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眠れる王  作者: 慧瑠
見えてくる意思

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83/236

飾られた偽葬

結構短めです。


夕から夜へと変わる頃、ギナビア城には漆達が呼び出されていた。理由は当然昨晩の事。


高い位置に王であるレゴリアが座り、一段下がった隣には軍の最高権力者であるヴァジアが。更に一段下がった所にはカジェラとルコが、そして壁際には数十名の兵が立ち並んでいる。

空いている椅子も幾つか見られるが、それらは恐らくこの場に居ない将軍達のものだろう。


そして、レゴリア達が見下ろす先には、呼び出された漆、藤井、柿島の三名と、護衛としてルアールの計四名が用意された椅子に座っている。

本来であれば、ニャニャムや城ヶ崎も来る予定ではあったのだが、フラセオを一人にするわけには行かず、お留守番。


「さて、まず始めに礼を言う」


誰も喋らずに過ぎていた時間はレゴリアの一言で終わりを告げ、そのまま言葉を続ける。


「報告は聞いている。漆、藤井、柿島の三名と、名乗りすらしない男よ……三魔公ニルニーアの迅速な撃退、おかげで被害が広がる事も無かった。感謝する。その功績を称え、褒美を用意しよう。

金銭なり、物品なり、望む物を可能な限りであれば聞く」


「私は大したことをしていません。ですが、頂けるというのなら、眠王からの頼み事の承諾をお願いしたいのですがどうでしょう?」


最初に返事をしたのは柿島だ。

スキルを使っている柿島には、言葉の真意が見えている。まだ話題には上げていないが、ナールズ死亡により流れる可能性がある常峰が提示した一部ダンジョン利用の権利を提案しろ。と、しっかり見えている。


だからこそ大雑把な褒美を提示し、レゴリアは話の主導権を譲った。


そして柿島はそれに応えた。

元よりそのつもりであり、柿島個人としてもそれ以上はギナビアに求めるモノがない。


「俺も柿島の提案が通るのなら褒美はいらない」


当然、それはルアールの望むものでもある。


「そうか。ヴァジア、あの話は進めていいな?」


「構いません。元より信用ができるかの条件でしたので、此度の活躍は十分かと思われますな」


「という事だ。眠王に伝えておけ。

近日中にこちら側が使用するダンジョンの視察を送る。その時、要望書も持って行かせよう。問題がなければ署名して視察に送った者に渡してくれればいい」


「ありがとうございます」


立ち上がり、深々と礼をする柿島に手で座るように指示し、レゴリアの視線は漆達へと移った。それに気付いた漆は、ゆっくりと口を開く。


「爵位が欲しいわ。この国に永住する気は無いけれど、長期滞在は視野に入れているし……なんでも、この国には今勇者がいるんでしょ?」


瞬間、レゴリアもヴァジアも険しい顔を見せた。同じタイミングで似たような表情をするが、考えている事は違う。爵位の事も当然だが…。


ヴァジアは、何故漆がその事を知っているか。

レゴリアは、何故漆がそんな言葉を口にしたか。


ヴァジアは漆達と市羽が同じ異世界の者である事は知らないが、レゴリアは違う。常峰から四人の名前を聞いており、ルコからも四人がそうであると知っている。


「良く知っているな」


どういう考えがあるのか分からず、レゴリアが当たり障りの無い返事をすると漆は、少し間を空けて座る柿島へ顔を向けた。


「永愛ちゃんに聞いたのよ」


「お隣の部屋で仲良くなりまして……。昨晩の様なこともあり、不安そうでしたので」


「なるほど。そういう事か」


レゴリアは柿島の対応と言葉をを見て察した。どういう理由があるかは知らないが、漆達が異界の者である事を伏せて行動する気である事を。


恐らくは常峰の指示であり、爵位を欲する理由もそこにあると考える。


本日は他に話したい事がある為に、深くは考察しなかったが……。大方、今後市羽と別行動をする事が多くなり、その時に動きやすくするための権力をどうにかして手に入れたいのだろう。と結論づけた。


