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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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229/236

良い子はそろそろ寝る時間

合図などは無い。

もし合図らしきモノを決めるとするならば、常峰 夜継が目を閉じた瞬間。

真っ先に動いたのは市羽だ。


一息で市羽は魔神の神核へと距離を詰め、問答無用の一閃を振り抜く。

しかし、甲高い金属が擦れた様な音と火花を散らすばかりで神核には傷一つつくことはない。


「硬い」


神核に攻撃受けた魔神は動きが一瞬止まり、怒り狂った様に叫び声を上げ、市羽を呟きごと掻き消さんと残り三体の魔神が腕を向ける。


「今の私じゃ……厳しいわね」


夜継をビンタした震える掌を少し眺め、熱を持ち始める体にため息を漏らし、体内で暴れようとする魔力を制御しつつ完全に脱力をした。

足場にしていた魔力も消した事で市羽の体は落下していく。


そんな市羽を捕まえようと迫る魔神の手。


「こっちは問題なさそうで良かったわ」


呟きと同時に線が駆け、魔神の腕が崩れ散る。


「初手で終わらせに行くか? 普通」


「砕いてもいいと言われたじゃない。一番狙いやすいタイミングだったのよ……まぁ、思っていたよりも硬くて砕けなかったけれど」


「ハハハッ! まさか市羽から弱音を聞ける日が来るとはな! 常峰が聞きゃほくそ笑むな!」


「か弱い感じの方が好感触を得られるという認識でいい?」


「今更そりゃ無理だ! それに心配はいらねぇよ。必要なのはギャップってやつだ」


崩れた魔神の腕の破片を足場に近づいてきた安藤は、軽口を叩きながら市羽の襟首を掴むとスキルを使い、目を閉じて微動だにしない夜継の側で待機していたモクナの元へと一瞬で移動する。


「ありがとう。参考にして、今度、夜継君にしなだれてみるわ。それはもうとことんと」


言葉を発しながら市羽が夜継を見れば、目は閉じていても音は拾っている様でピクリと反応を見せつつ眉間にシワが寄っている。


「惚気んのは後で一緒にやろうぜ。んで結局の所、アレは斬れそうなのか?」


その言葉で眉間のシワが一層深くなる夜継だが、三人はチラッと一瞥するばかりで触れることなく魔神の攻撃を捌いていく。


目の前から忽然と消えた二人の人間を見つけ、そのうち自分の核へと攻撃した人間を狙い腕を、魔法をと打ち込む……が、攻撃をした人間を連れさった人間が拳を振るえば、己の腕は弾き上げられ、魔法はいつの間にか斬られ掻き消える。


この世の理にねじ込まれたこの世ならざる存在共。

離れた場所にも確かにある存在共。

その中でも特別目障りな三つの存在


己と同等かそれ以上の魔力量を誇り、宿敵を彷彿をさせ、先程から牙を向く憎たらしい人間もどき。

世界すら断ち切って見せ、コチラ寄りの魔力を操り、人ならざる領域の刃を振るう人外。

生命が幾つも感じ取れるうえに、その身で己と競う拳を振るう異物。


魔神は夜継に続き、市羽と安藤も敵と認識する。そしてその敵を討たんと咆哮した。


「すぐには無理ね。あの核を守っている魔力も、核自体に内包されている魔力もかなりのモノよ」


「時間を掛ければできるって聞こえるが?」


「そう言っているつもりよ? でもまぁ、私が斬り捨てるよりも夜継君の方が早いかしら」


「なるほどなぁ……ちょっと俺も試してみるか」


「お好きにどうぞ。盾の役目は代わってあげるわ」


「すぐに戻るさ」


安藤が投げた物を受け取った市羽は、それが安藤のスキルに関する物であることを知っている。

公開処刑をする前日に、市羽と新道夜継が回収していた物だが、こうしてまた自分の手元に'主の証'が戻ってきた。


これから安藤がどう動くか、それを市羽は分かっている。

既にレイヴンの名を持つ片割れが動き出しており、言葉を交わす事もなく動き始めた二人の様子と、わざわざ'主の証'を渡した理由から察するに初めからそのつもりだったのだろう。


