そうして王は少しだけ眠るのを我慢する 後
「おぉ、冷えても美味いな」
式の後は適当に交流を済ませ、自室に戻り、気がつけば寝落ちをしていて、時計を見れば祭りの一日目も終わりが近い。
俺は俺で昼間に屋台で買い漁った食べ物をつまみながら、起きたら増えていた書類の整理を終えていた。
「明日はレゴリア王、最終日にハルベリア王が顔見せに来るとか言っていたか」
三日間という枠を使った眠王際は、追悼式の面もあるが、各貴族やら商人やらの交流の場の面も強い。
なんだかんだで各国から人が集まり、俺にも鬱陶しい程の招待状やらなんやらが大量に届く。
本当に逞しいというかなんというか。毎年毎年、この手紙の量には慣れないな。
「夜継君? 私を呼んだようだけど、珍しいわね」
「あぁ、来たか。読んで欲しい手紙が来ててな。なんか飲み物でも用意させよう」
「持参してきてるわ。食べ物は、少し貰っていいでしょう?」
「ある分でよければ勝手に食ってくれ」
燈花に手紙を渡すと、食べようと思っていた串焼きも横から伸びた手に持っていかれた。
まぁ……いいんだけどさ。
「新道君も働き者ね。夜継君や福神さんの予想を大幅に越えてきて……参考までに教えて頂戴。どういう風に言って福神さんを納得させたのか。そして本当はどう思っていたのか」
答え合わせをするための問いかけ。
未だに燈花の思考回路が分からんな。
どういう思考回路してたら、どこまで理解できて把握して何を疑問に思うのか。付き合いが長くなってそれなりに見てきたつもりだが……今でも俺を驚かせてくれる。
「俺は十年。福神さんとは生涯に一つか二つ程度でと話していた。新道には、普通に生活をしていて偶然見つけたら程度でいいと言っていたんだがな」
「それが四年で……大したものね。夜継君は、これにどう応えてあげるのかしら」
「福神さん次第ではあるが、とりあえず明後日に軽くまとめておこうとは思っている」
「そう。優しいのね」
クスクスと笑う燈花は、また俺が取ろうとした串焼きを持っていく。
いや、うんまぁ、いいんだけどさ。その串焼き、さっきと違って一本しか買ってないんだよ。一口でいいんだけどね。流石に……ね。
中途半端に伸びかけた手が虚しい。
一本だけ買ったのはミスだったかもな。
「この事は、他の皆にも伝えるのかしら?」
「せっかくの事なのに、俺等だけで決めたら何言われるか分からん。さっき岸から連絡があって、明日にはこっちに到着するらしい」
虚しさ残る手を少し上げれば、手の上にスーッと姿を表す魔物が一匹。
岸の使い魔であるミストスパイダーことミスト君。
「珍しいわね」
「冒険者として世界飛び回ってるからな。二年ぐらい顔を見てないが、たまにこうして連絡はしてくるんだ。今は以前お世話になった'消えない篝火'ってチームと共同で新天地開拓に勤しんでらしい」
「それでいて戻ってくるの?」
「ギルドを通してモールさんに呼び出されたらしい。大方、新天地の新型魔物でも岸がひっ捕まえて、その話を耳にしたんだろう」
「岸君達も大変ね」
「戻る手段があるのを把握されてるからな。情報はコルガさんやテトリアさんからすぐに入ってくるだろうし。まぁ、そんな感じだから、皆傘や彩にも明日来る様に手紙を出してるよ。皆傘には篠崎と十島を連れてくるように加えてな」
俺の言葉に納得したのか、燈花は軽い返事をするとお見終えた手紙は机の上に置き、今度は俺が読み終えて積んでいた挨拶の手紙を数枚手に取り。目を走らせはじめる。
あぁ、眠いな。文字の読みすぎでより眠く……ん? これは……。
俺もつまみを片手に手紙を消化していくと、見覚えのある名前に目が留まった。
リーカとマルセロ。
彩の所で見習い兵として日々研鑽を積んでいるという話を聞いてはいたが、連名とは言えこうやって本人達から手紙を出してくるのは初めてだな。
その内容は軽い挨拶から始まり、今はどんな状況でどんな事をしているか。鍛えられる機会をくれた感謝の言葉。そしてまだ納得できるほど強くなれていないという事。
強さねぇ……仇討ちがどうのだったか。
ヴァロア襲撃の大方の予想はできている。当然犯人にも見当はつけてはいるが、表立っては偶発的に発生した集団暴走という事で正史には記されるだろう。
