弁解は?
「我が王からは、以上ですにゃ」
日は沈み、全員が戻ってきた部屋では、ニャニャムが常峰からの頼み事を話していた。その話しを聞いていた三人は、それぞれ違った反応を見せる。
「うへぇ。夜継の事だし、手なり知恵なり貸してはくれると思ったけど、やっぱ条件は出してくるよねぇ」
「完全にこっちの動きがバレてるね。よく分かってる事で」
「妥当じゃないですか?」
当然、部屋にはフラウエースと毒に蝕まれていた奴隷の二人も居るが、話についていけず聞いているだけ。それでも、言っている内容はしっかりと分かっていた。
常峰が手を貸す代わりに提示したのは三つ。
・市羽を含めた四人の内、誰でも良いので爵位を貰い貴族になること。
・ギナビア国内で、自分の戦力を持つこと。
・以上の二つを達成する際、自分が異界の者である事を伏せる。
「妥当と言えば妥当だけどさ……もう、バレちゃってるんだけど?」
城ヶ崎の視線は、話に混ざれない三人を移す。フラウエースの様子は、一見して変わらないが、奴隷の二人は見て分かる程に驚きの顔を浮かべている。
「それは問題にゃいですにゃ。
フラウエースは当然、そこのお二人にも協力をしてもらいますにゃ」
ニャニャムはそう言うと、二人の奴隷に近づき隷属魔法の刻印を確認する。二人共腹部に刻まれているが、フラウエースはその刻印が見当たらない。
「……にゃ?刻印がにゃい?
フラウエースは、隷属魔法を使われていにゃいのかにゃ?」
いくら探しても見当たらず、ニャニャムの頭上には'?'が大量に出てきている。
その様子を見ていた漆と城ヶ崎は、気まずそうな顔を浮かべて申し訳なさそうに、今日知り得た情報をニャニャムへ伝えた。
「た、多分だけど、コヌチルが死んだから……かなぁ?」
「にゃ?」
「巷で噂の死神さんが、こう…タイミング良くね?いや、悪いのかな?」
「……」
ニャニャムは二人の報告を聞いて、そっと自分が付けているチョーカー……に付いていている常峰産の念話子機に触れて目を閉じる。
一、二分ほどすると、ニャニャムは器用にチョーカーを外して漆に突き付ける様に差し出した。
「んーと、これはもしかして」
「我が王がお待ちです」
「はい……」
今まで付いていたはずの可愛らしい'にゃ'の語尾はそこに存在はしない。雰囲気すらも、その二足歩行の猫の姿から感じる愛くるしさを上塗りする威圧感がある。
一瞬たじろいだ漆だが、意を決してチョーカーを手に取ると……。
《弁解は?》
《それでも私は殺ってません》
-
漆が常峰と念話を始めて数十分程経った頃、ニャニャムの耳がピクピクと動き、複数の足音を拾った。
その音の中には、独特な金属音も混ざっている事から、すぐにギナビア国の兵である事に気付き、少し慌てた様子で城ヶ崎と藤井に指示を出す。
次々と部屋の扉が開かれていく音を耳に、奴隷の二人にも先程説明する予定だった内容を簡単に伝える。
「お二人は一度、軍に保護されて欲しいにゃ。
刻印が消えてない所を見ると、所有権は別の誰かですにゃ。毒は抜かれてる様子ですにゃ……でも、体調が戻りきってにゃいので、多分体内に吸収された毒が残っているから、解毒薬を貰って回復に専念して欲しいにゃ。
そしてお二人は、何者かに連れられて屋敷を出ていく指示をされた。にゃー達は、路頭で迷っている所を保護した。これを事実にするにゃ」
説明をしながらニャニャムはフラウエースをベッド下に入るように誘導して、そのベッドには藤井が潜り込む。
漆は、表現しづらい顔をしているが、それは放置して城ヶ崎が藤井のベッド横に椅子を用意して座る。
ニャニャムから説明を受けた二人は頷き、空いているベッドの上で身を寄せ合う。そこから数分もしない内に、部屋の扉が叩かれた。
「すまない。ギナビア国陸軍の者だが、少し聞きたい事がある。開けてもいいか?」
「はいはい!大丈夫ですにゃー。
ちょっと仲間が疲れてるので、手短でいいですかにゃ?」
扉の向こうから響く男の声に、少しだけ身を固くする奴隷の二人を一瞥して、ニャニャムは先に答えて扉を開けると、そこには鎧を着用しているカジェラの姿が立っていた。
「お疲れの所すまない。
既に知っているかもしれないが、昨夜ファンディル家当主コヌチル・ファンディル伯爵が何者かに殺害された。
その時に、多くの奴隷が逃走した痕跡があり、保護と犯人を目撃している可能性を考慮し探しているのだが……この部屋の宿泊人数は三名のはずだが?」
カジェラは奴隷二人の身なりを確認し、部屋の中には六人。人数が合わない事をニャニャムに問う。
「にゃんと……そんにゃ事が。
にゃーは、今日合流したので詳しくは知らにゃいですにゃ。何か知ってるかにゃ?」
「多分その二人は、軍人さんの言う奴隷の人かな?
