交錯と考察
意識の覚醒を待ってからゆっくりと目を開けた。
視界にはシミひとつ無く、彫るに面倒であっただろう模様が刻まれた天井が…。
「知らない布団だ…」
天井の模様よりも先に感じた事が口に出た。
俺の体を包む布団は、いつもの少し潰れたモノではなく、ふわりと柔らかくも心地良重さの掛け布団に、自身の体重で沈んだ俺を優しく包み込みつつも主人を考えてかスッと支える様に反発するベッド。
やべぇ…これは二度寝をしろと俺の全神経が囁いて導いている。むしろ、二度寝をしない方が布団に失礼だわ。
その俺の直感と願望を偽ること無く、俺はもう一度目を閉じようとした。だが、それは叶わなかった。
「気分はどうだ?」
「素晴らしい快眠ができたから二度寝に赴く。止めてくれるな我が友よ」
「悪いな。それはできない相談だ。我が友よ」
今年に入ってから聞き慣れた声。
俺の固い決意を簡単に却下してくるのは、少し窶れた様子の安藤だ。
「なんか、お疲れだな安藤。睡眠が足りて無いんじゃないか?」
「……無性に殴りたい衝動に駆られたんだがどうしたら良い」
「拳を振り上げず、胸に当て、目を閉じてゆっくりと深呼吸をしてみろ…するとどうだ…どうもならんだろう?」
「殴らせろ」
「寝かせてくれ」
俺の深夜テンションならぬ寝起きテンションに付き合ってくれる安藤は、ぎこちない笑みで拳だけを掲げていた。
短い付き合いではあるが、安藤はいい友達だと素直に思える。
思春期特有の簡単に言える親友ではなく、これからも長く付き合っていけると思える程には…いや、コレも高校生特有のものなのかもしれないけどな。
それでも、まぁ…俺が睡魔を少しだけ押し殺して程度には、会話ができる数少ない友達だ。
そんな安藤が何やら俺に話があるらしい。
安藤は拳を震わせながらも抑えて、制服のポケットから一冊のメモ帳を取り出した。
「はぁ…とりあえず常峰、先に何か聞きたい事はあるか?」
「多分安藤が話してくれる中に、聞きたい事も含まれてそうだから聞いてからでもいいが…そうだな、俺が寝落ちしてからどれぐらい時間が経ったか分かるか?」
「正確じゃないが、大体六時間だ」
なるほど…本来ならまだまだ寝たい所なのに、不思議と体の怠けは無い。あの不自然な抗えない眠気が原因かもしれないな。
やっぱりそれでも、もう一眠り!と行きたい所だが…六時間もあれば何かしらの進展があったのだろう。
安藤の話しは、その内容か…。
「もう一つ、クラスメイトは?」
「その事を話すついでに、色々と話す。いいか?」
「頼むわ」
「寝るなよ」
「善処する」
疑惑の視線を向けてくる安藤に、俺の誠意を見せるため上半身を起こして座り、話を聞く体勢を取った。
それを確認してから、安藤はやっとこ話をし始めた。
「まず、お前が寝落ちしてからだが、王の指示でクラスメイト全員が自分のユニークスキルを確認した。
常峰も'スキルフォルダ'と唱ええれば自分のユニークスキルを確認できると思う」
「'スキルフォルダ'」
確かに安藤が言ったように唱えると、手元に半透明な紙が現れた。
------------------
常峰 夜継
性別 男
所持スキル
ユニーク:眠王
EX:念話
------------------
眠りの王ねぇ…。眠る王か?まぁ、どっちでもいい。どっちにしろ実に俺らしい名前のユニークスキルなこって。
「聞きたい事は最後に聞く。
とりあえず、話を続けてくれ」
とりあえず、半透明な紙から視線を外して、俺が自分のスキルを確認していることを察してか、話を止めていた安藤に言う。
今の時点で聞きたい事はあるが、急ぎでもないしな。
俺の言葉に頷いた安藤は、メモ帳を開きなら話を続けた。
「皆が確認した辺りで、王は'勇者'のユニークスキル持ちが居ればと言って、新道と市羽がそうだった。
ちなみに俺は'筋肉騎士'だ。
それで、勇者のスキル持ちと俺と東郷先生だけで王達から話を聞くとして、クラスメイト達はひとまず休憩を取らせて貰った」
なるほど。つまりは、王達は俺等がユニークスキルを持っている事を知っていたのか。
そしてお決まりの様な'勇者'のユニークスキルを探していたと…。なるほどねぇ、召喚された時に聞こえた'一段落'の意味はそういう事かな?
