ショトル瓶改めマープル瓶
すみません。遅くなりました。
「寝るんじゃなかったのかな?常峰君」
「そのつもりだ。ただ、この際だから初代魔王の事も聞いておこうと思ってな」
「アハハ。確かに、面白そうな事になっているね。変わった魔王も出てきたものだ」
落ちた意識が覚醒すると、そこは寝室ではない。
俺の眼の前で優雅にティータイムを堪能しているコア君が居る所を見ると、本当に意識すればDMルームに来れるようだ。
でもあれだな、既に二杯目を口にしているコア君を見る限り、ここに住んでるんじゃなかろうか。
「そういう訳じゃないよ。常峰君が寝てから、僕がこうしてティータイムを始めるくらいの時間が経っているだけさ」
やっぱり考えは読み取られるんだな。
「まぁ、深層心理の域に近いからね。謂わば、今の僕は常峰君の心に巣食うオバケに近い!」
「別に良くないモノとは思っていない。気恥ずかしさはあるが、色々とコア君にも世話になってるからな」
「ダンジョンコアとしての役目ぐらいは果たさないとね。他の事に関しては、僕はもう口出しをする気は無いよ。もちろん!ダンジョンOBとして、相談や質問には答えるから、どんどんDMルームを利用してくれていいよ」
「助かるよコア先輩」
「ふふっ、OBなんて単語が通じるのも、なんか新鮮だね。
セバ君達は分からなかったから。……さて!こんな話をするのは、時間がある時にしよう。
せっかくだし、魔力操作の練習をしながら初代魔王の事について話そうか」
少し寂しげに笑ったコア君がパチンと軽く鳴らすと、目の前に無数の触手が生えた大木が現れた。
「気持ち悪っ!?」
「ローバープラントって言う魔物でね、今回の常峰君の訓練相手です。
そこから動かずに、魔力のみで防いだり受け流したりしてね。余裕がありそうだったら、触手を増やすから」
俺の返事を聞くことはなく、ローバープラントの触手が一斉に襲いかかってくる。慌てて魔力で壁を一枚イメージして受け止めた。
自分の深層心理に近いとか言われている場所に、触手野郎はあまりいい気はしない。
そう思いながら、二撃目の触手は風の流れに合わせる様に魔力の道を作り、滑らせる様に受け流す。正面から全て受け止めるよりは、こっちの方が消費感覚が少ないな。
「流石常峰君。どんどん魔力操作は上手になっていくね。
もう少し攻撃手数を増やすから、頑張って!あぁ、それと……一応、意思とかは無いけど、性別的には雌だから色々と安心してね」
雄だから雌だからの問題じゃないし、そもそもこういうタイプの魔物にも性別が存在しているのか?とツッコミや疑問が浮かぶものの、明らかに増えた手数を捌くのに忙しく文句も言えない。
そんな俺に時折アドバイスをしてくれるコア君は、初代魔王の事を話し始めた。
「そうだなぁ、最初に教えられるのは……僕がダンジョンマスターになったのは、初代勇者が初代魔王を討伐した後の時代で、その頃に初代魔王はまだ健在だったってことかな」
コア君の言葉に反応しそうになるが、その前に触手が俺を襲うせいで忙しくて言葉が出てこない。
俺の様子を見て、その事が分かっているコア君は、話を続ける。
コア君の話を聞くことに徹し、感覚を掴みはじめて触手を捌くのに余裕が出てくれば手数が増え、ようやく話が終わる頃、視界には二体分の触手が蠢いていた。
「どうやら初めから僕が転生者だって事を知ってたみたいでね。わざわざ、会いに来たみたいだったよ」
「ふぅー、ふぅー……つまり、初代魔王は当時のコア君を勧誘したけどダメだったから、煽りに来たと」
ローバープラントの猛攻が止み、やっとコア君に質問ができるな。身体は寝ているからか、魔力が減ってもすぐに回復するから幾らやっても問題はないんだが、触手の相手を長時間すると精神的にキツイ。
一体増えた時には、迫ってくる触手が倍になって鳥肌が立った。まぁ…コア君の話が地味に長くて、蠢く触手に慣れ始めてはいるんだな。
「そういう風にまとめられちゃうと、すごく初代魔王が情けない奴に聞こえるね」
実際そう思えたからしょうがない。
コア君の話からすれば、召喚産初代勇者は初代魔王を倒せず、未来の勇者に託すために封印をした。初代に習ったのか、天然モノ二代目勇者も倒せなかったのかは知らないが、復活した魔王を二代目も封印。
そして長い時の末に魔王は二度目の復活。このタイミングで転生を果たしたコア君と接触をしてきた。
世界に呆れていた魔王は、一度リセットを望み戦おうと戦力を集める流れで、コア君も勧誘したがコア君は拒否をした。だったら、自分を止めないとな…と何故かコア君を挑発する。
当然コア君は、その挑発もスルーしてセバリアス達と知り合いダンジョンを運営して行くが、結果的には暴走をしてしまったらしい。
んで、この時不思議な事に、初代魔王は死んだとされ、コア君の所に来た魔王は五代目魔王として名が広がっていた。
「その五代目が自称してた訳じゃ無いんだよな?」
