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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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231/236

おはよう

「おろろろろろ――」


思い返せば実に呆気ない最後だった。

もう、俺が不甲斐ないばかりに長引いていた感が否めない。


「っぉえぁ――」


しかしまぁ勝った事には変わりなく。


「げぉ――」


こうして俺がトイレを真っ赤に染めているのも現実。


「あー……しんど」


口元を拭えば、起きた時に着ていた服の袖は赤くなる。何度も拭っているせいで、しっかり拭えているかも分からないけどな。


「くそぉ……! ごぽッ――」


病室に備え付けのトイレと友達になってどれほどか。

さながら真っ赤なマーライオン。口から人間が吐き出しちゃいかん量の血を垂れ流しながら、起きた時の事を振り返る。


目が覚めたら俺の部屋ではなく、真っ白な天井。完全に俺の知っている病室の天井。

着ていた服は、ラフなパジャマ。

身体に若干の違和感があるものの、動く事自体には問題なく、起き上がった俺は――速攻でトイレに駆け込んだ。


そこからはもうおトイレ様とランデブーよ。

湧き上がる吐き気に抗う事無く吐き出せば、そりゃもう血がドバドバと。俺の胃の大きさを疑うぐらいドバドバと。

本気で病室にトイレを付けていて正解だとしみじみ思った。

起きてから吐いてしかいねぇ……。


「うぇっぷ……'ズギルフォルダ'」


吐いた直後っていうか、喉辺りでまごまごとご機嫌な奴等が居るせいで声も出しづらい。


------------------

眠王


|説明|


その者、眠れる王。眠りを愛し、眠る事に至福を感じる王。



|ログ|


限定解除の使用を確認。

第二起床再睡眠を確認。

第一起床再睡眠を確認。

完全起床再睡眠を確認。


最終体質変化を実行……完了。

以後、第二起床後、第一起床及び完全起床を任意で発動可能。

------------------


あぁ、うん。なんか便利になったのは分かるわ。

要するに二十四時間起きた後なら、好きな時に制限を解除できるって事だよな?

今後急事の時、いちいち瀕死にならずに済むのはありがたいね。


「ぉぇろろろ」


ゲボゲボ、ゲボゲボと……吐き慣れてくるわクソが。

ったく、どれぐらい意識を失ってたんだろうか。こんだけ出てくるって事は、それなりに無茶はしてたみたいだし、一週間ぐらい寝てたのかもしれんな。


「あー……やっとなんか出し終わった感。口の中が気持ちわりぃ」


「はい、お水」


「おー。助かる」


後ろから伸びてきたコップを受け取り、口を濯いで……ん?


「口周りが真っ赤よ」


「市羽」


「何かしら」


口の中の水を吐き出して確認すれば、随分と機嫌の良さそうな市羽が俺の口元を拭き始める。

いつの間に……と思う所だが、考えても仕方ないのだろう。聞いた所で自信あり気な答えしか返ってこなさそうだ。


「とりあえずトイレから出よう」


「そうね」


市羽を連れて移動すると、ベッドに座った俺に市羽は水晶玉の様なモノを俺に差し出した。

それが何かは知っているが、なんかもう懐かしいな。


「夜継君が起きるまで面会謝絶にしていたから、お見舞い品とか色々と預かっている物があるけれど、まずはコレを返しておくわね」


「ダンジョンコアか」


「魔神との戦いが終わって一ヶ月。流石に補給なしでの維持はできなかったら、代理として橋倉さんにダンジョンマスターをしてもらっていたわ」


「市羽じゃなくてか」


「総魔力量は彼女の方が上よ。自然回復の量もね。二代目のダンジョンマスターさんや、精霊のターニアさんだったかしら? 二人が言う所によれば、この規模のダンジョンを維持するだけなら橋倉さんがいいと言っていたわ」


なるほどな。コア君にほとんどの権限を渡していたとはいえ、魔力がなければそれも使えなかったか。


そっとダンジョンコアに触れれば、待ってましたと言わんばかりに魔力が吸われていき、同時にダンジョン機能や権限が戻ってきた感覚が身体を満たしていく。

広くなったり狭くなったりもした様子はないし、どこか変わった様子も無い。本当に一ヶ月維持だけ……一ヶ月?


