鍋はいいのか?
少し短めかもしれません。
『よく来たね。始めましてだ、俺』
そんな言葉で始まった戦い。
いつの間にか握られていた剣で戦う事を強いられ、勝つまで俺は出れない。ここが何処なのかよく分からないけど、その事だけは何故かハッキリと分かった。
この場所では幾ら傷付いても血は出ないし、切り落とされても気がつけば元に戻っている。でも痛いし疲れる。
だから俺は、受け止めて流して、打ち込んで流されて。
それを繰り返し続け、体勢を整える為に距離を取れば、俺がまだ使えない魔法が飛んでくる。
『'瘢痕は光の導
―フォルレイズ― '』
視界を埋める無数の白いレーザーの間を、俺は縫うように抜けていく。そして余裕の笑みを浮かべる'俺'に向けて剣を振るう。
『まだ俺は、俺の理想を超えられないか……。俺、諦めても誰も文句は言わないぞ』
「俺のくせに知らないのか?俺は、諦めが悪いんだ」
『俺の事なら誰よりも知ってるさ。俺よりも俺の方が知ってるよ。
俺の理想が俺なんだ……だけど、この程度の理想も越えられない俺は、断言しようか。自分の我儘で身を潰す』
精一杯の力で押しているはずなのに、片手で受け止められている剣は進みもしない。加えて色白な'俺'は語りかけてくる余裕すらある。
一旦距離を取ると、疲労からか余計な考えが頭に浮かぶ。何時間、俺は俺を相手にしているんだろう。ここに来てから、俺は何度剣を振ったのだろう。
悔しいけど、あの'俺'は今の俺よりも強い。
「'光よ! ―光球―'」
『'―光球―'』
俺が魔法を使えば、より早く、より大きく、より強い同じ魔法で打ち返してくる。その魔法は俺の魔法を飲み込み、更には俺に襲いかかる。
何度もやられたら流石に慣れてくるさ。だから俺は、剣に力を込めて正面から魔法を斬り伏せ、そのまま――
「'炎斬・三撃'」
ゼスさんから教えてもらって、やっと使えるようになった剣術スキルの技を放つ。
地面に爪痕を残しながら、燃え上がる三つの斬撃は衰える事無く進み、俺も斬撃の後を追うように'俺'へを迫る。
『いい加減に諦めるか、気付いてくれよ』
呟きと共に'俺'が軽く剣を振るっただけで俺よりも多くの斬撃が、俺の斬撃を軽く飲み込んで尚、俺に牙を剥く。だが、俺は自分に肉体強化を掛けて、更に一歩踏み込む。
『この程度の理想は、もう俺の理想じゃない事を』
そんな言葉を耳にしながら、俺は俺に剣を振る。
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「エマスさん、新道君は大丈夫なんですかね?もう三日目になりますけど」
「未だ試練を越えられぬだけだ。問題はない。
其奴はまだ諦めていない、まだ戦っている。それよりも、貴様は貴様ができる事をしろ江口。
儂の与えた加護に心を寄せ、大地の声をしかと聞け」
「は、はい!」
現在エマス達は、秋末が御者を務める馬車に揺られながら国境沿いの関所を目指している。
村での騒動の後、眠るように気を失った新道を抱えたエマスは、宿泊している部屋へ戻り夜が明けるのを待ち全員に新道の状態を伝えた。その際、江口達はあまり理解はしていない様にも思えたが、エマスは簡単にだけ説明するだけに留め、早々に村を出る事を優先した。
江口はエマス指導の元で訓練に、秋末は御者でと、自然にリーファが新道の面倒を見る事になり、途中で村や町も無く野宿を挟みつつ早三日になる。
「エマス様、本当に新道様はお食事が不要なのですか?」
「今は試練中、その間は儂の庇護下で生命維持はしている。
餓死などの心配はいらん。事実上、試練中であれば何年経とうと餓死は避けられるだろう。それほどまで試練を続けた場合の精神面は知らぬがな」
「わかりました。何度も申し訳ありません」
「構わん」
エマスと江口の向かいで、時たま唸り声を上げる新道の汗を拭き、膝枕をするリーファを一瞥したエマスは視線を江口に戻した。
江口は江口で、エマスから渡された土の入った小袋を包むように持ち目を閉じ集中している。
「貴様と儂の加護の相性はいい。
焦らず、ゆっくりと心を大地に寄せろ」
「はい……」
