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眠れる王  作者: 慧瑠
エピローグ

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233/236

そうして王は少しだけ眠るのを我慢する 前

時間が飛びます。

「――よ。――主よ。我が主よ、そろそろご準備のお時間です」


「んぁ……んー」


まだハッキリしない意識のまま身体を起こし、伸びをすればバキバキと軽快な音でボヤッとした意識が叩き起こされていく。

腰から背中、首に指と軽く鳴らしつつ周囲を見渡せば、寝る前には片付けたはずの場所に新しく積まれている書類の山々。加えて今から着替えないといけない正装に、ちょっと膨らんでいる見慣れない封筒。そして最後に頭を下げているシーキーの姿。


「おはようシーキー、起こしてくれてありがとう。飯は適当に買い食いするからいい。それより後何時間ぐらいで始まる?」


「おはようございます。既に開催はされていますが、後四十分程で我が主を英霊碑にご案内するよう燈花様より承っております」


「もう始まってるのか。朝から皆、元気だねぇ」


「既にお昼ですから。昨年と変わらずの大賑わいでした」


「そりゃ何より」


シーキーとの会話も程々に、身体をほぐし終えて机の上を見れば、どうやら山積みになっているのは祝い状のようで、後で確認しても問題はなさそうだ。


「少し寝汗を流してくるから、花の用意を頼む」


「今朝方、皆傘様のお店に使いを向かわせておりますので、そろそろ戻りになると思います」


「何時も手際が良くて助かるよ」


俺の言葉に反応するように、すっと頭を差し出してきたシーキーに対し、最近では少しこなれて来たシーキー専用の労いである頭を撫でてから寝室を出て風呂場へ。

少し熱いめのお湯で寝汗を流せば……やっぱり撫でるのは慣れねぇな。

急にこっ恥ずかしさが湧き上がってきた。


「まぁ、他に自主的に要求して来ないから、あれぐらいはしてやらんとな」


なんて零しつつ手を翳してスライドさせると、外の様子が映し出されている枠が五つ現れる。


「あれから四年か」


毎年この日は、似たようなことをつぶやいている。

魔神を倒して俺が気絶した日から四年の月日が経った。


今日は中立国レストゥフル主催で行われる'眠王際'の日。

あんまり祭り事に興味が無かったからぼやっとしながら問題ない事だけを確認していたら、勝手に'眠王際'なんて名前になっていた行事は、今日から三日かけて行われる。


なんだかんだと色々あるが、無事この日を迎えられると感慨深い気持ちにもなる。

セバリアス達との付き合いも長くなるにつれ、冗談なんかも言い合える様になったし、安定してきたモノもあれば新大陸なんかも発見されて慌ただしい事も色々と。

それでも今日が特別な日である事には変わりない。


「今年は彩も来たのか」


シャワーの心地よさを堪能しつつ切り替わっていく映像を見ていると、割れていく人混みの中心を堂々を歩いているグループに目が留まる。

数人の女性陣が護衛の様に並び、その更に中心には一層目を惹く深紅のドレスを靡かせるのは見知った顔。


中立国レストゥフル傘下 小国ダッカールの統治者で、旧ヴァロアであるダッカールのシンボル'白百合宮殿'の主。更に今や'女帝'と名高い見知った顔は――漆 彩。


ギナビア国から貰ったヴァロアをどうするかと悩んでいたら、彩が自由に扱える土地が欲しいというから、レゴリア王から与えられている'一世代貴族の権限'を返上して正式にレストゥフルに身を置く事を条件に、他の大国を見習って小国として与えてみた。

ダメそうだったらすぐに取り上げる気でもあったんだが、意外とちゃんと統治している。正直俺より頑張ってるかもしれん。

そんな彩のおかげで、ギナビアの幾つかの中小国との関係も悪くはない状況だ。


「あー、ペニュサとエニアちゃんと約束してたのか。納得だ」


去年は来なかった彩が来たことに少し驚き、軽く身体を洗いながら眺めていると、彩はペニュサとその妹であるエニアちゃんと合流した。

魔神との終戦後、彩が保護していた人達はギナビア国へ帰らず、そのままダッカール国に移った。その中にエニアちゃんも当然居て、今やダッカール国とやり取りする時はペニュサが専属のようになっている。


