対魔神戦 壱
右から来る攻撃を数秒受け止め、左からの攻撃は軌道をずらし、できた隙間を抜けて両方の攻撃を避ける。
前からの直線的魔法。後ろからの扇状の魔法。上……もダメ。。下にも魔法がある。避けきれんか。
避ける事を諦めた俺は、膨大な魔力を爆発させる様に放出して全ての魔法を押し返す。
おかげで作れた抜け道を突っ切るが、その先では視界いっぱいの拳が迫ってきていた。
「くそッ!」
魔力の壁を出して防ぎたい所だが、防げる程の壁を用意するのは間に合わない。
だったら――と拳が通る軌道上、その下にできるだけの時間を掛けて魔力の拳を用意し、上を通過するタイミングに合わせて魔力の拳を振り上げる。
同時に自分を下に魔力で引っ張り、若干逸れた巨大な拳は鼻先ギリギリを通過する結果で回避できた。
「マジかよ!?」
魔神の拳と俺の間には人一人分程度の隙間しか無く、通過する風圧だけでも身体が持っていかれそうになる。
それだけなら良かったが、通過した拳が繋がる腕の一部から枝分かれする様に腕が生え、容易く俺の身体を鷲掴みにした。
咄嗟に魔力で自分を包んだものの、速度はそのままで鷲掴みされた衝撃で肺の空気は強制的に外へ出され、締め上げる力は当たり前の様に魔力の上から俺を握り潰そうとする。
「耐えろよ! やー坊!!」
爺の声と共に俺を握る指に貼り付く札。
それが輝いたかと思うと、札の数だけの爆発が起き、圧迫感が消えると同時に俺も魔力で自分を引っ張り上げて魔神の腕から抜け出す。
「全部注意しろって言っただろうに」
「デカイわ、モーション短すぎだわ、威力がアホだわで注意もクソもねぇって」
「ほら次来るぞ」
視界には当然の様に二桁を超える数の魔法陣と、既に発動された魔法の数々。
爺に文句を垂らしている最中に用意していた魔力で壁を張れば防ぐ事はできたが、随時召喚されて続けている魔物共が俺等を囲み、一斉に向かってくる。
脳が焼き切れそうだ。くそったれ。
頭の中で愚痴と一緒に邪魔な思考を吐き捨て、取捨選択の処理をしていく。
魔力の壁は壊れないように維持。
ドラゴンのブレスも魔力で対処。
そのドラゴンの背を利用して迫ってくる魔物共は、半分は爺に任せて俺はもう半分を武器の形を大剣に固めてぶん回して対処。
視界の端、下の方に見えた淡い光。
一瞬魔神の攻撃かと思ったが、すぐに違うと気付く。
《新道、神の城の範囲ならどこでも構わない。帰還魔法陣の準備を始めてくれ》
《調査する暇があったのかい?》
《爺から聞いたから大丈夫なはずだ。問題ありそうなら江口に掌握させて確認を、悪いが俺はこっちで手一杯だ》
《様子を見れば察するよ。こっちの事は無理して守ろうとしなくていいよ。ただ最後にもう一つ、準備ができたらすぐに発動していいのかい?》
《合図は出す》
「やー坊!」
「分かってる!」
新道と念話をしていると、魔神が新道達に意識を向けた。それだけならいいのだが、俺や爺を無視して全ての魔物共が新道達へ向かい、魔神の口元に歪むほどの魔力が溜まっていくのが見える。
やばいな。
「爺! 頼む!」
「遠慮はしねぇぞ!」
全てを言う必要も無く爺は俺の考えを察し、無数の札が集まって足場が作られた。
ソレを踏み台に力を込めて飛べば、ほぼ同時に爆発を起こして俺は加速をして新道達の方へと飛んでいく。
「間に合――」
魔力を貯めつつ頭の中で次の行動を考えていたせいか、魔神の首がカクンと動き俺へ向いた事に気付くのが遅れる。
釣られたか。
他の事を考える間も無く、放たれた光。
元より正面から防ぐつもりで貯めていた魔力を使い、強度重視範囲最小限の壁を創り出す。同時に光に呑み込まれ、視界は白一色。
攻撃を上に逸らす余裕はなかった。
防ぐ分には問題ないな。回復する魔力の方が消費より上だ。
だが……俺の位置を考えると、神の城には当たらないがログストアにはぶつかる。
勢いは横からの攻撃で完全に殺され、攻撃が終わるまで防ぐしかない中で、予想できる状況をまとめておく。
今ので分かったが、幸い今の所の狙いはまだ俺や爺だ。だがそれ以外を狙われたらたまったものじゃないし、攻撃一つ一つの範囲と巻き込みが洒落にならん。
被害を最小限に抑えなきゃと思ってるのに、今の行動は軽率だったな。
いっそのこと魔力で俺等と魔神を隔離するか? いや、それをやるには、流石に魔力が足りないか。中途半端な防御なんて拳一振りすら耐えきれないだろうし、回復するとは言え一瞬でも枯渇させたら俺が死ぬ。
安定して戦えそうにないな……もうこの際、最後の枷を外してみるか?