「詳しくは思い出せないんだけど、僕は初代魔王であると確信はしているよ」
五代目魔王は初代魔王で、初代魔王は俺達が討伐依頼をされた魔神で……。
普通に考えれば、封印されている間に魔王と名乗る奴が現れて、その都度戦いが起きている。魔王と敵対した者達のどっちが勝っているかは知らないが…毎度召喚が行われているという訳でもなさそうだ。
現に、二代目勇者はこの世界の住人らしい。
しかし何故、初代魔王は勧誘も挑発もしたのか。勧誘に失敗したなら、その場でコア君を殺したほうが良いだろう。
根っからの戦闘狂なら、勧誘より先に戦いを挑んできそうなもんだしな。強者故の気まぐれ……一番それっぽいが、少し考えてこじつけるなら、初代魔王はコア君を戦場に引きずり出すのが目的で、その立ち位置は敵でも味方でもよかったとか。
「考えるねぇ」
「別に目的は無くて、突発的行動をしているだけなら良いんだけど…。
何か目的があったのなら、知っておきたい。ま、情報が足りなくて、どんだけ考えても予想止まりだけどな」
「ごめんね、僕がもう少し覚えていれば良かったんだけど、古い記憶だし、そもそも記憶が断片的にしか残っていないんだ」
「いや、コア君の話で分かったこともある。
勇者が必ずしも異界の人間では無いという事と、初代魔王は異界の人間を判別する事ができるという事。そして初代魔王との和解は難しいが、対話ぐらいはできそうな相手である事。
これを事前に知れたのは大きいさ」
「そうかい?僕にはあまり重要そうには思えないけど…」
最重要ではないが、初代魔王と接触する機会が訪れた時、話せるのであれば聞きたいことも幾つかある。事前に可能性があるなら、対応の仕方も変えられる。
結果として戦う事になっても、過程が違うのは大きい。
それに、転生者だったからコア君に接触をしてきたのなら、俺等にも戦い以外で接触してくる可能性はある。それが知れたのは嬉しい事だ。
「そう言ってもらえると、僕も役に立てたようで嬉しいよ。
さて、今日はもう終わりにするかい?」
「あぁ。そろそろ、本格的に寝たい」
「じゃあ今日はここまで。また、いつでも来てね」
コア君が軽く指を鳴らすと、蠢いていたローバープラントは消えた。
眼の前でうねうねとされて、いつ攻撃してくるか警戒が解けなかったから、消えたことでやっと気持ち的に落ち着く。ちょっとネバッというか、トロッというかしてたせいで、本気で触れたくなかったんだ……。
「あ、そうだ!これも常峰君の役に立つ情報かは分からないけど、'スキルフォルダ'の事を調べてみたらどうだろう。
僕が転生した時にはもうあったけど、本来は無かったものみたいでねぇ。昔に誰かがそうしたみたい。あれは魔法とは少し違うものだから、もしかしたら帰還への取っ掛かりにぐらいにはなるかもしれないよ。
ハッキリと言えなくてごめんね、僕が覚えているのはこれぐらいだから」
意識を集中してもう一度眠りに着こうとした時に、コア君がそんな事を俺に言った。
スキルフォルダって、あの所持スキルとかを見るやつだよな?誰かがスキルを見れる様にしたって事か…。
答える気力より、既に八割程沈みかけている意識をかき集めてコア君を見ると、笑顔で手を振っている。
前回も思ったけどさ、コア君……もうちょっと重要そうな事は早めに教えてくれませんか。
「六時…」
ふと目が覚めてしまい目を開けると、真っ先に視界に入ってきた時計で時間を確認する。そしてDMルームであった出来事を思い出して、二度寝へと赴いた。
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「十時か」
二度目の起床で確認した時計は、随分と逆レの時な角度になっている。三度寝をしたい所でもあるが、今日も今日とて予定があるわけで…。
ふと視線をショトル瓶に向けると、黒い液体は消えており、瓶越しでも向こう側を覗けてしまっている。
一瞬、ショトルの残骸が消滅をしたか逃げ出したか、と思ったがそんな事も無く……コアの機能で魔力のみを探知すれば、瓶の中には居るようだ。
「隠れているつもりなのか?」
ベッドから起き上がりショトル瓶を指で弾けば、透明になっていたショトルの残骸がぷるんっと震えながら黒色を取り戻していく。
擬態技能を持っているみたいだな。
なんか、ダンシングフラワー的な可愛さを感じ始めたショトル瓶を手に持ち、食堂へ足を運ぶ。
「おはようございます、常峰様」
「おはようございますリピアさん……えっと、安藤達は一体…」
食堂に着いた俺が見たのは、机に伏して時折身体がビクッとしている安藤達の姿。その中には、ウォレさんとキョウさんの姿もある。
二人は、安藤達の様に机に伏しているが、耳や尻尾はピンと立てて…あ、これもしかして。
「現在、皆様は畑様にご協力していただき、麻痺耐性の料理を食していただいた所です。初期段階はログストアで済んでいたので少し強力なモノにした結果、少々麻痺が抜けるのに時間がかかっているようですね」