「爵位は承諾しかねるな。褒美と言えど、爵位となればそれは継続的なモノだ。

ギナビア国に属するというのであれば考えよう。そうでないのなら、別のモノを考えろ」


だが予想がついたと言っても、それを認めるわけではない。


「……。そうですかぁ、なら考えときますよー」


対する漆は、別に気にした様子も無く諦めの意思を見せる。


「私も今は思いつかないので」


それに合わせる様に藤井も要求する意思を見せなかった。


二人の返事を聞いたレゴリアは、そうか。と一度だけ頷くと、次の言葉で場の空気が重苦しいモノへと姿を変えた。


「では、褒美の話しは後日でも場を儲けよう。次だが……お前達がニルニーアを撃退した報告と同時に、ナールズ・グレンドの死亡も耳にした。

知っているな?」


上から抑えつけてくる様な空気。

漆や藤井、柿島だけではなく、ギナビアの兵達もその空気に顔を渋くする。表情を変えないヴァジアやカジェラにルコは、その目を漆達に向けるばかり。


「ナールズはギナビア軍の将軍でもあった。腕も確かな事を俺は知っている。そうそう簡単に命を落とす様な奴ではないのだが、奴の最後はどうだった」


唯一スキルで言葉の真意を見ている柿島は、レゴリアの言葉が自分たちを責めているモノではない事を知る。故に、漆と藤井に視線を向けて一度だけ頷き、ありのまま話す様に伝えた。


「ニルニーアに血を吸われて死んだわよ」


「ルコの報告ではお前達も相当腕がたつようだが、助ける事は難しい状況だったのか?」


「難しいも何も、初めにスラムの子達を襲ってたのはその男よ。ニルニーアが現れた時に、フラウエースがどうのこうの言って、勝手にニルニーアに殺されただけ。

私達がわざわざ助ける必要があった?」


漆の言葉に空気がざわつく。

待機している兵達やヴァジアすらも、まさか…と声を漏らし、その眉間に手を当て考え込んでいる。そんなヴァジアに対し、レゴリアは冷たい言葉で告げる。


「ヴァジア、分かったか?ルコの報告に偽りはない。カジェラが奴の地下から押収したモノも考慮し、ナールズ・グレンドを国家反逆罪に問う。異論はないな」


「ここで彼女等の言葉に信用がないと足掻いても…見苦しいだけですな。腹心であったとは言え、国に仇なしたとなれば、敵でしょう」


ヴァジアは小さくではあるが、しっかりと'敵'という言葉を口にした。それを聞いたレゴリアは、一瞬だけ申し訳なさそうな顔を浮かべただけですぐに戻り、その場に居るもの皆に向けて言う。


「この後の処理は、こちらでしよう。故に話は終わりだ……本日この場であった事に対し箝口令を敷く。他言する事は無いように」


言い終えたレゴリアが席から立ち上がろうとした時、部屋の扉が開かれた。


「失礼します。ペニュサ将軍補佐ヒューシです。レゴリア王、早急にご報告したい事がございます」


「ヒューシか。発言を許す」


部屋に入ってきたヒューシは、レゴリアからの許可を貰うと周囲を一瞥してから敬礼の姿勢を取り報告始める。


「ご報告します。

念話により、ペニュサ将軍より連絡。本日正午頃、西部拠点第一防衛ラインの奪取に成功。

戦闘被害により第一防衛ラインが半壊したそうですが、現時刻をもって応急ではありますが仮設を終えたそうです」


「ほぉ…。もう取り返したのか。

到着も早かったようだが、ペニュサも良くやる」


ヒューシの報告を聞いたレゴリアは、関心したように声を漏らし、ヴァジア達も驚きの表情を見せている。だが……ヒューシの報告はそれでは終わらなかった。


「いえ、ペニュサ将軍の報告によれば……今回は勇者市羽一人の手柄と言っていいとの事です」


「勇者か」


「はい。報告でしか分かりませんが…返り血すら刃の元に散り、中央に佇むその姿は畏怖を感じる美しさだったとか。

そして、第二部隊ジェンル隊長からレゴリア王に進言があるようです」


報告を続けようとするヒューシを手で制し、レゴリアは酷く嫌そうな表情を浮かべた。


頭の中に過るのは、三大国を脅した憎たらしい顔。

その手の者が向こうで多大なる戦果を上げた。それだけならまだいい……当人からの要望は聞き、スラムの一部を用意する事も頭の中では進めた。だが、非常に嫌な予感がしてならない。