本音は使わずに済むのならそれが一番だ。スキルフォルダで確認しても詳細まで見えないし、何がどうなるか分からない。
それでも分からない上に賭けにはなるが、これまでの傾向からしてマイナスにはならんだろう。
ただ怖いのは、周囲に影響が出るようなモノの場合、即座に俺が扱えるかどうかだ。枷を外せる条件が条件なだけに、起死回生の一手になるだけなら嬉しいんだけどな。
それになんだろうな。俺がなのかスキルがなのか……今じゃないと囁いている気がする。
この感覚を信じていいものかどうかすら分かりかねる。
「だが、渋って失敗してしまったらそれまでか」
真っ白な空間でボヤキ、呼吸を整え意識を集中させていく。
すると頭の中で最後の枷を外す言葉が浮かび上がる。
後はこれを口にすればいい。
その時、周囲の空気が乱れたのを感じ、次の瞬間――真っ白だった視界に色が戻ってくる。そして魔神の攻撃を一刀のもとに斬り伏せた頼もしい背が見えた。
「さぁ、夜継君、私に何を期待するのかしら」
市羽は振り向かず俺に求める。
「我にも任を寄越すが良い。それがレストゥフル国の者としての、我の最初の任じゃ」
同じく市羽の隣に立ち、真新しい服装に身を包むメニアルは、どこか吹っ切れたような雰囲気だ。
二人が魔神の攻撃をどうにかしたことにも驚くが、何より二人が立ち並んでいる状況に言葉が出てこない。
おかしいな。俺の記憶が正しければ、二人はどっかで戦っていたはずなんだが……。
俺の言葉待ちであろう二人から一旦視線を外し、更地になっていてもおかしくないだろうと思っていたログストアの方を見れば、俺の予想は大きく裏切られていた。
眼下には空中に咲き誇る花畑。その中央に佇むのは、白い衣をはためかせる夜叉の姿。そして余波で吹き飛ばされたモノが散乱しているものの、未だに健在の城下町。
爺は魔神の注意を惹いてくれている。
後方を見れば、ここからでも分かる程に美しく輝く黄金のドラゴンと、妖しく艶めく黒いドラゴンの姿。
神の城からは雷鳴が響き、火柱が立ち上がり、響く壁に邪魔をされた魔物達は不可解な行動をする中で、無理なく攻めるクラスメイト達の手によって次々と地に伏していく。
やれやれ……いつから俺はこんなに心配性になったんだろうか。
どこかで俺が俺がと考えていたんだろうか。
全くもって困ったものだ。本当、周りが優秀過ぎると自分まで優秀になったような錯覚をする。そして気付けば劣等感を覚えてしまう。
だけどなんだろうな……市羽の背を見て、皆の姿を見て、今の俺の思考はクリアだ。
不思議と微塵の不安もない。何も焦る必要はないんだ。俺のやり方を忘れるな。
――俺が得てきたモノを忘れるな。
――俺が信じたモノを見誤るな。
――俺が俺を疑うな。
俺は大きく息を吸い、念話を繋いだにも関わらず、今までの人生で出した事のない大声を上げる。
「《諸君! 俺の言葉に変更はない! 全幅の信頼を寄せ、応えてくれると確信してもう一度だけ言おう――俺の望む勝利を持ち帰れ!!》」
「《「《「《「仰せのままに!」》」》」》」
返ってくる声に心が躍る。
爺が爆笑している様子に俺も釣られて笑ってしまう。
羨ましいだろ? すげぇだろ? 俺の誇りは、かっこいいだろ。
「夜継君、私は貴方の特別が欲しいわ」
どこでそんな表情を覚えたのか……肩越しに見える市羽の表情は少し拗ねたようで不満げで、期待する視線に俺は応えたくなってしまった。
「市羽 燈花、そしてメニアル・グラディアロード、俺の安眠を守れ」
「フフフッ……メニアルと、というのが少し気に食わないけれど、今はそれでいいわ」
「これまた大任じゃな」
上機嫌に声を漏らす二人が腕を振るえば、魔神が振りかざしていた腕がズレ落ちた。
切り落とされた腕は消え、すぐに新しい腕が生えはしたが、初めてダメージらしいダメージを負った魔神は大気を震わす程の声を上げている。
こりゃ、俺も負けていられないな。
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「佐々木君、新道君、前に出過ぎです! 城ヶ崎さん、柿島さん、治療するのでこっちに! 安賀多さん達は長野くん達と交代を!」
