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眠れる王  作者: 慧瑠
敵と味方とダンジョンと

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46/236

活動資金と送別会

とりあえず、展開の遅さとか考慮して、次から新しい章にしようと思います。

そして、そう思ってまとめたので、少し長くなってしまいました。

「ふむ……。

では、常峰君は二十七人分の資金が欲しいと」


「お恥ずかしい話ですが、そうですね」


「どの程度を希望かね」


「平均的な宿に、食事付きで一月泊まれるぐらいが最低希望です。

本音を言えば、頂けるならば頂けるだけ」


「なるほど」


肌触りは良し。反発は強めで、立ち上がる時はきっと反発力が手助けをしてくれそうなソファに腰を掛け、眉間にシワを寄せて考え込むハルベリア王を前に、俺は交渉材料を出すタイミングを伺う。


安藤達が帰ってきて三日目。俺は、一足先にハルベリア王と面会をしていた。


皆を送り出した後、俺はセバリアスと相談をして色々と決めていった。

移住の受け入れに向けて、要望に合わせた区域分け。

畑達ダンジョン組が担当する区域と、そのサポートを誰にしてもらうか。

各組のサポートとして誰を送り出すか。


などの他にも細かい部分を決めていた時、俺やセバリアスと一緒になって考えていたルアールが申し訳なさそうに言ってきたんだ……。


―既にお考えの事と思うんですが、彼等には幾らぐらい旅支度の資金をご用意するおつもりで?―


もう、返事もできなかった。

完全に忘れていた。


ダンジョンに居るのであれば、当面の資金は必要ない。なんだかんだ揃えきるとは思っていた。だが、他の組は違う。

旅費も必要だし、準備にも相応の資金は居るはず。何かしらの餞別があるとしても、それが現物のみである可能性はある。何より!俺も金が欲しい。

通貨の確認が一番の目的だが、サポートに送り出した者が一文無しでは……普通に支障が出そうだ。


そういう訳で、俺はハルベリア王に交渉するために、クラスメイト達より先にハルベリア王の元へ来ていた。


「常峰君の国には、金銭や物品に関して追々援助をする予定ではある。

それはギナビア国やリュシオン国も同様の事。故に、ログストア国に残る者分であれば無償で用意はできよう。

しかし、全員分をログストア国が出してしまっては、既に契約を済ましている以上、他国に知れた場合少々問題が出るかもしれぬのだ。


レゴリアやコニュア皇女のみであれば、納得はしてくれよう。しかし、中小国の者達は少し変わってくるのが事実。

半端に用意するのは、国の体裁がと言う者が出てくる反面、全ての者に大金を用意してしまうと問題が出てくる状況になってしまっている」


「三大国が管理する通貨が違うからですね」


「うむ。価値が違うというのも問題ではあるが、他国に無償で大金を送ることになってしまうのが問題でな」


国家予算規模では無いにしろ、小さな事でも無理矢理尾ひれはヒレ付けてから問題として取り上げる連中も居るんだろう。

ログストア国は特に……。そういう小さな事でも、回避できるならばしておきたいとハルベリア王が考えているのは分かる。


だからこそ、俺は交渉材料を持ってきた。


「では、国同士の取り引きではどうですか?」


「国同士か。それならば商売ではある故、問題はなかろう」


タダで金を渡すよりは問題は無い。というだけで、中立である俺がログストア国を贔屓する訳にはいかない。

だが、これに関しては受け身で大丈夫だと考えている。ハルベリア王は、レゴリア王とコニュア皇女ならば納得をしてくれると言った。だったら、今回の取り引きを二人に伝えれば、それとなく察して交渉をしてくるはずだ。自国の利益になる交渉を。