実際は、岸にやたら懐いている'パティとニカ'という二人組が犯人でほぼ間違いない。
アーコミアが扱いやすい様にしていたのかは知らないが、知識に偏りが多く、現在ではエマスが教育をしているところだ。
ガゴウが岸と共に連れ込んだ報告を聞いた時、普通に処理する事も考えていたのだが、岸と橋倉による強い希望を汲んだ結果そうなったんだっけか。
どうするのが適切なのかね。
しらを切り続けるのは簡単だが、約束した以上はリーカとマルセロには真相を教えるつもりではある。だけどなぁ……正直に言ってマルセロ達がパティ・ニカと戦って勝てる日がいつになるかも分からん。
幼くてもパティニカは三魔公だった。マルセロ達との差は、死ぬ覚悟で特攻した程度で埋まるものでもない。
はぁ……彩とエマスから互いの状況を詳しく聞いて、様子次第では今のタイミングで会わせてみるのもありか。なんにせよ独断で決めないほうが良いな。要相談。
「あら、メニアルからも手紙が来てるのね」
「あの裏切りを正当化させるために、爵位を与えたからな。レストゥフルの数少ない貴族様の一人として、意外と社交的だぞ」
「数少ないどころか、漆さんとペニュサさんとメニアルで三人しかいないものね。それも公爵のみ」
「去年の今頃、色々考えて白玉さんとか、エルフのネルラスさんとかにも提案したんだけどな。堅苦しい権力なんていらんと突っぱねられた」
「よく考えなくてもレストゥフルで爵位なんて面倒事でしかないものね。王族である夜継君への窓口にしかならないもの」
「王族て……いや、うんまぁ、結果的に王族になんだけどさ」
お前だって爵位断った側じゃん……なんて言えず、言葉を飲み込むために口に水を流し込む。
レストゥフルで貴族を増やそうと思えば、爵位を欲しがる連中はそれなりに居る。いや、普通に多い。しかし、大なり小なり権力を与える事になるのだから、俺だって人が欲しくても人を選ぶ。
まぁ、俺の事を考え、情報を集め、国民の事を考えて悩み選んだ末に断られてるんだけどな。
もっと強制的にしてしまえばいいだけなのだろうが、そこまでしなくても形になってしまってるから下手に言えない俺が居るわけで。
メニアルに爵位を与えるのですら、反感の対処を考えるよりもメニアルを説得するほうが苦労した。あの時だけかもしれない、ジレルと結託できたのは。
俺が国を長期間空けるわけにも行かないし、でも臨時とはいえ神の城をどうにかしないといけないし、かと言ってレストゥフル国の上空に移動させるのは邪魔だし。
だから俺が健在の間は、俺の所有物兼レストゥフル国領地としての運用をハルベリア王に取り付け、更になんとか色々理由を並べて、俺とジレルの二人がかりによる説得でやっと神の城改め'移動都市シルクロード'の領主として納得させたぐらいだ。
俺の中じゃ、もっとこう、嬉しそうに肩に剣をちょんちょんってされるのかと思っていたんだけどな。
ペニュサさんぐらいだったな。しっかり雰囲気に沿ってくれたの。
「貴族になるのってそんなに嫌か」
「必要性がないもの。少なくともレストゥフル国ではね」
「金はそれなりに入ってくるぞ」
「夜継君はそれで貴族になる?」
「ならん」
「夜継君と同じだと思うわよ? 貴方が貴族にしたがる人達は」
今後必要であろう後継者育成のことを考えると胃が痛くなるな。
最初は俺の代で終わらせる事も考えていたが、流石にもうそんな事はできない。
建国から日は浅く、言ってしまえば異界の者の威光のみの国。まだまだ苦しい面も多いと言うのに、それでも国民達は差はあれど俺を王と慕い仰ぐ。
国を捨てるなんて事を考えるのは、もう遅い。
愛着も情もわきすぎた。国民のためと考えるのが疲れはするが、苦ではなくなってしまった。
「んー……良き王とはなんぞや」
「唐突ね。でもそうね……どれだけ思慮深く行動しようとも、良き王を決めるのは大衆の声と記される歴史よ。今の夜継君ができるのは、良き王であろうとすること。そうであろうと在り続けるのであれば、暗君、暴君、愚王、世界がなんと評価しようとも私は良き王であったと評価し続けるわ」
