の都市を目指し足を進め始めた。


移動は徒歩ではなく、国境を越えた際にリュシオン国側が用意していたかなり大きい馬車。それを牽く馬も普通のモノではなく、屈強な肉体を凛々しい顔つきにも関わらず、神聖さを纏う一角獣――通称ユニコーン。

古来より聖女を導くモノとして、リュシオン国が飼育している魔物の一種なのだとか。


車内には安賀多、九嶋、中野の音楽隊に(うしとら)鴻ノ森(こうのもり)に東郷。そして、屋根の上の空間には田中と佐々木が風に当たり寛いでいる。計八人が乗る馬車を牽く事にユニコーンは疲れをみせず、東郷達の言葉を理解するユニコーンは御者の居ない中、軽い足取りで進んでいく。


「先生、やっぱりあの村も」


「艮さんの思った通り、ここも他の村と同じでした」


「年単位で魔物の襲撃が無いっていうのは、普通のことなんですかね」


安賀多達音楽隊は楽譜を書き散らし、鴻ノ森が馬車の揺れに身を任せて寝ている中、東郷と艮は気になり集めていた情報を交換していた。


「分かりません。常峰君にも聞いてみましたが、リュシオン国の普通が分からないから何とも…。と言ってましたし。

自分達が来る前からそうなら、それが普通かも知れないけど、油断だけはしないようにって言っていました」


「一応私達も襲われていますからね。……国境を越えてからは一度もありませんけど」


「不思議ですよね…」


艮と東郷の二人は首を傾げて頭を悩ませる。


リュシオン国の都市に向かう間、東郷達は見かけた村々には足を運ぶ様にしていた。

初めは警戒されるものの、ユニコーンと馬車を見てすぐに聖女と理解しはじめる村人達は、怪我をしていた者が居たら治療をする東郷の姿もあってか、快く東郷達を受け入れ持て成してくれている。


「大きな街もまだ見当たりませんし」


見かければ立ち寄る事にしているのだが、艮の言う通り、村落ばかりで街の様な大きな所は見かけていない。村と村の感覚が広い訳ではなく……片道半日歩けばたどり着く距離でも、よそには干渉をあまりしている様には見えない。


「村長さんのお話では、昔からそうだから気にしている様子はありませんでした。少し外れると移動集落なんかも点在しているので、街を作るにしても大変なのでは?という意見でしたね」


「でも先生、移動集落って食料が無いとかで集まって移動するんじゃないんですか?」


「うーん……。私は地理学専門じゃないので詳しくは教えられませんけど、多分艮さんのイメージにある狩猟採集生活を行っていた頃を話す時には集落という言葉はあまり適した言葉ではありません。

最初の集落は農耕が既に始まっていた村らしいです。


なので、移動集落も主な目的としては食料ですが、全く無いのでなく、そうする事で採集経済が回っているんですよ。

他にも遊牧や焼畑農業を行う場合でも移動したりするので、一概にそうだとは言い辛いんです。集落にも様々な形態があるので、詳しく話せば私でも長くなってしまうのでこれぐらいにしますけど……大規模な集村化が見られない所を見ると、自衛などへの危機感が薄いのかもしれません」