エマスに言われた通り、江口はゆっくりと深呼吸を繰り返し自分を意識を小袋の中の土へ、そして大地へと溶け込むように集中していく。
そうすることで、掌握できる範囲と速度が徐々にではあるが、広く早くなっていっているのは、江口が一番理解している。
その様子を、エマスは感心したように見ていた。
江口の事は、自分の仕え崇める王である常峰から聞き、そしてできれば鍛えてほしいとも。
大地の加護を与えられるエマスからすれば、確かに江口の持つ'地形掌握'との相性はいいが、それでも当人との相性が良いとは限らない。
だが、江口はエマスも感心する程に加護との相性も良かった。
盤石な意志を持ち、落ち着き安定した集中力はエマスも好感が持てている。
「エマスさん、俺には新道や江口みたいな特別訓練とかは無し?」
「貴様のスキルを鍛える事は儂にはできない。スキルに関して鍛えたいのであれば、我が王を頼るといいだろう。おそらくは儂の兄かセバ御爺が手を貸してくれるはずだ。
試練は、実際は行わぬ予定だった。故に、貴様には試練は与えないが、今まで通り戦闘訓練程度であれば教えることはできる」
「セバ御爺ってのは、一度見たので何となく分かるんすけど……エマスさんのお兄さんって、どんな人なんですか?」
秋末が聞くと、エマスは集中している江口に続けるようにと言葉を掛け、御者台へと移動して秋末の隣に腰を下ろす。
そして少し何処まで教えるか悩んだ後に、口を開いた。
「兄は調律者だ。儂等兄弟姉妹は、嘗ての我等が王に生み出され、それぞれの守護する役目を持たされた。
大海は姉が、大地は儂が、大空は妹が……それらを統べ、愚かな行為を見せようものなら処する。それが兄であり、それほどの力を持つのが儂の兄。こと戦闘面においては、ダンジョン内では最強の一角だ」
「一角?最強じゃないんですか?」
「ダンジョンにおいて最も強き者は我等が王だ。その御言葉一つで儂等は、喜んで生を終える。
仮に、我等が王を例外として考えるのであれば……そうだな、兄とセバ御爺の二強だ。最も、どちらが強いかは分からん。
王を慕い、尽くす身として、そこにあるのはどちらがではなく、どちらも強者であろうとする。故に内輪で争う事はしない」
「争ったら洒落にならなそうっすもんね」
エマスが深く頷く様子に、秋末は自分の脳内に浮かんだオーバーな表現が、もしかしたら間違っていないのかも。と少し身震いしてしまう。
「競い合いや言い合いはあれど、争う事はないだろう。
今代の我等が王は、優しく慈悲深く聡明な方だ」
「まぁ、王様がそんな人達のトップに立ってるってのが、一番驚きな事ではあるんですけどねー」
「我が王は、タイミング、環境、運、様々なモノに恵まれた結果だと言っていた」
「結果的にノリのつもりが定着しちゃって、俺達も王様なんて呼んじゃってますしね」
笑う秋末に釣られて少しだけエマスは笑う。その後も、エマスと秋末は軽く会話を続け、時には江口の訓練にアドバイスを掛けるエマスの姿もあり、新道に膝枕しながらその様子を見ているリーファ。
魔物が襲ってくる事もなく、野盗が現れる事もなく。
エマス達は、四日目の夜を迎えた。
「秋末君、こんな感じでどうかな?」
「おkおk。んじゃ江口、次はコレをクルトン代わりにしたい」
「わかったよ。手頃なサイズに切っておくね」
エマス達は道から逸れて馬車を止め、江口と秋末が料理を作り、二つのテントを張り終えたエマスは二人の手際を見ていた。
「ふむ。そなた等は料理ができるのか」
「俺は今'料理人'なんで、それなりに作れるだけっすよ。
料理に関しての知識が足りないんで、簡単なものしか作れないっすけどね」
「僕は恵美がよく食べるので、作ってあげるのが楽しくなって覚えたんです」
「彼女持ちうらやま」
「なるほど。儂は食べる専門だ。料理は兄が上手い」
エマスが秋末と江口の手際の良さに感心していると、地面に空いた穴から髪が湿ったリーファが出てくる。
「エマス様、毎日ありがとうございます」
「ん?構わん。彼奴はテントで寝かせている。身体も拭き終えている故、貴様も飯を待つと良い」
「でしたら、御用意が終わり次第お呼びしていただいていいですか?
