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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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225/236

対魔神戦 弐

時間が経つに連れ、魔神の攻撃は熾烈さを増す。

比例する様に俺の感覚は研ぎ澄まされ、まだ先があったのかと驚かされる。

今の俺なら市羽やメニアルの動きも追える……いや、追えるには追えるんだけどさ。分かっちゃいたけどさ。

メニアルはともかく市羽は人間離れしすぎだろ。市羽とメニアルの二人だけで、一撃も漏らす事なく魔神の攻撃を空へ流すか防ぐとか……頼もしいったらありゃしねぇ。


「爺!!」


「先に行け!」


爺が大げさ気味に腕を触れば、周りを縦横無尽に駆け回っていた無数の札が俺の元へと集まり、魔物や魔神の攻撃を正確に受け止めていく。


二人で攻めようと思ったが、魔物の数が多すぎるな。爺が完全に足止めされている。

俺の援護をする余裕はあるようだが、前には進ませてもらえなさそうだ。


鬱陶しそうにする爺に軽く手を上げて返事をし、思考よりも先に答えを出す直感に任せて攻撃と魔物の間を駆け抜けていく。

札に加えて、保険で維持している魔力の壁を抜けられる攻撃はなく、不自然な程にすんなりと俺は魔神の目の前へとたどり着く。


横から暴風にも似た音を響かせながら迫る手を、更に大きな音で上書きする魔力の拳で軌道をそらせなつつ、こう接近して改めて思う。

デカイ。


蝿を振り払う様な動作の攻撃でも、対応を怠れば一瞬で俺は吹き飛んでいくだろう。

しかし防ぐにしても、逸らすにしても、消費する魔力量が馬鹿にならん。

これでもできるだけ消費は抑えているはずなんだけどな……。


魔神が拳を後ろに引いたのを確認した俺は、魔力を練り上げて同じサイズの拳を創り上げ、同時に振り抜き拳同士をぶつけ合う。


「ッチ……これでもまだ向こうが上か」


スキルで魔力消費より回復の方が上回っているからいいものの、こんな奴に正面切って戦った歴代勇者達には感服するぞ。


「ん?……あぁ、まじか」


正直、被害を広げない様に守りに徹して時間を稼げばいいと思っていた。

しかしどうやら、それじゃダメらしい。


魔法陣の輝きが少し増したかと思えば、出てきていた魔神の身体が少しだけ伸びた。

いや、伸びたと言うよりは本来の部分が少しコチラ側に出てきたんだろう。

少しだけだというのに、さっきよりも威圧感は増し、若干押され気味だったはずの拳は容易く打ち砕かれた。

当然のように、その余波で爺の札も塵になる。


「分からん事が多すぎる」


状況から判断するならば、今は召喚途中で、その召喚進行具合で魔神の強さが上がる。

ただ俺は魔神の全貌を知らない。

一見すれば上半身は完全に出ているんだが、下半身は人の形じゃなくてもっとデカイです。なんてオチもあるかもしれんしなぁ。


魔神の召喚進行を止める事ができるのかどうか……いや、そもそも進行を遅らせられないとまずいんじゃないか?


「爺――は、遠いな」


先に聞いておけばよかったな。爺なら魔神の全体像を知っているだろうし、何より向こう側で神核とやらが破壊される前に召喚が終わってしまった場合……向こう側の神核を破壊する方法があるのか?

言い方的には内と外で分けていた。だが、爺は召喚の歪みに吹き飛ばされて外に出てきた。

あの魔法陣の向こう側は、もしかして内側にも繋がってるなんて事はないだろうな。初代やアルベルトさんまでこっちに出てきたら……いよいよ封印以外浮かばなくなるぞ俺。


もしもの場合を考えて頭を回している最中でも、魔神の攻撃は続く。

召喚する魔物が強くなったなんて事はないが、召喚頻度は上がった。魔法は威力も上がった。物理的な攻撃も威力に加えて、今までのように大ぶりオンリーではなくなった。


「厄介だ」


巨大な大本の腕から幾多にも枝分かれする腕腕(うでうで)

