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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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226/236

対魔神戦 参

「これは良くないね」


常に気を張り続け、些細な変化も見逃さない様に戦場の全てを俯瞰していたコア君は、常峰では気づけていない事に気付く。


魔神は常峰達が抑えられている。

戦況は悪くない。

優勢である事には変わりない。

常峰達の攻防を見て士気を上げ、勢いを増しながら連合軍の進軍は止まらない。


「強すぎる故って感じだね。もしここまで見越して居たとしたら、僕は君が怖いよ常峰君」


流石にそこまではないかな。と言葉を続けるコア君は小さく微笑みながら、魔力の壁に阻まれ降り注ぐことのできない剣の雨を見上げる。


「まぁ……見越せなかったから、見通せる位置に僕達を置いたんだろうね」


「おい、初代」


少し疲れたように呟くコア君の後ろから、暴力を形にしたような大剣を肩に担いだ三代目ダンジョンマスターが声をかける。


「やぁやぁ三号、正面の守りをしていたはずだけど……どうしたのかな?」


「殲滅したぞ」


「んー、そっかぁ……殲滅できちゃったかぁ」


コア君が肩越しに三代目の顔を見れば、その表情は晴れやかとは程遠く、険しさを帯びている。


「ニ号の所には行ったかい?」


「優勢とは言え負傷者が多い、若造の連れも負傷者として運ばれてきて、更にゃなんでかガキ共と鬼も一緒と来た。状況は伝えたが、勝手にそっちでやれってよ。

まぁ、アイツもテメェと同じ考えには至ってるだろうよ」


「アイツもってことは、三号も大体は察してるって事でいいのかな?」


「ここまで露骨にやられりゃあな」


二人の視線の先には未だ多方面に渡って行われている大量の召喚。

しかし、何故か正面――ログストアへの道にだけは魔物の姿が一切無く、ログストア国周辺のみに密集して攻めてくる様子がない。


「足止め……というよりは、外の状況を気付かせない為かな」


「そうだろうな。現に若造共は外の状況に気付けていない。ログストア奪還を目的に攻めていたはずの部隊が分散されてギナビアとリュシオンの部隊と合流し始めちまっている」


「だけどログストアの周りには十二分に集っているからねぇ。一見すれば防衛体制にも見えなくはない。そしてその中心に居るのは常峰君達で、常峰君達にとっては下の魔物は取るに足らないだろうし……まぁ、その前に、あの戦いには参加するなんて厳しいどころの話じゃないからね。

勢いがある内に攻めるのは間違いじゃないと思うよ」


「指揮官の中に気付いている奴等も居るようだが、下手に士気は下げられねぇだろうな。若造達も魔神の相手をしながら周囲に気を配るなんてのできねぇだろ」


「うん、そうだね。どうやら魔神は常峰君を完全に敵だと認識したみたいだし、僕の予想が正しければ厄介な事になるかな。だから……頼むよ。三代目」


コア君が言い終えると同時に、三代目は自分にダンジョン権限が譲渡された事を理解し、一瞬だけ目を見開いた後、静かに頷いた。


「同じ轍を二度は踏めないよ? 僕等は王の器ではなかった。だけど、失敗を知っている僕等なら王の器が育つ手助けぐらいはできるはず。僕等は彼に期待をしてしまったからね、だから彼が頑張ろうとしているのなら僕等はその背を支えてあげなきゃならない。

期待をしたならその分の責任がある。どれだけ惨めでも、その背中を見せつけなきゃいけない。僕も君も二代目も、そして彼も男の子だからね。彼の為に古き者として、カッコの付け方一つぐらい教えてあげなきゃだ」