「貴方もだけれど、彼女も随分と迷いなく戦うわね」


「……まぁ、何度も死にかけりゃ感覚も狂ってくる」


「死人が言うと洒落が効いて面白いわ」


「洒落なもんかよ。あの寝ぼけ鳥め、欠伸かまして'あっ……'とか言ってマジで片腕とか吹き飛ばしてきたんだからな。俺に関しちゃ何度か死んでるよ」


「それはご苦労さまね。ほら、そろそろ彼女が辿り着くわよ」


三つの敵は時間を稼いでいるのか、その場から動こうとはしない。

魔神は様子見がてらに無意味と分かっている攻撃を仕掛け続けるが、やはり考えを裏切ることはなく防がれ続け、隙があれば分体にすら攻撃を届かせてくる。

戦い続けていたあの三つの光の様に、生意気にもコチラを殺す空気を漂わせる様は非常に不愉快。


しかしその実力は認めなければならないのだろう。

現にこうして不快にも己が命を晒し、触れることを許しているのだ。

それは侮った結果であった。

永き時を戦い続けていた三つの光を侮り続けていたからに他ない。


底が知れたと思い込まされていた。

その三つの光では、敵ではあれど命に触れられる事はないと、永き時を掛けて刷り込まされていた。

故にその時まで使われる事のなかった技の全てに動揺し、対応を間違え、光の最後の輝きに目が眩んだのだろう。


だから魔神は三つの敵から意識をそらさない。

矮小な三つの敵を屠ればいいだけなのだ。

持ちうる全てを賭して敵を屠ればいい。


神に届きうるモノは限られている。

原初の魔王と対峙できたモノは一握り。

始まりの勇者と並ぶモノは極わずか。


魔神は敗北を知っていた。

それは神の片鱗の記憶であっても、魔王の頃の記憶であっても、勇者の血の記憶であっても、魔神となったその身でも。

己を害する個が存在する可能性を知っていた。


だからこそ魔神は敵を侮りはしない。自分を害する可能性がある存在を――「私の光は貴方にも眩しいですか?」


そう呟く存在が視界に割り込んで来るまで気にもとめず、気付きもしない。

三つの敵のどれでもない。確かに敵の隣には居たが、ソレの存在は敵に値しない。


「やはり私では届かせる事すら叶いませんか……」


警戒にも値しないソレ――モクナが振るう剣は、神核に触れる前に魔力に阻まれた。

神核からただ溢れ出すだけの魔力を越えることすら叶わない。


だがそんな事、魔神は当然、モクナも予想済み。今の一撃はただの様子見でしかなく、当初の予定通りに、ジーズィとの訓練の際に生まれた自分達の戦い方で次を振るう。


「頼みました。レイヴン様」


モクナは手に持っていた盾と剣を軽く上に放り投げ、肉体強化の魔法を用意する。それは自分のためにではなく


「任せてくれ。レイヴン」


モクナの言葉に答え、モクナを抱きかかえ、その身に肉体強化を受け取った安藤が大剣へと形を変えた武器を握りしめ全力で振り下ろした。


――巨石が地面に落下し叩きつけられた様な轟音。


その技には市羽の様な精密さや美しさはない。力任せの一撃。

それでも漂う魔力を軽く吹き飛ばし、大剣の刃は神核に凄まじい衝撃を与える。


「なるほど、こいつァは確かに硬い」


そんな衝撃を受けても尚、無傷の神核を見て安藤は呆れた様に言葉をこぼす。

対する魔神は怒りの声を上げる。


届いた。

衝撃を感じた。

命の火が揺れた。


目の前の敵の攻撃が。寄り添う矮小な存在の手引によって。

ならば、そうなるのであれば、矮小なソレも敵に足りうる。


吠える。

吠えて振るう。

腕を、魔法を、魔力を、戦い続けて覚えた方法すら用いて屠る。


「おうおう、戯れようぜ魔神サマ。玩具はたくさんあるからよ」


言葉を残して二つの敵は眼前がら消えた。代わりに現れた白銀の鎧を纏う騎士の刃が、魔神の両腕を切り飛ばす。


「あら、貴方も随分とご機嫌の様だけど、彼まで出てきちゃ本末転倒じゃないかしら?」


「そう言うなよ。王様がやる気なんだからよ、望む勝利ってやつを持ち帰りたくなるもんだ」


