俺も行きます
短めです。
翌朝、朝食を済ませたエマス達は、モール達が通ったであろう道を追う形で国境沿い――ポポモリスを目指して進んでいる。
ここ数日と変わらず江口の訓練をしながら移動していたエマスは、昼時になる前に昨晩の出来事を簡単にだがリーファと江口の二人にも話しておいた。
「昨晩のお客様は、モールでしたか」
「やはり貴様は知っているか」
「ログストア国が免罪符を与え、内々で抱えている奴隷商です」
なるほど。と頷き、秋末が朝食時に用意した残りのお茶を口にしたリーファは、いつもとは違うピリッとした空気を纏い、冷めた目で口を開く。
「父は内心で奴隷制度の撤廃を考えていますが、労働力として、刑罰として、現状で制度撤廃は難しいのが事実。更生手段としても、過去が結果と成果を語っている根強い制度。
ですが、奴隷にも様々な方々が居ます。
ログストア国で奴隷として認めているのは、犯罪を犯した者が更生期間として設ける場合。一般的に'犯罪奴隷'と言われる方々です。
当然、ログストア国の監視の元で奴隷契約は行われ、更生期間内に成果が見られなければ期間延長もありますし、罪状によって期間や送られる場所も変わりはします。
罪状の内容や更生の意思が無いと判断された場合は、終身炭鉱奴隷などの罰を科す事も。
他に、奴隷には担保奴隷やカタ奴隷など、個人同士の契約が主となり事情も様々ですが、基本的に一纏めで'売買奴隷'と呼ばれていますね。
これに関して、ログストア国で売買を行う場合は国の審査が必要になります。奴隷に対する扱いや、契約理由、契約内容などを審査した上で、規定内であれば売買権利書を作成して、持っていない者や明らかに問題がある奴隷商に対しては相応の対処をすると法で定めています。
ここまでが、ログストア国が容認している奴隷ですが……違法奴隷に関しては、その名の通り所持だけで犯罪です。罪のない方々を無理矢理隷属魔法で繋ぎ、あまつさえ命すら奪い取る様な行為を、我が国は許しません。
先程述べた審査違反をした者も、例外無く違法奴隷商として処罰対象となっています」
そう語るリーファの声は、どこか憎悪を孕んだ様な声だった。その事に江口や秋末ですら、リーファの言葉には冷たいモノを感じている。
ただしエマスだけは、昔と比べ小難しく分けられているものだ。と認識を改めつつ、そして…と言葉を続けるリーファの話しに耳を傾けた。
「今まで違法奴隷はログストア国が保護という形で引き受け、契約主に契約破棄をする様に説得をしていました。ですが、素直に応じる者など居ません。事もあろうに率先して自害をしようとする者も少なくはありません。
自害をされれば、契約している方々までも道連れが当たり前。仮にそうでなくとも、普通の生活に戻る事は不可能なものばかり。
国としては自害を阻止し、違法奴隷となってしまった方々には、犯罪者が自ら契約破棄をするまで耐えてもらう他ない……。そんな現状でしたが、それも終わりです。
常峰様よりお売り頂いた隷解符のおかげで、予てより進めていた'解放奴隷制度'を進められるようになりました」
リーファが説明をする解放奴隷制度とは、昨晩エマスに対しキョウが話していた内容のもので、簡単に言えば刑罰を利用した社会復帰支援。
その初めての試みとして、キョウ達が選ばれた。
今後彼女達は'解放奴隷'と呼ばれ、これからはキョウ達の三年間の経過を確認し、手順や支援内容に問題がなければ正式に発表する予定なのだという。もし問題が起こったとしても、これは違法奴隷救済への大きな一歩だとリーファは声に熱を持たせ語った。
感情的に語るリーファの様子に圧倒されながら、江口と秋末は興味深そうに話しを聞き、エマスも常峰の功績をしっかり理解しているリーファに感心をする中で、言葉に異様な執着を感じ初めている。
偽りの言葉ではなく、本心からきている言葉である事は分かるが、その変化は明らかに異常性が垣間見えて仕方がない。
「リーファ王女は、奴隷制度自体に嫌悪を持っているんですね」
「はい。過去から続く常識として根付いて居ること自体に、許容するこんな世界に対して嫌悪と憎悪を胸に持ちます。
一過性の効率が人権を無視し、あまつさえ正当化されている現状は愚かで、なんと醜いものでしょう」
「ハハハ、流石に今の台詞は俺でも問題があるって分かるんで、聞かなかった事にしときやす」
江口の言葉に、間を置くことも無く言い放つリーファの言葉は、御者をしながら聞いていた秋末も苦笑いで遮る様に止める内容だった。
常峰が考えて感じたログストア国の不安定さは新道から聞いていたし、そこから考えらる内部事情も新道達なりに答えは出している。だからこそ今のリーファの言葉は、明らかな自国……ひいては大国の在り方の否定と捕らえられてもおかしくはない。
いくらココには自分達だけとはいえ、どの様な形で聞かれるかも分からないし対策もしていない中で、簡単に口にしていい言葉じゃない。と江口も秋末も考え、同時に日頃冷静なタイプのリーファらしくないとも考えていた。