最悪、勇者が居ない場合がある。が、召喚はできて一段落。あの光が言う分では、ユニークスキルはそれだけで他より一線を画する程に強力ではある。みたいな言い方をしていたしな。
だが、いざ蓋を開ければ、求めていた'勇者'が二人も居たとなれば、王とやらはウッキウキだっただろう。
俺は、安藤からの情報で考察を続けながら話を聞く。
「そこからの話だが…クラスメイトは王が用意してくれた部屋で待機。
さっき言ったメンツで王の話を聞いた。
だが、これまた色々と問題があって…どう話せばいいか…」
「ん?そんなややこしいのか」
安藤は、持っているメモ帳をめくって頭を抱え、一度大きく息を吐くとメモ帳の数枚を千切って近くの机の上に並べ始めた。
「王の話自体は簡単…というか、岸達が予想していた内容と近いものだった」
並べた内の一枚を俺の方へとずらす。
そこには、'五体の魔王討伐及び魔神の討伐'とシンプルに一行で書かれている。
岸か…確かに岸達のグループならこの辺りは読み漁っている本の内容と酷似していただろうし、安藤が近くで話も聞いてたみたいだからな。
現に、俺も岸達が勧めてくれた本である程度は予想できていた。…魔王が五体も居るとは思わなかったが。
「んで、ここからが面倒なんだ。
その話し合いには、王の娘のリーファ姫の他に、この国の大臣数名とその側近が居たんだが…。その一人が持ち出したのがこれ」
そう言って、王の内容が書かれた紙とは別の紙を俺の前にずらし出した。
'隣国の戦力状況と対策、牽制'
「うわ…」
思わず声が漏れた。安藤も聞いた時に俺と似たような事を考えたんだろう…隣で今も頭を抱えている。
「俺達が召喚された国、ログストア国の他に軍事国家が一つ、宗教集団の国が一つの三つが大国と呼ばれて、中小国家が各大国の傘下の元にあるらしい…。
関係は至って不仲。
いつでも戦争できますよってぐらいにはピリピリとしているらしい。今は、魔神っていう共通の敵が居るからこそ表面上協力関係ではあるみたいだけどな…。
んで、これの一番の問題が…その軍事国家が俺等が召喚される数日前ぐらいに国境沿いの関所にちょっかいを出したらしい。
そしてそれを…王が知らなかったんだ…」
協力関係って…本当に薄っぺらそうだな。
いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃないわ。いや、つか、それを王が知らなかったってどういう事だ。
「王にいらん心配を掛けないようにと大臣の計らいだったらしいが…」
「勇者召喚の時に話題に出したということは、召喚が成功した場合は初めからそうする予定だったんだろうなぁ。
国の危機とやらで俺達の同情を誘って戦力として加える。名目上は他国と協力して魔神とやらを倒す事だが…大臣の考えでは、魔神とやりあう際に自分の国の戦力を見せつける。もしくは、その前に俺達をお披露目して牽制…あわよくば、そのまま傘下にとかか?」
「そこまでは分からない。
話が飛躍しすぎてると言われればそれまでだし…この話に関しては、王が何故教えなかったと激怒して、それどころじゃなくなったしな」
そりゃそうか。
さっきから言っている王が、あの重圧感満載なおっさんだとすれば…胃に穴が開くわ。
それに、雰囲気だけだが…THE・愚王な感じもしなかったんだが雰囲気だけのハリボテ王なのか…はたまた…。