市羽とメニアルが腕を切り落としたおかげか、魔物達の意識も大半が二人へ引っ張られ、新道達を襲う数は確かに減っていた。
しかしそれでも新道達を囲んでも余りある程の数が牙を向いてくるが、東郷先生と江口を中心に陣形を組む帰還組を攻め落とせずにいる。
東郷先生の魔法で傷は癒え、畑と中満が配る携帯食料と水を摂れば体力も魔力も回復し、唯一動きを見せない江口を含めた四人を狙おうにも近寄ることすら難しい。
響く雷鳴、猛る炎、残光を残す剣。
力任せの攻撃をしようものなら天地を見失い、自慢の得物を振り翳せば手元から消え、無防備を晒せば装飾された矢が穿ち抜ける。
それらの猛攻を運良く抜けられたとしても、音の壁を越える事は叶わず。
一時的に壁が消えたとしても、そこには別の強靭な殻が壁として現れ、燃え盛る獅子や浮かぶ腕が引く弓などが進行を許さない。
更に運良く一歩を踏み出せたところで意味を持つことはない。
聞こえる声に身体は動かず、香る匂いに感覚は狂わされ、理解が追いつかぬ間に掻い潜ってきたはずの攻撃が襲いかかり、切り替わる動きに翻弄され続け、殺せると確信できたはずの攻撃は全て何かしらが原因で届かない。
「江口君、進捗はどうですか?」
「後二十分程掛かりますね」
「わかりました。そのまま続けてください」
東郷先生と江口が軽く言葉を交わしていると、何らかの疎通を行ったのか、新たに現れたドラゴンの群れが遥か上空に集まり一斉にブレスを放とうとする素振りを見せた。
だが、それよりも先に、それよりも圧倒的な二つのブレスが群れを一掃する。
塵一つ残さず消えたドラゴン達。
それらを埋める様に召喚された新たなドラゴン達は、新道達には目もくれず一斉に同じ方向へと向かう。
その先には、己よりも一回りも二回りも大きい漆黒と黄金のドラゴン。
二手に分かれたニ頭のドラゴンに対し、迫りつつも数を増やしていた群れも二つに分かれそれぞれの後を追う。
漆黒のドラゴンは一度の羽ばたきで加速し、二度目の羽ばたきで更に速度を増し、追ってくる群れとの差を開き、ある程度の距離が取れた所で旋回をして群れに正面から加速を重ねて迫り、己を狙い放たれたブレスを全て飲み込むブレスで群れごと消し炭にしてみせた。
黄金のドラゴンは、迫る攻撃を魔法で全て防ぎつつ追ってくる群れとの距離を一定に保ち続け、群れがある程度一直線に並んだ所で一度だけ今までよりも大きく羽ばたく。
その羽ばたきで黄金のドラゴンの速度は一気に零へ迫り、更には後ろへ引っ張り上げられる様に加速し群れの頭上へ。
黄金のドラゴンの動きに反応できなかった群れは、頭上から薙ぎ払われたブレスに呑み込まれ、跡形もなく消える。
数では圧倒的なはずの空は、ニ頭のドラゴン――セバリアスとルアールによって制圧されていく。
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同時刻、地上でも少しの変化が現れ始めた。
アーコミアが率いていた軍と連合軍。そして、現在では魔神が召喚した群れが入り乱れる三つ巴の戦場へと変わっていた。
魔神が召喚した魔物達は一部の者達を除いて単体で相手にできるものではなく、統率の取れている連合軍は持ちこたえられている現状ではあるが、アーコミア戦死の噂が流れ始めた魔軍は徐々に綻びを見せ始める。
時間が経つに連れ戦場は惨憺たるモノへと変貌していき、戦場の相貌はアーコミアの軍が二つに分かれ、魔神の軍と連合軍という形に変化していく。
半数以上は魔神の群れに加わり、群れもそれを理解してか魔物達の攻撃は無差別ではなくなり始めた。
戦う意志を失くし、降伏の意思を示した魔族は捕らえられ、その場での断罪を覚悟した。連合軍の者達もそうしようとする中で、一人の男が捕らえた魔族を開放して一枚の札を手渡したのだ。
「変な真似をしたら望み通りに殺してやる。だが、その前に生き残る道を用意した。寝返るなら芯から寝返って価値を示せ」
「まだ戦えと?」
「そうだ……俺等は英雄の軍。俺達に敗北は無い! あの化物を前にしても俺等は戦い、敵を討ち果たし勝利する!! その事実は覆らない!!!
