とりあえず、骨を集める
少し短めだと思います。
モクナが一人の男に心を惹かれたと言う。
その者の世話をする事が楽しくなり、声を聞けることが嬉しくなり、何気ない会話がこんなにも幸せなものだとは知らなかったと彼女は語った。
モクナ・レーニュの素性と過去を他人からも本人からも聞いていたからこそ、彼女が自分の話をあれほどまでに明るく話す所を見た時は驚いた。
多くは自分のことを話さない。話せない彼女が、嬉しそうに明るく語る姿に感化されたのだろう。
気がつけば、報告と共にモクナから彼の話を聞くのが日課になっていた。そして気がつけば、その事を自身が羨ましいと感じていることに気が付いた。
執務に追われ、責務を背負う事が自分の在り方だと思っていた。幼少の頃に、絵と文字の中で繰り広げられた物語の一つ程度にしか認識出来ていなかった感情が、恋というモノが、少しだけ羨ましく感じたのだ。
その事を理解すると、自分の変化にも目を向ける事になる。
微笑ましく思い、羨ましく思い、その姿を目で追う事が日課になっていて。
笑う彼に、努力をする彼に、人一倍負けず嫌いな彼に、そんな彼に惹かれている事に気付き目を向けてしまった。
それを恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのか分からない。もしかしたら、ただモクナに憧れを抱いているだけなのかもしれない。その憧れをたまたま彼に被せているだけかもしれない。
今回の旅は、それを確認したいと思っていた気持ちを察したハルベリア王が、少しだけ無理をして仕組んだ事でもある。
「というのが、私の事情です。
今回の依頼は大臣の方々を抑えると言うのが一番の理由ですが、私が同行したのは父と私の我儘です」
「そうか」
リーファの話を聞いていたエマスは、一言で返して口を閉じる。
エマスからすれば、大した内容ではない。言ってしまえば、詳細は知らなかったが常峰から聞いていた通り、恋愛事情である事に変わりはなかった。
故にエマスからすれば興味の湧かない話であり、常峰から言われている様に自分が関与する話でもない。
「常峰様は、何処まで知っているのでしょうか」
「今の話で終わりならば、貴様よりは多くを予期されている」
「といいますと?」
「気付かぬのであれば儂から言うことではない。
気付いているのであっても儂が告げる事ではない。
貴様の口から出た言葉に対して以外、儂はそれに関与はせぬ。我が王からは、そなた等個人同士の問題に関与するなと仰せつかっている。
貴様が彼奴に惚れ込んでいようが、儂の関与するところではない」
「ほ、惚れ込んでなどは…」
「それを自身で見極める事こそ、今回の貴様の役目だろう。
ならばそうすれば良い。貴様が感情に解を出し決めたとて、彼奴がそうであるとは限らない。
我が王は、今回の件に関して、片方の意思のみで話を進める気はないという事だ」
「……ぐにゅ」
リーファの不自然な返答を不思議に思い視線を向けると、顔を赤くしたリーファが今にも溺れそうになっていた。
「逆上せたか」
意識が朦朧とした様子で、もう半分ほど顔が沈んでいるリーファを抱き上げて肩に担いだエマスは、そのまま脱衣場へ移動すると、軽く身体を拭いて服を着ていく。
一応、女の身体のままでダボダボの衣類を纏い、次は椅子に寝かせたリーファの身体を拭きながら常峰への連絡を済ませた。
兄であるルアールを通して常峰からの返答は……過干渉はしない。相談があれば、乗ってやってほしい。というものだった。
そしてもう一つ。
政略結婚を目的としたものだった場合。
その可能性は、今の所は切り捨てていいと伝えられた。それはハルベリアの目的の一つであり、おそらくはリーファの目的でない。であれば、その話は常峰側で済ませておくとの事だ。
「ぅ……すみません…逆上せてしまったのですね」
「構わん。運んでやるから服は着ろ。
貴様の服は、何かと着せにくい」
気が付いたリーファに、手に持っていた服を投げるとエマスは椅子に座り、指先を空間に引っ掛けるように引くと、涼しい風が脱衣場に流れる。
「これで多少は気分も優れるだろう」
それ以上は言葉を発さず、ただ黙してリーファの着替えを待つエマスに、リーファは申し訳無さと気遣いに有り難さを感じ、手際よく服を着始めた
リーファからすれば、さっきは話の途中だった。それに常峰が知り得ている事も聞いてみたいというのも本音。しかし、エマスの様子を見るに、今から聞いてみた所で求める返答はしてもらえないだろうし、何よりもう一度話を掘り返す事に気恥ずかしさが優先される。
沈黙と涼風の中、着替え終えたリーファをエマスは一言掛ける事もなく肩に担ぎ脱衣場を後にする。
「あの、エマス様…?」
