対魔王アーコミア
「あ”ぁー……流石に痛いですねぇ……」
壁に叩きつけたアーコミアは、額から血を垂れ流してはいるものの大したダメージにはなっていない様子だ。
砂埃が完全に晴れ、アーコミアの背後を見ると、叩きつけたはずの壁は半円状に削り抜かれているのが分かる。
何かしらの魔法でダメージを軽減したのか?
一つ枷を外せるぐらいには強化できているはずなんだが、全く分からなかった。
「そろそろ離してくれませんか?」
ピリピリと干渉を受け続けながらも、もう一度叩きつけようと力を入れると、そう呟くアーコミアの顔が燃え上がり俺は熱さで手を離してしまう。
自爆……ってわけでもなさそうだな。
声を上げることもせずに手を翳すだけでアーコミアの顔から吹き出していた炎は収まっていく。
完全に炎が収まった顔に火傷している様子はない。
それに関しては、それだけアーコミアが魔法の扱いが上手いの一言でいい。それよりも俺にとって問題だったのは、俺が熱を感じたこと。これがイメージからの誤認じゃないとしたら……。
「貴方の魔力は本当に厄介ですね。触れられていると転移魔法の発動にも影響があるなんて……おかげでこんな方法になってしまいましたが、収穫はありましたよ」
アーコミアの言葉で俺も分かった。
あの炎、やっぱり幻惑云々ではなく本物か。魔力の膜でダメージは無いが熱は確かに感じた。焼く魔法のオマケの様な魔力の乗らない効果……。
思えば、前に佐々木に胸ぐらを掴まれた時も熱は少し感じていたな。
俺が気付いている事に敏いアーコミアが気付かないわけがない。今の言葉を踏まえて気付いていない可能性を考えるのは希望的すぎる。
魔力の壁で完全に遮断しないとヤバイかもしれんな。
「休戦中、私は色々と貴方の事も考えていたのですよ?
膨大な魔力に、幾つかの制限があるとは言え拘束力の高いスキル。転移しかり幻惑しかり魔力的干渉に対しての絶対的な耐性。愚かで嫌味な程に言葉の裏を考えようとする警戒心。そのくせ、魔王と手を組んだり建国に踏み出したりと、目的の為への思い切りの良さや捨て身の覚悟は、私的に羨ましく好ましくすら思いました。
まぁ、まさかダンジョンを破棄するとは思いませんでしたがね」
「そりゃどうも」
「いえいえ、事実ですから。流石に驚きましたよ……ただそんな貴方を倒すのはどうしたものかと思っていたのですがね? 先程ので手を離した貴方を見て、私の予想が少しばかり確信に近づいてきています」
アーコミアが手を振り上げると同時に俺も周囲の魔力の壁を分厚くする。
その間にもわらわらと取り囲む様に現れる鎧共。
どれだけダンジョン機能の感覚に甘えていたかが分かるな。
アーコミアの言う通り、ダンジョンマスターではない今の俺では完全に敵の位置を把握するのは難しい。
神の城までダンジョン領域にできれば良かったんだが……コア君曰く無理そうなんだとか。
次の手を考えながらアーコミアに視線を向ければ、何やら口をパクパクとさせた後に笑みを浮かべ――魔力の壁に凄まじい衝撃と振動が襲ってきた。
まぁ、何層も高密度の魔力で壁を作ったおかげか、俺には届かない。
しかしあれだな。やっぱりアーコミアは利用しようとするよな。
会話ができる状況ならば、俺に音は届く。魔族がどうかは知らないが、存外人間は音でも気を失ったりはするし、最悪死ぬ。
加えて俺にとって魔力操作はそれなりに気を使うモノだ。音で感覚を狂わされちゃたまったもんじゃない。これもう状態異常でいいだろうに。
だが効いてしまうものは仕方がない。だから俺は音すら魔力の壁で止める。必要なら目を閉じながら戦わないといけないだろう。
こうなってくると、いよいよダンジョン機能が恋しいわ。
「大体さ、何?王様って。柄じゃないだろ。こちとら温室育ちのぬくぬくボーイぞ。そういういかにもなのは、俺じゃない奴のほうが適任だと思う。それにさ、慕われるとか慣れてないんだよ。そういう性格でもないし、大層な思想を持ち合わせているわけでもない。
