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眠れる王  作者: 慧瑠
敵と味方とダンジョンと

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23/236

協力者

少し長くなってしまいました。

「でも本当に良かったですねー」


「先生、少し飲み過ぎじゃねっすか?」


常峰から連絡があった事と今日は休みになった事を伝えると、東郷先生も安心と喜びをみせた。

今日の予定としては、昼飯の時に手紙の内容を皆に話す事になり、そして今は昼飯時。


この後の予定も無く、立食パーティー形式で皆はそれなりに楽しめているようだ。

隣の東郷先生も、程よくお酒が入って上機嫌だし。


「良いんですよ安藤君。今日は、少しだけハメを外す日なのですよ」


「ぶっ倒れないでくださいね」


「平気です!先生はお酒に強い方なんです!」


ご機嫌な先生は、お酒を片手に別のグループの元へと合流しに行く。

他の皆も、今日は他愛無い話で盛り上がっているのか、絶えることなく話し声があちこちから聞こえてきている。


「安藤様」


「ん?あぁ、常峰の専属メイドさん」


「リピアとお呼びください」


「あ、はい。んでどうしたんすか?」


「勇者様方からのお誘いとはいえ、本当にご一緒してよろしかったのですか?」


パーティー状態となっている風景を見ながらリピアは言ってきた。

そう、今この場所には、俺達以外にも個人個人の専属メイド達も一緒になって食事をしている。


始めは遠慮しがちだったメイド達も、今では普通に皆とワイワイガヤガヤ楽しんでいるようだ。


「皆も楽しそうだし、たまにはこういうのもいんじゃないっすかね」


「そうですか…。あの、差し出がましくは思うのですが、常峰様は…」


「常峰は今は来れない状態みたいだけど、元気ではやってるみたいっすよ」


「そうでしたか」


リピアを横目に、常峰からの手紙を思い出す。


-少なくとも後一月はお世話になるんだし、友好関係を深める為、今日は無礼講として互いを知っていこう。そういう建前を装え。

一人もあぶれさせずに、メイドさん達を呼ぶように。

装えとは言うが、皆も変に気にせず楽しんで浮かれてもいい-


これが一つ目の常峰からの指示だった。

常峰の考えがしっかり分かるわけじゃないが、友好を深めておくのは目的の一つだと思う。


だが、常峰からの指示はまだある。その一つが…クラスメイト達だけで読むようにと言われた手紙を、この場で読むこと。

もちろん全てではなく、二枚あった内の一枚だけを。


先に常峰からの手紙を読んだのは、俺と新道と東郷先生、市羽と今回の協力者として岸が読み、全員に知らせるよりは少数で動いたほうが確実という判断で俺達だけが全て読んだ。