俺は、その交渉を拒否せずに受ければいい。もちろん横暴なモノを受けるきは無いが、交渉の場を用意する事はできる。

大国のみとしか同盟を結んでいないから、絶対にしなければならない交渉は大国だけ。中小国に対しては、拒否もできると考えて……大丈夫なはずだ。


「であれば、常峰君の国は我が国に何を売る」


「コレを売ります」


俺の考えを察しているハルベリア王は、俺が何を提示するか期待する面持ちで聞いてきた。それに応える様に、俺は懐に入れて持ってきていた物をテーブルに置いた。


それは短冊サイズで、魔法陣が三つ並んで書かれた特殊な紙。


ハルベリア王は、それを見た途端に目を見開いて俺に視線を戻す。どうやら見ただけで、コレが何か察したようだ。


「まさかコレは」


「ハルベリア王のご希望の品……隷属魔法を強制解除する道具です」


そう、これはハルベリア王が俺に頼んでいた品。

元々はハルベリア王に建国するにあたって、交換条件として提示してきた頼み事だ。俺はこれを今回売買という形でハルベリア王に渡すことにした。


本来の予定では、こっそり裏で渡す予定だったんだが、ログストア国がそういう物を持っているとバレた場合に起こるであろう問題を、金で解決する方法を俺は選んだ。


「本当に……いや、ここは常峰君を信用するべきだな」


「そうしてくれるとありがたいですね。

別にココに実験に協力してくれた魔物を呼んでもいいんですが、それはそれで問題でしょうから。


安全性は保証します。仮に失敗したとしても、隷属魔法が掛かっている方が危険になる事はありません」


「失敗する可能性があるのかね?」


「完成したコレで試して、今の所失敗はありません。

ただ、隷属魔法も発展を遂げている。今後、新しくなった隷属魔法にまで通用する保証ができないということです」


今後発展を一切しないのであれば、そういう心配もないんだが、研究されて新しい隷属魔法が出ない保証はない。その時に、これが通用するかも分からない。


新しい何かは、関連する何かを色々と掻き乱す存在になりかねないからな。警戒しておくに越したことはないはずだ。


「分かった。では、常峰君はコレを幾つ程用意できる?それに応じで値段を決めよう。

本来であれば、金銭でどうこう出来る内容では無いのだなが…。コレ一枚の価値は、計り知れないものだ」


そりゃそうだろう。

できなかった事ができる道具だ。喉から手が出る程に欲している者がどれほどいるか……。俺には想像できない。

できないが確かに居る。だからこそ、これの価値を俺は調整できる。


「実はですね、この魔道具……'隷解符(れいかいふ)'とでも名付けましょうか。

この隷解符、特殊な紙を使用していまして、それが安全性に関わっているんですよ」


「特殊な紙?」


「はい。魔力が込められている間、その込めた魔力以外の干渉を遮断するものでして」


「その様な紙が存在するのか?」


「作りました」


セバリアスが。


実はこの紙もセバリアス産なのである。


作る過程で、幾つかの魔法を使用しているらしく、結果として隷属魔法ぐらいであれば一時的に効果を遮断できる紙。

その紙に隷属魔法を解除する為のプロセスを順に発動する様に魔法陣を書き、魔力を込める事によって発動、紙自体に込められた魔法が同時に発動して、解除中は隷属魔法を一時的に無効化している。


