ガチガチ
後半は安藤視点です。
「スキルフォルダの'ス'の字も無いんだが……まこっちゃんとげんじぃの方はどうよ」
「サッパリ」
「こっちもだ。王様はついでで良いとか言ってたけど、言われちゃ気になるよなぁ」
昼時、ログストア城の書物庫では麻痺が解けた岸達が調べ物をしていた。
朝食後まだ麻痺をしている時に、常峰から暇ができたらで良いから…と、スキルフォルダに関して調べるよう頼まれ、現在はそれに関して調べている。
だが、スキルに関して軽く調べても、魔法方面から調べても、スキルフォルダに関して乗っている本は一つも見つからなかった。
「皆様、お茶はいかがですか?」
「えーっと…確かチーアちゃんの面倒を見てるメイドさん」
「ウィニ・チャーチルです。お見知り置きください岸様」
項垂れる岸達に声がかけられ顔を上げてみれば、既にテーブルの端にティーカップが三つ並べられ、トレーからシュガーポットとミルクポットをカップと同じ様に並べるウィニの姿があった。
「俺は貰おうかな。まこっちゃんとげんじぃは?」
「俺も貰おうかな」
「俺も欲しいっす」
「かしこまりました。お砂糖とミルクはいかがですか?」
三人の要望を聞きながら、ウィニが手際良く紅茶を用意していく中で、岸はウィニの背中に糸くずが付いている事に気付き、取ろうと手が伸びる。
だが、背中を向けていたはずのウィニは岸の手をひらりと交わし、ふふふっと得意げな笑みを見せた。
「異界の方々でも、セクハラはいけませんよ!こう見えても私、身持ちは固くあれと心がけていますので」
「永禮……流石にそれは」
「まずはイベントを熟して、好感度を上げてからが鉄板だろう」
「ち、違う!そんなつもりは無い!ただ背中に糸くずが」
岸が慌てて否定をすると、佐藤と長野は冗談で言っていたようでケラケラと笑い、ウィニは目を丸くして自分の背中を探った後、取れた糸くずと岸を交互に見て顔を赤くする。
「誤解をしてしまい、すみませんでした。てっきり……んんっ。先程、チーア様がおやすみになるまで添い寝をしていた時に付いたみたいですね」
照れ隠しをするように紅茶を準備する手を早めたウィニは、積まれていた本のタイトルを見て話題を逸らすことをにした。
「何をお調べになっていたのですか?私、チーア様のお世話が主ですが、書物庫も管轄ですのでお手伝いできるかと思いますよ!」
ウィニの言葉を聞いた岸達は、ちょっと必死気味なウィニに笑いが漏れそうになるのを堪え、休憩がてら用意された紅茶で喉を潤しつつ、スキルフォルダの事について聞く。
すると、ウィニは悩んだ素振りを見せ、岸達に少し待つように伝えると何処かへ行ってしまった。
言われた通り待っていると数分程でウィニは戻り、その腕には一冊の本が抱きかかえられている。
小走りで岸達の元へ来たウィニが、抱えていた本をテーブルに置くことで本の表紙を目に、そして置かれた本が微妙に冷気を放っている事に気付く。
「この本は?」
真っ先に冷気が放たれている事に気付いた佐藤が聞くと、これまたウィニは恥ずかしそうに、言いづらそうに目を逸らす。
そして、小さな声で答えた。
「私の私物でして……ずっと昔から代々受け継がれている本です。なんでも、異界の方が書き残したものだと教えられていますが、私には読めないんですよ。
なので、ここ十年程は暑い日の私の枕に…」
佐藤はウィニの最後の言葉には触れず、冷気を放つ本の表紙を捲ると一文だけ書いてある。
-Friction-
その一文だけで、残りのページは全て真っ黒。文字が書いてある事も無く、ただの黒い紙。
だが、その一文は明らかにおかしい点がある事を岸達はすぐに理解する。
「フリクション……」
「なぁ、これってやっぱり」
「最早懐かしく感じるな」