腕腕なんて単語初めて使ったわ。

召喚の魔物省いても、多勢を相手にしている気分だ。


「途中で一睡でもしてたら死んでたな」


抜ける間のない攻撃の中に自分の魔力で無理矢理抜け道を作り、一気に魔神の眉間の辺りへ迫る。

次はこっちからだ。

そのまま足に武器を纏わせ、鋭利な形状で固定して全力の蹴りを放つ。


「なんっ!?」


まず一撃。

そう思ったはずの蹴りは空を切った。


カクンと後ろに引かれた首。

開いている口には、膨大な魔力が収束していく。


「っっしゃらくせぇ! そう何度も食らうかよ!」


蹴りの遠心力をそのままに、魔力の足場を作って踏み込みで力を加速させ、自分の足を基点に巨大な足を魔力で創り上げる。

そして身体をできるだけ捻り込み、攻撃の流れを絶やさずに魔神の顎を蹴り上げ、追撃に真上を向いた顔面めがけて魔力の拳を叩きつけた。


行き場を失い、強い衝撃を受けた魔力は魔神の口の中で暴発する。

同時に声にならない音を上げる魔神に、それなりに効き目があった事は分かった。

暴発の突風で吹き飛ばされないように身体を魔力で固定して様子を見れば、魔神は自分の顔を両手で覆い、僅かではあるがゆっくりと魔神の身体が魔法陣に吸い込まれていく。


あぁね、そういう感じ。

基準は分からんが、攻撃を与えれば召喚の進行を止められる。それどころか、もう一度魔法陣の向こうに叩き込める可能性がある。

守りに徹していると時間経過か、はたまた魔神のテンションか、何かしらで召喚が進行すると。


この俺の予想があっているのならば二つ気をつけないといけないことができた。


「一つ、守りに徹しすぎると召喚の進行が進む。それは帰還にも影響が出てくるだろうし、最悪取り返しがつかない状況にもなる」


そしてもう一つ……福神 幸子との約束。

魔神を殺す為には、内と外での神核の破壊が必要。完全に魔神を魔法陣の奥に押し込んだとして、その先が想像できない。

爺曰く、福神 幸子曰く、再封印のルートは大体潰されているはずだ。んでさっきの魔神の様子からするに、召喚の進行割合でこっちと向こうの魔神の強さが変わっている場合、向こうが強くなりすぎると、神核が外に出てこなくなる可能性がある。


「つまるところ、攻めすぎても守りすぎても面倒な事になる」


瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。

気がつけば声も出さず静かになっていた魔神の目は、指の隙間から間違いなく俺を捕らえている。だが悪寒の元はこれじゃない。

もっと別。

上?


「まじか」


見上げた先には、天を覆う魔法陣の向こうから落下してくる真っ白な剣が見える。

それも一本じゃない。はるか上空から剣が次々と迫ってきている。

一言で表すなら剣の雨だ。


あの剣、完成度というか、感じる気配は段違いだが、初対面の時にコニュア皇女がメニアルに使った魔法か?