「そうかい」
「ふふっ」
燈花の意味深な笑いはスルーだ。
この笑いに言及しても、どうせ追い打ちくらって俺が言葉を無くすだけ。何度もやられたんだから、流石の俺でも学ぶさ。
こういう時には、話を切り替えるに限る。
「そういえば、最近チーアが冒険者に憧れてるらしい」
「この前ログストアに足を運んだ時、ウィニさんにも似たような事を相談されたわ。なんでも冒険者は自由だから、夜継君に何時でも会いにいけるから。だそうよ」
「俺のせいなのか」
「元々懐かれていたじゃない。それにあの子を助ける時に、ターニアと二代目はダンジョンコアの構造を利用したそうよ。二人の言葉を借りれば、あの子の核はここのコアの子のようなもの。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないわね」
ターニアとは長らく会っていないが、確かに二代目がそんな事を言っていた気がする。
鍵を元にしていた頃より外見的成長もするだろうし、ダンジョンの魔力を利用した分もあるからか、シェイドやケノンが妹の様にチーアを愛でている所も見かけた事がある。
そうか……最近チーアと会う機会はめっきり減っていたけど、その代わりと言っていいのか、わざわざ二通に分けられて届くハルベリア王からの手紙。その片方がプライベート報告で文面に若干の棘があった理由はそれか。
「多分、明後日にハルベリア王と一緒に来るだろう。その時に少し時間を取るかな」
「きっとチーアも喜ぶと思うわ」
「……なんか、チーアに優しいな。子供は苦手じゃなかったか?」
「母性でも生まれたのかしらね。足を運ぶたびにあの子の成長を見ていると、私も不思議と嬉しいのよ」
燈花も自分の変化に戸惑っているのか、らしからぬ苦笑いを浮かべている。
ただそれが嫌というわけでもないんだろう。どちらかと言えば照れくささなのか……俺の知らない一面だ。
物珍しさに、屋台の品を食べる燈花を見ていると、ノックの音が部屋に響いた。
返事をすると、書類の束を持ったレーヴィが入ってきて頭を下げる。
「お取り込み中に申し訳ありません」
「いや、別に問題ない。どうした?」
「至急対応して欲しいという案件を持ってまいりました」
「急ぎか」
レーヴィから書類を受け取り目を通すと、ニャニャム、フラセオ、ラデアからの頼み事が書かれている。
ニャニャムからは、遠征訓練申請? 至急って言ってもなんで今……あぁ、なるほど。
これはニャニャムからと言うよりは、部下育成とか言って張り切っている三代目からだな。正式に軍部を設立してから三代目に教官を任せ、本人の要望でニャニャムを補佐に配属したのはいいが、三代目も自分で申請書ぐらい書けばいいのに。
「明々後日まででいい。ニャニャムに遠征に必要な物の数字を上げさせておいてくれ」
「かしこまりました」
さて次はフラセオ。
高魔力密度地域の要望か。一年に一回ぐらい頼まれるが、今回は少し時期が早い気がするな。
「もしかして、フラセオじゃないのか」
「はい。保護したフラウエースの一人が誕生期を迎えたそうです」
「なるほど」
どうやらフラセオ以外のフラウエースも落ち着いてきたらしい。
現在、レストゥフルに居るフラウエースは全部で五人。アーコミアが捕まえていた三人と、フラセオ……そしてフラセオの子が一人。この調子だと、もしかしたら徐々に増えるかもしれないか。
未だにしっかりと分かってはいないが、フラセオ曰く、フラウエースの繁殖は個で行われるらしく、最も重要なのが精神状態らしい。
いや、繁殖と言っていいのかも分からんな。本人たちが言うには、自分を分裂させるみたいな感じに近いとか言っていた。レーヴィ達は誕生期って言ってるし、やっぱりちょっと違うのかもしれん。
後は魔力の密度と環境が必要らしく、ここ住むという事に慣れるって意味合いもあって毎年要求があってから環境を用意していたが……。
「フラセオの居る階層に高密度魔力地域を常設するから、いつもの場所でいいのか確認を取っておいてくれ」
「今後、個体数が増えた場合は?」