クラスメイト達には、大まかな事は口頭で伝えてあるが、全てを知っているわけじゃない。


「そういや、スリーピングキングの手紙ってどんなんだったんだ?」


突然、岸が皆に聞こえる様に言った。


パーティー状態だった騒がしさが静まり、一度視線が岸に集まる。


「そうだった。それじゃ、今から読み上げようと思うから良いかな?」


そして予め渡してあった手紙を新道が取り出し、掲げる様に見せた。

テンションが上がってきている皆からは、読めー!のコールが飛び始め、その空気にメイド達も聞く姿勢になった事を確認する。


「さっき伝えた皆で息抜きしとけっていうのは省くよ」


新道も確認できたようで、そう言って二枚の内の一枚を折りたたみ、一度喉を鳴らして残りの一枚を広げ読み始めた。


「拝啓皆様、お元気ですか?きっと元気にはしていることでしょう。

なんかいきなり転移させられましたが、俺の方はしっかりと寝れています。手紙を届けに人が来たと思いますが、知っての通り愉快な仲間達も増えました。


さて、本題だ。

本当ならすぐにでも皆の所へ戻るべきなのだが、現在の俺は戻れない状況にある。だが、俺自身は動けなくても動ける人材の確保はできた。


だから一足先に俺は情報収集の為に動こうと思う。

皆には、とりあえず訓練の過程は済ませていて欲しい。できるだけ実践訓練まで済ませきれてれば…Good!だ。

それが終われば、グループ事に行動方針を決めて、元々の目的の為に動いてくれれば、俺が動ける余裕が出てきた時にでも俺監修の最高の寝具を提供しに赴こう。


あ、後、阻害系のスキルや耐性のスキルには目を通しておいてくれ。

俺がいい例のように、そこも絶対に安全じゃないようだしな。


それじゃ、風呂入ってしっかり寝るんだぞ。また会おう。


皆の王様より


-追伸-

連絡は、なるべく早く各組のリーダーには取れるようにする予定。

後、外は思った以上に危険も多いが、ファンタジーしてます。



以上だ」


満足そうに読み終えた新道は、手紙を折りたたみ懐へ戻した。

皆の間には、なんとも言えない空気が流れている。


いやまぁ、そうなるよな。

俺も最初読んだ時、真顔になった。

言ってる事は分かるんだが、前後のオフザケ感のせいで台無しなんだよ。スベってるといってもいいだろうな。


「連絡を取れる目処はついているんだろうか。安藤君は聞いてるのか?」


真剣に話を聞いていた江口は、神妙な顔で俺に聞いてくる。

その辺りの質問がきてくれるのは嬉しい。質問が無かったら岸がしてくる予定だった。


「一応心当たりはある。

なんか、常峰が部屋でなんか作ってて、多分あれが連絡手段の一つなんじゃねぇかなって」


「常峰君のか。

僕も常峰君のを全部把握しているわけじゃないから何とも言えないけど、心当たりがあるなら大丈夫なんだろうね」


「ま、その辺は連絡が取れた時にまた話す。

俺達の王様は王様でなんか頑張ってるみたいだし、俺達は今はパーッと気晴らししようじゃねぇの」


そう言えば、パーティー気分の空気がゆっくりと戻り始め、また騒がしさを取り戻す。

常峰の事は、良くも悪くも話題に上がっている。


不満も聞こえてくるが、常峰だからなぁで呆れて認めてしまっているようだ。

常峰のスキルについての話題も上がりかけたようだけど、やっぱり声に出せないらしく話題は変わっていった。


クラスメイト達の様子を見ていると、市羽と目が合った。

市羽は、少なく目立たない様に俺に二本だけ指を立て見せ、すぐに食事に戻ってしまう。


「皆様、常峰様を慕っていられるのですね」


未だ隣に居たリピアの呟きが聞こえた。


「慕ってるのかは分からんすけど、それなりに評価はしてると思うっすね。

嫌味とか、気に食わねぇ事もあるのも確かだけど、それと並ぶぐらいには常峰は面倒事も引き受けたりしてくれてたんで」


「…常峰様が生きてると分かってから、皆様の様子が変わったのは私達でも分かっております。

常峰様が皆様に与える影響というものは、とても大きいようで」


「かもしれんすね」


この世界に来てから、良くも悪くも影響は一層でかい。

だからこそ、今回の事件をなあなあで終わらせるわけにもいかないんだろう?常峰。


新道と岸に目配せを送り、俺達は次の動きに備える。


----------

-------


時は過ぎ、ログストア王城から最も近い一等地に建つ豪邸。

所狭しと並べられた綺羅びやかな品々は、そこに住む者の財力を象徴しているようだ。


その豪邸の数ある部屋の一室で、月明かりを眺める男が一人。


「生意気な…。異界の者共め。大人しく従っていればいいものの」


オーマオと呼ばれるこの男は、先日あった(うるし) (あや)に危害を加えられた屈辱に震え怒りが収まらずにいた。


「オーマオ様、ご報告したいことがございます」


「ギナビアの犬か。何用だ」


「本日、オーマオ様のご命令で転移魔法により無差別転移を行った件ですが。

その対象となった常峰様の生存が確認されたようです」


