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眠れる王  作者: 慧瑠
見えてくる意思

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81/236

一時撤退

遅くなりました。

ちょっと短めです。

「永愛ちゃん正面よろしく!」


「は、はい!'石壁'」


咄嗟の判断。

未だ嗚咽が収まっていない藤井を一瞥した漆は、隣でニルニーアから目を離していない柿島に指示を出して自分は一箇所に固まっている子供達の方へを視線を向ける。


既に加速し向かってきている血の牙を、視界に入った瞬間から主導権を握りその場へ固定。そのまま形状を薄い壁に変えて、他の牙も防いでいく。


子供達から視線を外せなくなった漆の隣では、柿島が'言霊'で石の壁の名を呼ぶと、地面から何枚もの石壁が迫り上がり牙を防いでいた。


「確かさっきも……ゴホッ。

あぁ、なるほど。ゴホッ…ゴホッ、そこの貴女は物の名を口にする事で、それを喚び出せるんですね。通りで、ゴホッ、あんな大きな純銀の十字架を持ち合わせていた訳だ」


その様子を見ていたニルニーアは柿島のスキルを言い当て、続けて目を細め柿島に問いかける。


「ゴホッゴホッ、私の考えが正しければ、そのスキルは生物を対象にしても何かしらの効果ありますよね?えぇ、確かにあるはずです。

それは、何処まで可能なんでしょう。例えば!私に'死ね'と命じれば、私を殺せるのですか?ゴホッ!ゴホッ!」


興奮している事を隠さずに、高揚した声と表情でニルニーアは柿島からの答えを待つ。答えられるようにと攻撃の手を止め、今か今かと返答を待った。

しかし、柿島は答えない。


その事が気に食わなかったのか……。ニルニーアが両手を広げると、柿島が喚び出した石壁が砕け散り、中から防いだ分の血がニルニーアの元へと集まっていく。だが、先に漆が支配下に置いた血を自分の元へ引き寄せ、ニルニーアの元へと戻ろうとしていた血を視界に収める。


「なるほど!そのスキル、視界に入れて初めて支配下に!体内にまで干渉を!ゴホッ!あぁ、そういうことであれば、こうしたらどうするんですかねぇ?」


漆の行動でスキルの制限に検討を付けたニルニーアは、漆に権限を取られた血を破棄して、修復した額の傷とは違いぽっかりと開きっぱなしだった胸の傷口に両手を突っ込み穴を広げる。


「あ”あぁ…ゴホッゴホッ。

もっとその可能性を見せてください」


ぐちゃり。と肉が裂け、同時にニルニーアの体中に罅が入り大量の血が吹き出した。


「チッ…」


漆の口から思わず舌打ちが漏れる。

大量に吹き出した血飛沫を全て視界に入れる事が出来ず、更にはその僅かな隙で周囲を囲むように形を変えていく血の刃の数々。


「永愛ちゃん、いけそう?」


「ちょっと厳しいかもしれません。自分だけを防ぐなら何とかなりそうですけど、全員となると魔力が」


「私も自衛ぐらいなら出来ますよ」


漆と柿島の会話を聞いていたルコも、流石に任せきりなこの状況が我慢できずに言葉を口にした。ルコの言葉に頷く漆だが、それでは問題が解決しない。


一番の問題は、形を変えていく血に怯えている子供達。比較的冷静なリーカも、治療を受けたとは言え重症なマルセロの様子を見ていて動くことはできないだろう。

もちろん、漆も元よりリーカを頼る気はない。かと言って、先程の様に子供達を視界の中心に置いて防ぐ様な事もできない。


全方位……それは、動けない子供達が漆の死角になってしまう。


故に漆は考える。だったらどうするか。

ルコが連れてきた兵にも援助を願いたい所だが、さっき子供達に向けられた攻撃に反応できていないように見えた。それに、自衛ができたとしても護衛が出来るとは限らず、ナールズが殺されたことで男達は異常な怯えを見せて兵に縋っている有様。