と、セバリアス大先生が仰っていた。

俺は、言っている事は分かっているんだが、どの魔法を使っているとかは全く分からない。一応セバリアスが教えてはくれたが、ちんぷんかんぷんだった。


「つまり、量産は難しいと」


少し残念そうな顔で言うハルベリア王に、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。

打ち合わせなどはしていない。このやり取りも、誰かに聞かれていた場合を警戒してやっている茶番。

ハルベリア王も理解はしているのだろうが、量産が難しいと分かった時の顔は本物だろう。だからこそ失礼ながら笑みが浮かぶ。予想通りすぎて。


「ログストア国では難しいでしょうね。仮に、買ったモノを解析したとしても、紙の量産は無理でしょう」


「そうだな。試す事も難しい中、同じ安全性まで辿り着くのは難しいだろう」


「それにコレは、魔力を流せば誰でも使用できるように改良を重ねています。使用する魔力量の軽減まで考慮して」


セバリアス大先生の努力の結晶だ。

試作品一号は、発動して成功は出来たものの、笑っちまう程に魔力を使った。感覚的にはメニアルを法で抑えつけた時と同じぐらいの魔力。

おかげで俺は凄まじい眠気の中、書類整理をするハメになった。


セバリアス曰く、結構魔力を使う魔法を幾つも同時発動するので、一般的な人間が使えば魔力が無くなり昏倒。元々魔力が少ない者が使えば、最悪死ぬ可能性すらある一品だった。

流石にそれでは使い物にならないので、改良をセバリアスに頼むと……わりと簡単に形にしてくれたが、その際に言われたよ。


―我が王であれば容易く、問題がおきる事も無いでしょうが、人間が作るとなれば……一枚の生成に数人の死者は覚悟すべきかと―


軽くサラッと告げられた言葉に、俺は唖然とした。

俺の過大評価にも驚いたが、この紙の制作難易度の高さよ。

まぁ、何が言いたいかと言うと、この紙はログストア国には作れない。そうログストア国には……。


困った顔のハルベリア王に追撃と行こう。茶番だから、安心して強気でいける。


「ただ、当然俺達の国では量産が可能ですよ。

既に現物を五十枚は揃えてあります。まだ、魔法陣を書き込んではいませんが、この紙だけであれば五百枚分程」


「なんと!では、その五十枚をすぐに買い取りたい。

残りの五百枚分も今払う故、用意でき次第頂きたいのだが、どうかね?」


「即金を頂けるのは、本当に助かります」


これで金の用意はできそうだ。

二十七人が一月食事ありで泊まれる程の金となれば……そこそこの値段にはなると思う。これの価値をハルベリア王は理解しているだろうし、多少の色が付くと考えれば、破格ではありそうだが問題ないだろう。


「いや、こちらも良い取り引きだ。……常峰君、相談なのだが、その紙自体は売ってはくれないかね?」


「それは止めておきましょう。

隷解符を俺は取り引きしに来ました。価値をハッキリと提示できない俺ですが、それでも分かりますよ。

この紙に、隷解符以上の価値が存在している事ぐらい」


真面目な顔で言ってくるハルベリア王に、俺も真面目に返す。

流石に俺でも分かる。本来必要な魔力量を大幅に軽減できるこの紙は、隷解符という事で価値を下げている事ぐらい。


この紙、あまりにも汎用性が高すぎるんだ。

隷属魔法を解除する為のプロセスではなく、少し大規模な魔法の魔法陣を書き込んだとしても、この紙であれば少量の魔力で発動できる。それがどういう問題を引き起こすかも……分かっている。


もしログストア国にコレを売った場合は、俺はギナビア国とリュシオン国にもコレを売らないといけない。

金は欲しいが、別に俺は兵器を売りたい訳じゃないからな。

もちろん再利用できない様に小細工はしてある。上書き防止と、使えば解除後に砂の様に崩れて消える様に。

こういう道具を作ってしまった時点で、いつかはココまで到達するがろうが、それはいつかでいい。


まぁ、それはただの建前で……コレは、俺達の国の技術であってもらいたい。


「そうか。やはりダメか」


「はい」


ログストア国が使えば、隷解符の事は広まるだろう。その事で、どういうモノが使われているかも分かってきて、使っている紙にも気付くだろう。


誰でも高位の魔法が使える紙。そんな認識で。


十分に警戒に値する道具じゃないか。管理する場所が増えてしまうと、それ相応に目が届かなくなる瞬間が出てくる。

その時、この道具は便利だ。誰でも使える故に、誰が持っているかも分からず、俺はそれを量産できるんだからな。勝手に警戒してくれて、よからん事をしたくても……もしかしたら。と考えてしまうはず。