道端ですごく弱ってたから、保護したんだけど……」
とぼけるニャニャムの代わりに城ヶ崎が答えると、一度だけ頷いたカジェラは、連れてきていた女の部下に指示を出して奴隷の二人に断りを入れ、身体を確認していく。
そうなれば、すぐに腹部にある刻印はバレる。
「なるほど……。加えてすまないが、その寝ている者は?」
「仲間ですにゃ」
「確認しても?」
「今日は体調が悪いにゃ。少しだけにゃら…」
ニャニャムから許可を得たカジェラは、先程と同じ様に部下に指示を出して藤井を確認する。
「迷惑を掛けた礼として、軽い治療ならばするが」
「大丈夫にゃ」
「カジェラ隊長、問題はありません。月事なので、こればっかりは……」
「そうだったか…。申し訳ない、言及するつもりはなかった」
藤井から寝込んでいる理由を聞いた部下からの報告を聞いたカジェラは、気まずそうな顔で頭を下げた。そして、それ以上触れる事はなく、カジェラは話を切り替える。
「それでだが、奴隷の二人は重要参考人として軍で保護したい」
「それなら安心ですにゃ。多分、毒を飲んだ様で、にゃー達ではお手上げでしたにゃ……」
「ならば解毒薬の用意もこちらでしよう。
二人も、悪いようにはしない。来てもらえるな?」
奴隷の二人は頷き、漆達に頭を下げて礼をすると、カジェラの部下に連れられ部屋を出ていく。カジェラもニャニャム達に礼を言って部屋を後にしようとするが、今まで念話をしていたはずの漆が止めた。
「ちょっといい?」
「何かな?」
「他に奴隷を見つけた時、送り届けるのは貴方達の所でいいの?」
「……。そうだな、もしかしたら君達が先に見つける可能性もあるか。
もし保護した場合は、近場の兵でも構わん。陸軍第一部隊のカジェラの名を出してくれれば、問題はない」
「はいはい。カジェラさんね。
もし見つけたら、そうするわ」
では頼む。と言い残し、今度こそカジェラは部屋を後にした。
カジェラの足音が離れていく事を確認したニャニャムは、ベッド下に避難させていたフラウエースを呼び、さっきまで奴隷の二人が座っていたベッドに座らせる。
そして、漆の念話が終わるまでに、全員分の晩御飯を受け取りに行こうかと動いた時、ニャニャムの頭に手が置かれた。
「にゃ…」
頭を撫でられたニャニャムが振り向くと、その手はフラウエースのモノだった。
「にゃにか?」
「皆さんもそうですが……貴女は、変わった魔力を持っているんですね」
「多分それはにゃーの魔力じゃにゃいにゃ。
にゃーは契約の為に、ダンジョンを通じて我が王から少量の魔力を頂いているにゃ」
「そうでしたか……」
言葉では納得した様子のフラウエースだが、その手が止まる事はなく、ニャニャムは頭をなで続けられる。
自分の王が保護すると決めている事を聞いているニャニャムは、あまり無碍に対応する事もできず黙って撫でられていること数十分。念話を終えた漆は、少し窶れた様子でチョーカーをニャニャムに返した。
《思ったより軍の動きが早い。動いているのも、末端じゃなくて隊長らしいしな。
少し急ぎで明日にはルアールが合流する予定にしようと思うが…ニャニャム?大丈夫か?》
《にゃぃ……大丈夫です》
明らかに元気のない声のニャニャムが心配にはなるが、本人に遠慮はしないように前置きをして常峰は続ける。
《ルコさんに連絡はできたか?》
《すみません、まだです……》
《いやいや、急だったから仕方ない。本来なら二、三日ぐらいは余裕があったんだけどな。今から明日までの間にルコさんに連絡はできそうか?》
《必ずお伝えします。
お伝えするのは、ギナビア国の王と謁見の手筈を整える様に。で変わりはにゃいですか?》
《それでいい。
その後の事なんだが、彩にやるように頼んでいるけど、ニャニャムもファンディル家当主を殺した奴を探して貰いたい》
《見つけ次第、捕縛しますか?》
《できそうなら頼む。かなり手練の可能性もあるから、無理しなくていい。どちらかと言えば、彩の手伝い感覚で構わない》
《わかりました。にゃーにお任せください》
《頼むわ。無理はしなくていいからな》
その言葉を最後に念話が切れた事を確認したニャニャムは、チョーカーを首に付け直すと、ルコと接触するために準備を整え、漆達に一言告げると部屋から颯爽と出ていった。
