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眠れる王  作者: 慧瑠
エピローグ

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232/236

悠久なる別れの挨拶を

異世界の先輩二人組。

少し短めかもしれません。

「邪魔するぜぇ」


天井も床も壁も無く、ただただ真っ暗な空間。加えて不釣り合いな、内側は調理が出来るようになっている対面のL字の長机が一つ。そしてぽつんと、大した意味を持たない引き戸と暖簾に提灯が一つ。

真っ暗な空間の中に居酒屋からそこだけを持ってきたかのような場所に、わざわざ戸を開け、暖簾をくぐり、一人の男が入ってくる。


「おかえりなさい。お疲れさまでした」


「おっと、俺が一番乗りか」


「二人は少し前に逝きましたよ」


「なんだよ……薄情な奴等め」


入ってきた男は、小気味よく包丁を鳴らす女性の向かいに座り、少しふてくされたように口を尖らせ隣を見れば、確かに誰かが居た痕跡として幾つかの小皿と空になったジョッキが一つ二つと並んでいた。


綺麗に積み上げられている皿と、取っ手まで同じ方向を向けて並べられているジョッキ達。

そこに座っていたであろう二人と長い付き合いの男は、そんな所まで似なくても良いだろうに……と尖らせた口は苦笑いへと変わる。


「とりあえず、生」


「はい。そういえば、二人がお礼を言っていましたよ。'光貴君のおかげで解放された''貴方が居なければ魔神を倒すことはできなかっただろう’とかとか、伝えきれない程の感謝の言葉をこぼしていました」


ジョッキとおつまみを目の前に起きながら言う女性――福神 幸子はクスクスと笑い、向かいに座る男――常峰 光貴は大きいため息を漏らしてから一気にジョッキを空にする。


「面と向かって伝えろってな。俺からもアイツ等の耳が照れてふやけるぐらい言ってやったのに」


「それが嫌で先に逝ったまであるかもしれませんよ?」


「照れ屋かよ」


「アルもお義父さんも照れ屋ですよ。二人とも、光貴さんが羨ましいって零してた事もあるぐらい」


「へー、アイツ等がねぇ。嫌味にしか聞こえんが……あ、次は熱燗」


「少し待ってくださいね」


テキパキと熱燗の準備を始める福神を横目に、光貴は小皿に盛られた枝豆を口へと運ぶ。

穏やかに流れる空気の中、程良い塩加減を堪能していると、光貴の眼の前に香り立つ徳利とお猪口が置かれる。


「入れてくれないのか?」


「いつもは拒否していたのに、珍しいですね」


「たまにはいい女に注いで貰いたいのさ」


「やっと信用してもらえたって事ですか」


「カッカッカッ! 寂しい事を言うなよ、そんなんじゃねぇさ!」


「どうだか」


クククッと笑いを殺しながらお猪口を傾けた光貴は、おつまみと酒を一頻り楽しみ、次の酒を頼んだ所で、福神の方からゆっくりと口を開く。


「どうでしたか? 久々にご覧になった姪孫とお孫さんは」


その言葉にピタッと手を止めた光貴は少し考え込む素振りを見せ、先にため息を漏らしてから言葉が続いた。


「彩は生き生きとしていた。元々それほど精神面は強くはない子でな……一時期塞ぎ込んでいた事もあった。やー坊に巻き込まれた時は驚いて不安に思っていたのも事実だが、どうやら杞憂だったようだ。やー坊がぶっ倒れた後、アレコレと小言を言われたが最後は礼を言われたよ」


「嬉しそうですね。頬が緩んでいますよ」


「彩は俺を嫌っていたはずだからな。なのに……くぅ、はぁ……正直、超嬉しかった。マジで孫可愛すぎる。彩が俺と関わるの嫌がってのは知ってたし、娘と母さんに甘やかすなって口酸っぱく言われてなかったら、なんちゃらファミリーとかいうの一回のクリスマスでフルコンプして見せただろう」


「おねだりされたことは?」


「一切ない」


「あらぁ……」


福神はコホンと話を区切ると、次は常峰 夜継の名前を話題に上げる。


「姪孫――夜継さんはどうでしたか?」


「やー坊は、そうだなぁ……俺の予想より他人に自分を預けるようになっていたな」


「光貴さんが夜継さんに託したようにですか?」


「そこまで無責任じゃねぇ。ただ、まぁ、そうするから自分が他人を背負う。やー坊自身が持ってるギブアンドテイクを押し付けてはいるな。悪いことじゃねぇけど、元々が割り切りのいいやつだ。少し思う所はある」