大本が魔力なら、防ぎ続ければ消えてくれるか? ってか、いつの間に発動した? 気付かなかったぞ。

ダメだ。考えてる暇がない。とりあえず防ぐことが優先だ。


どれぐらいの範囲で攻撃がくるか分からん。

使える魔力を最大に使って、広く、厚く、維持を。


「まぁ、俺でもそうする」


受け止める準備を終える頃を見計らい動き出す魔神は、どこか笑っているようにも見える。

さて、どうするかな。

自己防衛の為に魔力は残しているが、回復ありきであの振りかぶっている拳……流石に耐えきれんよな。


爺は――無理か。こっちに来ようとする素振りを見せれば、魔物共が物量で潰しにかかっている。

市羽とメニアルは、流石にこれ以上負担を掛けられない。

なら手札を一つ切るか。

さっきの時はタイミング的に無理だったが、今なら問題ないだろう。


俺は息を吸い、今迫っている攻撃を魔力で吹き飛ばしながら叫ぶ。


「《レイヴン!! 俺を守れ!!》」


「「仰せのままに」」


声に従い現れたフードローブを靡かせる二人。

武器と魔力で足場を用意してやれば、一人は剣と盾で縦横無尽に駆け回り攻撃を捌き、もう一人の男は俺の正面に背を向けて立つ。


「三分稼げ。それで持ち返す。やれるな?」


「愚問だ」


一抹の不安を吹き飛ばす自信に満ちた親友の声。


「周囲はお任せを」


その親友が全てを賭けて守る者の声も、どこか吹っ切れた様な明るさがある。

女性の方は、俺はあまり信用していない。だが目の前の頼もしい背中の親友がそうするのならば、それだけで俺もそうする価値を持つ。


だったら俺のする事は一つ。


己の身は二人に託し、俺は目を閉じ、自分の魔力のみに集中していく。

そして二人に向ける言葉は――


「任せた」


これでいい。



--

-



振り上げられた巨大な二つの拳は、暴風にも似た音を立てながら小さな生命体を殴り潰すには十分な威力を持って振り下ろされる。

その対象が一つ二つと増えたところで本来ならば、なんの意味もなさないだろう。

しかし、もう何度目だろう。魔神の予想は小さな生命体の手によって裏切られた。


「筋衝拳」


先程から鬱陶しくも自身と同じ気配を漂わせる者に触れるか触れないかの時、その者――常峰の前に立つフードローブの者が腰に構えていた拳が触れた瞬間。

乾いた音と共に自身の腕に凄まじい衝撃が駆け抜け、腕の肘辺りまでが弾け飛んだ。


己の腕が吹き飛んだ事で魔神は声を上げ、比例する様に展開されていく魔法陣の数が増えていく。

降り注ぐ攻撃の数々に狙いなどなく。

ただ怒りを表に出しただけの攻撃。


しかし、その攻撃が地面に届くことはない。


《やりおるのぉ。お主もできるか? 市羽》


《肘下から塵にするのならできるけれど、彼と同じ方法では無理ね。流石に私もあそこまでの馬鹿力はないわ》


そこそこの距離、向かい合いながら市羽の念話を使い会話するメニアル。二人がその場から動く事はないが、二人の腕や脳は最大限に動いている。


剣の雨を防ぐ魔力の天板。その下で、天板を創り上げた己達の王を守る騎士。

本当ならば、自分達もその場へ駆け上がりたいところだが、二人は期待されている。

王から期待された。ならば、絶対的な信頼をもって二人は応えて魅せる。


市羽が攻撃を防ぎ損なうことはない。

どれだけの数が迫ろうと、一刀、一刀が正確無比に面で、点て、線で、初めから決まっていたかのように斬り捨てられる。

仮に漏れがあったとしても、それは市羽が敢えて何もしなかっただけ。


メニアルが敵を見逃すことはない。

どれほど強力な魔物であろうとも、脳なき魔物などメニアルとっては烏合でしかなく、際限なく伸び続ける剣が魔物共々空間を縫い合わせていく。

手数が足りないのならば空間を繋ぎ合わせ、市羽が敢えて何もしなかった攻撃を利用するまで。


二人は何気ない会話のみを念話で交わし、そこに息を合わせようとする単語は含まれない。

そんな事をしなくても、刃を交わした二人は互いの動きを、意思を理解する。


《私やメニアルは魔神に手を出さないほうが良さそうね》


《ようじゃな……。ただ殺せるのであれば良いが、夜継の動きで察するに何かしらがあるのであろう。下手に手を出しては、夜継の手を煩わせよう》


《変動した手数や威力、魔法陣の構築内容、こちら側の戦力と夜継君の思考の癖からして……そうね、魔神をこちらと向こうで半々ぐらいを維持するつもりでしょう》


《完全に召喚を終えた場合の話じゃ。お主は魔神と戦えるか?》


メニアルの問いにすぐの返答はなく、寄るもの全てを斬り伏せる刃が踊る。

刃を振るう市羽は、たった一点――膨大な魔力を放出し続ける常峰を眺め、頬を綻ばせ答えた。


《彼が期待するなら私は戦えるわ。何時間でも何日でも何年でも戦い続けてみせる。それが今の私が生きたい世界……どんな世界を捨ててでも、私は彼と同じ世界に踏み入って、彼のために戦ってあげるわ》


《尽くすのぉ》


《将来彼に尽くしてもらうためだもの。それに、こういう自分を知れて意外と楽しいわよ?》


《我には分からん。分かろうとも思わん》


呆れるメニアルと微笑む市羽。

別々の表情を浮かべる二人だが、内心では互いに分かっているのだ。

あくまで場合の話であり、もしもでなければならない。そうあってならないと。


そうなってしまえば状況は確実に変わる。

その場合、万全とは遠い自分達では守りに徹する事はできず、常峰の期待に最低限しか応える事はできないと理解している。


《夜継がどうするか見ものじゃな》


《そうね。とりあえずは……三分ぐらい耐える所からかしら》


安藤の動きと常峰の様子。剣の雨を防ぐ天板と放出されていく先から回復する魔力の波。更に魔神の挙動を観察して、常峰の考えを汲み取っていた市羽はもう一つの変化にも気付いた。