やっぱり麻痺状態か。
「ふぉふぁふぉぅ」
「んふふふ、おはよう安藤」
しまった。笑っていかんだろうに、笑ってしまった。そんなに睨むなよ安藤。
でもな、念話の時でも笑いそうになったけど、普通に聞くとダメだわ。初見は笑うぞコレ…。
安藤以外に関しては口も動かしづらそうだし、一方的に挨拶だけしてから厨房のカウンターへ行くと、エマスが空になった皿を山積みにしている。
「おはようございます、我が王。この様な姿勢で申し訳ありません」
「いや構わない。その飯は、安藤達が食べたのと同じか?」
「同じやつだ。何なら王様も食うか?
はい、おかわりお待ちエマスさん」
俺の言葉に答えたのは、ステーキの乗った大皿を持つ畑だ。
エマスの前に置かれた大皿には、かなり分厚いステーキに、美味しそうな香りを放つソース。野菜もモリモリの料理は……美味そうなんだが、寝起きじゃきっついな。
「もっと胃に優しい感じだったら食ったんだがなぁ」
「ならホレ。ウォレさん達が食った方だ」
見えていた寸胴鍋から注がれたスープを俺の前に出す畑。エマスの前にはどんぶりに同じものが注がれている。
パッと見、透き通ったコンソメスープだな。
せっかく用意してもらったんだし、手を合わせて一口。
「おぉ、美味い」
「平気そうだな」
「俺は状態異常が効かないからな」
ふと視線を感じて振り向くと、恨めしそうな顔で安藤が見ているが、気付かなかった事にしてエマスへ向く。
エマスはエマスで、麻痺している様子はなく食っているな。
「そういや、なんでウォレさん達まで麻痺料理食ってんだ?」
「昨日、並木達と大分打ち解けてな。話の流れで食べる事になったんだと。
一応薄めてはいるけど、元々耐性を持ってなかったみたいで、完食するにも一苦労してた」
なるほどね。無理矢理ではないなら、まぁいいか。
もう一度安藤達を見てある事に気付き、厨房の奥を見てみるが、やっぱり中満がいない。
「中満は?」
「魔力の使いすぎで、今日は一日休むそうだ」
「あぁ…昨日、酒の用意にかなり手伝って貰ったからな」
「思ってたより魔力の消費量が高い事に、本人も驚いてた」
適当に作った酒蔵が埋まる程度には、酒を生成したのはやり過ぎだったかもしれないな。
調理酒を元に、それを枯れない酒瓶に変化して、樽が埋まるまで注ぎ続けたもんな……ごめん中満。
食事を完食して心の中で中満に礼を言い、並木への用事を思い出して声を掛けようとしたが――。
「ふぇぅ……」
上半身は動けているみたいだけど、舌が回っていないし立ち上がる事もでき無さそうだ。
完全に麻痺が抜けるまで待ってやりたいんだが、流石に俺もレーヴィとの約束がある。セバリアス達は、先に行っているみたいだし、あんまり時間も掛けられない。
「リピアさん、並木の麻痺を治療してもらっていいですか?」
「かしこまりました。
並木様、失礼したします」
「ひゅぅぃ!」
皆の様子を見ていたリピアさんに頼むと、リピアさんは懐から小さな丸薬っぽいのを取り出して、麻痺している並木の口の中に突っ込んだ。
当然上手く飲み込めない並木を考慮してなのか、空気が漏れた様な変な声を漏らす並木を無視して、口の中にまで指を突っ込み無理矢理飲ませていく。
「即効性のある解毒薬です。
私は、回復魔法系統は使えないのでご理解ください」
それから一分程すると、本当に即効性の解毒薬だったらしく、並木一人だけが動けるように戻った。
「あービックリしたけど、リピアさんの指って柔らかくて、少しドキドキした」
「その話は、俺じゃなくて漆にでもしてくれ」
なんか満足気な顔をして俺が座る場所まで来た並木の言葉を軽く流し、持ってきていたショトル瓶を並木の前に差し出す。
「実はコレを視て欲しくてな」
「わざわざ私にって事は、スキルでだね?いいよ、お任せあれ―」
俺が差し出したショトル瓶を手に取ると、並木はムムッ!と唸りながらショトル瓶を右から左から、更には下から覗き込んだりして視ていく。
振ったりする動作も加えて視ていく並木と、瓶の中でぺちんぺちん音を立てつつも良いようにされて、心なしかグッタリしているショトルの残骸。
明らかに必要の無い動作を入れつつ視終わった並木は、ショトル瓶をテーブルに置くと結果を俺に伝えてくれた。
「ショトルの残骸らしいけど、前にハルベリア王が見せてくれた映像のショトルであってるの?」
「並木には分かるのか」
「うん。でも、もう本体とはリンクが切れてて、この子は完全に独立してるみたいだよ。
名前も無いし、ショトルでも無い。服従状態だけど、主人が居ないみたいで、成長も止まっちゃってるね。
……というかさ、この子の種族が'魔製造'ってよく分からない種族なんだけど」
「魔製造?」
「うん、魔製造は人工生成された種族に付く。って説明は視えてるの。要は人工生命体って事だとは思うんだけどさ……でも、ショトルって魔王だよね?
