一方その頃:尻拭いの準備
短めです。
「カジェラ隊長、検死が終わりました。
皮膚は繋がっていますが、首を完全に断たれています。肉も骨も完全に断たれています。
解剖はしていませんので正確な事は言えませんが、触れた感じから内部の切断面はおそらく……」
「凍っているか」
「はい」
「死神の妙技'世生歿'そのものだな」
昨晩、城ヶ崎が侵入した屋敷では、当主であるコヌチル・ファンディルが亡くなっているという連絡を受け、陸軍第一部隊が調査に来ていた。
兵達は隊長であるカジェラの指示で屋敷内を調べ、使用人や雇われていた警備の者達に聴取を実施。
その結果、犯人は巷で噂となっている死神の仕業。とまではすぐに分かることができていた。
「死神ですか。昔にも存在したと聞いています。
悪事を働いている者達を対象としていた人斬りで、確か既に捕まり死刑になっていたはずですが……本物の死神にでもなって戻ってきたんですかね」
「戯言だな。模倣犯ではあるだろうが、その腕は認めざるをえないのも確かだ」
「世生歿でしたっけ?
そんなに高等技術なんですか?」
「原理は簡単なものだ。
魔力で刃を作る魔道具を使い、斬る過程の間で刃を出して消している。
だが死神の場合は、魔力操作の精度が段違いでな。首の皮を超えた所で魔力の刃を生み出し、凍らせ、通過し終える所で刃を消していた。切り口がないと言うことは、刃が出現しているのは内部だけ。
説明を受ければ理解できるものではあるが、やれと言われて容易にできるものではない」
カジェラは簡単に説明をしながらコヌチルの書斎で、机に積まれている書類に目を通していく。
雇った警備兵への日給をまとめている紙や、奴隷売買での売上をまとめている紙などを見ていると、一人の部下が警備兵達などから話を聞き終えてカジェラの元へ戻ってきた。
「隊長、よろしいですか?」
「大丈夫だ。何か分かったか?」
カジェラから許可を得た部下は、聴取と現状まで分かっている調査の結果を記した紙を片手に報告を始める。
「昨日居た者達から一通り話を聞きましたが、不審人物を見たような話は出てきませんでした。
ですが、巡回をしていた警備兵の二人が襲われたと証言しています」
「その二人も不審人物を見ていないのか?」
「はい。
最後に話したのは使用人の娘と言っていまして、二人に協力してもらい使用人の娘を探し出しましたが……二人が言う娘は、その時間帯は厨房にて仕事をしていたと。別の使用人達からの証言もあり、厨房に居た事は嘘ではないでしょう。
それと、どうやらコヌチル様は昨晩奴隷を仕入れていた様で、事件発生予想時には十六人の奴隷が納屋に居たはずなのですが、全員行方不明になっています。
納屋には警備していた場所以外に出入り口は無く、予想されるのは高等転移魔法の技術を有して、短時間で十六名と共に転移したと予想されます」
「一人残らずか?」
「一人残らずです。納屋の警備に当たっていた者の証言も不思議なもので、最後に入ったのは襲われ気絶していたはずの巡回兵の一人だと言っています。
以降、出てくる事も無く、出てくるのが遅いと思い納屋を見ると……忽然と奴隷諸共居なくなっていたそうです」
報告を聞いていたカジェラは机を少し漁り、奴隷売買の履歴を記した紙を探した。目的の物はすぐに見つかり、軽く流し見をしていくと、一番新しい取引を記した紙を見つけ出し、奴隷の名前を数を確認していく。
すると、報告と違いが一つあった。
「奴隷は十六人で間違いないのか?」
「間違いありません。運搬をしていた雇われ兵に確認も取れ、売買時の契約書控えも金庫より押収できています」
「しかし、ここにある売買取引予定の中には、十四名しか書かれていない。一枚抜かれているのか?