「つまり、魔物やら盗賊の危機が低いと?」


「かも…としか言えません」


また二人はうーん…と頭を悩ませてしまう。


立ち寄った村は、精々二百人から四百未満ばかりで、ちょっと整備された道から外れた場所にあった村は、全員が血縁関係があったりもした。

ログストア国で事前に集めた情報では、大国領土内には中小国家が少なからずあったはずなのだが、そんな様子は何処にも無い。


加えて国境を越えただけで、ここまで平和ボケしていると言うか……危機感に差が出るものなのだろうかとすら思う。


「ジーズィちゃんはどう思いますか?」


東郷は、なんとなく自分の肩に止まり、今にも眠りそうに船を漕いでいるジーズィに聞いてみる。

対するジーズィは、閉じていた目を開けると首を傾げ、そのまま体勢を崩してころころと東郷の肩から転がり落ちてしまった。


慌てて白い毛玉みたいなジーズィをキャッチすると、当のジーズィは東郷の手の中でもふもふ感を増して寝息を立て始めた。


「「かわいい…」」


東郷と艮が同時に呟く。既にリュシオン組のマスコットになっているジーズィ。

癒やしつつ、インスピレーションの為にと弄られつつ、整備された道に沿って進むこと数時間。お昼時という事もあり、一度馬車を止めて昼食の準備を始めた。


基本的に艮を抜かした女性五人組が料理を担当し、料理ができるまでの間、田中と佐々木は艮から体術の手解きを受けるのが日課となっている。


「それじゃあ、いつも通りに始めましょう」


「ういー」「おう」


柔軟を終え、スッ…と静かに構えた艮に対し、田中と佐々木も肩の力を抜き、徐々に染み付いてきた構えを取る。


一対二。使用するのは体術のみ。

一見すれば艮が不利にも見えるが、田中と佐々木はこの条件で艮に勝ったことがない。最初は安賀多達も艮を止めたが、その心配は不要だったとすぐに理解した。


きっと今回もそれは変わらない。

構えたままで動かない三人だが、既に戦いは始まっており、ただただ艮が待ちに徹しているだけ。


対峙する三人には静かな空気と料理の音のみが響き……合間を縫う様に火に焚べていた薪が割れる音が響いた。


瞬間、田中が動く。

薪が割れた音の延長の様に小さな空気の破裂音を響かせ、雷鳴が鳴り終わる頃には艮の後ろから艮の肘下を沿う様に腕を伸ばし手首を狙う。


田中ができる最速の初動から、完全に死角からの行動。にも関わらず、艮は田中が自分の手首を握る瞬間に合わせて腕を前に伸ばし、そのまま引っ張られて体勢が崩れた田中を軸に回転を加えて足払い、視線は佐々木へと移る。


掴んだ手を離そうにも、一瞬で行われる動作にその判断が遅れ、気がつけば視界は空を仰いでいた。


「次、どうぞ」


目をパチクリとさせている田中を置いて、艮は脱力を維持したまま佐々木へと近寄っていく。

佐々木も呼吸を乱さず、自分の間合いに艮が入るのを待ち……腹部へ向けて最小限の動きで抜き手を放つ。


それを予測していたかの様に、艮は佐々木の指先が触れるか触れないかの寸前で身体を回転させ受け流し、そのまま佐々木を引き倒そうとした瞬間、佐々木が腕を引く。


動作の中で佐々木は艮を逆に引っ張ろうとした…がしかし、そこまで予測していた艮は、佐々木の腕から接点を放さず側面まで回転し、そのまま押す。


「良い判断だと思います」


体勢が崩れ、下から救い挙げられている様な浮遊感が襲う中、佐々木の耳に艮のそんな言葉が聞こえる。そしてそのまま身体はクルリと回転し、気がつけば地に伏していた。


「さぁ、二人とも立って。

田中君は入りはとても良かったです。佐々木君も、押し引きの切り替えは上手でした。ただ返された時の反応が少し遅れ気味で、私に掬われている。

次は私がテンポを遅らせて攻めるので、教えた事を覚えたことを試してみてください」


最初の定位置に三人が戻ると、今度は艮から一手目が入る。

それを田中と佐々木が交互に受け流し、時には艮を転ばせを繰り返しては艮が懇切丁寧に身体の動きを教えていく。


「よくやるねぇ」


「ゆかちゃんはやらないの?」


「昔、少しだけ囓ったけど、アタシには合わないからパス」


「はえー、ゆかちゃんが!なんか意外だー。ねぇ、りーちゃん」


九嶋が驚き中野に言うと、中野も鍋をかき混ぜながら頷いてみせる。


「そんなに意外かい?」


「チョー意外!えー、でもあれだなぁ…少し私もやってみようかなぁ」


「沙耶香、先に言っとくけどさ。普通はあんなにポンポン飛ばないからね」


興味を示し始めている中野の視線の先では、攻守が代わり、田中と佐々木が艮に飛ばし転がされている。

中野が、アレのどの辺りに興味を持ったのか理解した安賀多は忠告をしつつ、離れた場所で料理を切り皿に盛っていた鴻ノ森を手招きして呼んだ。


「どうしました?(ゆかり)さん」


「味をみておくれ」


呼ばれた鴻ノ森は、スープを少しだけ盛った小皿を受け取り一口。


「美味しいですよ」


「それなら良かった」


「不安なら、私の吐息でも入れますか?」


「私達には効果ないだろう」


「ふふふ。冗談です」


遠回しにスキルを使おうかと提案してくる鴻ノ森を軽く流し、人数分の皿を用意していく。その間に九嶋が田中達を呼びに行き、中野と鴻ノ森が安賀多を手伝い準備を続け、東郷がユニコーンの水や餌を用意していく。