これは慈悲だ。誇りを掲げ死ぬなら勝手にしろ。武器を手に取り共に戦うというのなら、その札に魔力を流せ。新たな門出を用意する」
男はわざと周りに聞こえる様に声を張り上げ、その言葉を響かせる。
声が届いた者達は、男と魔族のやり取りを見つめ、次の言葉を待つ。
男に選択を迫られている魔族は、ゆっくりとした動作で札を受け取り、口を小さく、呟くような声で問いかける。
「その権限がアンタにあるとは思えない」
「信じるか信じないか、生きたいか死にたいかを選ぶのはお前だ。生きたいと縋れば、俺は応える人間を知っている」
「……最悪だぜ。諦めたはずなのに、こうも簡単に死にたくねぇって思っちまった」
「それでいい。お前がそうであるように、俺だって死にたかねぇさ」
魔族は男の手を取り立ち上がると、受け取った札に魔力を流す。
すると、札に描かれていた魔法陣が光り、銀に輝く剣が現れ、魔族の身には赤いレストゥフル国の国章が描かれた羽織が靡く。
その様子を見ていた男はほくそ笑み、高らかに声を上げ宣言した。
「さぁ! これよりコイツはレストゥフル国の預かりになった!! 共に戦う愚か者となった!! 他に裏切る者は居るか! レストゥフル国は愚か者に罰を与え、新たな門出を用意する!!
泥水啜っても生きたいと願うなら、声を上げ、武器を取れ! そして戦い価値を示し生き残ってみせろ!!!」
魔族と同じ羽織を靡かせる男が発するその言葉は、あまりにも乱暴な煽りであり、どこまでも信憑性に欠け、騙すにしては堂々とした言葉。
連合軍の者達で不満に思う者が居ないわけではない。それでも口にする者は出てこない。
レストゥフル国という名はそれだけの意味を持つのだ。
数秒の間が空き、ポツリポツリと声を上げる者達が現れていく。
その者達が男から手渡される札に魔力を込めれば、最初の者と同じ様に剣を握り、赤き羽織を纏い立つ。
当然、捕虜の中には男の提案を拒否して死を選ぶ者もいる。
男はその者達に一言だけ労いの言葉を小さく漏らすと、一切の躊躇いもなく一撃で首を刎ねて見せた。
一連の流れを見ていた連合軍の者達は、捕虜を男に任せて赤き羽織の魔族達と共に戦場へと戻っていき、見送る男は少しばかり安堵したように息を吐き捨て、誰にも聞かれない様に小さな声で呟く。
「これで俺の首も繋がったかねぇ……」
男――ジグリ・バニアンツは事前にとある命令を受けていた。
'引き抜きできそうな魔族は引き抜け'と……。
眠王からの言葉だと、自身をダンジョンコアと名乗る男から先程の札を手渡されながら告げられ、安藤達とは別に戦場へと送り出された。
命令の意図を理解できているわけではないが、ジグリはただ頷き戦場に紛れてはいたのだが、まさかこの様な結果になるとは予想しておらず、先程も心臓が張り裂けそうになるのを堪えながら振る舞っていた。
「ジグリ、私には説明をしてくれるんだろうな」
「姉貴……」
名を呼ばれて振り向けば、そこには険しい表情を浮かべるマーニャ・バニアンツが立っている。
ジグリはレストゥフル国の名を使い、その上であんな言い方をすれば誰でも分かるだろう。
それでもマーニャはジグリに問いかける。対するジグリはマーニャの隣を抜ける時に、短く答えた。
「生きてたら全部話すさ」
「……分かった」
マーニャはそれ以上言及する事無く、ジグリとは別の方向へ駆け出す。。
その頃、遠くで戦う魔神と常峰達を見ていたコア君は、ジグリだけではなく、数人の人物とダンジョンの者に手渡していた札に魔力が込められていくのを感じていた。
「うんうん。戦力は幾らあっても困らないし、戦後は労働力として働いてくれそうだね。これで常峰君が懸念していた戦後の問題にも少し進展が見えそうだ。
まぁ、常峰もここまで集められるとは思っていなかっただろうけど、常峰が思っていた通り隷属での縛りではなく、自分達で選択させての引き抜きだからね。我儘は言えないよ?」
クスクスと笑っている間にも、ログストア方面だけではなく、ギナビアやリュシオンでの捕虜達も赤い羽織を纏い始めている。
戦場は三つ巴から再び二極化へと変わり、一層の激しさを見せていく。
遅れ倒してすみません。
頭が回りません。
一ヶ月ぐらい引きこもりたい……。
ブクマ・評価ありがとうございます。
まだまだ未熟な面も多く、こんな私ですが、これからもお付き合い頂ければ嬉しいです。