死神の目的は、奴隷の方にあったのかもしれんな。前後の奴隷売買に違法性は?」
「確認はできていません。順当に手続きを済ませています。
十六名の内、十五名は既に買い手を付けている様で、一名だけオークション申請を出しているとまでしか」
「オークション?珍しいな。買い手が付かない奴隷がいたのか」
「というよりは……値段が付けられない奴隷でしょう。
こちらに書かれている事が本当であれば、笑い話では無く、リュシオンなんかは国で金を出しかねません」
そう言って部下が手渡してきた紙に目を落とすと、内容はオークション申請書であり、種族名には'フラウエース'と記入されている。
予想もしていなかった種族名に、カジェラも変な笑いが漏れそうになった。
「これは、本当なのか?数百年前に絶滅した種族だぞ?」
「使用人や警備の者の話しでは、奴隷達と共に氷塊を運んだそうです。
氷塊以外の奴隷は、奴隷商から買い取った者達で、そのまま近日中には売る手筈を整えている事が不思議でしたが、本当にフラウエースであると考慮すれば……フラウエースの特性が事実であったとして、運搬中の生命維持用の奴隷と考える事も可能かと」
「なるほど……。奴隷以外に無くなっていた物はあるか?」
「違法売買や裏取引などの痕跡もあり、地下に一つ、数名の使用人しか知らない金庫が破られていました。中は既に空で、おそらくは金銭があったかと予想します」
カジェラは少し目を閉じ、頭の中で得た情報をまとめていく。
そして、数分すると考えがまとまり、報告に来た部下と、書斎の物を箱にまとめていた部下に予定を伝える。
「高等転移魔法を使える者であれば、すぐに見つかるだろう。調査範囲を開発地区も含めた城下町まで広げ、転移魔法を使える者を探せ。
……それと、今回の件は死神の他に、別の者も居た可能性がある。それも姿を変えられると言う厄介な者の可能性が。
視野を狭めず、小さな情報も無碍にはするなよ」
「「はっ!」」
カジェラからの命令を聞いた部下二人は、敬礼で応え行動に移った。
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「今日は……二度寝できるな」
《我が王、にゃーです。今、よろしいですか?》
目が覚め、今日の予定を頭に浮かべ、このまま昼寝に繋げられると思った矢先に飛んでくる念話。
不機嫌にもなりたい所だが、脳に響く声で察するに、ギナビア国へ送り出したニャニャムか。
《大丈夫だぞー》
《本日、漆様達と合流しました》
《ありがとう。多分、市羽は居なかったと思うが、彩達は大丈夫そうだったか?》
《皆様に問題はにゃかったですが、その……皆様が問題を起こして居たといいますか……漆様達より我が王へご連絡が……》
自己紹介を終え、掴みはバッチリだと言う報告から始まり、部屋に予定より人が居た事。勢い余って壊してしまった扉を修復中で、今は彩達から離れてしまっている事を前置きに、非常に言いづらそうにニャニャムから伝えられた彩からの頼み事は……。
《フラウエースを引き取れ?》
《はい…》
要約すれば、そういう事だった。
なんでも、彩が説明するには、城ヶ崎と彩が夜の散歩に出かけた所、道に迷ってしまい豪邸付近の林に足を踏み入れてしまったらしい。
そこで、大きな氷の塊と奴隷たちが瀕死の状況で倒れており、保護したのだとか。
するとなんと!驚く事に!その大きな氷の塊は、フラウエースという絶滅したはずの種族だと言うではないか!
彩的には共に行動したい気持ちが強い。だが、もし一緒に居れば危機に晒される可能性も高く、普通に考えても貴重価値のある種族と知られれば、むしろフラウエースであるその娘が狙われてしまう。
だから、そこで俺が引き取って保護して欲しい。
……。んなわけないだろ。どう考えても無理がある。
フラウエースの価値と希少性は知らないが、保護までの流れはおかしいだろ。
大方、その豪邸とやらから城ヶ崎と彩が盗み出したか。彩が慈善事業なんて掲げるとは思えんし。あぁ、そういえば市羽が城ヶ崎から何か頼まれていたな。
開発地区が欲しいとか、氷の生物がどうとか……本当にパクって、その氷の生物がフラウエースというやつか。
「セバリアス、居るか?」
「ここに」
名を呼べば、セバリアスはすぐに俺の隣に現れる。
何処で聞こえて控えて、この速度で来れるのかは知らないけど、助かるわ。
「フラウエースって種族を知ってるか?知ってたら、少し説明して欲しい」
「存じております。
女型しか居ない種族であり、氷塊から生まれると言われています。極寒を好む種であり、千五百年程前から乱獲され始め、四百年前には既に絶滅した種族でございます。特筆すべき点として、フラウエースは不老の種族という所でしょうか」
「不老か」
「はい。
負傷などで生命維持が困難になった場合、氷塊へと戻り、周囲から魔力と冷気、最悪の場合は周囲の生命体から生気を吸収して回復に専念する事ができるのです。
その血肉を喰らえば、不老にもなれるという事もあり……乱獲が始まり、捕まるよりは死を選ぶ者も多々おり、現在では絶滅しております」
不老とは言え不死ではないか。
どうやって自害するのか気になる所だが、今は別に重要ではない。問題なのは、その事が一般的に知れ渡っている事。