「う”あぁ”ー……」


時間を確認して十分ぐらいは浸かれる事を確認して、湯に身を沈めれば、無意識に声が漏れた。

気持ちいい。出たら二度寝したいわ。

なんて思いつつ、切り替わっていく映像を眺めていく。


知らない顔も知ってる顔も、皆楽しそうだ。

ちょっと小競り合いが起こっている場所もあったが、国民から信頼の厚いゴブ君とスケさんが仲介として出向いて落ち着かせているし、大きな問題は今は特に起きていないな。

この三日は入れ替わりで皆に休暇を出しているから、セバリアス達にも楽しんでほしいもんだ。


「そういえば見慣れない封筒があったな。少し早めに上がるか」


ふと思い出した封筒の存在が気になり、俺は予定より早めに風呂から上がり寝室へと戻れば、シーキーが用意してくれたであろう花束と水。そしてやはり、ちょっと膨らみのある見慣れない封筒がある。


「我が主、お上がりになりましたか?」


「ん? あぁ、今から着替えるからもう少し待っててくれ。水もありがとう」


「いえ、お求めになるかと思ったまでで……お着替えのお手伝いは」


「必要ない」


「かしこまりました」


ノックと共に扉の向こうから聞こえたシーキーの声に返事をしつつ、冷たい水を飲みながら見慣れない封筒を開ける。

中身を机に広げて、着替えを済ませながら目を通せば、自分の口元が自然に上がっていくのが分かった。


「シーキー、机の上に見慣れない封筒があったと思うが、これはどうした?」


「私が来た時には既にございました。何か問題がありましたか?」


「問題はない。ただ、そうだな、燈花はこれを読んだのかと思ってな」


「封が切られていたのであれば、おそらくはご覧になったかと」


「未開封だったから封筒だけ見て察したかもしれんな」


扉越しに確認をしてみたが、誰が持ってきたかは燈花に聞いたほうが早そうだな。

それに宛名は俺宛だが、送り主の名前には友人一同と書かれていて個人名はない。だが、中に入っていた手紙を読めば、その理由もよくわかった。

五枚程の手紙は一人が書いたものではなく、数行ある者もいれば、一、二行程の者、合わせて二十人分はあるだろうと思われる内容。

着替えを終え、封筒や手紙を手に取り紙質を確かめると、こちらの物とは質感が圧倒的に違う。


「しかしそうか……元気そうで何よりだ」


シーキーにも聞かれない様に小さく呟いた俺は、机においてある銀色のベルを軽く鳴らす。

すると、室内に人影が一つ現れる。


「どうした?」


「お前も目を通しておけ」


「仕事か?」


「読めば分かるさ」


すっかり板についたレイヴン衣装で現れた安藤が手紙を取り、一枚一枚目を通している間にちゃんと着替えられているかの最終確認。

うん、未だにオシャレの良し悪しが分からんが、俺の目から見ておかしい部分は特に無いな。


「夜継はコレ読んだのか?」


「一、二枚程度な。そこまで急ぎじゃないっぽいし、夜にでも読もうと思って半分以上は読んでない」


「ネタバレ」


「いいぞ」


「長野と藤井、江口と武宮が結婚するってよ」


「おぉ、戻ってからも続いてたのか。めでてぇなぁ」


ダンジョンの皆から、どうぞ!と貰った小物を襟やら指やら手首やらに付けてっと。

こういう行事ごとの時には、ある程度着飾らないと行けないのがしんどいな。もう、装飾品というか、オプションパーツが重い。


「それと、来月の今ぐらいに迎えが来るみたいだけど、そんな話あったのか?」


「はぃ?」


あまりにも間抜けな声だと自分でも思う。しかし安藤の言葉に驚いたのも事実で、思考がピタリと止まったのも事実。

誰からもそんな予定は聞いていない。

聞いていないのは確かなのだが、心当たりが無いと言えば嘘になる。


「新道からはなんて書いてある?」


「えーっと……'元気にしてるかな? 積もる話もあるけれど、今は本題だけ書こうと思う。中々落ち着かなくて遅くなったけど、やっと手を付け始められたよ。福神さんと相談して、調整や確認も兼ねて一度連絡を取ってみる事にした。上手くいってると嬉しい'って書いてあるな」


