隣にしてください
短め
時間も無いのでルコさんに漆さん達への伝言を頼み、すぐに準備を終えたペニュサさんに案内されるがまま、空軍基地まで馬を走らせた。
幾頭も並ぶ飛竜の中で、一際大きいペニュサさん専用の飛竜に二人乗りする形で、応援要請があった西方防衛拠点へと向かっている。
向かうのは私とペニュサさんだけではなく、空軍第一部隊の面々が後を追従してきているのが確認できる。数にして四十の小隊。曰く、空軍第一部隊はペニュサさんの直属になるという。
《という事で、今は西方防衛拠点に向かっているわ》
《ギナビアの西側で魔族と戦闘ねぇ…。
経緯は分かったが、レゴリア王は要求を飲んだのか?》
《レゴリア王だけならそれなりに信用もあるから大丈夫だったでしょうけど、ヴァジア元帥に要求を飲むのは第一防衛ラインを奪取できたらと付け加えられたわ。
もしダメだったら、要求は飲まずにギナビア国側が褒美を決めるそうよ》
《なるほど。まぁ、普通に考えたら拒否されてもおかしくない。条件付きでも了承してくれただけマシだ。
大体、なんでそんな要求をしたんだ?》
《城ヶ崎さんからの頼み事であったのよ。ギナビア国に着いてから、城ヶ崎さん達はスラムの子と縁があったみたいでね……》
移動の時間を利用して常峰君と念話で連絡を取り、今後の報告を済ませておく。すると、常峰君から質問をされたので、城ヶ崎さん達が伝えてきた情報も教えておく。
《要は、その貴族が持って帰ってきた氷の生物を置く場所が欲しいと……。珍しそうで高そうなんだが、買うのか?ってか買えるのか?》
《私も詳しくは知らないわ。
手紙には、泊まる場所と氷の生物と開発地区の一角が欲しい。って簡単にしか書かれてなかったのもの。でも、考えられるのはそういう事よね。
常峰君から受け取った分の半分は、ギナビア国の通貨に換金したけれど……どうなのかしら》
《まさかパクってくる気じゃないよな》
《何とも言えないわね》
《彩と城ヶ崎は仲が良かったかならぁ……。彩が提案して、城ヶ崎が作戦を立てている姿が容易に浮かんでくる。
藤井は……止めるよりは無干渉を選ぶタイプだろうし》
ブツブツと流れてくる常峰君の念話を聞き取りながら、私も最近行動していた三人の様子を浮かべる。
そうね、常峰君の言う通り、藤井さんは関与しない方を選ぶと私も思うわ。私でもそうするもの。
《ま、いいや。そっちの事は基本的に市羽に丸投げしたから頑張って》
《安心して頂戴。どうしようも無くなったら、王様に投げ返す様に心掛けているわ》
常峰君からの返事が無いけれど、本当に問題は無いのよ?
どうしようも無い時は、相応の権力を手に入れている常峰君に頼むつもりだけれど、今回の事に関しては私だけでもどうとでもなる案件。
城ヶ崎さん達が何をする気かは知らないけれど、レゴリア王とヴァジア元帥が失いたくないファンディルと言う人に手を貸し、その尻拭いを私がする。十分な貸しになるとは思うのよね。
それに、都合良く城ヶ崎さん達が言うファンディル家は、私が手を貸す人の弟さんであると考えて間違いではないでしょう。
開発地区の方も、普通に買おうとすれば色々と禍根も買いかねないけれど、レゴリア王とヴァジア元帥を通せば、それもある程度は取り除けると考えてもいる。
《好き勝手にしてくれて構わんが、頼むなら動ける時間ぐらいは用意してくれよ》
《常峰君も忙しそうだし、それぐらいは考えているわよ》
《俺だけじゃないさ。
新道はログストア国からの依頼でギナビアとの国境沿いへ。
東郷先生からはさっき連絡あったけど、何かライブするんですよ!って楽しそうな声で言われてなぁ……。
安藤も愉快な事になってるし、岸達はギルドへの報告が済んだらどっかのダンジョンに行くとか言ってたし。うちのダンジョンに居る畑達は、俺の手伝いで忙しかろう。
皆傘達だけだな。特に大きく行動していないのは》
《あら、そうなの?》
《まぁな。今日は皆から連絡が多くて。
その内、皆傘からも連絡あったが、今はログストア国王都の地図作りに励んでいるとか》
こうして聞くと、皆も結構動いているのね。そういう事であれば、私も何時も通りで問題はないかしら。
《それじゃあ、報告があったらまた連絡するわ》
《はいはい。あぁ、それと、もしかしたら敵側に魔王ショトルが居るかもしれない。その場合の対処を教えておくわ》
私は常峰君からショトルの対処法を聞きながら、西方防衛拠点へと向かった。
--
「さてと。市羽さんがせっかくOKサインくれたんだから、私もバシッと決めないとねぇ」