撫でるものが無くなり、手持ち無沙汰になったフラウエースはボーッとし始め、藤井や城ヶ崎もどうすればいいか悩んでいると、漆は藤井が横になっているベッドへと潜り込む。
「藍ちゃん、少し確認したいんだけどさ。他人の死線がセジュさんには見えたんだよね?」
「そうですけど…。
抱きつく必要あります?」
「必要なんだよ。私の英気の為に大いに必要」
漆の言葉通り、藤井は最初に会った時からセジュに本人のとは別の死線が見えていた。だからこそ気になり、少し様子を見ていたが今日になり一つ死線が消えていた。
その事を漆と城ヶ崎には話している。漆は改めて確認したが、話しを聞いて事件の事を知ったときに、関連性があると思っている。
当然だ。タイミングが良すぎるのだ。
「夜継から、犯人を見つけろって言われたけど…」
「セジュさんを問い詰める?」
「証拠も無いしなぁ」
ガッチリとホールドされて抜け出せない藤井をよそに、漆と城ヶ崎は話を進めていく。
「そもそもなんで常峰君は犯人探しを?」
「私達の行動を正当化するのに必要なんだってさ」
「自分で言っちゃうのもアレだけどさ……正当化できるものなの?」
「詳しいことは聞いてないよ」
何とか漆のホールドから抜け出した藤井は、フラウエースが座っているベッドまで移動すると、話を聞いていて思った事を伝えた。
「私達の罪自体を死神に着せる気かも。
多分、市羽さんとも連絡を取り合って居て、開発地区の話を聞いているんだと思います。その譲り受けた場所の管理に、市羽さんじゃなくて爵位を貰った誰かに譲る気かと」
「その爵位を貰うきっかけに、死神を捕まえて差し出すと。夜継はセジュさんの事とか知らないからなぁ……ありえる」
「爵位を貰う時、レゴリア王には私達が異界の者である事はバレると思います。でも、他の人達に知られてはいないと思います。
そうなれば、受け取るのにも理由が必要ですからね」
藤井の説明を聞いた漆は、一応納得できた。だが、だからと言ってセジュをすぐには捕まえられない。さっき漆が言ったように証拠が足りていないのも事実なのだ。
「セジュさんが犯人の可能性が高いだけで、まだ決まったわけじゃないし。できれば、セジュさんでないことを祈りたいねぇ」
「まぁ、犯人探しは明日にして、今はご飯でも食べよっか。私、下から貰ってくるね」
話を無理矢理切り上げた城ヶ崎は、漆達を部屋に残して下へと降りていく。
下は他の宿泊客や、食事をしにきた客が集まり騒がしく、階段を降りていた城ヶ崎の耳にも騒がしさが届いてくる。
一階へと降りた城ヶ崎は、さっさと食事を貰いにカウンターへと向かうが、カウンターの端に座っているフードを被った二人が気になった。
その二人の前には、セジュの父、この宿の店主である'トルガス・スケープ'が酒を準備している。
「食事かい?」
「部屋で食べるから、五人分お願いしても?」
「あいよ」
カウンターに居た店員に注文をすると、料理ができるまでの間、カウンター席に座り聞き耳を立てる。当然対象は、カウンター端に座る二人組で、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの位置から集中していく。
周囲の騒がしさもあるが、城ヶ崎は指を軽く鳴らして'セブンツール'の一つを発動した。
―集音―
スキルを発動すれば、城ヶ崎の耳には二人の会話が良く聞こえてくる。
七つの効果を発揮できるセブンツール。
全くの別人にも姿を変えられる―変装―
施錠されているならば、開け閉め自在の―境界無き錠―
一時的に壁に穴を開けられ、時間が経つと消える―虚構の出入口―
できない事を一時的に可能にする―偽りの行動―
そして今回使った、耳に届いている音の音量を調整する―集音―
他にも二つの効果を発動できるが、その規模や時間、行動次第で魔力の消費が大きくなるセブンツール。今の城ヶ崎では全てを同時に発動する事はできず、フラウエースを盗んだ時でもかなり限界は来ていた。
だが、一日休んだ城ヶ崎にとって、集音を使うぐらいは何の問題もない。注文が来た時に分かる程度には調整し終えた城ヶ崎は、改めて耳をすます。
「お忍びにしては時間がはえぇな」
「城が騒がしくてな。抜け出すのには丁度良かったんだ」
どうやらフードの一人と店主のトルガスは顔見知りらしく、今来た様な会話が聞こえてきた。