彩が警戒をするって事は、割と誰でも知ろうと思えば知れるのだろう。
「フラウエースは、外見的特徴があるのか?」
「ございます。その外見はエルフに劣らず美しく、個体で違う瞳の色以外は驚く程に白で統一されております。
一言で純白と言い表しても差し当りは無いでしょう」
エルフの美しさを俺は知らん。ダンジョン勢の中にも、エルフは居ないからな。だがそうか……周囲と比べて良くも悪くも浮くか。
「仮に、フラウエースが現代に居たらどうなると思う?」
「問題ですね。
不老を望む者は居るでしょう。その美しさに惹かれる者も少なくは無いでしょう。その生体を調べたがる者も居るでしょう。
フラウエースは、戦闘能力も対して高い種ではありません。良くて奴隷かと思われます」
奴隷だったんだろうなぁ……。
現状死んでない所を見ると、流石に殺したくはないのか、それとも隷属魔法の契約にそういう命令が含まれていないのか。
どちらにしろ、放置すれば問題は大きくなるだろう。
市羽からの話しを聞くに、貴族が相手だろうし、そんな人物が所有している奴隷を盗んだとなりゃ、末端でも軍は動きそうなもんだ。
違法奴隷じゃなくて、正規の手続きを踏まれていたら……ただの犯罪者だぞ。
まぁ、個人的な感情では、洋画とか漫画とか見て怪盗や泥棒にもロマンは感じるけど、これに俺が手を貸した事がバレるとなぁ……国の問題として叩かれた時がなぁ。
手が貸し辛ぇ。
奴隷解放運動を掲げるにしても、今の現状で俺はできない。下準備もできていないし、ログストア国の対応を見る限り、奴隷環境の改善は図られている。
《ニャニャム、彩達が奴隷を囲っているのを知っているのが、どれ位居るか分かるか?》
《宿のお嬢さんと、漆様達、後はスラムに半分ぐらい囲っていると、はにゃして居ました》
どういう手を使ったかは知らんが、目撃者が皆無とは考えにくい。
その宿のお嬢さんや、預けているスラムの誰かからバレる可能性は大だ。というより、時間の問題だろうな。
《いかがにゃさいますか?》
《今、そのフラウエースはどうしているんだ?》
《にゃーと一緒に居ます。一応ローブを纏わせ、野外には出にゃい様にする予定です》
それでも、ちょっとぐらいしか時間は稼げないだろうな。
市羽もある程度は予想して居ると考えて、そっちと相談してから決めたほうが早いか。ただ、そんな種族が絡んでいるとは考えてないだろう。
引き取るのを前提として考えれば、もう動いていたほうがいいか。
《分かった》
《にゃーはどうしたらよろしいですか?》
《とりあえず、フラウエースとバレないように、ちょっと時間稼ぎ頑張ってくれ。
事の収集にルアールを送る》
《にゃ!?ルアールさんを?》
《時間が無いからな。先にレゴリア王と話しを通して起きたいから、ルコさんに俺からの使者が来ると伝えておいて欲しい》
《かしこまりました》
《んじゃ、そんな感じでよろしく。
また何かあったら、遠慮なく念話してきてくれ》
《はい!》
《あ、それと、彩達に伝えてくれ――》
俺は彩達への言伝を頼み、ニャニャムとの念話を切る。そして、いつの間にか朝食を用意してくれていたセバリアスに事情を話した。
「私が向かいましょうか?」
事情を聞いたセバリアスは、すぐにそう言うが、今回はルアールに頼みたい。
ここ最近、セバリアスには手伝って貰いすぎているからな。そろそろゆっくり休む機会を用意しないと。
「いや、ルアールにはついでに調味料とかの買い出しも頼むから。セバリアスには、まだダンジョンで俺の手伝いを頼みたいしな。
ラフィでも良いんだが、厨房の事はルアールの方が分かってるだろ?」
「否定ができないのがお恥ずかしい所です。
そろそろラフィにも、料理を叩き込む時期かもしれません」
「ハハハ、ラフィにも助けられてるから、そう厳しくしてやるな」
さて、レゴリア王に伝えてほしい事をまとめて、せっかくの買い出しだし畑達にも欲しいのがあるか聞いておくか。
くっそ……二度寝できねぇ。
誘う睡魔の誘惑に抗いながら布団から出ると、ある事に気付いた。
何時ぞやか、精霊王のターニアが俺にくれた精霊の涙が二つになっている。
「あ、マープルか」
俺には使い道が無く、何となく部屋に飾っている精霊の涙が増えていて少しビックリしたが、すぐにそれはマープルが擬態している事が分かった。
俺の言葉を聞いて擬態がバレた事を理解したのか、マープルはドロッと形状を変えて、今度はゴブリン君に擬態する。
まだ、完全に擬態する事ができないのか、真っ黒のままでゴブリン君のシルエットみたいになってしまっているが、良くできているな。
「凄いな」
素直に感想を漏らせば、マープルは嬉しそうに体を揺らす。
だんだん懐いてくれるマープルに癒やされ、ギリギリ睡魔に打ち勝った俺は、気合を入れ直して椅子に腰を下ろした。
マープルはゴブリン君と冒険の時間らしく部屋を出ていき、セバリアスも別の仕事とルアールを呼びに部屋から出ていく。
部屋に一人になり、小さくため息を漏らした俺は、とりあえず今後の流れを相談するために市羽へと念話を繋いだ。
更新ペース戻せず、ぐぬぬと唸るばかり。
物語のテンポを早めるのも難しや……。
ブクマ、ありがとうございます。