「いつからそんなに忠誠心溢れるようになったのかしら……不思議ね」


「アイツ等もお前には言われたくないと思うぞ?」


二人の視線の先では嬉々として不可視合わせて二十の剣を操る白銀の騎士。


「どうやら他の方々もお手を貸してくださるようですね」


「あらまぁ」


モクナの言葉に視線を動かせば、四つある魔神の上半身の一つが穿たれ、燃え、塵と化した。

攻撃をした当人達は、その獰猛さを表したように笑みを浮かべ体は燃え盛り、空気を裂き鳴らす。


その光景を見ていたのは市羽達だけではない。

三人を送り出したクラスメイト達の他にも、帰還用魔法陣の縁近くにある瓦礫に腰掛ける常峰 光貴が愉快そうに声を出しながら笑う。


「いいねぇ。本当にいい仲間達だ。信頼はしていても、任せる所は任せても、テメェでやろうって気概を忘れてねぇ。その距離感は大事だ。その在り方がやー坊を活かす。

生かされてるなぁ、やー坊。 必要として、必要としてもらって、やっとそこで自分なりの理由付けを終えて、お前は'全部どうでもいい'と思うことを止められる」


光貴は一人呟きながら、その視線を魔法陣内で待つクラスメイト達へと向ける。


「レイヴン君なんかは薄々察しているだろう。やー坊は、本当に孤独で生きていけるってよ。泥水啜って、蔑まされ続けて、それでもやー坊は適度に笑って勝手に死んで、それでいいとやー坊自身が完結させることを。

よかったなぁ。頑張った甲斐があったじゃねぇか? いい夢見れそうじゃねぇか……なぁ、やー坊」


一人ぼやきながら視線を夜継へと戻そうとすると、自分の方へ歩いてくる人影に光貴は気付く。

その人影は、光貴の前まで来ると深く頭をさげる。


「はじめまして、ご挨拶が遅れてしまいましたが、常峰君のクラスの担任をしています。東郷 百菜です。えっと、常峰 光貴さんでお間違い無いですよね?」


「おぉ、これはご丁寧に。彩の祖父の常峰 光貴です。やー坊とも親戚になります。こんな場ですが代表として、いつも二人が世話になっとります」


「そうでしたか……漆さんの……」


場に似つかわしくない授業参観に来た保護者と担任の挨拶。


東郷は光貴の話を事前に聞いていた。

こちらの世界では非常に珍しい写真も確認しており、帰還魔法陣を見に来た。と寄ってきた人物が常峰 光貴だと。漆との繋がりまでは聞いていなかったが……。


「まぁ、彩は俺の事を心底苦手みたいなんで、知られたくはなかったんでしょうよ。そんな事より東郷先生、魔力の調子は如何かな?」


「あ、いえ、はい。お気遣いをありがとうございます。でもよくお気付きになられましたね」


「生憎と聖女に関しては知識があるもんでね。あんまり無理をするもんじゃないですよ先生。コニュアちゃんか……いや、さっちゃんの日記から得た知識ですか。使い方がそっくりだ」


聖女というスキルは、'信仰'に集約される。

信仰者が多ければ聖女は神にすら匹敵するほどの権限を有する可能性がある。それが常峰 光貴が導き出した答えであり、嘗ての聖女――福神 幸子は体現してみせた。

それでも魔神を討つまでには至らなかった……のだが、その過程で聖女のスキルと'共有回路'という魔法を応用し、一つの恩返しを形にした。


―信仰恩恵―

聖女が認めたモノに限り、聖女が肩代わりをする。

肩代わりをするモノも、その割合も聖女の思うまま。


信仰者に対する恩返し。

東郷は福神の日記からその方法を吸収し、現在も前線に出るものを対象として切り替えながら行っていた。

負傷も、消費魔力も。


「単純な回復魔法は自分にする方が楽ですからねぇ。受ける様々な攻撃に対し肩代わりをして常時自分を回復する。その隣では待機者が休憩がてらに回復する魔力を少しずつ貰い、一定以上の魔力を維持し続ける。信仰するモノの貢物を受け取るのは、信仰されるモノの特権だ。それでも信仰するモノの個体差はある。