王城より少し外れ、広めの土地に塀で囲まれた豪邸が一つ。離れに小屋があり、数名の警備兵達が巡回をする様子も見えている。
そんな豪邸の屋根の上、月明かりを背に、純白のマント衣装を揺らめかせて、弾む声で城ヶ崎は呟いた。
そしてそのまま倒れ込む様に飛び降り、音も無く中庭に舞い降りて闇に消えていく。
「ファンディル家。
歴史はそこそこ長く、現当主で八代目。弟のコヌチル・ファンディルが当主となり、兄であるジェンル・ファンディルは現在陸軍第二部隊隊長。兄弟で性格は正反対。
兄は誠実、生真面目で人望も厚い。対する弟は、欲に忠実であり女好き。信用はお金で解決する事もしばしば。
ただ、兄弟揃って手腕は確かであり、その才覚は兄は軍で弟は貴族として惜しみなく発揮をしている。
情報通りと言えば、情報通りだねぇ」
中庭を通り、二階の窓の鍵を開け屋敷内に侵入した城ヶ崎は、暗い部屋で月明かりを頼りに、テーブルに散乱している書類に軽く目を通して独り言を漏らす。
どうやら入った部屋は当主の仕事部屋の様で、金の流れが書かれたモノや他の貴族から送られた招待状など。
少し漁れば、城ヶ崎が探していたモノもソコにはあった。
「売買奴隷のプロフィールみっけ」
その言葉通り、手に取った紙にはしっかりと売買取引された奴隷達の情報が書かれている。中には、既に買い手が付いている奴隷も居る事を確認しながら、三枚目で城ヶ崎の手が止まる。
「種族フラウエース、名前は不明。
備考に絶滅したとされていた氷の種族ねぇ……これで当たりかな。
えーっと価格は、付けられないからセリ予定かぁ。予想では、一、十、百……うわ、王様が取引した六倍近くじゃん。すごっ、高っ」
はぇー。と声を漏らしていると、外から足音が聞こえてきた。
音が聞こえた城ヶ崎は、フラウエースの事が書かれた紙を服の内側へと滑り込ませ、自分は扉へと近付き、開くと死角になる裏側で息を潜ませる。
「ん?窓が開けっ放しだったか」
部屋に入ってきた細身の男は、城ヶ崎が開けっ放しにしていた窓へと近付いていく。
その男が着ている服は質が良いものであり、遠慮も無く堂々と部屋に入ってくる。その様子から城ヶ崎は、細身の男が当主のコヌチルであると理解する。
このままではバレるのも時間の問題だとも考える城ヶ崎は、窓にコヌチルが近寄り閉める瞬間に、ゆっくりと閉じ始めている扉から、するりと部屋の外へと出た。
「あの氷が価値のあるモノなのは分かったし、そろそろお宝回収と行きますかね」
そう呟いた城ヶ崎は廊下を歩き、昼間奴隷が運ばれていくのを確認した離れの納屋へと足を進める。
道中、使用人や警備とすれ違うが、誰も城ヶ崎を止めようとはしない。
それもそのはず、城ヶ崎の顔も姿も本人のモノではなく、先程厨房へと入っていたメイドのモノへと変わっている。
城ヶ崎が持つユニークスキル'大怪盗'で記憶・保存した容姿に、付属しているスキル'セブンツール'の能力の一つである'変装'で完璧に別人へと変わった城ヶ崎は、周囲の様子を観察を怠らずに離れ付近まで移動すると、そこで初めて呼び止められた。
「待て。ここは明日まで立ち寄るなとコヌチル様から言われているはずだが?」
城ヶ崎を呼び止めたのは、巡回警備をしていた兵の一人。離れの納屋にも警備兵の姿は見え、呼び止めた兵も二人組だ。
「コヌチル様からお食事をと命令がありまして、明日の商品でもあるため汚れを拭き取っておけとも」
「その割には食事や湯道具が無いようだが?」
「私、ここに来てからまだ日が浅く。その……コヌチル様に商品の数をお聞きするのを忘れてしまってですね…」
疑いの目を向けてくる警備兵の二人に、城ヶ崎は焦る演技まで交えて冷静に嘘を並べていく。
「先に数を確認しようとしたのか」
「再度お聞きするのも失礼かと…」
「はぁ……数は十六だ。よく分からない氷塊を抜けば十五。これでいいか?食事は俺達が運ぶから、君は湯道具だけ準備してくれ」
完全に城ヶ崎の言葉を信用した警備兵の二人は、そのまま厨房へ向かう為に背中を見せた。その瞬間、周囲を確認した城ヶ崎は近くの扉を開けて、納屋を警備している兵から自分の姿を隠すと、背中を見せている二人の口元に手を当て部屋の中へ飛び込んだ。
数秒後、警備兵が一人だけ出てくる。当然、それは本人ではなく変装した城ヶ崎だ。
城ヶ崎が出てきた部屋に入れば、気持ちよさそうに寝ている姿が発見されてしまうだろう。だからその発見を遅らせるために、城ヶ崎はスキルを使う。
「'セブンツール・境界無き錠'」
手元に現れた鍵を握り捻ると、鍵穴に刺さっていないのにも関わらずカチャリと鍵の音がする。