「やはり、皆様は読めるんですね」
ウィニには、この一文が読めていない。しかし岸達は読めている。
岸達に限らず、常峰も他の生徒や東郷先生でも読めるだろう。この世界で聞いた事はあっても、見た記憶のない英語を。
この世界の文字は、独特なモノで元の世界のソレとは違っている。だが、岸達には読むこともでき、書くこともできている。故に、もっぱらこっちの世界の文字を使っていた。
だからこそ、英語で書かれた単語に懐かしさすら感じている。
「ウィニさん、フリクションって魔法があったりしますか?」
「フリクションですか?私の知る限りでは、ありませんね。
一応保管してある本は記憶していますが、魔法に精通しているわけではないので……存在しないとは言い切れません」
質問に返ってきた言葉を聞いて、岸が考えていると、長野が何気ない一言を漏らす。
「昔、永禮が送ってきた年賀状見てぇだ」
「「あ」」
「?」
そこからは早かった。
どういう事か分かっていないウィニを置いてけぼりに、岸と佐藤は真っ黒なページを擦り、長野は小さくしたレオを呼び出して本の周囲を温めていく。すると、徐々に黒かったはずの紙は色を失い、残った色の部分は文字になっていた。
「ガバガバすぎんだろ」
「でも、知らないと本を中々温めようとかは思わねぇって。げんじぃも、よく永禮の小賢しい年賀状なんて覚えてたな」
「あの時、俺は温める発想がなくて読めてないから…。正月明けに三千円分のたこ焼き奢った記憶が残ってるから…」
「えっとこれは…どういう?幻惑魔法の一種でしょうか?」
未だに原理が理解できていないウィニに、自分達の世界には温めると透明になる技術があった事だけを軽く説明しながら、本の内容を読んでいく。
どうやらその本は、持ち主の日記帳だったらしく、書かれていた事は至って普通の日記で、文字もコチラ側の文字。特に目立った内容は無く、魔物との戦いが辛かった事や、ダンジョン内での悪質なトラップについてなど。時には軽い下ネタも挟みつつ日記は進み、半ばに来た辺りの日記に少しだけ変わったことがあった。
「また、異界の文字ですね。あ、でも読み方も書いてくださっているんですね」
一緒に読んでいたウィニの言う通り、英語で書かれた文字の上にルビが振ってあった。それは一見すれば、下に書かれている英語の読み方を書いたもの。
だが、英語を読めれば意味合いが変わる。
ルビには'ダンジョン生活のつまらなさ'と書かれているが、英語では'孤島のダンジョンへ向かえ'と確かに記されていた。
その日の内容はルビのタイトルに合わせてあり、人肌恋しいと愚痴ばかりの内容。孤島のダンジョンに関する内容や単語は一つも出てきていない。以降の日付も変わった所はなく、一時間程で日記は読み終わった。
「終わりですか…。すみませんでした、スキルフォルダについては書いていませんでしたね」
「しゃーないですよ。簡単に見つかれば楽でしたけど、まぁ……別に焦って知りたいわけじゃないんで。それに、知らない事も幾つか書いてあったし、助かったっすよ」
岸の言葉に、佐藤と長野も頷く。
確かにスキルフォルダについては書いていなかったが、岸達にとっては実に興味深い日記で、次に向かう場所を決めるキッカケになったのは事実。
どういう意図で、こういう手段を使ったのかは分からないが、孤島のダンジョンに日記の作者は何かを残していると三人は確信している。
「ありがとうございましたウィニさん」
「いえいえ。少しでも、皆様のお役に立てた様で良かったです」
岸から本を受け取り、頭を下げるウィニを見て佐藤は気になっていたことを聞くことにした。
「少し思ったんですが、なんでウィニさんが……というよりは、ウィニさんの家系がそんな本を持っているんすか?