東郷先生はよく分かっているんですね。生徒達の事を」


だが、できるからと言って維持し続けるのは簡単なものではない。数が多ければ誤魔化せる部分もでてくるが、それでも簡単とまではいかない。

動き、消費、性格、様々な個人に対する情報を知らなければ難しい。

福神 幸子はそう記している。


光貴は東郷がソレを使っていると察し、負担が少し減るようにと、周囲の魔力を少しだけ弄っていた。


「どうでしょうか……ちゃんと知ってあげられていればいいなとは思います。でも、もし私が皆の事を知れていたとしたら、それはきっと皆がいい子だからですよ。

こっちの世界では常峰君に任せっぱなしで、皆が強く、しっかりとしていた他ありません。もちろん漆さんも」


「他の子達を詳しくは知りませんが、彩もやー坊も癖が強かったでしょうに、変に気を使わんでください。それにねぇ先生、やー坊に任せても大丈夫と思えるぐらいには、やー坊の事を見ていて知っているって事ですよ。

そんな真っ直ぐな目をして言えりゃ、世辞でも本心でも立派なもんだと俺は思いますがね」


「ふふふっ、ありがとうございます。でも別に気を使ったわけでは――ッ」


東郷が話しているにも関わらず光貴は咄嗟に腕を振り、合わせた様に袖から散らばる札の数々が東郷の側面に壁を作った。

瞬間、爆発音と共に爆風が東郷の髪を荒々しく乱す。


「どうやら話はここまでのようで。どうやら魔神の野郎が先生達も敵と認識したみてぇで、生徒さん達の所に戻った方がいいでしょう」


座っていた光貴が腰を上げその視線を魔神の方へと向き、東郷も釣られるように視線を向ければ、佐々木と田中が消し炭にした魔神の肉体は無数の魔物の形をした群れへと変わっており、残る三つの内一体が東郷達を凝視しているのが分かる。



他方を見渡す瞳に映る光を憎みながら魔神は思う。

光が増えた。

いや、元よりあった淡い輝きが、眩しく強く輝き始めた。

見覚えのある光が導いたのか……いや、違う。


魔神は分かっている。

ただ一つの光が煌めくのを止め、帷の様な夜を敷いた。その帷が輝きをより一層強くさせている。

己と渡り合っていたはずの光が動かない。代わりに輝きを増した光が邪魔をする。

払わなければ閉ざされそうになるにも関わらず、幾度も再生させた腕は何度でも斬り捨てられる。


群れで襲わせても光が消えない。

手数で攻めても幾多の光が瞬き輝く。

全てを払い屠る為の一撃すら――


「焦っているのかしら? 構築が甘いわ」


「おいおい、気合が足りねぇぞ?」


光の前に消えていく。


そこでやっと魔神は気付く。

おかしい。

飲まれていく。

世界が狭い。

歯向かう光の存在しか分からない。


――引きずり降ろされている?


『どうだ、俺の仲間は強いだろ? しかし残念だな魔神……お前が勝てるのは俺だけみたいだな。クラスメイトの誰か一人居るだけで、お前の目論見も希望も打ち砕かれる。

俺はお前に勝てないのかもしれないが、俺はコイツ等がお前に負けるとは思わない』


頭の中に声が響く。

その声の主を探す必要は無かった。


『まぁ、安心してもう少し遊んでいけよ。シメはお前が勝てるかもしれない俺がしなきゃならんみたいだからな』


見ていた。

閉じていた目が開かれ、ただただ眠そうな瞳が己を見ていた。


『時間はそれほど余ってないぞ?』


夜の帷が命に触れた。

途端に揺らぐ視界に、魔神は狼狽え無差別に攻撃を広げる。


願わくば敵の中でも早々に処理しなければならない敵。

個で対峙している時に思わなかった感情を持ちながら。


『そら、もう少しで』


魔神はそこで初めて気付くのだ。

その敵から距離を取らねばと考えた事に。

敵と認めたソレに。

周囲を輝かすソレに。

泥沼に沈むようなその感覚に――


『おやすみの時間だ』


――恐怖した事に。

かなりおそくなりました。

年始に爆弾が発掘されやがりまして、その処理をしていたら気がつけば月半ば。

謎ですね。



評価・ご感想・ブクマありがとうございます。

これからもお付き合い頂ければ嬉しく思います!

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