どちらにしろ、隠していたと言う事は…あーやばい、くっそ面倒な話が予想できるぞ。
「武力として政治的道具として…随分と召喚された俺達には利用価値がありそうだな。完全に高校生がどうこうする領域は、かるーく越えてるわけだ」
「魔神と戦って世界を救うって言うのも、普通の高校生がどうにかできる領域では無いと思うけどな」
「世界を救うというよりは、負けそうな人間達をって感じだけどな。魔神が世界征服したとして、世界を破壊はせんだろう。
やっとこさ征服したのに勿体無い。それに、空想で良くあることでも、現実でこうやって巻き込まれたら普通の高校生ではもう無いだろ」
「確かにその通りだ。
あ、そういやこの世界には獣人やらエルフやら色々な種族が居るらしいぞ?」
「なるほどファンタジー」
魔神と戦うなら、どこかで見る機会はあろうだろう。と思いつつ、安藤が並べた最後の紙を手に取って目を通した。
「政治的関連は、まだ俺達には情報が圧倒的に足りていないし、下手に動いて今ログストア国と敵対関係なんかはもってのほかだ。
だからと後手に回りすぎて、取り返しがつかない所までいくわけにもいかん…ある程度は俺達が利用できる。俺達には協力する意思があると見せておいて、俺達が動ける立ち位置を確保しないといけないなぁ」
「立ち位置か」
「まだ高校生で、大人からはガキと言われるが…義務教育は抜けて、おんぶに抱っこな糞ガキで良い理由は無いからな。
子供以上大人未満。結果に、多少なり責任がもう問われるもんだ。ましてや世界が違えば…本当に取り返しがつかない場合があってもおかしくない」
安藤と話しながら手に取った紙の内容を読み終えた。
書かれていたのは、今後の予定。
初めに模擬戦をやって、訓練を行い、ある程度慣らし終えたら実戦訓練。
なんとも…。
戦うばかりで座学みたいなのが無いじゃないか!自前で調べるとしたら…これじゃ、俺は睡眠不足だ。
「そういや、お前のスキルって何だったんだ?」
今後の動きをどうするか考えていると、安藤が暇そうに手元を見ながら聞いてくる。
「眠王だ」
「民の王か?」
「眠る王だ」
「…お前らしい」
「筋肉騎士も似合ってるぞ」
中々に筋肉質な体と、俺より高めの身長。うん、似合ってるぞ筋肉騎士。
安藤が自分の体を触り、そうか?と首を傾げていると、部屋の扉がノックされ扉越しに声がした。
「安藤様、お食事のご用意ができました。
皆様も既にお待ちです」
「安藤…様?」
「分かった」
安藤は俺を無視して、その声に返事した。
様ってお前…えぇ…。
「言いたい事は分かる。
だが、お前も出れば分かる」
何やら頭を抱えている安藤と一緒に、部屋を出るとそこには…なんとも容姿の整ったメイドさんが二人。
その二人は俺達の姿を見ると、洗練された動きで一礼をする。
「おはようございます常峰様」
「…なにこれ」
メイドさんの内一人が、俺を様付けで呼ぶ。
そのもぞがゆさと、慣れない違和感に安藤へ説明を求めた。
「クラスメイト一人一人に専属でメイドを付けてくれたそうだ」
「随分と太っ腹な待遇だな。……ん?」
初めて見る本物メイドさんを観察していると、一瞬だけピリッと電気が走ったような感覚がした。
何気なく周りを見渡しても特に何も無い。いや、一礼から姿勢を正していた俺の名前を呼んだ方のメイドさんが、少しだけ驚いた表情を一瞬浮かべたぐらいか。
見間違いならいいんだが…そうじゃなかったら、一体俺に何をして、何に驚いたのやら。