作者の人がご先祖様とか?」
「あ、いえいえ。私の家系は代々ログストア家にお仕えしているんですよ。それこそ、遡ればログストア国ができる前からです。
十四になるまでに一通りの奉仕を覚え、十五で家督を継ぎログストア家にお仕えする。家督を譲った者は隠居して後生を過ごすんです。最も、私の両親は既に亡くなっていますけど。
そういう事で、この本に関して私の家系は一切関係ありません。どちらかと言えば、ログストア家が異界の方々と関わる機会が多く、こういった異界の方々の道具などを譲り受ける事も多々あり、道具の管理などを私の家系がしていました。
現在では、国での管理になっていますけどね」
でもこの本は、先代から引き継ぐようにと残されている。とウィニは説明をすると、岸達は納得したように頷き、昼も過ぎた事で腹が鳴り、ウィニに手伝ってもらい本を戻し昼食を取るために王都へ向かう。
-
岸達が日記を読み終える少し前、ログストアの王都にある公園の様な休憩所では、安藤が一人ベンチに座りソワソワとしていた。
時に辺りを見渡し、なんとなく付いてもない服の埃を落とす素振りを見せ、袖を捲っては戻しを繰り返して何回目か。
うるさい心音を落ち着かせる為の深呼吸も何度目か。
緊張のあまり、いっそこのままランニングでもして、身体を温めるのも手だな!と着慣れない服装の生地の伸縮を確認し始めた時、そんな安藤に声がかけられる。
「おまたせしました……その、中々服が決まらず…」
安藤は声に惹かれて顔を上げた。
そこには、いつものメイド服ではなく、ワンピースにカーディガンを羽織り、落ち着きのある色合いでまとめられたモクナの姿。
自分の耳には生唾を飲み込む音が聞こえ、言いたい言葉も一緒に飲み込まれてしまう。
メイド服と私服のギャップに安藤が惚けていると、返事がない事にモクナも少し困り顔を浮かべ、傍から見れば完全にモクナを見て硬直している安藤を見つめ返す事しかできていない。
「綺麗ッス」
「あっ…ふふっ、ありがとうございます。
駆様も、大変お似合いです」
「あざっす!」
こうして、ガチガチの安藤とモジモジのモクナとのデートが始まった。
「安藤君ガチガチじゃん」「よかったね~、安藤君が通報される前にモクナさんが来て」「モクナさん……色っぽぃ」
安藤の挙動に勘が働いた並木達に見守られながら。
-----------
「こ、この髪留めなんて似合うんじゃないっすか?」
「本当ですか?あまりこういうものは付けたことが無いので…」
モクナさんは立ち止まった露天に並ぶ髪留めの中で、俺が指差した物を手に取り、軽く後ろ髪をまとめて髪留めを当ててみせる。
「ど、どうでしょうか……」
《やべぇよ常峰、パーフェクトだよ》
《安藤君…そういうのはさ、本人に言ってやってるべきだと思うよ。それと俺、別に暇じゃねぇのよ今》
《冷たいこと言うなよ…俺がんな事言えるわけねぇだろぉよ。でもパーフェクトだよ》
《情けねぇ声をせんでくれ。いや、分かった。そうだな、俺でも多分無理だ。
そういう相手ができた時に、面と向かって言える自信はねぇわ》
《だろ?ほらー》
《でもな、五分おきに念話飛ばしてくんの止めてくんねぇか。可愛いのも、綺麗なのも、パーフェクトなのも分かったからさ。
ただな安藤、今俺な……移住してきた水域種族の族長の方々と面会中なんだ。間違えて念話の返答が口に出そうになって危ないの》
「駆様?」
名前を呼ばれ、常峰と念話をしていて、モクナさんへの返答をしていなかったこと事を思い出す。
ヤバイ、何かこう…言わなければ。でも考えれば考えるほど、モクナさんなら何でも似合うと思う。しかし今の髪留めも似合っている。
チラッと見える首筋が、あんなにも魅力的なモノだとは思わなかった。
「えっと、似合ってるっすよ?モクナさんなら、なんでも似合うとも思うっす!」
「本当ですか?でしたら店員さん、これを頂いてもよろしいですか?」
《一度念話切るからな。これもお前の為を思ってだ。そうだな……とりあえず、一時間ぐらいは強制的に拒否るから。自分で頑張れ》
「待った!」
「え?」
常峰に返すはずの言葉が、思わず口に出てしまった。そのせいで、モクナさんは支払いを済まそうとする手を止め、店員さんも何故かニマニマしながら俺を見ている。
《あぁ…それと、別にアクセサリーぐらいは奢ってもいいとは思うが、最初のデートは食事ぐらいは割り勘するぐらいが良いらしいぞ。昔、彩が女の子の落とし方とかで、そんな事を言ってた。
んじゃ、健闘を祈っとく》
その言葉を最後に、常峰との念話が切れる。だが、ありがとうございます常峰さん!ベストタイミングで、ベストアドバイス!