大丈夫とは分かっていても、新道様をお一人には……」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
エマス達に頭を下げたリーファが、新道の眠るテントに入っていくのを横目に、秋末が面白そうなモノを見た顔でエマスに聞いた。
「エマスさん、もしかしてなんすけど……リーファ王女って新道に」
「断言はできん。当人も揺れている所だろう」
「はー、新道も隅に置けないねぇ。
江口、俺達も風呂に行こうぜ。身体だけでもポカポカしたいわ…。頼んでいいですか?エマスさん」
「構わんが、鍋はいいのか?」
「後は火を消して置くだけなんで、その間は平気っす」
「そうか。では行ってくるといい」
エマスからの許可を貰った二人は馬車から着替えを持って、リーファが出てきた穴の中へと入っていった。
実はこの穴、エマスが用意したもので、中に入って少し下っていくと狭い鍾乳洞の様な空間が広がっている。そこに貯まる水は、湯気を立たせている事から分かるように、お湯になっていた。
所謂、地下温泉ができていたのだ。
最初の野宿の時は、リーファも江口達も驚いたが、入ってみれば心地よいもので。エマスが換気の管理もしているのか、息苦しいなんてこともない。
訓練など頼れる面を見せていたエマスだったが、この地下温泉が決め手となり、今や新道とエマスを除いた三人には、旅に欠かせないエマスさん。まで昇格している。
そんな評価を得ているとは露知らず、秋末と江口を見送ったエマスは先程まで火に掛けられていた寸胴鍋を凝視していた。
「匂いから察するに、やはりスープか?
しかし、何故乾パンを切る必要があった。クルトンとはなんだ。兄に聞いてみるか……」
寸胴鍋の隣で、江口によって小さなサイコロ状にカットされ焙られていた乾パンを見ながら、兄であるルアールに連絡を取ろうとするが、先に誰かが近付いて来ている事に気付いた。
方角は自分達が通ってきた道、地を踏み歩くのは馬が三頭。御者が一人、大型の馬車で荷台が連結しているような構造。手前の荷台は気配が二つ。後ろの荷台には気配が詰め込まれている。
エマスは気配の数を確認して、こちらへ近付いてきている馬車に警戒だけはしておく。
近付いてきているが、向こうは気付いている様子はなく、どうやら向かう先が自分達と同じなんだろうと予想して息を潜めて様子だけを見ておくことにした。
程なくして、揺れる明かりが見え、エマス達が通ってきた道を大きな馬車が進んでくる。そして馬車は足を止めた。
「すみません、旅の方ですか?」
少しすると、御者をしていた者が明かりを片手に降りてエマスの方に向かってき事で、エマスは警戒を崩すこと無く、逆にさっきよりも強く警戒をして周囲の様子を探った。
敵意があるようには感じない。遠くにも仲間がいる様子もなく、感じ取れる気配はさっきと変わらない。声を掛けられた以上、下手に警戒をする方が向こうの警戒を煽る可能性もある。
そう考えたエマスは、秋末と江口が入っていた穴をバレない様に塞ぎ、寸胴鍋の前に立つ。
「あのー…すみません」
気配は間違いなく御者をしていた者。その事を確認しつつ、エマスは寸胴鍋の中をかき混ぜる振りをして、当たり障りの無い嘘を口にする。
「ん?儂に声を掛けていたのか。
すまない、生憎この様な目である故、気付かなかった」
「あ!いえ、こちらこそ遅くにすみません。
つかぬ事をお聞きしたいのですが、貴方は旅の方ですか?」
「そうだが。何か用か」
「見た所、相当腕の立つお方だと見込んで頼みたいことがありまして。
まずは自己紹介から、私は奴隷商を営んでいる者で'モール・アバルコ'と申します」
モールと名乗った男の要件はこうだった。
最近、魔族の動きが活発になり物騒になってきている。そして、ログストア国から罪人奴隷を受け取りに行ったのだが、その中の一人が酷く何かに怯えているのだという。
初めは逃げ出したい一心の言葉だと無視をしていたモールであったが、他の数人の奴隷まで何かを感じて騒ぎ始め、この付近になった時に最初から怯えていた奴隷が近場に居る方に助けを求めて欲しいと懇願してきた。
そして、見渡した限り近場に居たのはエマスのみで、声を掛けたというのだ。
「奴隷商が奴隷の言葉を聞く時代なのか」
「へ?あ、今回運んでいる奴隷は、軽罰の者達なんです。