ふとレゴリアは漆に視線を向ける。しかし、レゴリアの予想とは裏腹に漆は興味を示していない様子。


「止めて悪かった。続けろ」


「ハッ!」


杞憂であってくれればいい。そう願いヒューシに報告を続ける様に言う。……それをレゴリアはすぐに後悔した。


「今回の功績を考え、ジェンル隊長は勇者市羽に'一世代貴族の権限'をファンディル家代理当主として提案するそうです」


その瞬間まで興味がなさそうだった漆がピクリと反応を見せ、藤井と柿島もアイコンタクトを交わす。レゴリアは、その様子を見て更に顔を顰め、思わず大きな溜息が漏れてしまう。



一世代貴族の権限

子爵と同等の扱いを受けられる事ができるこの制度は、戦果や研究、幾つかの事柄においては今回の様に功績を称える場合が多いギナビア国に存在する特殊な貴族制度。

ギナビア国に属し、由緒ある貴族……例を挙げるならば、ファンディル家の様に代替わりを行う貴族とは違い、外部の者に対し一時的に国が援助する場合にこの制度を用いる。


世代交代を認めず、権限を与えられた者が死した場合には剥奪される権限であり、もし代替わりをするならばギナビア国に属した貴族になる必要がある。

あまりこの制度を用いる事はないが、現在でもこの制度で一世代貴族になった者もいた。


それが、ここギナビア中央都市より南に下り、魔族領地に最も近い街'ヴァロア'を治めるクラン'大地の爪痕'のマスターがその一人である。



当然レゴリアは漆から爵位の話をされた時、この制度を使えるに値する功績ではあると考えていた。

三魔公に対し、死者は一人に収めて被害も最小限に留めている。実に十分な戦果である。……しかし、異界の者である事を知っているレゴリアは、これ以上の権限を常峰に与える事に危機感を覚えた。


だからこそ一世代貴族の権限の事は伏せ拒否をしてみれば、どうやら向こうはその事を知らず一安心と胸をなで下ろしたにも関わらず……。


「レゴリア王、よろしければ一世代貴族の権限と言うものを詳しくお聞きしてもいいですか?

なにぶん、眠王の国建国したばかりで、参考までに聞いておきたいのですが」


「私も気になります。彩さんも言ったように長期滞在予定なので、その様な人に無礼を働くわけには行かないので」


「そうだよねぇ。危ないよねー藍ちゃん」


いろいろと察している顔で言葉を投げかけてくる柿島達。

レゴリアは、二度目の大きな溜息を漏らして、そっと椅子に座り直した。


---

--


「では解散だ……」


疲れ切ったレゴリアの顔に、周囲の者は少し心配そうな表情を浮かべる。対する漆達は満足そうな笑みを浮かべて礼を述べると部屋を出ていった。


ふと、最後に出ていこうとしていたルアールをレゴリアが呼び止める。


「待て、お前の名は何だ。許可する…述べろ」


「ルアール・ルティーアだ」


呼び止められたルアールは、不思議そうな表情でレゴリアの問いに答えた。すると、レゴリアは眉間にシワを寄せ言う。


「そうか。ではルアール、お前の主に伝えておけ。

ちったぁ遠慮を叩き込んでから送ってこいと」


「ふっ…人間の王よ、一つ俺からの助言だ。我等が王は聡明だ。故に退くべき所も心得、弁えも知っている。聡明故に、押しどころも心得ている」


「…そういうことか」


「察せたのならば良い。それに、今回の件は我が王の手が入ったとは言え、柿島達の判断だ。言うべき相手を間違えない事だな。……だがまぁ、我が王の敵となるならば、それは俺達の敵だ。