「フラつかれても面倒だ。大人しく担がれていろ」
抗議を聞かず、有無を言わさず、エマスはリーファを担ぎ脱衣場を後にした。
その日の夜。
村も祭の空気を保ちつつも、不思議と誰一人出歩く事無く静寂に包まれている。
だが、村の中央に一つの影が立っていた。
「我が王の予想通りであったか」
エマス女体化に驚きはあったものの、男の姿に戻る事で収集を無理矢理つけ、早々に食事を終えて新道達が寝静まったことを確認したエマスは、一人村の中央――標本の前に向かい、先に居た人影に向ける訳でもなく呟く。
「これはこれは……面倒そうな方が来ましたね」
仮面とフードで顔を隠したソレは細身ではあるが、声から男である可能性が高い。
「お一人ですか?」
「貴様等に一々情報をくれてやる理由もない」
仮面の男の問いに、エマスは背中から大鉈を引き抜き大地に突き刺し答える。
「それは困ります。一応、偵察が私の役目なので。出てきてもらいますよ、異界の方々にも」
「やってみるがいい」
「そうさせて貰います。
'亡き声は響き その意思は忘却へ
執着の残留 理の内にて生き潜み
果てには乾くことのない渇欲に塗れよう
―死屍の唱曲― '」
エマスは、仮面の男の詠唱に耳を傾け、それを邪魔する様な行動は一切せずに立っていた。堂々と詠唱をする様子を見るに、おそらくは邪魔に対する何かがあると予想もできたが、何よりエマスにとっては魔法を発動させる事に意味があった。
「さぁ、貴方はどう動きますか?」
魔法の発動を終えたことで、仮面の男は優位に立っていると錯覚する。エマスは言葉を返さずに標本の様子をただ見ている。
合わせるように地面が揺れ始め、所々が盛り上がり始めた。
「相手が悪かったな。
地に沈み眠る亡者如きが、儂の許可なく地を踏めると思うな」
エマスは突き立てた大鉈の柄を握り、少しだけ深く刺す。
それだけの動作で、盛り上がり始めていた地表は整地された状態へと戻り、揺れていた地面すらも静寂を取り戻した。
「まさか、あの数を浄化?違いますね、地中に埋め直した?」
仮面の男の表情は分からないが、その声は明らかに動揺の色が聞いて取れる。
エマスは仮面の男が魔法を唱える前に、何をする気かは分かっていた。ここに来た時から異常に地中に眠る屍の数が多い事に気付き、地中を流れる作為的な魔力にも当然。
だからこそ敢えて発動を待ち、その上で捩じ伏せる方法を選んだ。そうする事で優位に立っているにも関わらず高まる警戒心に任せ――
「これは異界の方々に使いたかったのですがね」
まだ優位性を保とうとすると思ったからだ。
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地面の揺れで目が覚めた俺は、相部屋の相手が寝ているであろう場所に視線を向けた。だが、そこにはエマスさんの姿は無く、あの大鉈も無い。
「エマスさん?」
意味のない呟きと同時に、高周波の様な声が響き渡り不快感が身体を駆け巡る。俺は咄嗟に剣を握り、窓から飛び出すと……すぐにソレは目に入った。
村の中央にあったドラゴンの骨の頭部に立ち、仮面の男を両断するエマスさんの姿。色々と驚いて入るけど、俺はエマスさんが踏み台にしているドラゴンの頭部から目が合って離せない。
骨のはずなのに、虚空の中で輝く赤黒いソレは瞳にも見え、まるで俺を睨んでいるようにすら見える。
「おや?貴方が異界の者ですね?」
突然後ろから聞こえた悪寒がする声に、俺は反射的に剣を振り抜く。
「っとと…フゲッ」
俺の剣を飛び退いて躱した声の主は、俺の後ろから飛んできた大鉈の追撃までは反応できず、正確に頭部に直撃した大鉈の重さと速度の前に、カエルが潰れた様な声を漏らして身体が崩れ落ちる。
何が起こったのかは分からない。それでも、今の声の主は何故か斬らねばと思った。そしてまだ何かは居ると勘が告げている。
「起きたのか」
「エマスさん、これは一体」
「大した問題ではない。今回の処理は、儂がする様にと我が王から言われている」
俺の質問に答えたエマスさんは、地面に突き刺さっている大鉈を引き抜き、背後に向けて振り抜いた。同時に轟音が響き振り返ると、あのドラゴンの骨が振り下ろしていた腕が、粉々になっていた。だが、すぐに骨は逆再生する様に元の形を取り戻していく。
完全に修復が済んだ骨を見て、俺はやっとさっき感じた違和感の正体が分かった。
この骨、自立しているんだ。
村の中央にあった時から、支えの棒があるわけでもなく、中に芯がを通しているわけでもなく、吊られているわけでもなく、ドラゴンの形のままで鎌首を持ち上げた状態で自立していた。
魔力が残留しているんじゃなくて、あの時には魔力が送られていたとしたら?