「なんだと?」


扉越しに伝えられた報告に、オーマオは眉を上げた。


呼び出した異界の者達が勝手に方針を決め、行動の目処を付けている事は、オーマオにとって不本意なことだった。

その身に宿るスキルは強力であり、軍へ組み込めれば随一の戦力にもなる。だが、それに反対するのが自身の国の王であった。


その座を明け渡せとすぐにでも言いたいが、国民からの支持も高い現王に反発するのは立場を悪くする。

ならば…と、オーマオは異界の者を手中に収め、王の信頼を保持したまま発言権を高めようとした。

あわよくば、功績が認められ、不甲斐なき王を失脚まで追い詰めれば、自然と次期王は自分に支持を集められるだろうとすら思っていた。


その為にまず始めの一手としたのが、異界の者達に対して自分の発言権を高めること。


監視からの報告を聞けば、常峰と言う男が異界の者達を仕切っていると言う。

しかし常峰自身、ログストアの人間に疑心暗鬼な部分も強く、異界の者達は孤立気味。


その環境下での統率は、頭を落としてしまえば脆いもの。何より相手はまだ未熟な子供も同然。

師と仰ぐ者も一人居るが、あまり干渉をせずに現状では常峰の指示に従っているとも報告されていた。


そこでオーマオは一つ行動に出た。

監視にも付けていたギナビアからの協力者を使い、体制が整う前、混乱を誘発させきる今の内に常峰の排除する事を。


崩れた時に少数でもこちら側に付けさせれば、それだけで十分な成果になると考えて。


結果としては、まだ十分な成果は得られていない。

知識が足りず探知にも穴の多い異界の者達では、転移魔法を見破れずに確かに常峰の排除は行われ成功した。

そこまでは良かったが、異界の者達は付け入る隙を見せることは無かった。

警戒心が高まった事は予想済みで、犯人探しも考えていた通り。しかし、最も期待していたはずの内輪揉めが始まらない。


耳あたりの良い言葉を用意し、それ相応の対応の準備も済ませていたにも関わらず、一向にあぶれる者が現れなかったのだ。

それでもオーマオは焦りはしなかった。明らかに小さいが綻びは生まれ始めているのは分かっていた。

だからこそ、時間があれば成果が得られたにも関わらず…監視に使っていた者から告げられた報告は、オーマオにとって焦りとなる要因だった。


「戻ってきたのか」


「いえ、生存報告だけのようです。

現在対象は身動きができない状況のようで、対象から異界の者達への指示は現状維持と戦闘経験、防衛手段を身につける事でした」


「連絡は簡単に行われそうか?」


「それは不明です。

異界の者達の話を聞いた所、今回は使いを寄越したようです。

ただ…食事の場で、対象が用意したもので連絡手段が確立されている様な事は言っていました」


返ってきた報告に、少しだけ焦っていた気持ちが落ち着いた。

オーマオは、落ち着いてきた頭で考える。容易く連絡が取れないのならば、まだ手はある。まずは、その連絡手段の可能性は絶っておくべきだと。


「その連絡手段があるようならば、早急に見つけて潰せ」


「正直、罠の可能性もあります。あまり早急に動くべきではないかと…」


「意見ができる立場か?私は貴様の親国の協力者だぞ!

貴様は、そこから私の手足になるよう言われていたはずだ。バレぬ様にやるのも貴様の役目だろう。


分かったら行動しろ!これはギナビアの為でもあるんだぞ!貴様等とて、勇者共の存在は無視できんだろう!」


「…かしこまりました。ご希望に応えられるよう尽力いたします。

良き報告をお待ち下さい」


「当然だ」


鼻を鳴らし告げる言葉に返事はなく、扉の向こうにあった気配も無くなっていた。

静寂が包む部屋で、疲れたように息を吐きオーマオは椅子に座り、次の手を考え始めた。


連絡手段を潰したとはいえ、使いの存在がある以上時間が掛かるが連絡はできる。ならば、残されている時間もそう多くはない。

オーマオは頭を悩ませ、どうにかして異界の者達を…と呟く。


だが、やはり生まれた焦りは完全に消えていなかった。だからこそ、常峰の生存に反応を示し、動いてしまった。


----------


最近、着慣れ始めていたメイド服。

王城のモノである服は、やっぱりいい素材を使っているのでしょう。


なんて事を思いながら、私は王城の外壁に備えられている監視塔の上に立つ。


「何がギナビアの為でしょうか。傀儡なのは貴方も私も変わらないというのに」


夜風に溶ける呟きは、誰に届くわけでもなく消えていく。

眼前に聳える王城を眺め、ログストア城のメイドとして一年の間で覚えた王城内の地図を頭に浮かべる。


今回の任務で注意をする人物のリストアップも忘れない。

ゼス・バッカスは要注意。その直属の部下達ともできるだけ接触は避けたい。

次点で、異界の者達。

特に、接触可能性の高い安藤(あんどう) (かける)、勇者のスキルで気配に敏感な新道(しんどう) 清次郎(せいじろう)市羽(いちば) 燈花(とうか)。この三人には注意を払うべきだと頭に入れておく。