「な、なぁ市羽、俺は一ヶ月も気絶してたのか?」


「えぇ。私も寝ていたからそれまでの事は知らないけれど、レイブンの報告通りなら魔神を討伐した直後に全身のありとあらゆる場所から血を噴き出しながら倒れたそうよ」


「そりゃあ迷惑掛けたな」


「私も夜継君の部屋で目が覚めて、状況を聞いてすぐに夜継君の様子を見に行ったけれど……それはそれは凄い出血量だったわ。それが半月も続くんですもの、魔法も一切受け付けないし、セバリアスさん達は憔悴してたわね」


「おぅ……」


「それから出血は少しずつ収まっていったけれど、吐血は止まらず、夜継君は起きる気配が無いしで大変だったのよ? 色々とね」


そ、そうみたいだな。部屋にこそ入ってこないものの、入り口から天井、この病室の周囲にセバリアス達が集まっているのがコアを通して分かる。

一声掛ければ飛び込んできそうな雰囲気だ。


「んぁーまぁ、とりあえず、現状報告を頼む。事後処理とかはどうなった」


「それほど進められてはいないわ。事が事、状況が状況、過程が過程だっただけに、夜継君なしで三大国が話を進めようとしなかったのよ。それでも話し合いは何度か行われて、まとめたのがコレ。そして夜継君が目を通しておいた方がいいのはコレね」


当たり前の様に空間を割いて取り出してきた紙束を受け取り、それなりの厚みがある報告書に目を通していく。

俺のスピードに合わせて、市羽からの補足もあり、大体の事は把握できた。


三大国の意向もあり、各国の復興作業が最優先で行われているようだ。作業人員も国籍関係なく充てがわれ、予想されていたよりも作業自体は順調。同時にレストゥフル国主導のもと死亡者の名簿作成も行われている。

ただ被害は甚大で、どうしても資源が足らないか。加工にも時間が掛かっているみたいだしな。


「色々と言いたい事があるだろうが、聞こえているなら手伝って欲しい。数名でモール・アバルコの元へ行って復興状況の詳細と、予想よりも多めでいいから必要資源の数字を上げてきてくれ。供給可能な資源に関しては、今回は無償で提供する。と言伝も頼む」


俺がそう告げると、病室周りの気配が少しだけ減る。

おそらく商業ギルドのお偉いさんであるモールさんなら、ある程度は把握しているはずだし、多分セバリアス達の動きから、俺の眼が覚めた事も気づき始めている者が居るだろう。

なんだかんだと押しかけてくる前に、これぐらいの手は打っておいて損はない。


んで、次にだが、捕虜とした魔族。ジグリさんが勧誘したにせよ何にせよ、元は敵の魔族なんだが……。


「思ったより反発が少ないのな」


「捕虜の話? 夜継君の存在の強さかしらね。彼等は私預かりで、今は一応'レイブン'と名前を統一させて、復興地域に派遣させてるわ」


「いっぱい増えたなレイブン」


「ローブも統一させて顔も隠させているし、判断しようにも見るだけじゃ難しいでしょうね」


寝てる間に組織化してるな。

まぁ、このまま運用するのもアリかもしれん。少し落ち着いたら考えてみるか。


「しっかし、本当に話し合いは進んでないな。避難民をどうするかすら決めてないのか」


「そういう話をする前に、今回の責任のなすりつけ合いが始まるのよ」


「責任って言っても、魔神なんて自然災害みたいなもんだろ。被害が出てるのは確かだし、復興費云々の問題があるのは分かるけど、責任をどっかに問える様なもんとは思えんけどな」


「それがそうでもないのよ。どの国も自国の避難民を全員抱え込むのは無理、復興費もそれはそれは嵩んでいる状況、何より問題は私達の存在ね」


「異界の者ってことか?」


「えぇ。今回の大戦で勝利を収めた立役者。その大戦中に異界の者は二十前後の仲間を失い、異界の者の王であり、中立国レストゥフルの眠王は重症。形ある報奨があって然るべきだと声が上がっているのよ」


「その報奨を出すのが、今回の責任者……あるいは国だと?」


「各国の国民の意思よ。統治する側としては、無視できるモノではない程に熱烈なね。戦い散って逝った英雄、生き残り戦い続けた英雄の言葉を無下にするのかって」


「そりゃ殊勝なこって」


俺等が受け取らないといっても、建前であれお気持ち表明ぐらいはしておかないと反発が起きかねない。だけどそんな事をすれば自分達に非がある事にもなり、追々漬け込んでくる奴も現れかねないって所なのかねぇ。