「……そうですね。確かに失言でした。
内密に忘れて頂けると、幸いです」
秋末の言葉で冷静になったのか、小さく深呼吸をしたリーファは顔を俯かせ、その言葉を最後に口を閉じてしまった。
誰も言葉を言わず馬車は進む中……流石に、居心地の悪さがある沈黙に耐えかねた秋末は、エマスに視線を送るが、エマスは何やら集中している。何となく声が掛けづらい雰囲気に、ターゲットを江口に変えて視線を送るが…江口も土が入った小袋に意識を集中させていた。
こりゃダメだ。と諦めて車輪と馬の足音を音楽代わりに暇をつぶそうと手綱を握り直した時、集中して何か考えに耽っていたエマスは顔を上げて口を開く。
「今、我が王にお聞きしたが…そなた等の国には奴隷が居なかったのか」
その言葉に反応を示したのは、口を閉ざしていたリーファだ。秋末は秋末で、何故掘り返した…。と誰にも見られないように前を向いて渋い顔をしているが、江口は集中するのを止めてエマスの言葉に付け加える様に話し始めた。
「訂正といいますか、幾つか付け加えると、遥か昔には奴隷階級は存在しましたよ。
少しイメージと異なって財産を持つ事もできました。その階級制度は、繁栄と安定で廃止されましたけど、時代が進むに連れて奴隷身分と言えそうなものが出てきた事もあります。
最初の与えられた階級とは違い、これは人狩りと言ったほうがいいですね。敵国の国力を削ぐ意味合いが多くて、国々が容認していました。
後は、公的には禁止して黙認していた身売りがあったりもしました。ただ、扱いこそ奴隷に近いだけで、これらは身分自体は奴隷じゃなくて平民のままなので奴隷とは断言できませんね。
刑罰などで身分剥奪なんかもあった記録がありますけど、だから奴隷だとはハッキリ言えない所です。公娼制があったり、娼妓解放令を出しても個人の意思による売買に似た売春行為は認めていたりと穴はあったようですけど。
多分、常峰君が言う『奴隷は居ない。』というのは、そういう言葉に当てはめられる事は少ないということだと思いますよ。それに僕達が居た国ではそうであるだけで、海を越えれば僕達の世界でも奴隷制度は存在しています。
実際、リーファ王女から聞いた話では、馴染みはないですけど納得はできましたから」
「よく覚えてんな江口。
日本史は苦手なんだよなぁ。俺からすりゃ、結局は搾取の仕方を遠回しにしただけで、奴隷制度と変わんね―とか思うもん」
「ある程度は結果に比例した報酬や、選択の自由とそれなりの保険に、一応不当には抗う手段があるから……同じだとは僕は思わないかなぁ」
「江口様、その場合犯罪者などは、どの様な扱いを?」
「一定の年齢によって変わる事もありますけど、更生施設で刑期が終わるまで収容する方法を取ってる事が多いですね」
「なるほど……では――」
面白い程に食いついてくるリーファに、持ち合わせの知識と個人的な意見では…と加えつつ答えている江口と、特に口を挟むことはしないが、時折頷いているエマス。
荷台で何故か盛り上がり始めた会話に秋末はついていけず、結局は車輪と馬の足音が友となり、野営をする頃には、その音が心地よいものになり始めていた。
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結局夜になるまで、リーファは元の世界の制度や在り方に興味を持ち、新道の面倒を見ながらも江口を質問攻めにしていた。
流石の江口も、そこまで食いつかれるとは思っていなかったようで、秋末が料理の準備を始めたのを待ってましたとばかりに手伝いを申し出た。
「おつかれさんだな」
「僕も別に専門家じゃないから、困ったよ……」
「それでも受け答えできてたのはすげぇわ」
手際良く食材を切りってはいるものの、江口の顔には疲れが見え、秋末は苦笑交じりに労う事しかできない。現在は、リーファはエマスが用意した地下風呂へ、エマスは地図を取り出して道の確認と大まかな時間を計算している。
「そういや、エマスさんとの訓練はどうなん」
「まだ全然だけど、前と比べるとかなりスキル操作も上達したと思う」
「いいね~。俺もお師匠欲しいわ」
「秋末君に教えるとしたら、エマスさんは難しいって言ってたんだっけ?」
「エマスさんが言うには、俺の場合は多くの事をできる者を師にした方が良いってよ。オススメはエマスさんの兄貴さんか、セバリアスさんだってさ」
「僕からすれば、エマスさんも十分だと思うけどね…」
「俺もそう思う」
などと話しながら料理を作っていると、丸めた地図を片手にエマスが様子を見に来た。
「ふむ。今宵も美味そうだ」
そんな言葉と共に、何もない場所にエマスが手を翳せば、五人が座れるテーブルと椅子が地面から生えてくる様に用意される。
詠唱もなく魔法名も口にせずに片手間で行われるソレは、最早見慣れ始めたモノではあるが、秋末は当然、江口も同じことをするには技量が足りない。地下風呂なんてもってのほかだ。
だが、エマスは江口に貴様ならばできる事だと言い、最近の江口の目標はソコにある。