「ここは、俺にプレゼントさせてください」
「そんな悪いです。駆様にお金を出して頂くなんて…」
「奢らせてください!」
「お嬢さん、ここは男に花を持たせてやんな」
「え、あ…では、その、おねがいします…」
露天のおっさんの援護もあって、モクナさんは手を下げた。
そして支払いをする時、おっさんはアイコンタクトで並んでいる品の中にある二つで一つの模様になるペアリングを買えと伝えてくる。
モクナさんが欲しいと言ったのは髪留めで、指輪の事は一言も言っていない。だが……
「考えてみな兄ちゃん。あんな綺麗なお嬢さんが、兄ちゃんの選んだ髪留め付けて、その手には兄ちゃんと同じ指輪が光ってたらどうよ」
「……これもください」
「まいどありー!」
己の欲に負けた。致し方ない事だと思う。
顔を俯かせているモクナさんの様子を見る限り、小声だった事もあって、今の会話は聞かれては無さそうだ。
少しホッとした俺は、ペアリングが入っている小さな箱はポケットに突っ込み、髪留めが入っている紙袋をモクナさんへ渡す。
「ありがとうございます駆様……これは、私の一生の宝物にいたします」
俺が渡した紙袋を抱きしめ、嬉しそうに笑う顔を見れただけでも…満足です。
「腹、減ってませんか?」
「少しだけ」
「なら、飯にしましょう」
小さく頷くモクナさんと一緒に、俺は定食屋へと向かう。
事前調査はしてある。というのも、岸達が昨日行った場所が美味しかったという話を聞き、場所はバッチリ聞いておいた。
会話らしい会話は無く、それでもモクナさんが隣を歩いている事にドキドキしながら歩くこと十分ちょっと。目的地である定食屋に辿り着く。
昼過ぎという事もあってか、まだ少しだけ混んでいたが待つ事なくテーブルに案内されて座り、二人でメニューを見ていると……
「あれ?まっすr――」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんか岸に呼ばれた気が」
「岸様ですか?」
確かに、あの変わった呼び名で呼ばれた気がしたんだが、モクナさんと一緒に周囲を見渡しても岸の姿はない。少しゆっくり見渡し直しても見つからないから、おそらくは気の所為だろうということで、俺とモクナさんはメニューに目を向ける。
そうなれば、モクナさんが決まるのを待ち、店員に注文をして料理が来るまで待つ事になるわけで。
「「……」」
会話がねぇよ。こういう場合って、どんな会話をするんだ?
流石に、筋トレの話は間違いな事ぐらいは俺でも分かる。しかし、モクナさんと共通の話題なんて俺は持ってねぇぞ。
何を話していいか分からず、ペアリングの事を話題に使うか悩んでいると、モクナさんが先に口を開いた。
「今日はありがとうございます。
こういう事の経験が無いので、私自身何をしていいか分からないままで……。でも、こうして歩いて、お買い物にお食事、それだけなのにとても楽しい時間なのですね」
水の入ったコップの縁を指でなぞりながら話すモクナさんは、言葉と裏腹になんだろう…寂しそうな表情をしている。
言葉は嬉しいが、その表情はあまり嬉しくない。鳩尾辺りが締め付けられる様な感覚は、いいものじゃない…。
「俺も初めてでどうしていいか。でも、楽しいっすね」
だからと言って、モクナさんの考えを察したり、その表情を取り除く事は俺には出来ない。それほど俺は勘も感も鋭くはない。
今の俺にできる事と言えば、こうして本音を言うぐらいだけだ。……いや、もう少し俺にもできる事はあったな。
俺はテーブルの上に手を翳し、ユニークスキルを使う。
そうする事で現れたのは、親指程の小さな縦長の盾のエンブレム。その盾は、細いチェーンに繋がれてネックレスの様になっている。
「モクナさん、良かったらコレを受け取ってくれないっすか?」
「これは…?」
「俺のユニークスキルの一つっす。