大体予想通りだな。

そういう事なら、俺の方にも福神さんは接触してくるはずだし、今は保留してても問題ないか。


「なんとなくは分かった。今度の事を考えてのお試しって所だろうな」


「新道への頼み事ってやつか。結局詳しい事を俺は知らないんだが、聞いてもいいのか?」


「んー……もしもがあるかもしれないか。他言無用で頼むぞ? 不安なら法を敷く」


「モクナとの共有は?」


「構わないが、その時は必ずモクナさんも一緒に法を敷く事になるがいいか?」


頷く安藤を確認して、今モクナさんを呼ぶかと考えたが、とりあえず安藤に話すだけ話す事にした。

法を敷くには敷くんだが、別に周りに知られてもあまり大きな問題にはならない。ただ少し面倒な事にはなるだろうから、わざわざ広めたくないだけだ。


「簡単に言えば、福神さんからの依頼で新道には向こうで探しモノをしてもらってる。今回は、その探して集めたモノを送れるか、こっちから一時的にでも取りにいけるかの確認をしてみたいんだろう」


「探しモノ?」


「そう、探しモノ。なんでも俺達が元々居た世界ってのは、神様に見捨てられた世界らしくてな。今はその世界の責任者みたいな存在が居ないらしい。勝手に発展して、勝手に回ってる世界なんだとか」


「宇宙とかもか?」


「そこら辺まで含めての'世界'だ」


「規模がでかいな」


「でかいよ。本来なら俺や新道がどうこうする話じゃないレベルでな。ただまぁ、今回帰還するにあたって福神さんにも無理を強いたらしいから、協力をするって条件を用意しただけだ」


「それで? その探しモノってのは、どんなのなんだ?」


安藤の質問に少し考えたが、実は俺も詳しくは知らないんだよな。

形は千差万別。大きいモノもあるかもしれないし、小さいモノもあるかもしれない。それに福神さんの話では、この作業に終わりはないらしい。


神に見捨てられた世界。それでも発展し続け、繁栄と衰退を繰り返す世界。

正式な管理者が居ないからこそ、様々な神が介入できてしまう。様々な世界と繋がってしまう。

管理者であれば力の制限は無いが出来る事が限られる。

しかし介入自由なあの世界では、力自体に大幅な制限こそ掛かるが、特にしてはいけないことはない。


そこでだいぶ前から神同士の間で取り決めが一つ刻まれたらしく、人から神になった福神 幸子は本能的にそれを理解したという。


「なんか異世界召喚するとこっちの空気? 魔力? そんなのが微量ながらに向こうにも流れるらしくてな。もうそれ自体はどうでもいいらしいんだけど、たまにその力が妙に根付く事があるんだと。放置しててもいいけど、長い目で見ると後々問題になりかねないから、神様同士で綺麗にしましょうみたいな感じらしい。その根付いたモノが探しモノだから、どういう形とかは分からん」


つまりは、勝手に使っていいけど、長持ちさせたいからたまには綺麗にしましょう。

そんな感じの取り決めだと俺は勝手に理解した。

あの世界の管理者が生まれない限りは、他所からの介入に間があったとしても止まる事はなく、今の所は終わりなんて無いらしい。


「それはなんというか……随分と理不尽な感じがあるな」


「色々な異世界の空気が混ざり合ってるから、俺達の世界の住人や物は潜在的な素質が高いんだと。神様達的にも、素材は良いから無くすのは惜しい。だけど自分の世界もあるし、今更あんな所に手を出したくない」