「わざわざお前が出張ってくるって事は、そんな事態なのか」
「お前の耳にも入ってるだろ。死神の噂が」
「知らねぇ。俺は関係ねぇよ」
「王都内で問題が起きたとなれば、早々に捕まえなきゃならねぇ。被害者が伯爵となりゃ、尚更な」
「大変だな」
城ヶ崎は、トルガスとフードの会話に一層集中をする。どういう関係かは知らないが、何故その話をトルガスへしているのかが気になった。
「まぁ、お前がやったとは思わねぇ。する理由もねぇからな」
「だったら何の用だ。用もなくお前が来る場所じゃねぇぞ……レゴリア」
「そう言うなよ。手口はお前そっくりだった報告が上がってる。あの技、他に誰に教えたか聞きたかっただけだ……元死神」
予想もしていなかった名前とワードに、城ヶ崎はむせそうになるのを抑える。
不審がられない様に水を飲みながら冷静さを取り戻し、より一層二人の会話に集中していく。
「さぁな。やり方なんて、お前らの前で見せただろ。練習すりゃ、出来るやつは出来る」
「軍内ではな。外で誰に教えたか聞いてんだ」
「……。誰にも教えちゃいねぇ」
「娘にもか」
「なんで娘に教えなきゃなんねぇんだ」
セジュには教えていない。トルガスはそう言うが、一瞬だけ動きが止まった事を城ヶ崎は見逃さない。当然、レゴリアも見逃しはしなかった。
「この店は、随分と珍しい料理があるらしいな。内部だけを調理した様な凍った刺身が」
「名物一つぐらいなきゃな。商売も楽じゃねぇんだよ」
「そりゃご苦労。ついつい疑っちまってなぁ」
「お前もお勤めご苦労さん。ほらよ、ルイベだ」
「お客さん?あの、五人前出来上がりましたけど」
「あ、ありがとう」
もう少し聞いておきたい気持ちに駆られたが、ただでさえ気付いていなかったのにこれ以上の無視は不審がられてしまう。その事を理解している城ヶ崎は、店員からプレートを二つ受け取り、漆達が待つ部屋へと戻る。
そうして城ヶ崎が居なくなったカウンター席では、今まで喋らなかったレゴリアとは別のフードを纏った人物が口を開いた。
「よろしかったのですか?お二人とも」
「何がだ?」
「いえ、その、城ヶ崎様に教える様な行動をして」
「これだけ騒がしかったら、聞こえているかも怪しいがな」
トルガスが用意した料理を口に、隣の者への答える。その隣の者にもトルガスはルイベと果実を絞ったジュースを置いていく。
「おめぇさんは職務中だろう?酒は無しだ」
「ありがとうございます」
「ハハハ、悪いなルコ。俺ばかり酒を入れちまって」
「それは構わないですけど……あ、美味しい」
レゴリアの隣でフードを被り、料理をつまむルコは、その美味しさに目を丸くする。トルガスはルコの反応に満足した様で、注文の料理を作り始めた。それを横目にレゴリアは話を続ける。
「それになぁ。元々トルガスに話を聞きに来るつもりだったとは言え、あの獣人が言っている事が本当なら、こっちから少しは情報をだしとかねぇと何言われるか分かったもんじゃねぇ」
「ニャニャムさんですね。明日、眠王様からの使いが来るとの事でしたけど」
「間違いなく今回の件だろうよ。どういう理由で動いてるかは知らねぇが、眠王が動くってんなら、アイツ等が関与してんのは確かだろ」
大きなため息を漏らすレゴリアに、料理を作り上げていくトルガスは笑う。
「珍しいな、お前が後手なんて。それにやけに高評価だ」
「それぐらい手が早いんだよ。相手にするには厄介な程に利口な相手だ。
突発的に何も考えず行動する相手であれば問題はないが、突発的な行動に色々と絡めてくる様な奴だからな」
「転んでもただでは起き上がらないと」
「それどころか、こっちの首に刃を突き立ててくる様な奴だ」
「面白いやつが居たもんだ」
「本当、笑っちまいたくなるほどにな」
「レゴリア王、そろそろお時間になりますよ」
いつの間にか食べ終わり、隣で時間を確認したルコに言われたレゴリアは、残っていた料理をかきこみ、金をテーブルに置く。
「うまかったぞ」
「ごちそうさまでした」
「話の件は頭に入れておく」
その言葉にレゴリアは軽く手を挙げるだけで済ませ、ルコも軽く頭を下げて店を出ていく。
ふぅ。
ぎりぎり間に合ってますよね…多分。
ブクマありがとうございます!
今度とも、よろしくおねがいします