「あー……居住が欲しい時は言ってくれればいい。ただある程度人数が増えたら、今後を考えて通貨の取り扱いとか一般的な生活をしていく上で必要な教育していく方針を提案しといてくれ」
「では、その様に」
フラウエースの事は極秘にしているが、コニュア皇女は確信しているし、他にも薄々と勘付き始めて調べようとしている者も現れ始めている。
フラセオ的にも外に出たくなるかもしれないし、この提案に乗るようであれば色々と根回しの用意もしていかないとな。
さてさて、最後はラデアか。
一年という奴隷の期間は満期を迎え、それでもラデアはアラクネの元で働いている。
最近では悪戦苦闘しつつも自分のブランドを持つ為に奮闘していたはずだが……これは、どうしたものか。
書かれていたのは、国外での奴隷購入許可の申請。
レストゥフル国での隷属化や奴隷売買を表面上禁止はしている。だが所有自体はグレーな所だ。大国の貴族は勿論、商人ですら奴隷を持っていたりして不思議ではない世界。所有まで禁止すると、入国ができない者が多くなりすぎて問題がでる。
そして、レストゥフル国にも奴隷が居ないわけではない。レストゥフル国に定住するために外から来た者が所有していたりする。
つまるところ、国外で取引して連れてくる分には、基本的に国としては見逃している状況。
まぁ、あまりにも扱いが酷かったりなどの密告があれば国で奴隷を取り上げて、経歴を調べてからラデア達の様に期間を決めて最終的には開放したりが無いこともない。
何が言いたいのかといえば……できればこっそりやってほしかった。
「レーヴィは、なんでラデアが奴隷を欲しがっているか分かるか?」
「シーキーの話から察するに、恐らくは店舗を持つに当たっての人員かと。本人の希望では半魔で人員を固めたいらしく、時折情報収集の為か愚弟の元を訪れています」
「エマスというより、キョウさんとウォレさん目当てか。あの二人、何かと奴隷ネットワークに通じてるからな」
「その二人が愚弟にべったりですからね。そろそろ愚弟が折れて娶るかもしれません」
「くくっ、そいつぁなんとも」
迫らせてオドオドとしているエマスを想像しつつ、ラデアの件を考えていく。
至急の案件として申請してきたという事は、購入できる半魔の奴隷が見つかった可能性が高い。
その情報を集める為に、どれだけの人に接触したか……。国として国外購入を認めるわけにはいかないんだけどな。
どうしたもんかな。
「その申請はラデアさん本人がしてきたのかしら? 元は国が買った奴隷といっても、よく夜継君の所まで上がってきたわね」
「半魔の分は先程モール・アバルコから預かった案件です。モール・アバルコが言う分では、半魔から個人的に預かっていたもので、半魔名義の個人申請だと言っていました。我等が王にも事前にお伝えしていると言っていましたが……」
燈花の問いかけに答えたレーヴィは、ハッとして何か察したように不安そうな顔を俺に向けた。
「うん、まぁ、知らんね。だけど別にレーヴィが気にする必要はない。至急の案件は全部回す様に言ってたのは俺だからな。何の問題もない」
「寛大なお心に感謝致します」
「本当の事だ。これからも頼りにしている」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるレーヴィを横目に、燈花がふふっと笑っている。
いや、まぁ、確かに燈花のおかげでどうするかは決まったんだけど、燈花は他にも気付いているか、何か知っていそうだな。
「ラデアの件は却下だ。本人にそう伝えてから、それとなくモールさんに相談するよう誘導して欲しいんだが……できそうか?」
「問題ありません」
「それじゃあ、後は頼む。他の二つの方も合わせて何か問題がありそうだったら、また伝えてくれればいい」
「かしこまりました。ではまず私は、半魔の所へ報告に行ってまいります。フラウエースの所へはリピアを、ニャニャムにはケノンから伝えさせ、後日私が返事を聞きに行ってまいります」
それでいい、頼んだ。と声を掛けて見送ろうとしたのだが、ふと明後日の事を思い出してレーヴィを呼び止める。
「確かラフィとセバリアスは明日まで休みだよな?」