「だからテメェは入れ込みすぎなんだよ。テメェが思う以上に若造も、他の奴等もテメェをしっかり持ってるもんだ。

テメェもしゃしゃり方を間違えんなよ。'―――'」


「――! あぁ、そういえば僕はそんな名前だったね。ふふっ、懐かしい……でも、もう呼ばないで欲しいな。今はコア君で十分、気に入っているんだよ。'―――'」


悪戯を楽しんでいる様な笑みを浮かべるコア君に、三代目は猛獣の様な笑みを返し、二人は軽く手を打ち合う。


「くだらねぇ仕返しする暇があんなら、さっさと準備しろ」


「ふふふっ。そうするよ」


打ち合うというよりは、叩かれた手のひらを痛そうに振るうコア君の空気が変わる。

ヘラヘラとした雰囲気は消え去り、怒気を孕んでも崩れなかった笑みは抜け落ち、コア君の全てが失われていく様な錯覚が生まれていく。



――その昔、突如として後に難攻不落と呼ばれるダンジョンが現れた。

そのダンジョンは進んで被害を生み出す様な事はなく、ただ静かにそこにあるだけのダンジョンであったのだが、資源の宝庫でもあるダンジョンに手を出す者が居るのは必然。

しかしダンジョンが完全攻略される事はなかった。住まう者達は驚異的な強さを誇り、挑戦者達の心を嘲笑う様な罠の数々が攻略の困難を極めさせた。

難攻不落と言われた要因が多々ある中で最もそうであると言わしめたのは、住まう者達の強さでもなく、数々の罠でもなく、ダンジョンマスターの存在である。


ダンジョンマスターを見た者は少ない。

ダンジョンマスターを見て生還した者は更に少ない。

何よりそのダンジョンマスターは魔法を得意とした。


ダンジョンマスターが操る魔法は唯一無二。

その魔法は防御不可能と謳われた。

その魔法は圧倒的な射程距離に加えて絶対的な精度を誇った。

故にダンジョンマスターの敵がその姿を見る前に、いつの間にかダンジョンが停止したその日まで多くの敵が屠られてきたのだ。


ただ、その魔法を見た者は言う――



「美しい」



三代目の口から漏れた。


コア君の存在が希薄になるに比例して、存在感を増し続け重なり続ける幾何学模様。

一秒一寸の狂い無く時を刻む懐中時計の様に精密で精巧で、そうある事を極めたかの様に芸術的な魔法陣。

その美しさはゆっくりと発動を待ち続けながら、更に深く深く磨き上げられていく。


--


「おじさま、少しまずいかもしれませんわ」


「おぉおぉ、確かにマズイかもしんねぇな。 やー坊!! ……やっぱ聞こえちゃいねぇか」


「念話も無理そうね。常峰君と同じ? 似ているけれど……どちらかと言えば、メニアル寄りの力かしら。違うわね、そう、あっちも別物で本物といった所かしら――――うん、問題なさそうね」


隣で刀を振り続けながら呟く市羽を常峰 光貴は横目に見る。

数秒先の未来を見続けていた光貴は自分の力を疑った。


確定した未来を見ることはできない。

幾多にも分岐する未来の行動の中で、更にその先に自分の行動を追加して辿り着く望む結果を光貴は選び続ける……はずだったのだが、全ての未来視に市羽が介入してきたのだ。


未来視をすれば行動制限が掛かる。

視る先が長ければ長いほどその制限は大きく、市羽の介入後の未来を視る為にと光貴は既に片腕と片足を魔法陣に拘束されている。にもかかわらず、どの未来を進もうとしても市羽は当然のように全てを斬り伏せている未来が待っていた。


「流石にここまでやられると、ライルやアルベルトでも苦笑いしちまいそうだな。しっかしおじさま呼び、いいな……っと、そんな阿呆をぬかしてる場合じゃねぇ」


首を動かして軽く周囲の確認を終えた光貴は大きく息を吸う。

同時にまた一つ、新しい魔法陣が光貴の身体を拘束する。


「嬢ちゃん」


「ご心配なく。私の身も、おじさまのお体も」


「そうか? ほいじゃお言葉に甘えちゃおうかねぇ」


どれだけ先を視ても市羽が居る事には諦めた。

そこで光貴は切り替える。


身の守りを最低限の保険のみに。

安藤達の援護を少し強化し、それ以外の全てを流れる未来の処理と選択に回す。

何十、何百、何千の分岐と収束を続ける未来の先、どの未来を選んでもそこから先が視えない一つの結果があった。


「野郎……やっぱりやー坊を取り込むつもりか」


呟く光貴の言葉を耳に、市羽の脳内でも無数の思考が並行して行われていた。


攻防に関する取捨選択は呼吸するように行われ、空間魔法によるメニアルへの援護も欠かさない。

新道達にもしもが無いよう常に気配を取りつつ、安藤達の動きと常峰の姿を視界に。

そしてリアルタイムでログストア国内の状況を全て把握しているからこそ、市羽は光貴の元へ移動して常峰の邪魔にならない位置で得られる魔神の情報を処理していく。


「下手に進軍されるより夜継君の気が散らなくて良さそうね。外でも気付いている人は出てきているようだし、こちらに集中できる様にダンジョンを切り離したのかしら? まぁ……そうね、彼が信じているのであれば私もそれに習うわ。