「作戦は決まりましたか?ゴホッ、そろそろ、いいですよね?」


ニルニーアは誰の返答も待つ気はない。

漆も、柿島も、他の者達もそれを分かっている。


焦らす様に形を変えていた血は、全てその形を刃へと変え終えているのだ。


思考する時間は数秒もないと察した漆は、懐から小型の折りたたみナイフを取り出して、勢いよく自分の掌を斬り裂いた。


「漆さん!?」


「永愛ちゃん、ルコさん、藍ちゃんをよろしく!」


突然の行動に柿島は驚きの声を上げたが、それを掻き消す様に漆が叫び、掌から流れ出る血が紙の様に薄い人形へと形を変えていく。


そして


「ゴホッゴホッ……では、始めましょう」「防ぎなさい!!」


ニルニーアと漆の言葉が重なった。


「'石壁'!」


「全員!自衛及び、護衛対象を死守!」


ニルニーアの言葉と同時に一斉射出された刃。

高く飛び上がり高速移動した血の人形は漆の指示に従って子供達の頭上に止まり、腰から下をドーム状に変えて子供達を覆った。


合わせる様に、漆の視界を邪魔しない様に平面の石壁を数枚柿島が喚び出し囲み、ルコはその壁の隙間を抜けてきた刃を切り伏せていく。


「いいですよ!いいです。ゴホッゴホッ、でも、まだ足りませんよね?」


自分の攻撃を防がれているのにも関わらず、楽しそうに声を上げるニルニーアに反応する暇などない。

数分。数十分。絶え間なく次々と降り注ぐ血の刃を防いでいくが、兵達は完全に防げず。削れる度に石の壁を修復する柿島も、魔力の限界が近付き始め顔を歪める。

ルコもルコで、藤井に流れ弾が飛ばない様に意識しながら切り伏せている為か、本人が思っている以上に疲れが溜まり始めている。


そして、一番消耗しているのは漆だった。


「はぁ…はぁ…」


柿島が喚び出した石壁のおかげで、視界は必要最低限の狭さ。視界に入ってきた刃を片っ端から支配下に置き換え、それを自分の血で作り上げた人形へ上乗せして補強をしていた。

だが、ニルニーアの手数が多く、意識をすり抜けた刃は人形を削っていく。それを自分の血と、支配した血の刃で補強する。しかし、そこには誤算があった。


ニルニーアの血を支配下に置こうとする時、抵抗されている。


それには薄々気付いていた。

ニルニーアを視界に入れてスキルを使おうとした時、すぐには発動せずに、何かに引っかかる様な感覚があったのだ。


ニルニーアも漆のスキルに気付いたのは、勝手に自分の血圧が上がる様な感覚がしていたから。それを察した漆は、それ以上ニルニーアにスキルを使わなかったのだが、まさか強制的に刃を支配下に置くだけでこんなにも疲れるとは思っていなかった。


加えて漆は、修復に間に合わない分を補う為に自分の血を今も人形に送り続けている。

どんどんと下がる体温。揺らぐ視界の中で、必死に子供達を守る為に。


「ゴホッ……ふふっ」


支配される刃の数が少なくなってきている事に気付いたニルニーアは、少し笑みを浮かべて舌舐めずりで唇を潤す。

そして数本の刃を、漆の正面へ展開し飛ばした。


「っ!?」


急に現れ、眼前に迫る血の刃に驚いた漆は、血の人形と繋がっていない方の手を前に防ぐ。


「ッッアッ」


声を上げたくなる様な痛みを堪え、漆は笑みを浮かべて腕に刃を受けていく。

ルコと柿島は、防ぐ事に精一杯で漆の現状には気付いていないが、漆にとっては好都合だ。


痛みのおかげで、意識が覚醒した。

今、集中を切らしたくはない。


必死に歯を食いしばり、意識を繋いでいると、背中が暖かくなった。


「迷惑を掛けました……。大丈夫ですか?」


「今、ちょー元気になった」


「何よりです。使ってください」


後ろから漆を抱きしめ、貫通した刃を無視して手を重ねたのは、まだ少し顔色の悪い藤井だった。


「いいの?」


「まだ本調子ではないので、程々で」


「愛してるよぉ藍ちゃん」


「私はそうでもないです」


指を絡める様に手を握られ、漆も痛む手を無視して握り返す。そして、深呼吸をしてから意識を集中していく。


自分の手と腕に刺さった刃を支配し、同時に藤井の血も支配した。


「支えてくれる?」


「それぐらいなら」


「ありがと」


漆は藤井に身体を預け、スキルの操作に集中していく。


支配した血を体内へ一度取り入れ、循環させ自分のモノへと変えていく。視界に入れる必要のない自分の血へと。藤井も重なりあっている傷口以外の漆の傷を、念の為と覚えた回復魔法でゆっくりではあるが回復をした。