軽く扉に手をかけ、しっかり鍵が掛かっている事を確認した城ヶ崎は、その足で納屋へと歩いていく。
「お、どうした?交代の時間か?」
「いやいや、コヌチル様に中の様子を見てこいってよ。連中の中に、弱ってるのが居ただろ?」
幾ら同じ警備兵であろうとも、近づけば当然声をかけられる。城ヶ崎は予め考えていた言葉を並べ、けだるそうな演技を混ぜて軽い会話を交わす。
「あぁ…多分商品にならねぇって話てたやつか」
「それだ。治せるなら治せってさ」
「売る商品が増えるならってことか」
「ボーナスも貰ってるしな。仕事ならするさ」
「羨ましい。上がったら奢ってくれよ」
「考えとくよ」
怪しまれる事無く納屋に入ると、中では昼間見た女性達が鎖に繋がれ、檻の中に入っている。やはり目に生気はなく、城ヶ崎が入ってきたところで反応を示す者は居ない。
一番奥にはガチガチに鎖で固定された氷の塊。
「さて……」
納屋の一番奥まで足を進めた城ヶ崎だったが、氷の塊に近寄れば近寄る程に体温が下がる感覚と気力を吸われる様な奇妙な感覚に襲われる。
氷に触れれば、その感覚は一層強くなった。
「これは後回しにしようかな」
反応があるということは、まだ死んでは居ないだろうと考えた城ヶ崎は、視界を氷から室内へと向けた。少しすれば、鉄製の枷を首に嵌め、繋がれている者達の中から呼吸が浅く、震えている二人を見つける。
城ヶ崎はその二人に近付き、セブンツールで枷を外すが、衰弱している二人を含めて目立った反応は無い。
おそらく長時間氷の近くに居ればこうなるんだろうと予想しつつ、騒がれないのなら好都合だ。と考える城ヶ崎は、枷を外した二人に何処からか取り出した大きな布を被せ包み、一旦その場に置いた。
「魔力かなり使うから、手早くね手早く。
'セブンツール・虚構の出入口'」
独り言を漏らす城ヶ崎が入ってきた入り口とは逆。氷が置いてある方の壁に触れると、壁が歪み氷が持ち出せるぐらいの大穴が、音も無く空く。
「'セブンツール・偽りの行動'」
軽く指を鳴らした城ヶ崎の姿は白い衣装に包まれ、そして軽々と布で包んだ二人を持ち上げ、鎖で拘束された氷も台座ごと肩に担いだ。
近寄るだけでも気力と体温を奪っていく氷は、触れればその比率は跳ね上がる。城ヶ崎も例外ではなく、一気に気力と魔力、そして体温を吸われる感覚が強くなる。
同時に、何やら外が騒がしくなりはじめた。
「長居は無用。さっさと帰りましょ」
ふと室内を見渡せば、生気の無い目が向けられている事に気付く。
「……。ちょっと枷を外す余裕は無いけど、着いてくるだけなら自由だから」
流石に無視をする気にもなれなかった城ヶ崎は、繋いでいる鎖の根本だけを外して、大穴を抜けて外へ出た。
本館の方がやたら騒がしい事も気になってきたが、魔力と気力の限界も近くなり始めている事を考慮して、目の前の塀に同じ様に大穴を開けてファンディル家を後にする。
外に出れば、林の中で予め待機していた漆が待っていた。
「あれ?結局全員連れてきたんだ」
「みたいだねぇ…。
っていうより、ちょっとタンマ。なんか、これ結構、キツイ」
漆は、結局城ヶ崎の後ろについてきた奴隷達に視線を向けるが、城ヶ崎は城ヶ崎で答える余裕も無くなり、氷と抱えていた二人を降ろすと、少しだけ離れて木にもたれ掛かり腰を下ろす。
「どうしたの?」
「多分だけど、その氷の近くに居ると魔力と気力を吸われるっぽいんだよね」
「触れると、より一層その影響が強いみたいな?」
「そんな感じ」
「ふーん……」
城ヶ崎から説明を聞いていると、布に包まれていた二人が咳き込み始め、一緒に吐血もした事に漆は気付く。
「確かに吸われてるっぽいね。
まぁ、先に毒抜きからかな。ちょーっとチクッとするよー」
漆は氷を一瞥した後、咳き込んでいる二人に近付き懐からナイフを取り出すと、二人の掌を軽く切った。すると、そこから血が滲む様に浮き上がり始めた。
それを確認した漆は、二人の掌に自分の掌を重ねてゆっくりと指を絡める。数分程で漆が手を離すと、漆と二人の掌の間に変色した血の球体が出来上がっている。
「こんなもんかな」
漆はそのまま血を操り、圧縮して錠剤程のサイズに固め、腰に下げていた小さなポーチの中に入れた。その後で二人の様子を見れば、弱っては居るものの、顔色は先程よりも良く咳き込む様子もない。
漆は二人から氷へ視線を戻し、軽く触れてみた。
「あ、結構吸われる」
触れれば城ヶ崎が言っていた事が良く分かった。予想していたよりも魔力を吸われ、漆はすぐに触れている手を引く。
「思ったよりクルでしょ?