「割り切りですか。そうですね、少しお会いする機会を設けたことがありますが、なんと言えばいいか……要求の仕方や一線の引き方が光貴さんそっくりでしたね」


嫌そうな表情を浮かべた光貴は、お猪口を軽く傾け、片手で顔の半分を覆い言葉を返す。


「ありゃぁ俺よりたちが悪いぞ。やー坊は自分の落とし所、要は諦めるのが得意なんだよ。競争心も大してねぇし、執着もそれほど無い。それを自分でも分かってるから、他人の都合を自分の理由に変えて動く。そっから自分の得を考えて、自分の土俵で何でもやる」


言葉の合間合間で徳利からお猪口へ、そして口の中へを消えていく酒を横目に頷く福神は、んー……と考えるような声を漏らし、酒と共に量の減ったおつまみの追加を用意していく。


「そうですねぇ……この身になって永いですが、そういう子等も見かける事は多々ありますよ。でも夜継さんと比べれば、そこまでシステム的な思考ではなく自分本位の感情に左右されやす子等の方が多いかもしれません。うん、私に言わせれば、やっぱり光貴さんそっくりですよ」


追加である冷奴と共に向かいから飛んできた言葉に、フルフルと首を振って否定する光貴は酔いが回り始めた手で小皿と言葉を受け取る。


「そんな風に見えてたか? 俺は俺の得が一番だよ。やー坊みたいにある程度なんてもんで満足はしたくねぇ。まぁ、あんな立場になってんだから、否応なしに今からまた成長するんだろうが……怖いねぇ。既に預けられる他人も、それに応えて預ける他人も近くにいるときた」


「市羽 燈花さんや安藤 駆さん達の事ですね」


「何をどういう風にやー坊に求めるか。やー坊は冷たい時はどこまでも冷てぇからなぁ」


「光貴さんは、夜継さんが心配だということは、よく分かりました」


「……そうだな。それに負い目があるっちゃあるのも確かで、でもこれ以上俺が関わろうとしちまったら、今流行りの老害になっちまうだろうってのも頭を痛める。口開けて譲ってもらうのを待ってるばかりで囀る奴等にゃ道を明け渡す気はしねぇが、回り道なり飛び越えるなりしたんなら、俺等は身を引かねぇとな」


「お酒が入って素直になりました?」


「この話はやめにしようぜ。これ以上は有る事無い事、声を荒げちまいそうだ」


苦笑いを浮かべる光貴。

それを見てクスクスと笑う福神は、先程まで空いた席に座っていた家族の事を思い出す。

あの二人も、やっと肩の荷を下ろせたからか、嬉しかった事や楽しかったこと、永遠に続くかと思うほどの戦いを続けられたのは仲間がいてくれたからだと、普段は僅かにも零さなかった弱音の数々。

二人を良く知っている福神でさえ驚くほどに、珍しく饒舌に色々な言葉を吐いていた。


最期の別れだと言わんばかりに。寂しさを弱音の一部にするかのように。


そう分かっていても福神は口にはしない。

関わり続けた四人の中で、自分だけは朽ちることは許されていないのだ。素質があり、足りずとも耐えうる器があり、行く末を見届けると決めた時から。


「そういやぁ、やー坊との取引はさっちゃん的にどうだったんだ? 一応内容は知ることができたが、ありゃまださっちゃんを利用する気満々だぞ?」


「後学のために教えてほしいんですけど、どうやって今の私の目を欺いて知れたんですか?」


「それは企業秘密って事で。メニアルとか言う魔王に不意打ちくらうようじゃあ、さっちゃんもまだまだって所だ」


「なんでいきなり嫌味を……まぁいいです。奪われた分は戻りましたし、メニアルも既に市羽との戦いで消費しきったようですし? 夜継さんとの取引も問題はありませんよ。こちらのお手伝いをしてくれれば、ある程度の融通は図るつもりですから」


少し拗ねた様子を見せながら隣の食器を片付け始めた福神に、さっきのお返しだと言わんばかりにカラカラと笑う光貴。


「やー坊の頼みを聞いたせいで、こんな寂しい状態になってんじゃないのか」


そう言いながら見渡すのは、屋根も壁も満足にない風景。

居酒屋の真似事をしているが、ココは福神 幸子が所有している領域であり、本来であれば聖域に相応しい景色が広がっていて当然の場所。


「少しすれば戻ってくるので問題はありません。それに、元を辿れば光貴さんのせいでもありますよ」


「なんで俺」


「光貴さんだけではありませんね。袋津さんやチェスターさん、エリヴィラさんもそうですし……まぁ、自業自得でもあると言えます」


「つまりなんだ、帰還方法に関わった奴等のせいだと?」


「はい。当時からそうでしたし、夜継さんとお話しする直前までそうでした。幾ら光貴さん達の力添えがあったからと言って、まさか本当に自力で帰還方法を形にするなんて思っていませんでした」