「楽になったよ。でも、何か打開策が必要だね」


藤井に寄り掛かり、藤井の回復魔法のおかげて幾分か楽になった漆は、刃を支配下に置いては体内を循環させ血の人形に供給する事を続けなら呟く。


こうして支えられてるとは言え、急激に体内の血流を早める行為は動かずとも体力をかなり消費してしまっている。

それはいつまでも続く行為ではなく。藤井を気にせずに自衛が出来るようになった柿島とルコの限界も見え始めているのも確か。


「ゴホッ、もう動いて大丈夫なんですか?ではでは、こうしましょうか」


藤井が動けるようになった事が分かったニルニーアは更に嬉しそうに声を漏らし、軽く手を叩いた。


「どうにかしないと…ですね」


視界に影が指して、漆を支えていた藤井が見上げれば、頭上には血が集まり大きな血の十字架が形成され始めている。

当然猛攻はまだ続き、漆が見上げれる暇はない。


柿島とルコも少し見上げて驚きに目を見開き。傷だらけになりながらも何とか凌いでいた兵達も、その様子に驚き、絶望の表情を浮かべる。


「消せるかな……」


藤井の目には、剣が纏う自分達の死線。それに干渉しようとすれば、一気に魔力を持っていかれてしまう。

二、三人程度ではなく、この場に居る全員分の死線を目の前に藤井は覚悟を決めて手を伸ばした。


「彩さん、倒れたらごめんなさい」


「その時は私が上だね」


「倒れないように気をつけます」


軽口を叩きながらも藤井は束ねた死線に干渉し、指を掛けてゆっくりと干渉し消していく。魔力残量に数字が出ていれば、凄まじいスピードでゼロへと近付いていっているだろうと考えながらも藤井は干渉を止めない。