後は、魔力も色々と混ざっちゃってて、ベースももう分からなくなってるぐらいかなぁ」
並木の言っている事が本当なら、これは…どう対応するべきだ?
誰がこの事を知っているのかも分からない、これを作り出した奴が誰なのかも分からない。ハルベリア王達は、この事を知ってんのか?
触れていい事なのかが分からないなコレ。
とりあえずだ。とりあえず、人工生命体で今やショトルは魔王。でも、この瓶の中身は既にショトル本体とは別の、完全独立した個体にはなっている。
どういう訳か服従状態で、今の所は敵対の意思はなさそう。
「王様のペットにしちゃえば?」
「ペットって…」
「名前を付けてあげればいいよ」
そう言われてもな。
ペットにするには、元が元なだけに憚られる。でも、確かにぷるぷるしてる姿は、可愛げがあるとは思う。
付けるとすれば……元は魔王の残骸だし、ぷるぷるしてるし……
「ま、マープルとか?」
「あ、うん、それで決まっちゃった」
「え」
にっこり笑って、ショトル瓶改めマープル瓶を並木は俺に渡した。
魔力を吸われている感覚はないが、小さな繋がりがある様にも感じる。そもそも俺に服従していた訳では無いだろうに、俺が名前を付けて良かったのだろうか。
「お前はそれでよかったのか?」
なんとなくマープル瓶を指で弾くと、中でマープルは衝撃に任せてぷるぷると揺れるばかり。
「それで、王様はどうするの?
曲がりなりにも、魔王の一部だったわけだけど」
「害があれば処理も考えてるが、今の所あるわけでも無いしなぁ」
「実害でそうなら、対処を考えればいいんじゃない?」
「並木的には飼う方向か」
「なんか可愛いじゃん」
否定はできない。
まさか、ぷるぷるされるだけで可愛いなんて思う日が来るとは思わなかったが、ペット的可愛さは確かにある。昔飼っていたマリモに、似たような感覚を覚えたな。
「飼ってみるか…」
「おぉ!ついに、私達の家にもペットが!ありがとうお父さん、しっかり面倒は見るからね!」
「結局親が面倒を見るやつだろ、それ。…あぁ、だからお父さん」
小さくサムズアップしている並木の言葉を理解した俺は、時間が結構過ぎている事に気付き、少し慌てて準備をしてレーヴィの元へ行くことにする。
道中、マープルの扱いを考えていると、ふと前に召喚したゴブリン君が頭に浮かんだ。
ゴブリン君の最近は、ダンジョン内を練り歩き警備をしてくれている。そして何故か、移住してきた魔族の子共達と仲がよく、探検隊ごっこに付き合ったりしていたはずだ。
飼うと決めたからには瓶詰めにしておくのは心苦しいし、下手に放置もしすぎたくはない。知能が全く無い訳ではないようだしな。
少しだけゴブリン君に預けてみるか。
俺は、一応コアにマープルの監視を頼みつつ、ゴブリン君に預ける事を決めてから、セバリアス達が待つレーヴィの元へと急いだ。
高熱をキッカケに完全に体調を壊し、汚い話ですが…上と下がマーライオンでして。更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
まだ完治していないので、もしかしたら次も少し遅れるかもしれません。
ブクマありがとうございます。
感想もありがとうございます。
次は、岸の視点で行こうか第三者視点で行こうか…とりあえず、ログストアになると思います。