少なくとも、俺は考える。


俺はその'もしかしたら'を売る気はない。


ハルベリア王も、ダメ元で聞いてきたのだろう。粘る事も無く、すんなりと引き下がった。


「では、金を用意させよう。

小袋にある程度分けて渡したほうがいいかな?」


「お願いします。全て均等じゃ無くていいんで、最初に言った二十七人分だけは均等にしてくれれば」


「その様に手配しよう。

最初に提示していた目安を二十七人分用意し、残りは一つにまとめておこう」


「助かります」


さて、茶番商談は終わった。後は用意できるまで時間を潰して、受け取ったら皆に渡せばいいだろう。それまでどうすかだが……。


「そういえば、チーアが会いたがっていたぞ」


「ハハハ……では、用意ができるまでチーアに会ってきます」


「用意ができ次第、迎えをよこそう」


悩まずとも、時間は潰せそうだ。


-------------

----------


「我が王、お疲れのようですが……皆様が揃いになるまでお休みになられますか?」


「子供の体力量に圧倒されただけで、大丈夫だ。心配を掛けて悪いな。

それよりもラフィ、セバリアスはどうしてる」


「お父様は、我等が王のご指示に従い、ログストア国のハルベリアの元へ行っております。

現金を受け取り次第、すぐに戻ると思われます」


「そうか……」


ハルベリア王との商談が終わり、現金が用意できるまでチーアの相手をしていたのだが、そういえば隷解符は一枚しか持ってきていない事を思い出して、セバリアスに準備をする様にダンジョンの機能で連絡を取った。

ダンジョンと契約をしている者であれば、距離が離れていても連絡が取れる機能を使って。


扉はVIP待合室に繋ぎっぱなしだし、セバリアスも用意ができ次第持ってくると言っていたから、続けてチーアと遊んでいたのだが……先に俺の体力が尽きた。

パワフル幼女は、まだまだ遊びたそうだったが、また今度と約束をして開放してもらい、ハルベリア王にセバリアスが持ってくるから金はセバリアスへ。という事も伝え、一足先に我が家であるダンジョンの城へと戻る事にした。


そして今は、形だけ用意した玉座に座り、クラスメイト達が集まるのを待っている。要望に応えて用意した家具や小物を使って、模様替え中のクラスメイト達を。


……。……。




「――王よ。我が王よ」


「んぉ」


「おはようございます。皆様がお待ちです」


「おぉ……寝てしまってたか」


いつの間にか寝てしまっていた様で、名前を呼ばれた事で沈んでいた意識が戻ってきた。

少しボヤケている視界のピントが合い始めると、聞こえていた音がクラスメイト達の会話の声だと理解でき始める。


「どれ位寝ていた」


「十分程です。その間にお父様が戻りまして、ハルベリアから受け取った金銭の確認をしています」


「マジか。まったく気付かなかった」


「お休みの所を起こしてしまうのは申し訳ない。と独断しての行動です」


「ハハハ。気を使わせたな」


視線の先には、幾つもテーブルが並び、上には大量食事が用意されている。クラスメイト達はその周りに集まり、同じ様にダンジョンのメイドや執事達も集まっているのが分かった。