「ダメだ。体術スキルのレベルが四から中々上がらねぇ」


「望は成長早い方でしょ。俺なんか、一昨日ぐらいにやっと四になったんだし」


「ゼスさんの話だと、レベル三までは基礎。四からは理解と応用に進んで、十で達人なんだし……。

私の教えだけですぐに基礎レベルまでは到達できただけでも凄いと思うよ。私の場合は、ユニークの恩恵が強いから、体術に関してだけは該当しないけど」


「そうは言うけど、市羽とか新道を知っちゃうとなぁ…僚太」


「教えれば軒並み五、六は到達してるもんね」


「まぁ…分からなくもないです。

正直、体術や剣術なんか流派とかあると思うんだけど、その辺はどうなってるんだろう」


日課となっているスキルの確認も程々に、空腹を誘う香ばしさが鼻腔を刺激し、その刺激は腹の虫が鳴く事で主張してくる。シンプルで、飾り気がある料理とは違うが、一口一口と口の中に料理を入れていき、他愛ない会話で食事時は過ぎていった。


初めはキャンプの様な気分で、今では慣れた日常へと変えていったその時間。……だが、今日は日常では終わらなかった。


ユニコーンがけたたましい声で鳴き、一点を睨む様に凝視する。

声が聞こえていた東郷達も、突然のユニコーンの鳴き声に驚き、その視線の先を追う。


視線の先はただ草原が広がり、奥には森。リュシオンに入ってから変化の弱い風景。緊張が走り、緊迫感が周囲の空気を染め始める事数分。


変化が現れる。


蜃気楼の様に風景が揺らぐと、地面に現れた魔法陣が大きく大きく広がり始めた。


「キュー」


いつの間にか東郷の肩に移動してきたジーズィが鳴き声を上げ、その姿を人形へと変えていく。シマエナガスタイルから、ラフな格好の少女へと姿を変えたジーズィは、一言も発する事無く指を鳴らす。

すると、ひらひらと揺らぐ服の中から無数の羽根が舞い散り、それらは東郷達を囲う様に漂い始めた。


「ジーズィちゃん?」


「多分、我が王とエマス兄ちゃんが言ってたのだ」


声を掛けてきた東郷に、ジーズィはボーッとした目で魔法陣を眺めて答える。常峰とエマスが言っていた――それだけで、今から自分達の前に現れるモノが何なのかを東郷達は理解する。


魔王ショトル

対策という対策が今はなく、対峙するような事があれば逃げる事を優先。不可能な場合は、一人か二人で対処して撤退時間を稼ぐ様に。


これが、常峰が全員に伝えたショトルへの対応だ。


「皆さん!予定通り撤退準備を!」


まるで自分達を守る様に展開された羽根を見ながら、東郷が全員に逃げる準備をする様に言う。


常峰から対応を聞いた時、東郷は幾つかのパターンを予想して予め簡単な行動決め、安賀多達に伝えていた。

馬車内ならば、ユニコーンに頼み全速力で逃げる事。追われ続けた場合は、当てないように牽制を田中と佐々木が行う。

食事中等の場合は、全ての道具は破棄して撤退を優先する様に。何らかの理由で時間が必要な場合は、手の空いている者が牽制して時間を稼ぐ。


本当に簡単ではあるが、事前に決めていたおかげて全員の行動はすぐに撤退行動を開始した。


「ダメ。武道家と雷、炎は戦闘準備。演奏家と聖女は私以外のサポート、幻術師は今回は下手に攻撃をしないで」


だが、ジーズィがそれを制し、手を前に掲げながら追加で指示を出すと……凄まじい速度で轟音を響かせて飛んできた巨石を受け止めた。


「本当は…私は覚えられないようにだったけど、この場合は別。殲滅は私がするから、もう片方を貴方達がやって欲しい」


ジーズィは受け止めた巨石に力を加え砕き、その破片を風の波に乗せて自分の周りに踊らせていく。一体どういう事なのか分かっていなかったが……その判断の意味はすぐに分かった。