「当たり障りなく責任逃れをしたいと」


「三大国が代表してするとは言ったようだけれど、それは不躾だから少しは我々にも非があるなんて事を言い始める始末よ」


「なんだそれ」


「全て任せるのは体裁が悪いだろうし……どういう形であれ、中立国レストゥフルとの繋がりが欲しいのでしょう。ギルドの支部の話も出回っているようだし、武力は言わずもがな。他にも少し調べて分かる情報だけでも、この国の価値は面白い程に高く見えるでしょうね」


「逞しいと言えばいいのか、なんと言えばいいのか。見習わなきゃな」


「そうね」


この件については、少しハルベリア王達の協力を仰いで済ませるか。

多少聖人アピールをする事にはなるが、適当に落とし所は作れるだろう。異界の者の事を思うのならば、俺達の言葉は納得に値するボーダーは低いはず。

本当に俺達を思ってならの話だけどな。


「んで次はコレか……マジで言ってんのか? ハルベリア王は」


手に取った紙に書かれている内容に、表情が引き攣るのが分かる。


「本当よ。話し合いの場でも既に一度公言してるわ。'ログストア国は、常峰 夜継に神の城を貸し与える'って。契約書も既に用意済みでね」


レストゥフル国ではなく、ログストア国から俺個人に対して。そして'貸し与える'か。

期限は……俺の死亡までねぇ。


「市羽はどう見る?」


「チーアちゃんを使っての制御ができなくなった以上、ログストア国としては所持も維持もしづらい兵器でしょうね。現に今、物理的に神の城を支えているのは皆傘さんだもの。それでも手放したくはない兵器なのも事実ね」


「だから俺に一旦預けようってか。押し付ければ制御方法もこっちで用意するだろうし、返還する時はそれも要求してくるだろうな。ってか、俺の死亡って事はハルベリア王はリーファ王女の為に神の城を残したいのかもしれんな」


「そういう保険もあるでしょうね。その契約はログストア国の王にも関わってくるわ。夜継君だって、勝手な輩に返す気はしないでしょうし、もしかしたら先に貴方の命だって狙いに来るかもしれないわね。そんなのをハルベリア王やリーファ王女も黙ってはいないでしょう」


「まぁ、契約を結んだ上で俺が暗殺でもされりゃ、いらぬ疑いをハルベリア王も向けられるだろうし」


「火種を押し付けて夜継君を餌にもできるものね」


「厄介なもんを……断ってやろうかな」


「無理よ。これは公言こそしてないものの、ハルベリア王をはじめ、レゴリア王もコニュア皇女も現段階で貴方以外が神の城を所持することを認めないと秘密裏に署名したわ。もし夜継君が拒否した場合は、ログストア国はレストゥフル国に従属するそうよ」


追加で市羽が出してきた署名入りの書類を見て言葉を失った。

俺にそんな気が微塵も無い事をいい事に、とんでもない押し付け方をしてきやがって。こんなもん受け入れたら、一度似たような提案をしかけたコニュア皇女がどう動くか分かったもんじゃねぇ。

絶対に中立って肩書が消え去る。


そもそも貸されても兵器としてあんなもん使えねぇよ。どこに向けて使えばいいんだあんな兵器。邪魔なだけだ。

人が寝てる間にやりたい放題してるな。


「ハルベリア王が公言した内容に反対意見とかは」


「これ以上レストゥフル国に力を与えるのは危険では? という意見もあったけれど、貴方と魔神との戦いを知っているし、何よりココは中立国で貸し与える相手は眠王個人。襲撃を受けたログストア国よりは当然、放棄するよりも啀み合う誰かが所持するよりも安全だと判断されたわ」