罪人奴隷と言えど、ぞんざいに扱って自害でもされては困りますし、私も商売なので商品を傷物にはしたくはありません」
エマスの知識では、奴隷とはただの消耗品であり、そこに人権や発言権は存在していない。という認識で止まっていたが、時の流れに合わせて罪人奴隷の待遇改善が行われていた。
それを知らないエマスにとって、奴隷商が奴隷の言葉を聞くと言うのは意外な事だった。
当然、そんな事情をしらないモールは、重罰の者が発言権を許されない場合を思い出して、エマスはその事を言っているのだろうと誤解したまま説明をしている。
「何より、国と個人の取引ですので信用第一。ログストア国は、他国に比べで奴隷には寛容な面が多く、売買にも否定的なんですよ。
売買した奴隷にも保険を掛けるほどなので、扱いには相応の配慮をしています」
「ふむ。なるほど……」
「こういった内容は、その道に居なければ分からない事ですよね。
えっと、それでなのですが、よろしければ国境沿いの関所がある'ポポモリス'までの護衛を頼みたいのです。もちろん報酬はお支払いします」
通称'国境街ポポモリス'とは、エマス達が目指している場所でもある。
国境を跨ぐ街であり、その街を分断するように伸びているのが今回問題となっている関所なのだ。
ポポモリスは少し特殊な街であり、ギナビア国とログストア国の領地を跨ぐので、明確な領主が存在しない街。というのも居ないわけではなく、ギナビア国とログストア国のどちらからも領主が配属されている為、二人の領主によって統治されている街だ。
ポポモリスには独自の法も存在しているが、任せられている二人の領主の手腕により、街の中は比較的安全なもので、軍が動く様な要件はほぼ無い。だが、それは街の中に留まった話であり、少し離れれば軍が睨み合いをしている。
今回、リーファが提示した予定では、一度ポポモリスに赴き領主と会談後、ギナビア国がちょっかいを出した第三関所の様子を見に行く予定だった。
向かう先は一緒なのだが、こちらは王女を連れている。問題を背負うわけにはいかない。それに、同行者が増えると言うことは、それだけ足並みを揃える事が難しくなり遅れる可能性もある。
幾つかの要素を考えたエマスは
「すまない。
こちらも一人ではなく、連れがいる。儂もこういう身である為、護衛と言うものはめっきりなんだ」
自分の目を隠している布を軽く見せつけ、モールの頼みを断った。
それを聞いたモールは、少し困ったように顔をしかめた後、小さく溜息を吐いて諦めた様子で頷いた。
「わかりました。突然の申し出だったので、仕方がありません。
護衛の件は諦めます。ですが、別のお願いをしていいですか?」
「ものによる」
「それほど時間は取らせません。お願いというのが――」
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「いやー、美味しいですね!」
「褒めてもおかわりしか出せないっすよモールさん」
「ではおかわりをいただいでも?」
少し離れた所から聞こえる秋末とモールの会話を耳にしながら、エマスはモールの荷馬車の前に立っていた。
モールからのお願いは実に簡単なものであり、奴隷達と顔を合わせて欲しい。という内容だった。奴隷のメンタルケアも奴隷商としての仕事の一つで、このままでは店に戻ってもケアに時間が掛かる可能性があるらしい。
その程度ならとエマスが了承をすると、先に馬車に戻って奴隷達に説明をするとの事で、エマスはその間に秋末と江口を呼び戻し、事情の説明の後に江口にはリーファ分の食事も持ってテントに戻る様に指示を出しモールの説明が終わるのを待った。
説明を終えたモールは、馬車ごとエマス達の元へ戻り、顔合わせが済むまでの間は馬も休ませる旨を話し、ついでに食事も取る様子だったので秋末が料理を提供して、現状に至る。
エマスはエマスで、食事をする前に顔合わせとやらを終わらす為に、奴隷が乗る荷馬車の前に来たのだが……先に食事でも良かったかも。と少しの後悔を胸に、優先して会って欲しいと言われた気配が二つある前方の荷馬車の扉を叩いた。
もっとハイテンポで進めたほうがいいのか、でもそれだと忙しい物語になるような…。と自分の技量足らずを悩みますね。
頑張らねば……。
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