消せなくても良い。薄くするだけでも、何か別の要因で消えることもある。


藤井は、持てる魔力を全て使う勢いで死線に干渉し続けた。


「ゴホッゴホッ!なんと!これはこれは、不思議ですね?やっぱり、貴女も興味深い」


ニルニーアに死線は見えていないが、長年培った感覚が、直感が、殺せる予定だったはずの技では殺せなくなってしまっていると理解し確信している。


だから楽しくなり、更にニルニーアは己の血を分け与えた。


その変化は藤井にしか分からず、逆に藤井には分かってしまった。

薄くなってきていたはずの死線が濃さを増し、自分の魔力量では足りなくなってしまった事に。


「それでも…」


少しでも可能性を…。その言葉を吐くよりも、スキルを使う事に意識を移して干渉した瞬間……藤井が触れていた死線の束はスッと消えた。


「…?」


何が起きたのか分からない藤井が周囲を見渡すよりも早く、その要因となった者の声が響いた。


「何事かと思ってきてみれば……随分と懐かしい顔があるな。まだ生きていたのか、ニルニーア」


柿島が喚び出していた石壁の上にふわりと降り立ったのは……片手に紙袋を持っているルアール。


少し呆れた顔を見せ、周囲を軽く見渡したルアールが手を頭上に翳し、払う様な動作を加えた。


それだけ。たったそれだけの動作で、頭上の巨大な十字架も、漆達を襲っていた血の刃も蒸発したように消え去った。


「……ゴホッゴホッ。そういえばそうだった。孤高の魔王メニアルがあのダンジョンのマスターと手を組んだんだった。

あのダンジョンが活動しているとなれば、当然ゴホッ……貴方が居るのもおかしくはない。外界神話生物……確か、バハムートだったかな?」


「そういや、お前にはルアールって俺の名前を教えてなかったな」


「ゴホッゴホッ、別に貴方には興味が無いから構わないよ。当然、貴方と同類のリヴァイアサンにもベヒモスにもジズにも」


「だろうな」


「ダンジョンで生まれた君達は、ゴホッ……不老不死にも近い君達には死にたくなるほど興味が無い」


「だったら死ぬか?俺は今、我が主から柿島の護衛の任を承っている」


「君じゃ私は殺せない。ゴホッ、バハ…ルアールだったね。

ルアール、君だと確かに私を何処までも殺しきれるかもしれない。だけど……ゴホッゴホッ…だけどだ、私は君に殺されたくないから殺されない。それは私が望む死ではない。

私を知っている君なら分かるだろう?私を'死'に追いやる事がどれだけ大変か」


胸元に穴が空き、漆達が確認した時よりも罅が増え、身体から血を垂れ流して尚、笑みを浮かべるニルニーアは、どこからどう見ても生きている状態ではない。

それでもニルニーアは笑みを浮かべ、両手を広げて立っている。


「多少面倒なだけで、不可能じゃないな」


「いや、今の君では不可能だ。ゴホッゴホッ、君は守る任を受けている。そして、君の今の主は……この国を壊してまで、私を殺せと命じているのかな?」


ルアールの言葉に食い気味に否定をするニルニーアの手の先には、ギナビア城が悠然と建っていた。そしてニルニーアは、そのまま言葉を続ける。


「ゴホッ、別に君とこのまま戦っても今の私は逃げられる自信がある。ただ、ルアール…君が本気で私を殺そうとすれば、間違いなくこの国は消滅……ゴホッ、良くて半壊。間違いなく、この辺りの一体は焦土になるだろう。

それを、今の君の主が望むのかな?」


その言葉に、ルアールは冷めた目を向けるばかりで答えはしない。


「ルアールさん、あの人が言っている事は」


「嘘じゃないんだろ?分かっている」


柿島の目には、ニルニーアの言葉に嘘が含まれていない事が見えていた。

絶対的な自信と、その余裕から発せられている言葉には、柿島がスキルを使って割り込む隙一つない。


その事を、ルアールも良く分かっている。


「ゴホッゴホッ。さて、ルアールが出てきてしまっては、私も彩達にちょっかいを出せない。だからここで退くとしよう。

もちろん、ゴホッ…見逃してくれるよね?ルアール」


地面から集まる血が傷口からニルニーアの体内へと戻り、そのまま戻らなかった血が新しい服へと変わっていく。


「そうだな。確かに、今は見逃してやる。我が王から、命令があるまでソレには手を出すなと言われているしな」


「ゴホッ…賢明な判断をする主さんだ。

それじゃあ、ゴホッ、今回はここまでだ彩。そして名も教えてもらえなかった貴女。いつかまた、この続きをしよう。

そして、またいつか、私の願いをゴホッ…叶えておくれ」


ルアールから視線を外し、漆と藤井を見たニルニーアは、とても楽しそうにそう告げると指を鳴らした。すると、今までそんな素振りを見せなかったモノが反応を見せる。


それは、藤井が遠くへと飛ばしてしまった小さな箱。


その箱は形を変えて、黒い液体に。更に液体は、干からびたナールズの死体を飲み込み、ニルニーアの足元へとひとりでに移動して魔法陣へと姿を変えた。


「さて、ショトル…ゴホッ、帰ろうか」


ニルニーアの言葉に魔法陣は輝き、数秒もしない内に、魔法陣とニルニーアの姿は消えた。

すみません。少し遅くなりました。

ちょっと、色々と重なり立て込んでしまいました……。


作中にその名前を出したので……ちょこっと補足になりますが、薄々お気付きの方も居たと思います。


ルアール=バハムート

エマス=ベヒモス

レーヴィ=リヴァイアサン

ジーズィ=ジズ


といった感じでイメージして、彼等はコア君に創られ仕えていました。今では常峰君にですね。

本物と言う訳ではなく、あくまでイメージのベースがそうであり、時間をかけて成長しているので、ふわぁっとしたモノでしか無く……言ってしまえば偽物です。

なので、神話上でのイメージと違う事が多々あると思いますが、大目に見てください。



ブクマ本当にありがとうございます。

これからも頑張りますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 殺し切る事は出来なくてもやりようは有ったんじゃ? 別に拘束は出来るんだろうしダンジョン連れてって法にかければ情報抜くなり殺し切るなりできるだろ
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