「そう伺ってはいます。今日も調理場の一角を借り、二人で試作料理を作っていたようです」
「まだ研鑽を……。もう十二分に美味いのに、俺の舌が追いつかんぞ。はぁ、しかしそういう事なら頼み事をするのは悪いか」
「流石は我が主。冗談がお上手ですね。連休を言い渡された時の二人の反応と表情と言ったら……シーキーが同情をしていましたよ」
その時を思い出しているのか、口元を隠すレーヴィの肩は震えている。
セバリアスもラフィも、シーキーに負けず劣らずのワーカーホリックっぷりだからな。隙あらば休みを返上しようとしてくる。
最後はなんだかんだで休んでくれるからいいけどさ。
「そういう事ならセバリアスとラフィに、よければでいいから、明後日に来る予定のチーア用にお菓子を頼めるか聞いておいてくれ」
「過剰に張り切らず、大人しく休むようにとも付け加えておきます」
「あぁ、頼むよ」
先程見せた不安の表情もすっかり消えたようで、レーヴィは改めて深く頭を下げて部屋を出ていく。
その姿を見送り、チラッと時計に目をやると……中々にいい時間だな。こりゃ欠伸が止まらんわけだ。
「眠そうね。これ以上居座るのも悪いでしょうし、私もそろそろお暇しようかしら」
「燈花は眠くないのか」
「貰うことも無く、時計の針を見て欠伸をするほどではないわね」
「……なんだかなぁ」
もらいあくびは生理現象とか、共感性とかそんな話じゃなかったか? なんて切り返しは……やめとこ。燈花相手には悪手だろう。鼻で笑われて終わりそうだ。
「燈花」
「なに?」
部屋から出ていこうとする後ろ姿に向けて、無意識に投げかけた言葉。
もちろん自分でもなんで呼び止めたのかなんて分からず、続ける言葉なんて用意もしていない。
「……?」
一分ぐらいか。互いに見合い、不思議そうに俺を見て首を傾げた燈花の手は、改めてドアノブへと伸びる。
僅か一分程度。されど一分程度。
自分が何故燈花を呼び止めたかが分かり、少し葛藤して諦めて認めた。
長野達の手紙がきっかけか?と問われれば、それもあるかもしれないが、紛れも偽りもない本心である事は、俺が一番分かっている。
「まだ平気なら、もう少し付き合ってほしい」
「別に構わないけれど、寝なくていいのかしら?」
一理ある。一理どころか百里ある。だが認めてしまったのだから、仕方がない。
「眠くて眠くて仕方がない。だけどそれ以上に……うん、そのなんだ……別に知らなくても何の問題もないであろう事まで燈花の事を知りたくなった」
俺の言葉に、振り向いて俺を見ていた燈花の目が開かれる。
うん、初めて見る表情だ。
数秒で驚きの表情は消え、次に浮かべたのは不敵な笑み。
「夜継君、言葉は慎重に選んで頂戴。勘違いさせたいの?」
「勘違いなんかじゃない。これは燈花の勝利宣言だよ。長らく待たせた俺が言えた立場でじゃないが、今度は俺が待つ番だ。何年でも何十年でも――「その必要は無いわ」
ふわりと掠めていた香りの距離が近くなる。
座っている俺の頬に触れる両手は暖かく、少し上げられた視線の先には、照れくさそうにしている俺の顔を映す瞳がある。
そうか、こういう時、俺はこんな顔をしているのか。
「離さないわよ」
「離れないでくれると嬉しい」
伸ばした手で燈花の腰を支えると、膝の上に燈花が腰を下ろす。
意識せずとも息遣いまで分かる距離。
「……常峰 夜継さん、私と結婚を前提に付き合ってください」
「喜んで」
初めて見るほころんだ燈花の表情に、心臓が一段階うるさくなった気がした。
なるほど、安藤の言っていたギャップってのは、こういう事なのかもしれんな。結構クルものがある。
しかし照れくさい。
この後はどうすればいいんだろうか。何か言うべきなのだろうか。
伝えたい言葉はあるが、このもどかしさをもう少しとも思ってしまう。ただそうだな……今はやはり――
「もっと燈花の事を教えてくれ」
「夜は長いわ。全部知って」
耳元まで寄せ囁かれた言葉。
まぁ、眠い。確かに眠いんだが……。
もう少し、起きていたい。
お疲れ様でした。
次は、あとがきになります。
ブクマ・感想・評価ありがとうございます。
これからもお付き合い頂ければ嬉しいです。