「後どれくらいでポポモリスには着きそうすか?」
「このままのペースでいけば、半日程すれば見えてくる」
椅子に腰を下ろしたエマスに秋末が聞くと、テーブルに肘をつき頭を支えながら答えた。
「新道君は、それまでに起きますかね」
「分からん」
江口の問いにも返すが、エマスは試練の事に関して多くは口にしない。どうなっているかをエマスは当然知っている。それでもエマスは詳しい事を言うことはない。
エマスが口にすることで、試練に影響がある場合もある。それをエマス――ルティーアの者は、良しとしないのだ。
それに、モールとの一件を聞いた常峰は、ウォレ達をできるだけ観察するようにエマスに伝えていた。今はソレをしている最中で、エマスの意識はそっちに向いている。
観察をするよう言われた時、護衛をする事を選ぶべきだった。と後悔したエマスだったが、常峰から言われたのは接触の禁止。
ウォレ達が言うナニカが分かるまで、エマスのみならず新道達にも接触をさせるなというもの。当人達に危険が迫り、対処不可能のようであれば保護を優先し、そうでない場合は常峰から許可があるまで監視を続けるようエマスは言われている。
ポポモリスでの用事が先に済んた場合は、引き継ぎを向かわせる手筈となっており、それまではエマスが引き続き監視するようにとも。
「本日もいいお湯でした。いつもありがとうございます、エマス様」
「構わん」
「ベストタイミングっすねリーファ王女」
少し湿った髪のリーファが穴から出てくると同時に、丁度盛り付けまで終えた秋末と江口がテーブルに料理を並べていく。
「今日も新道の所で食いますか?」
「いいえ、皆様とも親睦を深めておきたいので御一緒させて頂きます」
皆様……と言いつつ、視線は明らかに江口と捕らえていた。リーファからすれば、さっきは無理矢理話を切られて不完全燃焼なのだ。まだまだ聞きたいことが山程残っている。
当然視線に気付いた江口は、一瞬皿を置く手が止まったが、諦めてリーファの向かい側に座った。
そこからは、適当に相槌を打って聞いているフリをしている秋末と、質問攻めが再開された江口。エマスも少し唖然とする程に、次から次へと質問を投げかけるリーファ。
いつもより少し長い時間を掛けて食事を終え、終い頃には王位を継いだ時には江口と秋末を大臣に推薦したい。とまで飛躍してくリーファを何とか躱して秋末と江口は地下風呂へと向かった。
二人が居なくなったことで、推奨する際は……と予定を立てていくリーファの独り言を聞いていたエマスは、食事の礼がてらに少しだけリーファの熱を冷まそうと考え、口にしていたカップをテーブルに置く。
「彼奴等は我等が王と縁も深く、我等が王の国に属する者だ。そう個人の意見のみで進められる事柄でもないだろう」
「そこは重々承知しております。当然、その際には常峰様にもお伺いを立て、正当な場にて手続きをさせて頂こうと考えております」
「承知の上と言うわりには、些か独りよがりだ。急いても仕方のない事だろう。
それに、今の貴様には他に考えるべき事があるのではないか?」
「新道様の事ですね…。
その件に関しましては、新道様が起きてから一度ゆっくりとお話しようと思っています。それこそ独りよがりではダメだと思うので。
この数日、新道様のお世話をさせて頂いてますが、嫌な気持ちなど無く……そうですね、母性にも似た愛おしさを感じています。でも、少し別の気持ちがあるのも確かなのです。
なので、やっぱり一度ゆっくりお話をしようと」
「そうか。ならば儂の言うことはない」
それ以上エマスが何か言うことはなく、隣で少し顔を赤らめ小さく手で扇いでいるリーファに気付き、リーファが逆上せた時の様に目の前に指を引っ掛け、軽く引くと涼しい風がリーファとエマスの肌を撫でていく。
会話もなく、エマスは観察を続け、リーファは月明かりを利用して持ち運んでいた本を読むこと数十分。サッパリした様子で満足気な江口と秋末が戻ってくる。
「キンキンの水がうめぇ…」
「お風呂上がりの牛乳もいいけど、外でこうやって飲む冷たい水も美味しいね」
エマスが地下から引っ張り上げた水を飲む二人は、至福のひとときを味わっていた。
後は、テントに戻り明日に向けて寝るだけ。リーファも寝る前にと温かい紅茶を用意し始めた時、そんな三人に向けて、立ち上がり大鉈を背に担ぎ直したエマスが言った。
「問題が発生した。奴隷商が何かに襲われている」
「エマス様、奴隷商とはモールの事ですか?」
「そうだ。儂は我が王の命により、これから彼奴等の元へ向かう。そなた等は――」
ここで待つか来るかは選べ。とエマスが言おうとした瞬間、その場の三人とは別の声が先に答える。
「俺も行きます」
声に反応して江口達が振り返ると、夜風に靡く髪は一部が白くなった新道が立っていた。
次回は、新道視点になる予定です。
ブクマありがとうございます!!
嬉しくて、変なテンションで料理を作って……最近、少し太りました。絞ります。