さっきの奴がそれをしていたとして、今襲われたのを操っていたとして。どうして今日、この時に動き出したか……狙いは、俺達か。
「こんな状況でつかぬ事を聞きたいんですが、いいですか?」
「構わん」
「常峰は、どの段階で気付いてましたか?」
「我が王と張り合うべきではない。持っている情報が違う。
ただ気が済まない様だから教えておくが。
儂がお伝えしたのは、市羽という者がドラゴンを退治し、その骨が村に飾られているという事だけ。その先は、儂は我が王からの問いに答えただけだ。
屋外でどうやって飾っているのか。他に目ぼしいモノはないか。それだけだ」
「それだけで?」
「それだけだ。
以降、儂が受けた命は、そこに留まるのであれば、動きがある可能性がある。その場合の被害を抑えよと受けている」
たったそれだけの情報で、常峰は今夜襲われることを予想したのか……。
エマスさんは持っている情報が違うとは言うけど、俺はその場に居ながら、違和感を覚えながらもその可能性を見落とした。
この場に関してだけなら、俺が骨の違和感に気付けて当然だったはずなのに。
「……。だから我が王と張り合うな。
貴様とは見ているモノが違う。
言っただろう、我が王も儂も、その場に居ながら良く違和感に気付いたと」
エマスさんは少しだけ困ったように言うと、二撃目として振り下ろされた骨の腕を粉々にした。
「それに、儂が手を加えたにも関わらず、貴様はこうして起きてきた。才能という言葉を使うのであれば、貴様は恵まれている。
貴様がした努力は、漏れ無く全て貴様の力となっている。誇るといい、貴様は努力という才能に愛され恵まれている」
エマスさんの言葉で気付く。俺以外に起きてくる様子も、起きている様子もない事に。
異常だ。
これだけ大きな音がしているにも関わらず、誰も起きてくる様子がない。
今もエマスさんが追撃をして骨を粉々に吹き飛ばしているのに、建物や地面が傷付く事もない。
「儂の力が村を覆っている。同時に起きぬようにもしたが、貴様はそれを払い除けてきた。
一週間前では不可能であっただろう。儂もそのつもりで侮っていた。
貴様の適応と、幾多に渡る努力の才能を儂が見誤っていた結果だ」
もはや原型は無く、散らばった骨を踏み砕いたエマスさんに大鉈の先を向けられ、思わず俺は身構えた。骨に睨まれた時には感じなかった危機感。恐怖心を掻き立てられ、剣を握る手が震え始めてしまう。
本能が、気を抜けば殺されると訴えかけてきている。
「貴様が起きてきたのは、貴様の才を見抜けなかった儂の落ち度だ。手を抜いた訳ではないが、これで十分だろうと見誤ったのも確か。
これでは我が王に顔向けができない。故に、せめてもの償いとして、儂が貴様を特別に視てやろう」
エマスさんは、その前に。と再生をし始めているドラゴンの骨の頭に触れ、ゆっくりと撫でた。それだけの動作で骨は再生を止め、目から光が消えていく。
雰囲気で分かる。
あの骨は、今、死んだ。
触れて撫でられただけで、骨は崩れ落ちて死んだ。
「まだやるか?