'主の証'ってので、四人の主を決められるんすけど……まぁお守りみたいなもんっすね」
残りの三つは安藤、市羽、東郷先生が持っている。これは最後の一つ。
常峰から、渡したいヤツに渡せばいいと言われてたが、やっぱり俺はモクナさんに持っていて欲しい。
「……。いえ、これは私が受け取らない方がいいでしょう。
その資格が、私にはありません」
そう言うモクナさんの顔は、表情が抜け落ちた無表情だ。初めて見た時と同じ表情で、今日は初めて見る表情。
受け取りたくないならそれでいい。だが、受け取らない方がいいなんて事はない。
「誰に渡すか、それを決めるのは俺っす。
資格云々があるとすれば、それは俺の意思だけっすよ。無理して渡そうとは思わねぇっすけど、俺はモクナさんに持っていて欲しい。そう思っただけで、資格は十分っす」
「お優しいですね。駆様は、とても素直な方で、真っ直ぐで……そんな駆様に甘えたくなります」
モクナさんは主の証を指で触れ、一瞬だけ自分の方へ引き寄せかけた。だが、すぐに俺の方へ押し返してくる。
「ですが、私は駆様が思ってくださっている程、綺麗な女ではありません。ただの卑怯者で、今でも十分に私は夢を見ています。
駆様……これ以上、私に夢を見させないでください。これ以上は、私が潰れてしまいます」
無理矢理渡そうなんて思っちゃいない。でもよ、どうしてそんなに辛そうな顔をして、手は震えているだ。モクナさん、あんたは何を堪えて無理をしてるんだ。
クソッ…結局考えたって分かりゃしねぇ。うだうだと考えるより、当たって砕けた方が俺らしい。
「わりぃモクナさん。俺には、モクナさんの悩みは分からねぇっす。
だから、これからじゃダメっすか?潰れそうになったモクナさんを支えるのは、俺じゃダメっすか?俺に、モクナさんを守らせてくれないっすか」
上手い言い回しなんかは出来ない。俺にできんのは、思ったことを言う事ぐらいが限界だ。ダメだったら仕方ねぇけど…多分、思ったことも言えねぇよりは幾分もマシだろう。
俺は顔を逸らさずにモクナさんの返事を待つ。
短い沈黙の時間が長く感じる。数分か、数十分か、もしかしたら数秒か。時間感覚が定かじゃない中で待っていると、震えていたモクナさんの手は止まり、ゆっくりと俺を見据えた。
「酷いですね。その優しさが、私を迷わせるのに」
小さく呟く様に言われた言葉も、しっかりと耳に届いてくる。
俺は別に自分を優しい人間だとは思わない。手を差し伸べるなんて、俺には上手く出来はしない。俺が思うほどと言ったが、俺もモクナさんが思うほどの人間じゃねぇ。
そう俺が言う前に、モクナさんは言葉を続けた。
「駆様、一つだけお願いを…我儘を聞いてくれますか?」
「幾らでも聞くっすよ。叶えられそうなら、叶えるっす」
「私より先に死なないでください。絶対に何があっても、私を置いて行かないでください」
真っ直ぐ俺を見るモクナさんの目に曇りはない。当然、俺の答えも決まっている。
「確かに聞いたっす。
それぐらいの我儘、なんてことは無い。必ず守って後に死ぬ…約束します」
「……そう言って頂けるなら。駆様、付けていただいでよろしいですか?」
主の証を俺に手渡して、隣へ移動してきたモクナさんが髪をたくし上げた。ここで、さっきの自分の発言と、モクナさんが近くに居る事に恥ずかしさと緊張が俺を襲う。
手が震えやがるし、モクナさん近いし。
それでも、いつまでも待たせる訳にはいかず、大きく息を吸って止めている間にサッと付けた――瞬間、俺の内に張り詰めていたはずの緊張がプツンと音が聞こえた様に消えていく。そして、自分の異変を伝えてきた本能に従って呟いてしまった。
「'スキルフォルダ'」
手元に呼び出された半透明な紙には、俺の所持スキルが何時も通りに書かれている。
平均して五レベル程度で重槍術、剣術、盾術、大剣術、各耐性が並ぶスキル一覧に、リヴァイブアーマーのEXスキル。そして、変化があったユニークスキル。