いかなる相手であれ、命令があれば俺達は必ず牙を剥く。努々忘れるなよ」


「そうだな。本当に言う相手を間違えたようだ……眠王に、今度顔を出すように伝えておけ。当の本人に言うことにしよう」


「ご足労を催促するわけがないだろう。貴様が来い」


ルアールはそれだけ言うと、そのまま部屋を出ていく。

二人の会話を聞いていた者達は不思議そうな顔をするが、一人だけ――ヴァジアは何かを察したようで、レゴリアに問うた。


「レゴリア王、もしやとは思いますが……あの漆と言う娘等も」


「異界の者だ」


「やはり。しかし、本人等は隠しているようでしたが、私達に伝えても良かったのですかな?」


「幾ら異界の者と言えど、遠慮しすぎてはいかん。と今言われたからな。これぐらい構わんだろ。

たとえ俺達がどう動こうとも自分の主は対処をしきるから、いちいち主を煩わせるな……とも言われた気がするがな。

それに、ここには箝口令を敷いた。忘れているわけではなかろう」


「そうでしたな…」


-


翌朝、早朝よりギナビア国では盛大な葬儀が執り行われた。


ナールズ・グレンド将軍は、魔軍幹部三魔公ニルニーアとの戦闘により、街を守り死亡した。


晩の内から広められたこの内容は、街中の者の耳に入り、多くの人が涙を見せている。

一輪ずつ添えられていく花。

添える者達の中で、真実を知る者は片手ほどしか居ないだろう。


あの場にて真実を聞いていた者達は警備に当てられ、漆達は参加すらしていない。リーカやマルセロ、エニアなどのスラムの子供達も、今はレゴリアの計らいによりファンディル家の屋敷にて保護されている。


そうして、表ではナールズ・グレンドは、国を守った英雄の一人として国民に見送られた。だが裏では、カジェラなどが調査を進め、上層部のみが知る大罪人として記される事となる。


「此度の配慮、感謝するレゴリア」


「気にするな。俺にとっても、ナールズは子供の頃から知る者だ」


そんな葬式をヴァジアとレゴリアは、二人で眺め見下ろしていた。


「それでも大罪人である事には変わりない。本来であれば、公布すべき事柄だ」


「別に俺個人やお前の為ではない。自国の将軍が敵と内通していたなど……元より悪評があったのならば良いが、ナールズは信頼も厚い男だった。

下手に真実を広めても混乱を招き、下手をすればソレが隙となる。今の状況では避けるべきだと判断したまでだ」


「魔軍のみならず、傘下の中小、更にはログストア国やリシュオン国にとっても……か」


「そうだ。だからこそ、漆と市羽に一世代貴族の権限をくれてやらんといけねぇ。眠王への口止め料として」


「くれてやるから黙っておけ。…はたして眠王がそれを呑むかね」


「呑むさ。そして恐らく、ログストア国とリシュオン国の上層部にもナールズと似たような奴がいると考え、あぶり出しの準備をするだろう。それはギナビアにとっては得だ」


「そこまで頭が回るか……聞けば、勇者市羽と左程歳も変わらんのだろう?」


「一人、教鞭を取っている者が居るらしいが、そいつ以外は眠王を含め全て同じ歳らしい。だが、眠王はそこまで考える。

仮にそこで落ち度を見せるようならば、逆にソコに漬け込める。どちらにしろギナビアにとっても利益はあるものだ。もちろん、眠王が何を考え爵位なんかに目を付けているかは知らないがな」


話しながらレゴリアが見下ろす先では、未だに花を添える者達の列が途切れる様子はない。

ヴァジアもそれ以上に喋らず、レゴリアに釣られて視線を向けた。

少しお盆など忙しくなってしまい、また遅れてしまいました。本当にすみません。


この辺で一旦ギナビア国の方を切り上げ、少しリシュオンか……岸達の方を書こうかなと考えています。



ブクマありがとうございます。

このペースだと、そこそこの長編になりそうな予感もありますが、お付き合い頂ければ嬉しいです。

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