せっかくだから送迎会の様なモノがしたくて、これも俺がセバリアスに頼んでいた事だ。

まだ身体を動かす気になれず、その様子を見ていると、一人姿が見えない事に気付く。


「ん?リピアさんの姿が見えないが」


「リピアは、お父様の手伝いをしております」


「なるほど」


当然この場にリピアさんも呼んでいたんだが、どうやら今はセバリアスの手伝いをしているらしい。


リピアさんは、ダンジョンに来てからはラフィの部下として働いている。

本人のセンスの良さと、元々潜入とは言え、一年程メイドをやっていた事もあってか、ダンジョンメイド達からの評価はかなり高めのリピアさん。


もちろん、ラフィ達にはラフィ達のやり方もあるらしく、今はまだ研修期間の様なもので、俺もそんなにリピアさんと話す機会は無い。

だが、話す機会があったときに聞いたが、ここの暮らしは気に入っていますし幸せだと礼を言われた。


本音か世辞かは分からなかった。それでも、まぁ…悪い気はしない。

見間違いかもしれないが、表情も初めて見た時よりは柔らかくなっていた気もしたし。リピアさんがそう思ってもらえているなら、それはラフィ達のおかげだ。


思考の海に浸り、そのまま二度寝をしてしまいそうになったが、玉座の隣に立つラフィの少し後ろに、移動用の扉が現れた事に気付く。


俺が今出した訳じゃない。これは、移動用として常時設置してある扉を誰かが使い、この場に繋いだんだろう。

まぁ、ダンジョンの機能である以上、使われたことも、誰が使ったかも俺は分かる。


「お待たせ致しました我が王。金銭の確認が終わりました。

ログストア国の通貨にて金貨百枚が二十七、別に金貨二千三百枚、計金貨五千枚と隷解符を売買してまいりました」


扉を開け出てきたセバリアスは、俺に一礼をして報告をする。少し遅れて、小分けにした袋を乗せた台車を押すリピアさんが出てくる。


金貨五千枚ねぇ……。やっぱり価値が分からない。

情報収集不足だな。通貨が硬貨である事は知っていた。紙幣の存在も過去にあったらしいが、戦時の際に燃えてなくなる事が多く、硬貨に落ち着いているらしい。

ただ、嘗て使っていたモノなので現在でもまったく存在していない訳ではなく、リュシオン国であれば紙幣の使用、もしくは現在通貨への両替もできる。


まぁ、歴史遺産みたいな扱いになっている紙幣で払われるとは、当然俺も考えて居なかったが……こう、小銭とお札が馴染み深い分、紙幣も絡んでくれたほうが理解できたのかもしれないな。


「セバリアス、この取り引きをどう思う」


「私的意見になりますが、よろしいですか?」


「頼むよ」


「かしこまりました。

では、私的意見ではありますが言わせて頂きますと、少々損をしたかと」


「俺達がか?」


「はい。

私もログストア国の通貨を見たのは初めてですが、おそらくはギナビア国やリュシオン国の通貨と大差は無い価値と考えた場合、今回我等が王がお売りしたモノの価値とは釣り合いが取れてはいないかと考えます」


悩み、少し困った様子で答えるセバリアスを見て、俺は思い出した。


あぁそうか。セバリアス達は、ログストア国ができる前に先代の王を亡くしたんだったな。

ずっとダンジョンコア内に居たんだから、俺と同じ様に正確には分からないのか。となれば、聞く相手として一番なのは……。


俺が視線を向けると、リピアさんは察して来れたようで、頭を一度下げた後に一歩前にでて、セバリアスと代わる様に説明をしてくれた。


「僭越ながらご説明をさせて頂きます。

今回の取り引きは、損得だけを考えるのであれば大損です」


「断言できるのか」


「断言できます。

現在、金貨三枚がログストア国での月の平均給金となります。そして、銀貨や銅貨を含む支払いは避けた様なので、差額は多少出ますが、今回の売買では隷解符は一枚あたり約金貨九枚。


違法、合法を抜きに、普通に考えた場合ですが、三ヶ月分のお金で奴隷購入は破格……不可能だと考えて頂いて構いません。

違法奴隷であれば様々な理由により金貨一枚であったりはしますが……ピンキリですので、金貨千枚を超える者も居ると聞きます。


それに、犯罪を犯し、罰として労働奴隷に落とされた身でも、給金は与えられます。給金は一年で金貨三枚に満たない程ですが、環境はどうであれ衣食住の保証を考えれば、総合して金貨三十枚は最低目安としていいでしょう。