-----------
筋肉騎士
|説明|
強靭な肉体は刃にも盾にもなる。その身が至高の武器と知る者。
|スキル効果|
・最大四人に'主の証'を譲渡できる。
・主の人数に比例し、筋力と攻撃に対する耐性を得る。
・筋肉操作が可能。
・対象の筋肉の動きを見る事ができる。
|限定解除|
四人の主を選定した為、以下の効果を追加。
・'騎士の領域'を取得。
騎士の領域 Lv--
主が近くに居る場合のみ発動可能。一定領域内、任意領域を騎士の領域と指定。領域内に限り、主の距離に比例しスキル効果上昇。
・'騎士道'を取得。
不屈の精神を持ち、自身に対しての干渉に耐性を得る。
|ログ|
限定解除を確認。以下のスキル干渉を強制解除。
・眠王の法――失敗。
・魅了――成功。
-----------
久々に見た自分のユニークスキルは、どうやら少し強化されたらしい。だが、それよりも……俺はログの内容から目が離せない。
不思議と焦りはなく、冷静に考えられる思考の中で、魅了に関して心当たりはある。先日戦った魔族だ。
並木の話では、あの魔族が魅了のスキルを持っていた。しかし……。
視線を少しだけ上げると、モクナさんは驚いた顔をしている。初めて見るその顔は、ゆっくりと悟った様に落ち着き、寂しそうな、諦めたような……力のない笑みに変わっていく。
このタイミングで、モクナさんの表情が意味する事は、そういう事だろう。
「異界の方々には、本当に驚かされます。
もうお分かりですよね駆様。私には、これを頂く資格はありません。
私は駆様を利用しようとしていました。その中で、優しい駆様に甘え、夢も見てしまっていました。こういう女なのです」
そう言ってモクナさんはネックレスを外そうとする。
その姿を見ながら俺は考えた。いや、本当は、考える必要なんて無い。
冷静になって、焦りも無くなり、程よい緊張感だけが戻ってきた思考の中で、色々と湧き上がってくる。
疑問や困惑。正直に言って怒りも少しはある。だがそれよりも、俺はモクナさんの力のない笑みを見たくねぇ。そんな風に、無理して泣きそうなのを堪えている表情をしてほしくねぇ。
「二言はねぇっす。約束は守る。
先に死なないし、俺にモクナさんを守らせてください」
「ですから駆様、その感情は」
「今度、そのスキルを使ったら流石に俺も怒るっす。だから、今度はそんな顔をする前に、俺に助けてを求めてください。
モクナさん、初めて笑った顔を見たあの瞬間から、俺が惚れしました。まだ何も知らない仲っすけど、全部受け止めて抱えて見せるんで、付き合ってくれませんか?」
モクナさんが、俺に魅了を使った目的は分から無いけど、ハッキリと言える。
「私は我儘ですよ。きっと、沢山ご迷惑をお掛けしますよ。駆様の周りの方々にも、ご親友である常峰様にも沢山。私なんかの為に、その仲を捨てる気ですか?」
「それぐらいなら大丈夫っす。
俺も我儘ですし、モクナさんが思うほど器用な人間じゃない。他は分からねぇけど、常峰には多分怒られるな。きっと、モクナさんもアイツに迷惑掛けると、その見返りとして使われるかと思うっすよ。
それだけっす」
「……馬鹿な人。本当に、馬鹿で、優しくて、かける…さま……」
俺の胸に顔を押し付け、声を殺して泣くモクナさんを見て、不謹慎にも心を揺らされ改めて思う。
俺は……
「助けて…ください…」
「うっす」
ギャップ萌えに弱い。
更新遅くなりました。
世界を恨んだ数日でしたが、調子も落ち着いてきて、体力ゲージも赤色からゆっくりと回復し始めましたが、体調が悪いといつも以上に頭が回らないものですね…。
次の最初は安藤の視点でいく予定です。
クールビューティーに、優しそうな声で「馬鹿な人」って言われたい人生でした。
そして、改めて思いましたね……私にラブコメ書くの無理なんじゃないかなって…。
ブクマありがとうございます!