後の者達は、スキル効果が未定の為、警戒はできるけど対策ができない。

スキル内容を聞こうにも、常峰(とこね) 夜継(やつぐ)により本人からしか聞けなくなってしまったのは痛いことだった。


「常峰様のスキルもどうにかして確認しておきたい所…。

隷属化ではなく、限定して行動を規制した様ですし…尚且つ長距離連絡が即時可能なスキル」


私の知る所で、'念話'というスキルが浮かぶ。

対象を指定して口を介さず頭の中でのみ連絡が取れるスキル。


だけど、念話をEXで持っていたとして私が探知できない程の阻害スキルも持っているはず。

仮に念話のスキルだったとしても、私はそれに介入して盗み聞きする事もできる'傍受'スキルを身に着けている。


珍しいスキルでも対策スキルは存在している。

ギナビアにも念話持ちは二人だけではあるけど存在し、念話を傍受されても良いように暗号と隠語を軍の人間はマニュアル化している。

そんなものを呼び出されたばかりで、戦いも知らない様な異界の者達が使うとは考えにくい。


口頭で行われている会話に違和感は存在していなかったし、やはり念話の可能性が一番高いだろう。


「やっぱり、鑑定ができなかったのが痛いですね…」


一切鑑定が通用しなかった常峰 夜継のスキルに関しては憶測でしか語れない。


念話であれば、長距離連絡の際に使用する媒介があるはず。


私は念話である事を祈り、目的の場所へと'隠密'スキルを使用し向かう事にした。


-


足音を消し、闇に、空気に溶け込む様に息を殺し、常峰 夜継の部屋の前まで移動した。

隣の安藤 駆の部屋からは気配はする。だけど、こちらに気付いている様子はない。


ここ数日でよく見る事になった部屋の扉を静かに開け、暗い部屋の中を見回してみるけど、それらしい媒介は無い。

であれば、個人用に作った小物の可能性を考え、音を立てないように部屋を漁る。


ベッドの下 本棚 机の引き出し クローゼット 洗った常峰夜継の世界の服 カーテンの付け根 カーペット下 常峰夜継のカバンの中


隠せそうな場所を虱潰しに探していくが、目的のものは見つからない。


他の可能性があるとすれば…既に異界の者達の手によって回収されたか、私も知らない別のスキルの可能性。


考えを広げていると、部屋の外に複数の気配が近付いている事に気付く。


私は、部屋の明かりを点け、予め持ってきていた雑巾を手に扉が開くのを待った。


「リピアさんか…常峰の部屋に何か用っすか?」


予想通り開いた扉の先には、隣の部屋の安藤駆が立ち、私に気付き声をかけてくる。


「これは、安藤様。物音がうるさかったでしょうか?本日は、こちらのお部屋の掃除を後回しにしてしまい、今終えた所です。

遅くに失礼いたしました」


「掃除ね。コレ、探してたりしたんじゃないのか?」


予め用意しておいた言葉に返ってきたのは、明らかに私に向けられた敵意と、彼が見せてくるイヤリング。

そのイヤリングに鑑定を使えば、その内容は一切見えずスキル自体を無効化される。


導き出される考えは、そのイヤリングは常峰夜継が作った長距離連絡用の媒介。


「…」


「無言は肯定と受け取るのが定石らしいと常峰が言っていたんだが…どうなんだ?」


「まぁ、肯定でしょ」


言葉を発さない私の視界には、安藤駆の他にもう一人、きし 永禮ながれが並んだ。


スキルは、パーフェクトテイマー。名前から察するに、テイム系統の異常スキル。

どんな行程を必要とするのか分からないですが、考えうる可能性としては人間相手にも使えるスキルの可能性。


疑いを持たれてしまった以上、今後の事を考えれば排除してしまってから処理した方が安全でしょうか…。

気配は目の前の他に三人。五人を相手に無傷は難しいでしょうが、まだ戦闘慣れしていない相手ならば殺れない事はありませんね。


「どうして今夜動くと?」


私は雑巾を机に置き、太ももに着けてあるダガーベルトから一本短剣を引き抜き構える。


「今夜かどうかは知らなかった。だが、遅かれ早かれ動きがある事は予想してた。

まぁ、俺じゃなく常峰がな」


「スリーピングキングは、事故ではなく故意に自分が狙われたと考えて、今回生存報告を利用したんだよ。


早いタイミングでの生存報告は、相手も多少動揺するだろうけど戻れないと分かれば安心はするだろう。だから、あえて連絡手段が用意してある事を仄めかして動かせるきっかけを作る。

相手の目的は、俺達を取り込む事だろうし、崩れかけた状態でそれを行いたいと考えているなら、まとまりの要因になりかねない連絡手段の確認ぐらいはしてくるだろうって考えだ」