自分達が防衛している高さよりも少し下。

召喚用の魔法陣の数もそこそこに、新道達は苦戦する様子も無く気にはしていなかったのだが、戦闘の余波に紛れて吹き上がる風の中に、懐かしさを刺激する空気が紛れている。


油断はせず、呼吸も乱さず、手を緩めることせず。市羽は視線を少しだけ下へ向けた。

神の城の一角で眩く光りを放つ場所がある。

新道達が戦っている場所であり、元の世界へ戻る為の準備を行っている場所。

そして戦いの光の中、先程までは無かった眩い光の正体は……帰還の魔法陣が放つ光。

発動の合図を待つだけの光。


「そう……もうすぐなのね」


誰に向けた言葉でもなく、返答を求めない言葉を市羽は小さく漏らした。


彼を抜きにしても悪いクラスではなかった。

彼が居なくても時折愉快な面もあった。

こちらに来てから、彼等を見る目も少しばかり変わった。

思い返せば、もしこちらの世界に来る事がなければ、きっと彼等との学生生活は、大人になった自分にとって後付けで彩られるぐらいには素晴らしいものだっただろう。


ふつふつ……と言うには程遠く、染みる様に少しだけ、ほんの少しだけ市羽の心に感傷が滲む。


「こんな気持ちも初めてね。私もまだまだ、気取った世間知らずの高枕だったってことかしら」


初めて想う気持ちを含めた視線で一瞥を送ると、市羽はその視線をメニアルへと向けた。

それは念話を繋ぐ為ではなく、学ぶため。

この先で必要であると感じたメニアルの力に寄せて、似せて、一つの本物とする為に市羽によるメニアルの観察が始まる。



--

-



「しゃらくせぇなぁ」


集る魔物の数が一向に減らず、思うように動けずに居る常峰 光貴は、愚痴を漏らしつつも幾つかの作業を同時並行で行っていた。


まず自身の守り。

防げない攻撃はない。避けられない攻撃もない。しかしそれでも数は数。

鬱陶しさばかりが募りに募り、一向に数が減る様子はない。

だから光貴は攻めるのを止め、必要最低限の対応を心がけて別のことを行った。


その一つが援護。

今では常峰の守りに見知らぬ男女が加わっているものの、男は魔神に集中し、女は常峰を守ることばかりに気を取られており、危なっかしい場面が何度か見られた。

そこで光貴は常峰の守りは男女に任せ、二人の動きに合わせて援護をすることに切り替えた。


更にもう一つ。魔法陣の調整。

嘗て自分が想像した通りに……いや、それ以上に安定して完璧に近い帰還の魔法陣に驚いた。

しかし魔神が居る以上、歪みが不安定であり失敗する可能性が僅かに残ってしまう。

加えて召喚の魔法陣。

経過による力の変動があるのは光貴も予想外であり、その際に一瞬だけ魔法陣がブレたことに気付き、こちら側以外に繋がらないように干渉を続けている。


「俺にゃ及ばねぇが、やー坊もいい仲間が集まってくれてんじゃねぇか」


幾多の強者を見てきた光貴から見てもずば抜けている二人。

空中戦を圧倒し続ける二頭のドラゴン。

チームワークも良く、二人や二頭と並べても見劣りせずに戦っている面々。


「こんなの見せつけられたとなりゃ、しっかりカッコつけてやらねぇとなぁ」


カッカッカッと高笑いをする光貴の指先には小さな五つの魔法陣が現れ、それぞれが指の第一関節辺りに嵌っていく。

カチリと全ての魔法陣が嵌った次の瞬間――光貴の視界には幾多にも分岐する数秒先の未来が映し出された。

遅れすぎました。

何を言っているか分からないかもしれませんが、気がついたら二週間が過ぎていました。

いや、本当に私自身も意味がわかっていないのですが、なんか十日分ぐらいの記憶が曖昧といいますか……気がついたら10月が半ばでした。

急いで書き上げましたが……本当、遅くなりすみません。




ブクマ・評価ありがとうございます!

最近、諸事情により投稿ペースが落ちていますが、完結はさせるつもりです。

こんな私でよければ、これからもお付き合いよろしくおねがいします!

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