流石にこれを運んで宿まで行く余裕は、私には無いよ」
「まぁ、私が何とかするよ。だから月衣……ちょっと血、頂戴」
場所は変わり、少し時は進む。
エニア達が拠点としているボロ屋で知り合ったセジュの父が営む宿の一室で、布団にくるまり寝ていた藤井は、突然身に掛かる重さと寝苦しさで目を覚ました。
「んぅ…」
「藍ちゃんおはぁ……」
ぼやける視界のピントが合い、声と重さの正体に目を向ければ、力のない笑顔を浮かべる漆が自分の上に居た。
「おやすみなさい」
「藍ちゃん待った」
「……なんですか」
「あれあれ」
無視して寝ようとした藤井だが、自分の上で体を揺する漆のせいで寝れず、仕方なく漆が指差す方に目を向ける。
そこには、真っ赤な人型の何かが氷を抱え、隣のベッドにはボロボロの服を着ている二人の女性と一緒にうつ伏せに倒れている城ヶ崎の姿があった。
「本当に連れてきちゃったんですか?」
「残りはリーカちゃんとエニアちゃんに任せてきちゃった」
「迷惑極まりないですね」
「そう言わないでよぉ…。
本当は他人の血でやる事を、殆ど自分の血だけでやったから貧血で辛いんだよぉ。優しさが欲しいな。熱い抱擁が欲しいな」
漆が藤井に抱き着きながら真っ赤な人型に指先を向けると、その人型は空いているスペースに氷を置き、漆の指先に吸われて消えていく。
正確には、指先の傷口から漆の体内へと戻っていったのだが……知らずに見ているだけでは、吸われ消えた様にしか見えない。
「彩さんが抱擁してるじゃないですか」
「返しが無いと寂しいのよ」
「何言ってるんですか」
漆の抱擁に抵抗する事もせずに、わざわざ起こされた理由も分かっている藤井は、一応ユニークスキルを使って氷塊と城ヶ崎と共に倒れ込んでいる二人の見る。
「三人?でいいのかな。三人共目先の死線は、もう無いですよ。
ただ、そっちの二人はまだ弱っているみたいなんで、放置すれば死ぬと思います。氷の方は……不思議ですね、昼間見た時とは違って、随分と安定してるみたいです。放置してても問題は無いと思いますよ」
「おぉ……。ガッツリ魔力と生気を吸われたかいがあったもんだ。
起きたらご飯にするとして、これで安心して寝れるわ」
「そうですか。じゃあ、自分のベッドに戻ってください」
「ぅー」
返事とも取れない声を出す漆に、藤井は大きくため息を漏らして、少しだけベッドの端に寄った。そして……
「せめて、上に乗らずに隣にしてください。重いですか…ら……はぁ…」
藤井が全て言い切る前に漆は空いたスペースに潜り込み、藤井の後ろから腕を伸ばして抱きついた。
えへへ~と幸せそうな声を耳に、藤井もそれ以上は何も言わず目を閉じる。
翌朝、やはり寝苦しさで目を覚ました藤井が、慣れた様に漆の拘束から抜け出して体を起こすと、ソレと目が合った。
純白。
その一言で終わる。それほどまでに、髪も肌も、細部に至るまで白く、唯一蒼味を帯びている瞳が自分を見ていた。
あああああああ。遅くなりすぎ。すみません。
ギリギリです。
早く、落ち着かせます。
ブクマありがとうございます!
励みになります。