この程度であれば、幾らやろうと徒労だぞ」
「みたいですね。本当は、そっちの方に相手をして欲しかったのですけど……今回は退いておきましょう。
何者かは知りませんが貴方を相手にするのは、それこそ骨が折れそう。いいえ、きっと私程度だと骨も残らないでしょうから」
完全に置いてけぼり状態な俺を他所に、エマスさんの問いに答えたのは、さっき首が無くなったはずの死体から聞こえた声。
その声が喋り終えると同時に、死体は驚くべき速さで腐ちて風に乗って消えていく。
何が起きているのか分かっていない俺は、大鉈を背負い直して何処からか箒を持ち出したエマスさんを見る。すると、エマスさんは二本握っていた箒を一本俺に差し出して言った。
「とりあえず、骨を集める。起きているのなら手伝え」
いつの間にか危機感も恐怖心も消えていたけど、拒否できる空気でも無かったので、俺はエマスさんと一緒に骨を集めた。
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大小関わりなく、粉々になった分もある程度集め終えると、小さな山になった骨にエマスさんが振れる。すると、骨はさっきの様に再生を始めて元の状態に戻り、エマスさんが用意した支柱を使って村の中心に復元された。
それらの作業が終わると、エマスさんに誘導されて宿の部屋へ戻り、対面に座る様に言われて俺はエマスさんと向き合う形で座っている。
「あの…エマスさん」
「貴様の名を聞こう」
俺の言葉を遮ったエマスさんに言われるがまま、俺は自分の名前を教える。
「新道 清次郎です」
「では新道、貴様に問う。
何のために強さを求める。今は無いのであれば、今後に求める様な事があるか?」
俺はその問いに、すぐ答える事ができなかった。
確かにゼスさんに訓練をしてもらい続けてはいるけど、その目的は俺が弱いからだ。市羽の強さや常峰とメニアルさんの戦いを見たから、俺もそこに届きたいと思っているから俺は訓練を続けた。
そこに大きな目的はない。
強いて言えば、置いていかれたくないから…かな。
つまり、今の俺には強さを求める理由は無い。帰還方法を確立できて、もし帰れるようになったら、今の俺は帰還を選ぶと思う。だったら、本当は強さを求める必要は無いのかもしれない。
今後と考えた時、それもよく分からない。そもそも強さを求めるのに理由が必要なのだろうか。
この世界において、強くあることに理由が居るのだろうか。
素直に言おう……俺には分からないと。
「強いて言えば、置いていかれたくないです。
常峰や市羽や、他の皆に。
今後と考えた時は…分かりません。
そもそも、理由が必要なのかも」
「ならば貴様は何故努力をする。
武に限らず、文武共に愚直なまでに努力をする。
置いていかれたくない。ならば、別の道を歩めばいい。元の世界でどうであったかは知らないが、貴様は道を選べる立場に居るだろう。
貴様の道は、貴様以外誰も置いていくことはない」
「それは、誰かに手を差し伸べたいからです。
俺は家族に、皆に、それこそ常峰にも助けてもらったことがあります。それは俺にとって嬉しいことで、温かいことでした。
だから、俺はそれをできる人間になりたいんです。そのためには、同じ道に居なきゃできない事もあります。
期待に応えるため、希望を見出すため、君なら大丈夫だと言ってあげれる為に、俺は努力をするしかないんです」
今度はすぐに答えられた。そして、答えている最中に、さっきの問いの答えも俺の中で生まれた。
安直で、ありきたりで、子供っぽい理由が一つ。でも、不思議と俺はその理由のためなら、一層頑張れそうな気がしてならない。
「俺は、守れる男になりたい。
誰かの夢や、希望を。いつか俺が愛する人を。他の誰でもない俺が、俺自身の力で守れるまでは、俺は強さを求めます」
どこかの主人公みたいで笑われるかもしれないし、単純かもしれないけど、これが俺の理由。これでダメだと言われても、きっと俺はこれがいい。
俺の答えを聞いたエマスさんは、一度だけ頷いて俺の目を見た。目隠し越しでも、目が合っていると分かった。
「ならば耐えてみせろ。
試練を乗り越え、その意志が嘘偽りの無いモノだと儂に見せよ」
エマスさんはそう言うと、目を隠していた布を取る。
そして紅く光る四つの瞳が俺を見た。
瞬間、意識が瞳に吸い込まれるように遠くなり、最後に聞こえたのは――
「我が王にお叱りを受けてしまうな…」
というエマスさんの小さな呟きだった。
上手く時間を飛ばせませんね。
何日後 をもうちょっとテンポよく使いたい。
次は、「一方その頃」を書こうかなと思ってます。誰で書くかは悩み中。
ブクマありがとうございます!
へへへ~とニヤついていたら、友人に冷めた目をされました。
もしかしたら諸事情により、次の更新が遅れるかもしれません。