加えて言わせて頂きますと、常峰様やセバリアス様達は隷解符の価値を見誤っています」


ほぉ…。俺は分かるが、セバリアス達もか。

金貨の価値と言うよりは、隷解符の価値を誤認していると……。


俺は、返事をせずにリピアさんの言葉を待つ事にする。

セバリアスも興味深そうに、ラフィに関してはリピアさんの言い方が気に食わないのか、かなり不機嫌そうな顔をしているが、俺とセバリアスが何も言わないから我慢して黙っているようだ。


「現在の隷属魔法は、契約者以外の介入と解除は不可能。ですが、隷解符があれば可能になってしまった。

これは、違法奴隷開放のみに目を向ければ良い事ではありますが、逆に奴隷略奪が可能になった事も示します」


なるほど、譲渡以外で他所様の奴隷を奪える様にもなってしまったのか。

違法奴隷商からすれば、厄介な魔道具であると同時に、手に入れば金稼ぎにも使える一品であるわけだな。

売った相手から、また権限を剥奪できるわけだしな。


「今はハルベリア王しか存在を知らないとはいえ、使用すれば情報が漏れるでしょう。そうなれば、その価値を理解する者も多くでてくるはずです。けして、金貨九枚程度の価値では無いと断言できます。


セバリアス様に見せていただきましたが、その使用のしやすさと安全性まで考慮すれば……一枚で金貨百枚でも安いかと」


確か調べた記憶だと、銅貨百枚で銀貨一枚分だったか。同じ様に銀貨百枚で金貨一枚分。

これは、日本円で考えようとすると相当頭がこんがらがるな。価値観が違いすぎる。

物価が同じじゃない時点で、そういう考えは捨てるべきか。そもそも三種類しか一般硬貨が存在していなんだし……分からんのも当然か。


まぁ、リピアさんのおかげで、隷解符の目安は大体分かった。それを踏まえると、十分の一に満たない価格で売った俺は、ハルベリア王に相当ぼったくられた事になるわけだが。

損得以外を考えると……話は変わるな。


「リピアさん…今回俺が売った数を考えずに、金貨五千枚の取り引きはどう見える」


「大きな商談であると見えます。

金貨五千枚が大金である事には違いありません」


つまり、援助金としてはかなりの金が動いたか。

茶番を聞いていれば俺が大損をした商談だが、何も知らなければログストア国が金銭面援助として金貨五千枚という大金を俺に流した。

無償ではおかしい大金だから、対価として俺は当然何かを渡したんだろうと考える。考えられなくてもそう言えばいい。


そして、既にログストア国には五百五十枚の隷解符が存在しているが、それを今回の商談で買ったとは知られていない。

幾らでどれだけ買ったかなんて、書面では残していない。


元々は協力のお礼として五十枚程度は渡す予定だったモノが、こうして現金に変わったと考えると俺は得をしたし、他所の国への体裁も保てているはず。

ハルベリア王の方も、本来であれば高額取引予定のモノを破格で大量に購入できた。


つまりはwin-winだ。誰がなんと言おうと、当事者は納得をした取引だ。

まぁ、次に売る時は面倒事の有無を抜きにして、相応の価格を提示しよう。


「助かった。金銭感覚が少し調整できたし、金貨百枚が大金だと言うことも分かった。

今後そこは慣れていくとして、今はセバリアスもラフィも、もちろんリピアさんも、パーティーを楽しもう」


頭を使ったことで、ある程度目が覚めた俺は、玉座から腰を上げて立ち上がる。


俺が起きたことには気付いていたようだが、セバリアスと話していた為に声が掛けづらかったんだろう。

チラチラと安藤とかが様子を見ていた事には気付いていた。これ以上待たせると、せっかくの送別会が楽しめない。現に、俺が立ち上がっただけで、メイドと執事は口を閉じて俺に身体を向けるし、それに合わせて、皆も俺に注目して静かになってしまった。