悪れる様子もなく告げられた言葉に、光貴は少し驚いた表情を浮かべる。

協力的だった福神の口から、まさかそんな言葉を聞くことになるとは、と。

終わったからといって、常に思っていたであろう事を口にするとは……と。


「勝手に不可能だって決めつけるのは何時だって知恵あるモノだ「しかし不可能と言われた事を可能にするのも何時だって知恵ある俺達だ――でしたっけ?」――あぁ、チェスターの口癖だ」


被せられた言葉に光貴は頷く。


「ですね。結果として私はあの子に色々と苦労をかけてしまいましたが、それでもその言葉に死にゆくはずの娘が救われたというのも事実です。事実ですが、それでも帰還方法を確立するのは不可能だと思っていましたよ」


今でこそアルベルトと出会えて良かったと思い、光貴達と出会えてよかったと考え、コニュアの幸せを願い続けている。

だが、帰りたいと思っていなかったわけではない。


そう思わなくなっただけであり、福神も当初は帰りたいと常に願っていた。

アルベルトに自分が居た世界を見せてあげたいと願う事だってあった。


しかしそんな方法を見つける事はできず、光貴達の研究が進むに連れ、その願いが叶わぬモノだと慰められている様で。

願うことすら惨めに思えた時期すら、福神にはあった。

だから常峰 夜継の動きを観察して驚き、嫉妬し、羨ましく思った感情も新しく、思わず本音が口から漏れてしまった。


「夜継さんは周りに恵まれ、本人もそれを重々に理解して動き動かししていた。何も思わなかったと言えば嘘になりますけど、コニュアの件も叶え、魔神の件も叶えられては……私も夜継さんの恵まれた周りの一つに加わらなければ不義理と言うものでしょう」


まぁ、最初の時に、帰る事があれば全面的に協力する約束もしましたしね。と続けた福神は、それ以上言葉を続けずに代わりに洗い物をする音が響く。


「さっちゃんがやー坊に、やー坊がお仲間に頼んだ時点で最初の約束とは異なるんじゃないか? 元の環境には戻れんだろうて」


「そうですね。夜継さんがご理解してくれて、その上で条件を付けてくれたおかげです……それより、どうして最初の事まで知ってるんですか?」


「企業秘密」


福神が返すのはため息。

ニヤニヤとしている光貴を見れば、何度聞いた所で同じ答えしか返さない事がよく分かる。


「そう警戒しなくていい。もう俺は御役御免の老兵。後はやー坊がくたばって、人生経験とやらを語りに来るのを楽しみに待つだけだ」


「それはそれは……待ち時間はとても長そうですね」


「別にそうでもねぇさ。恥ずかしがり屋共をおちょくってりゃ、あっという間よ」


ガタリとわざとらしく音を響かせ立ち上がる光貴を、福神は横目にも見ずに食器を洗い続けた。

ついさっき嫌味を零してしまった故に、その顔を見る事は出来ない。

申し訳無さではなく、寂しさでもない。軽くなった口から漏れるのは、きっと羨ましさに満ちた嫉妬の言葉。

だから福神は顔を上げず、笑顔のまま口を開く。


「もう、良かったですか?」


「あぁ、もうそろそろ逝くよ」


背を向け振り向くこと無く返される言葉。

足を進める先は入ってきたハリボテの入り口ではなく、奥に奥にと広がる光のない暗闇の向こう。


「光貴さん!」


「おん?」


珍しく大きな声で呼ばれて肩越しに振り返れば、深々と頭を下げている福神の姿。


「お疲れ様でした。それと、ありがとうございました」


告げられた言葉は、どこか震えている。

その声と姿は、まだ彼女が人間であった頃の面影が重なり、光貴には酷く脆そうに見えた。


「こっちこそありがとうよ。さっちゃんに助けられた事も多いし、中々に楽しめた。それと……また彩とやー坊に会わせてくれた。これでも礼は言い足りねぇ。だから――またな、さっちゃん。馬鹿共と待ってる」


慰めるのは自分の役目ではない。

それに福神 幸子には、神という役割を押し付けてしまった。そんな自分が今の彼女に返せる言葉は少ない。

どういう形であれ、彼女はまだ進まなければならない。


だから最期に笑顔を見せた光貴は、止めていた足を進め、それ以上は何も言わずに暗闇の中へと消えていく。


「はい。また会いましょう――」


顔を上げた福神は嬉しそうに笑い、届く事のない声量で発された言葉も暗闇の向こうへと溶けて消えた。

もう少し続きます。




ブクマ・評価ありがとうございます!

これからもお付き合い頂ければ嬉しいです!

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