魔法陣からドロリと溢れ出した黒い液体。ソレが様々な形を模っていく中、少し遅れて一際大きな影が魔法陣から現れる。


「突然現れやがって何事かと思ったがよぉ…連れられて来てみりゃ、面白そうな連中が居るじゃねぇか」


しゃがれ気味の低い声が響き、大きな影が姿を見せる。


丸太の様に太い腕。愉快だと言わんばかりに笑う口元からは牙が見え、こちらを射抜く瞳は赤く染まり、片手にはその者と同じ程の大きさの瓢箪を握り引きずり……何より、額からは一本の角がハエていた。


一言で伝えるならばその姿、まさしく――鬼。


「んで?誰がオレの相手をしてくれるんだ?全員か?」


ドスンと巨大な瓢箪を寝かせ座るその鬼を映像越しでしか見たことはないが、確かに東郷達は知っていた。


魔王ガゴウ・シュゴウ


そう。五体の魔王の内、二体が東郷達の前に姿を表したのだ。


「ジーズィちゃん、魔王の相手はまだ生徒達には…」


「遅かれ早かれ相手をする。今回は勝たなくていい……私がアレをココから殲滅するまで持ち堪えてくれれば、そこからは先は私がみんなを連れて逃げる」


ジーズィはそれだけ言うと天高く飛び上がり、巨石の破片を雨の様に降らした。

無数のショトルは、それに貫かれるとドロリと形を保てずに崩れるが、すぐに逆再生の様に形を取り戻していく。

ガゴウはガゴウで避ける素振りも見せず、目を閉じ、その石の雨を身に受けながらあくびをしている。


「先生…」


「……。絶対に無理はしないでください。全力で回復はします」


艮が東郷に指示を求める様に呟くと、悔しそうに歯を食いしばりながら東郷は艮達に頭を下げた。


戦闘になる度に、不甲斐なさが自分を襲う。前線に立たせたくないのに、自分では皆の前に立つことができず、こうして頼ることしかできない。

全員の生存を考えた場合、きっとジーズィが出した指示が一番可能性が高いのだろう。という事も理解してしまっている自分が悔しい。


「大丈夫ですよ先生。

先生が後ろに居てくれると、安心して戦えます」


頭を下げる東郷に艮は戦闘用の手袋を着けながら答え、田中と佐々木も頷きながら剣を抜き感覚を確かめている。

安賀多、中野、九嶋も楽器を呼び出し軽く音を合わせると、いつでもイケると視線を東郷へと送った。


「さぁ先生、この組は先生が居てこそですから。合図を……とりあえず、生き抜きましょ」


細剣と盾を持ち一歩だけ東郷の前に立つ鴻ノ森がいつものトーンで言うと、皆の優しさに少しだけ心が楽になった東郷は、自分の頬を強めに叩いて気合を入れガゴウを見据えた。


ガゴウから放たれる重圧は生半可なモノではない。

今から前線に出る艮達にも今すぐにでも逃げ出したい恐怖はある。サポートをすると言っても、その攻撃が来ないとは限らない安賀多達にも震えたくなる程の恐怖はある。


だが、鴻ノ森の何時も通りのトーンで冷静に伝えられた言葉通り、自分達の先生である東郷が居るからこそ冷静で前を向けている。


後で、その信頼に礼を言おうと決めた東郷は、大きく息を吸い……そして。


「勝たなくていいです。生き残るための時間稼ぎをします!皆さん、ジーズィちゃんと私を信じてください」


「「「「「「「はい!」」」」」」」


時間稼ぎが始まった。

次は戦闘ですね。

描写……頑張ります。


ブクマありがとうございます。

そして、ここまで読んでいただき、更にありがとうございます。


これからも頑張らせていただきます!

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