さて、そろそろ俺も、こういうのに慣れ始めたぞ。


皆の近くへ行こうと俺が足を進めると、セバリアス達は俺の後に続き、前からはグラスを乗せたトレーを片手にシーキーが近付いてくる。


俺がシーキーの持つトレーからグラスを受け取ると、ノリのいいクラスメイト達は、空だったら中を足し、持っていなかったら近場のメイド達からグラスを受け取り、軽く前に掲げて待っている。


「セバリアス」


「よろしいのですか?」


「もちろんだ」


皆より一段高い場所で足を止めた俺が名前を呼ぶと、全て伝える前に察したセバリアスが、メイドや執事達の分のグラスを用意し始めた。

セバリアスの行動に気付いた者達は、自分の分は自分で用意し始めた事で、すぐに全員にグラスは行き渡る。それを確認した俺は、雰囲気を大切に口弁でも垂れる事にした。


「さて、異世界に来るなんて、普通に考えても居なかった訳だが……こっちに来てから僅か一月(ひとつき)で色々とあった。

元の世界でも新しい環境に移る事は普通にあるが、まさか世界ごと新環境になるなんてな。


まぁ……そんな中でも皆は頑張った。そして、訓練を終えた皆はこれから自由行動になる。また色々と新しい事もあれば、面倒事もあるわけだ。


元の世界に比べれば安全性なんて皆無に近い。突発的な死がゴロゴロしている。自由にできる事が増えたのには違いないが、とりあえずと身を任せられるレールが少なくなったのも確かだ。

こっちに来て一月で俺が思ったのは、良くも悪くも、その瞬間に実感して認識できる転機である事には違いない。そう思った。


ここまでは運が良かっただけで、今後は分かったもんじゃない。元の世界でも同じと言えば同じなんだけどな、それでも苦労の先の結果が少しでも分かるだけ、向こう方が楽かもしれない。

そんな事を最近少し考える。ま、それでも俺は残る決意をしたんだがな。


自分語りになってしまった。

そうだな、何が言いたいかと言うと、帰りたいならそれでいい、帰りたくないならそれもいい。

どっちにしろ、今は良い経験をしている事には違いないんだ。あんまり気難しく考えて、自分を追い込みすぎるなよって……多分、俺は言いたいんだと思う。


うん、ちょっとまとめて無いから、自分でも上手く言えん」


本当に何が言いたいのか、自分でも分からなくなってしまった。

つか、そもそもこうじゃないわ。今日は送別会なんだから、俺はパーッとしたい。


「やめだ。やめ。

小難しい話しをしても仕方がない。


これから皆は自由行動だ。ただ、こうして一緒に騒げる相手が居る。頼れる奴等がこんなに居る。それを覚えておいて欲しい。

これは、セバリアスやラフィ達も同じ事だ。存分に頼るから、頼ってくれ。


そして今は、面倒やら何やらを忘れて、ぱーっとやろう」


驚いたり呆れたり、嬉しそうだったり泣きそうだったりと表情は様々だが、俺は気にせずグラスを高く掲げて言った。


「はい、これからもよろしくぅ。かんぱーい!!!」


「「「「「かんぱーい!!」」」」」


返ってきた声を聞きながら、グラスに入っていた飲み物を一気に飲み干すと、いたる所からグラスが打ち合う音や喋り声が聞こえ始める。


飲み干したグラスを片手にその様子を見ると、メイドや執事達も皆と一緒になって話したり食べたりをしているのが見えた。


うん、俺にしては上出来だろう。


そう思いながら、俺も書類やらを頭の隅から蹴り出して、騒音の中に混ざる事にした。

やっと各自行動ですねぇ。

やりたい展開が溜まっているので、どんどん行きたいですね。



ブクマ、ありがとうございます!

嬉しい事を上手く表現できません。

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