「だから好き勝手にやっていいから、掃除ぐらいはしろよ。ってか」


「まぁ、神様の物差しや感性なんて俺には分からん。問題が起きたのは千年前だのなんだののレベルで話されるから、正直一つ二つ回収できれば御の字レベルだと思ってた」


最期の装飾品を指に嵌めながら福神さんとのやり取りを思い出す。

俺達が本当に帰還方法を確立できるとは思っていなかったと言われ、当初の約束通り'元の環境'を用意するには、今は不可能であるということ。そして回収作業の話。


だから俺から提示した。

この世界で身につけたスキルをどうするか本人達に決めさせて、それを叶えてくれと。


それに対して福神さんは、全員でなければそれぐらいは出来ると答え、加えてこっちでも回収作業用の使いを一人用意するが、良ければ協力者が欲しいと提案までしてきた。


向こうに俺は手を出せない。それでは俺の管轄外になりかねない。そう思い断ろうとも考えたが、帰還時の向こう側の処理に福神 幸子の手を借りないといけない事は事実。

渋々ではあるが、今後どうしようもない問題が起きた時に俺等が介入できる条件と、回収作業の結果に応じたボーナスを取り付けて話をまとめた。


詳細までの全てを知っているのは、俺を除けば新道と燈花と東郷先生だけ。

誰か一人でも断ろうと思っていたのに、俺が取り付けてきた条件を聞いて新道が俄然やる気を見せて、東郷先生を説得してしまったから結局は任せる形で落ち着いたのだが……。


「まさか四年でねぇ……こりゃ俺も福神さんも軽く見すぎてたかもな」


「ん?」


「んにゃ、こっちの話だ。働き者への褒美を用意しないとなと思ってな」


さてと、この件は後で考えるとして、そろそろ時間だな。

あーめんどくさい。


「我が主よ、そろそろ」


「あぁ、そろそろ行こうか。レイヴンは通常に戻ってくれ。何かあればまた呼ぶ」


「ハッ」


安藤も俺の様子を察しての切り替えが上手くなったもんだ。

まぁ、シーキーの手を借りずとも着替えられる様になった俺も、また成長していると言って過言ではないだろう。

え? あぁ、バッジが傾いてる? それはすまん。



ご機嫌な様子で俺の胸元のバッジを直してくれたシーキーと共に、最期の確認を終えて地表街中央に建てた'英霊碑'へと足を運ぶ。


賑やかだった大通りは、俺の登場で静かになり、開かれた道の先には半球状の建物。英雄が眠る場所。

一歩足を踏み入れると、建物の中の空気は不思議と冷たい感じがする。


かなり広めのその建物の中央には、現在は三万五千飛んで五十八名が眠る一基の墓石がある。

壁際には遺族の意に沿い名を刻ませてもらった石版が立ち並び、身寄りも無く名前すら分からなかった者には名を与えてそこに刻み、彼等の遺品の一部は遺族の意思でここの地下で保管しているものもある。


戦いの規模にしては死者が少ないと誰かが言っていたが、個人にすればそんな事は関係ない。今でもここに名を刻んでいない者も居る。

待ち人が英雄の死を認めない限り、ここに名前は刻まれない。

四年経った今でも、新しく名前を刻む時があるぐらいだ。あの戦いの傷跡は、そうそう簡単に癒えはしないのだろう。


「遅かったわね」


「遅刻はしてないさ」


壁際に並ぶ各国の使用人達に混ざるシーキーと変わり、隣に並んだ燈花に花束を預ける。

俺と同様に着飾ってるな。その姿に少し見惚れてしまったのは、今更否定できるものでもないか。


「どうかしたの?」


「いや、なんでもない」


去年の半ば辺りか……そろそろ名前で呼んでくれと言われた時に、自分でも驚くほどすんなりと要求を受け入れ、同時にアホみたいに妙な恥ずかしさを覚えたもんだ。

周りはもうそういう関係だと認識しているっぽいし、俺もそろそろ腹をくくるべきなのかもしれんな。


「ご無沙汰しております。ハルベリア王に代わり、今年は私が代表として出席させていただきます」


「いえいえ、何かと忙しいのは聞き及んでいます。リーファ王女もお忙しい中、ありがとうございます」


こっそりと場違いな決心をしていると、各国の重役が座る参列席の前に座っていたリーファ王女が優雅に頭を下げてくる。

リーファ王女と軽く挨拶を交わせば、次はレゴリア王の代理で来たヴァジア元帥や、毎年欠かさず出席するコニュア皇女。その他の参列者とも軽い挨拶を済ませ、俺は燈花から花束を受け取り、英霊碑の前へと足を進めた。


「――誉れ高き英雄達に称賛を。――黙祷」


ダンジョンの機能でレストゥフル国内の数カ所に映像を繋ぎ、予め用意していた挨拶を終えてから一分の黙祷が行われる。

もうすぐ終わりとなると、感慨深いものがありますね。




ブクマ・評価ありがとうございます。

どうぞこれからもお付き合い頂ければ嬉しく思います。

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