となれば、時間は――足りない。もう夜継君も魔神も動き始めてしまうわね。それならいっそ、見られる所まで見せてちょうだい」


--

-


「レイヴン、変われ」


「「ハッ!」」


声を掛ければ、二人の返事と同時に側へ移動してくる二人の気配。

ゆっくりと目を開ければ、何回安藤に吹き飛ばされたか分からない腕が再生しながら迫ってきている。


十分に回復した魔力で魔神の腕を払えば、さっきよりも簡単に払い飛ばせた。

そして受け止め続けていた剣の雨。

更にその向こうにある魔法陣に向けて魔力を伸ばし――破壊する。

さて、本当ならココから調整しながら戦わなきゃなと思っていたんだが……。


小さくため息を漏らしつつ、俺は安藤とモクナさんを魔力で包み、驚いている二人を一瞥して遠くへ吹き飛ばす。


「なっ! おい!」


「市羽と合流しろ」


一方的にそれだけを告げ、自分の周囲を魔力で包んだ瞬間、身体が麻痺したのかと錯覚するほどのビリビリッとした感覚が身体を駆け抜けた。


――干渉。


嫌な予感がしたから何が来るかと思えば、俺に向けてと言うよりは、俺を含めた周囲に向けての干渉か。

あわよくば俺まで……そんな意図でもあるのか、乱暴なくせに気を抜けば何かが持っていかれそうな程の強烈な干渉。

そしてその干渉を拒否し続けた結果――俺と魔神だけの世界に隔離された。

福神 幸子に呼ばれた時と同じで、いや似て非なるものだな。俺の周りだけを残してすっぽりと、右も左も上も下も、前後余すこと無く別の世界。


驚いた。

本当に別の世界だ。福神 幸子に呼ばれた時はこんな事無かった。

スキルを使ってるからハッキリと分かってしまう。魔力を感じない……回復が一切行われないのは、流石にマズイぞ。


「考えが甘すぎたか?」


横薙ぎに振られた腕を飛び上がり避ければ、過ぎた腕から小さな腕が生え、空中を跳ね回る俺を追尾しながらも増え続けていく。


回復するのなら問題ないが、魔神の攻撃を防ごうとすれば相応の魔力を持っていかれる。それに俺はさっき剣の雨を止める為に回復した魔力の半分以上を使っているわけで……キツイな。


小さい腕を回避し続けていると、増えた腕が束になり一本の大きな腕へと変わり速度を上げてくる。最小限の魔力で空中に足場を作り、それを使って方向転換と加速を行った先に次の攻撃。

俺の顔面サイズの指先。

回避行動――間に合わない。


「ぐっッ」


歯を食いしばり、自分の魔力で自分を吹き飛ばし、無理矢理飛んだ軌道を変える。その先に別の足場を用意して、体勢を整えつつ着地して見上げると、視界いっぱいに広がる無数の手。


「あ、抜け道がねぇ」


瞬時に分かってしまうのが嫌になるな。

そんな事を思うと同時に思考と身体は動いている。

必要な分の魔力を弾き出し、袖から出ていく武器を操り防ぐためのドームを創り上げ、攻撃を受け止める為の準備を終える。


ギリギリだ。

終えると同時に轟音と衝撃が駆け抜け、目の前の壁は罅割れては修復を繰り返して攻撃を防ぐ。


いや、ギリギリどころか足りていないな。

修復が追いつかず、壁を抜けた腕は容赦なく俺の身体を弾き飛ばす。


ケチったつもりは無かったんだが、余力を残そうとしたのは間違いだった。

余らせた魔力がスキルに反応して睡眠時の自動防御を発動しする。しかしその上から握られた左腕は潰され、右腕や脇腹に刺さる拳は容易く骨を砕き、口から吹き出る液体は赤く鉄の味がする。

それでも猛攻が止まず、俺は呼吸が出来ているのかすら怪しい。


「っぁ……ぁ……」


攻撃が止んだ。

はて、俺はどれぐらい攻撃されていたんだっけか。意識はハッキリしているんだよな?

身体が動かない。立てているのかも、繋がっているのかも分からん。

ただ頭が重い。服が重い。多分くっついてる手足も重い。鬱陶しいほどに寒気もしやがる。


息は吸えているのだろうか。

視界が真っ黒だが、今度は魔法でも使われたんだろうか。

それにしても一方的だな。さっきまで余裕はあったのに、こうも簡単に追い詰められるとは、何が起こるか分からんもんだ。


「……ぁぁ」


そうか、もういいのか。

魔力が無くてスキルが発動しきれていないのか、本当に今がタイミングだと囁いているのか……まぁ、どちらでもいい。


考える必要もない。

――悠久の時を敷き


死にかけなのぐらい流石に俺でもわかる。

――至福の時を被り


だけど別に死ぬ気はない。

――夢と現の狭間で眠る


吉と出るか凶と出るか。

――その世を統べるは我であり


頭の中で勝手に浮かぶ言葉を紡げば、ただでさえ重い身体が更に重くなるのだが、同時にそれが一つずつ外れていく感覚がする。

そして最後の言葉を口にすれば……


「――我が王也――」


身体の内から魔力が溢れ出した。

まずは、遅くなりすみません。

足の付根辺りが厄介な事になりまして、座る事ができない日々と戯れていました。やっとちょっと座れる様になりました。

よくまぁ色々と問題が起こるもんだ……と自分でも呆れます。

この二週間とちょっと、ノートパソコンが欲しくなりましたね。



ブクマ・評価ありがとうございます。

こんな私ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

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