常峰様の予想が当たっていますね。

本当に優秀な限りで…。


「もし、動きがなければどうしたのですか?」


「別にそれでもいいって常峰は考えていた。

自分の思い過ごしで動かないのなら、ちょっと警戒しているだけで一月過ぎるのを待て。とさ。


どうせ俺達は、一月後には自分達の組で動きが分かれる。

そうなれば、手が出せるのはログストアに残る組ぐらいになるだろう。その頃には、自分も少しは動けるようになるだろうし、その時に炙り出しをするってよ」


一国の王と言うよりは、軍の王みたいな考え方。

ギナビアに欲しいぐらい有望株ですね。


聞きたいことは聞けました。

安藤 駆達も非常に有望株で惜しいですが、ここで死んでいただきましょう。


他の三人の警戒をして、握っていた短剣を投げ、ダガーベルトから追加で二本投げる。

私はその投げた短剣の後ろを、四本目の短剣を握り、まずは岸永禮の首を狙う。


短剣が迫ってきているにも関わらず視界に映る二人が動く様子はない。だったら、見えていない三人の内誰かが…


「いや、こえぇって」


動く様子の無かった岸永禮が、そんな言葉と共に投げた短剣をはたき砕いた。


あまりにも簡単に砕け散る短剣に驚きはしたが、私は止まる事無く攻撃圏内に入った岸永禮の首元に短剣を突き立てる。


「なん…で…」


肉に食い込み、血管を絶ち斬り骨まで到達するはずだった一撃は、そのどれも起こる事無く彼の皮膚に触れた先から短剣が崩れ落ちた。


弾かれたり、硬かったりではない。ただ、私の短剣が脆く崩れていくさまに、私は驚きそのまま岸永禮へと体当たりをする形に。


「おっと…おほ、いい匂いする」


「そこはこう…なんかカッコイイ言葉だろ永禮」


「いやいやげんじぃ、マジでいい匂いするって!」


その会話は私の耳を抜けていく。

視界を動かせば、見えていなかった三人が映る。


佐藤(さとう) (まこと)

長野(ながの) 源次郎(げんじろう)

並木(なみき) (さくら)


確か、組分けで常峰様と同じ組になっていた三人。


「そろそろ離してあげたら?ちょっとメイドさんが可愛そう」


「並木、それは酷くない?俺、命完全に狙われてたし、役得でしょ」


「はいはい。えっと…リピアさんだっけ?大丈夫ですか?」


動く気力が湧かない私に、並木桜から手が差し伸べられた。

五人に敵意はなく、もう攻撃される警戒すら感じない。


「あぁ、'攻撃はしないように'よろしくリピアさん」


一瞬、好機と感じ並木桜の手を取ろうとしたはずなのに、岸永禮からの一言でその意思が失せてしまった。

それどころか、攻撃をするという考えをしても、その思考が否定され消えてしまう。


頭を過るのはパーフェクトテイマーというスキル。


「お察しの通り、リピアさんは既に俺のスキル下だ。条件は'触れる'それだけだ。

そこに生物間の垣根もなければ、例え対象が隷属魔法を受けていても俺が上書きをする。もうリピアさんは俺のモノっさ!」


「言い方がきめぇ」


「まこっちゃん…もっとオブラートな言い方をだね」


岸永禮の説明に驚き、やり取りが頭に入ってこない。

上書きと簡単に言っていますが、そんな簡単な事じゃありません。最悪の場合、対象が死ぬ事すらあり得る行為を、触れるという簡単な条件でいとも簡単に、たった一瞬で…。


「スキルの事…私に言ってもよろしかったのですか」


そんな強力なスキルを知られれば、当然危険になることは分かっているはずです。

ましてや、命を狙った相手に伝えるなんて、愚かな行為を。


「別に構わねぇかな?