「俺が暴走するとは考えないのかね」


「夜継君は、今の大国とは友好的だもの。行動を顧みても、率先して争いを生む様な人物には思われていないわ。神の城の危険性もしっかりと理解しているでしょうしね」


「俺が今の王家を手助けする前提でハルベリア王が進めていそうなのがなんとも。新道とリーファ王女の繋がりがある以上、そうすると確信してんだろうな」


「違うのかしら?」


「はぁ……面倒だ。どこが中立なんだか」


頭を抱える俺に市羽はクスクスと笑いながら、少し埋もれていた二枚の紙を一番上に持ってくる。

その内容に、頭痛が酷くなったのを感じた。


「もう目的が見えねぇ」


疲れ切った声を漏らしてから内容を見直しても、中身が変わる事はない。


・ギナビア国傘下'最前基地小国ヴァロア'の領地を譲渡

・リュシオン国次期皇帝推薦権限の譲渡


なんだこれ。

レゴリア王もコニュア皇女も何考えてんだ。


「そもそもこんなの認められんのかよ」


「現在レストゥフル国に明確な納税義務は無いわ。レストゥフル国民というだけで、支払いも無く眠王の庇護が得られる。ヴァロアの統治者であるグレイさんどころか、ヴァロアの皆さんも両手を上げて賛成してるわね。レゴリア王からは「冒険者ギルドが手に入ってよかったな」と言葉を預かっているわ」


「リュシオン国の方は小国とか貸し出しとかじゃなくて、国そのものの問題だろう」


「聖女は異界の者よ? そして異界の者達の王は貴方。夜継君が東郷先生を聖女と仰いだ様に、東郷先生も夜継君を王と仰いだ。その関係性に文句を言える人があの国に居るかしら?」


「推薦とか言ってるけど、俺がそう言ったらそうなるんだろうな。はぁ……頭がいてぇ」


「ギナビア国は領地と軍力の一部を、ログストア国は兵器を、リュシオン国は未来を。良かったわね、三大国からそれぞれ貰えて。立派に中立じゃない」


「あぁ、そうだな。影響力は甚大なのに使いにくいものばかりだ。ギナビア国が一番可愛く見えるよ」


何とか逃げようかと思っても、逃げ道を潰されてる気がする。それぞれの目的がハッキリしない以上、グダグダ言うのは時間の無駄だろうな。

それでも分からんな。ここまで俺に媚びる理由が。

俺の人柄を知っていてと言うのなら、ここまでする必要がない事ぐらいは分かりそうなもんだが。


「夜継君が何を考えているか分かるわ。その理由はコレ……どの国も貴方の協力が欲しいのよ」


そう言って市羽が手渡してきたのは、一応さっきも目を通した紙束の一枚。近況報告が書かれている内の一枚だ。


「それの最後の方よ」


「世界が広がっている。とかいうのか」


さっきもそこまで読みはしたが、正直あんまり意味が分かっていない。


「その報告、比喩表現でもなく、深読みせずにそのままの意味なのよ」


「……海が拡張でもされてんのか?」


「海どころか新しい陸地も生まれてるわ。文字通り世界は広くなっていっているの。まだ知られていないでしょうけど、その内、新種の魔物の報告も出てくるでしょうね。そう遠くない内に新大陸を発見するでしょう。その時、常峰 夜継の協力は欲しいと思うでしょうね」


「なんでそんな事が分かる」


「私とメニアルは知っているからよ。世界が広がっていくのを横目に戦っていたのだから」


世界がどうのとか、規模がデカすぎるわ。

まぁ、新しい陸地があって、そこの開拓に俺の協力が欲しいと三大国が望んでいるのは分かった。その内、新しく国を造る連中も出てくるだろうし、ギナビア国なんかは早々に新大陸に首都を置く可能性だってある。

そして今の流れと内容から一つ思ったことがある。


「まだ新大陸は発見できてないし、復興作業に忙しい時期なんだよな?」


「そうね」


「市羽」


「何かしら」


「仕組んだな?」


「さぁ? ……でも、いつでも私を頼って頂戴。私はいつだって夜継君の味方よ」


そう微笑む市羽は、大層ご機嫌なご様子で何よりだよ。まったく。

あぁ、そうだ、これは市羽に限らず、ちゃんと言っておかないとな。


さっき使いに出した者達にも聞こえるようにダンジョン機能も使って、全員に伝える。


《「俺が寝込んでいる間、ご苦労だった。ありがとう」》


それから……。


《「これからもよろしく頼む。あぁ、それと遅くなった」》


今更だが、これも言っておかないとな。


《「おはよう」》

もちっとだけ続くんじゃ。




ブクマ・評価ありがとうございます。

これからもお付き合い頂ければ嬉しく思います。

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