俺がリピアさんに'俺達のスキルの事は言うな'と言えばいいだけだし、何よりリピアさんとは今後協力関係で居る予定だから」


また脳がその命令を受け入れた。

確認のために、パーフェクトテイマーの事を口にしようとすると、不思議と声が出ない。


完全に主導権を握られた私は、逆に冷静になり開き直って気になった事を聞くことにした。


「協力内容については、後でお聞きするので…私の質問を先にしてもよろしいですか?」


「質問?」


首を傾げる岸永禮に私は問う。


「私の短剣が砕けた理由と、私が部屋に居るのが分かった理由を」


私は気になった。

あまりにも簡単に砕けた短剣も、私が居る事が分かっていた様な振る舞いを見せた態度も。


「流石に、戦闘経験も無かった方々が私の隠密を破れるとは思いません。

可能性があるとすれば、探知に長けたスキルなどですが…私が鑑定をした結果では、不明なスキルが多く理解が及ばないので」


「なるほど。この際だし、教えてもいいんじゃね?」


岸永禮は、佐藤真と長野源次郎に視線を送る。

この二人が私の質問の答えを握っているのでしょう。


この二人の異常スキルは…フラジールと黄道十二宮ゾディアック。どちらも私が知らないスキル。


「まぁいいか。短剣が砕けた理由は俺のフラジールの効果だ」


「フラジール…佐藤様、詳しく聞いてもよろしいですか?」


「詳しくと言ってもなぁ。俺の意思一つで、俺の周囲の一定範囲内のモノを任意に脆く、虚弱に、簡単に言や、壊れやすくできんだよ。

今回は俺の範囲内に入った短剣を脆くしただけ。それこそ、触れれば砕け散る程に脆く」


「ちなみに、リピアさんが居るのが分かったのは、俺の黄道十二宮ゾディアックで契約してる精霊の一体が監視をしてたからさ」


長野源次郎が指差す先には、窓から少しだけ顔を覗かせている小さな牛。

小さく可愛らしい牛は、私が視線を向けると、それに気付いたのか慌てて隠れてしまう。


何故かその姿に気が抜けてしまい、私はその場に座り込み、息をゆっくりと吐き出した。


「お答え頂きありがとうございます。

それで、私は何を協力すればよろしいでしょうか。情報を吐けと言うのであれば、隷属魔法により喋れば死ぬ様になっておりますが…その効果も恐らく岸様のスキルで無効にされたかと」


「うーん…でも、命令権は岸君にあるみたいだけど、隷属魔法はまだ解けきってないから、それは念のためにしないほうがいいかも。


っていうか、リピアさんのスキルって凄いね。暗殺に特化してるというか…暗器術とかいうスキルあるんだ。くノ一みたい」


私は驚きを通り越して、もう呆れてしまっていると思う。

当然鑑定スキルを妨害するスキルも私は身に着けた。そうそう簡単に視れないでしょうし、視られても良いようにスキルを偽装する装飾品も使っているんですが…並木桜は、私の隠しているスキルを暴いている。


「へー、表向きは鑑定スキルと裁縫スキルだけ見れるようになってるんだ。

スキルを偽装するアクセサリーとかもあるんだね。便利そう。


あ、知ってると思うけど私のスキル'鑑眼'って言うんだ。鑑定の上位互換みたいなスキルかな。

スキル効果も分かるし、基本的に妨害はされないの。常峰君は別だったけど」


正直、少し異常スキルを侮っていたと自覚しました。

鑑定スキルは、スキル名までしか分かりませんが、スキルの詳細まで分かる鑑眼は…敵に回せば脅威の一つになりますね。


スキルの詳細が分かるのなら、対策を練る事も簡単になってくる。それがどれ程の意味を持つか…分かっているのでしょうか。


「それで、情報が要らないとなると…私は、皆様に何をすればよろしいでしょうか」


私は、考えるのもバカらしくなり、答えてくれるのならば聞く事にする。


「あぁ、とりあえず雇い主には嘘の報告をしてほしい。

連絡手段は見つからなかった。恐らくハッタリか何かだろうって。んで、こっちが本題なんだが、リピアさんには俺達の相談役になってほしい」


「相談役?」


安藤駆から提示された内容に、私は困惑する。

嘘の報告はまだわかりますが、敵である私に相談役とは…一体。


「そう相談役。

俺達は、この世界の知識が少ない。だから、対策をするにも何を対策すればいいか分からない」


あぁ…そういう事ですか。

つまり、妨害スキル・阻害スキルを教えてほしいと言うことですか。


「分かりました。私に拒否権は存在していません。

私が知る限りでよろしければ、スキルに対する防衛手段をお教えいたします」


私の返答に満足したようで、最後に岸永禮から'今夜の事は内密に'と命令を下され、解放された。

私も最後にもう一つだけ気になった事を聞くことにする。


「ちなみになんですが…私に教えを乞うと考えたのは」


「常峰だ」


ですよね。

次は、常峰へ視点を戻そうと思っています。


ブクマありがとうございます!

良き評価や感想、レビューなどももっと頂けるように、これからも精進させていただきます。

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