クラスの皆の気持ちも分かるぞ? 面倒なのは目に見えている。実際面倒だし、気疲れ酷いし、逃げ場なんて気がつきゃないわけで。この世界の連中だって異界の人間に期待しすぎ。勇者とか英雄とか自分たちで勝手になれよ。他力本願が世界とか次元とか超えるってどんだけ。縋られた神様もそれ叶えちゃうって笑えてくるわ。もっと俺らの世界の神様像見習え、もっと自己中だわ。
俺も俺でなーんで勢いでカッコつけようとしちゃうのか。くくった腹もゆるゆるだわ。俺だって自分のことで精一杯のくせにさ。なんだかなぁ、サラッと今のタイミングで全部投げ出して雲隠れしたとしても、なんだかんだで生きていけるんじゃねぇかなって。
帰還も、魔神をどうにかするのも、ここまでくりゃ勝手にどうにかなるんじゃね? ぶっちゃけ、福神 幸子との約束を無視してアーコミアが向こうの世界に行ったとして、どうなるのかも見てみたいわ」
堰を切ったように漏れ出す言葉。
向こうの音はもちろん、俺の声も向こうには届かない。だからこれは独り言だ。
眠さでイライラして漏れ出てきたのか、それとも単純に俺の弱音か。それは俺にもあんまり分かってはいない。
ただ、そうだな。少しスッキリしたのは確かだ。
「ふぅ、さて……俺の期待に応えてくれた皆の為に、俺も頑張らないとな」
髪をかき上げ、大きく深呼吸。
目を閉じ、意識を集中させ、静寂の中で袖から出ていく俺の武器を感じながら呟く。
「我が王也」
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「まるで寝ているようですねぇ」
神の城が生んだ鎧達が発する空気を割り、耳が痛くなりそうな程の高音。
それを完全に遮断している魔力の壁の向こうでは、脱力した様子で目を閉じる常峰の姿が見えている。
試しに鎧の一体をけしかけてみた所、簡単に魔力の壁に弾かれてしまい常峰には近づけそうにない。
「魔神の召喚が終えるまで、予想していたより時間がかかりそうですね。眠王を殺すのはより難しくなってしまったようですし、適当に時間を――ッ」
転移で離れて時間が来るまで待とうとしたアーコミアだったが、発動しようとした転移魔法が何かに邪魔をされ、更には背後で何か振り上げられた感覚に、その場から飛び退いた。
「逃がす気は無いと……」
後ろを確認すれば、砂の様に風に流れて形が崩れていく剣が確認でき、自分の魔力探知が上手く作用していない事に気付く。
「魔法に干渉してくる魔力ですか。先程の砂の様な武器に含まれているとなれば、転移魔法は使わせて貰えないと考えていいでしょう」
状況を分析するアーコミアは、更に詳しく把握するために簡単な魔法を幾つか常峰へ向けて放っていく。
それで分かったことは二つ。
一つは転移魔法の様な繊細なモノでなければ魔法の発動はできる事。
もう一つは、簡単な魔法でも若干の干渉はあり、アーコミアが発動した通りには使えない事。
「魔力を込めればいいというだけではないですか。まぁ、これぐらいなら問題はありませんね」
そう呟くアーコミアは、腕を軽く振り上げる。
風の刃を撃ち出すその魔法は、先程までなら形が乱れ、当たれば散って大した威力にはならなかっただろう。
しかしアーコミアが放ったのは本来の魔法そのもの。威力も申し分なく、すぐに修復されたが魔力の壁にも傷を付けている。
「随分と特殊な武器のようで……」
魔法発動の瞬間に起こる干渉に合わせ、瞬間的に調整をすることで対応して見せた。
だが次にアーコミアの表情を歪めるのは、様々な武器の形を作り上げていく砂の様な武器。
それらは厄介な事に魔法で打ち消す事はできず、むしろ魔法を切り裂き打ち消してくるのだ。
「眠王が自分で操っているのでしょうね。嫌になるほどに私を狙ってくる」
鎧達に相手をさせようにも、武器は意思を持つ様に動きアーコミアを狙い襲う。
対応を怠れば間違い無く死ぬであろう攻撃。
その対応をする為に魔法を使うのだが普段と勝手が違い、僅かな違和感で次第に動きが悪くなっていくのがアーコミア本人も分かっていた。
「まったく、貴方は何時でも私を急かす」
周囲から襲ってくる武器の対処をしつつ、分厚い壁の内側に居る常峰への有効的な手段を考え、その合間で数を減らされる鎧の追加と指示を行い、遠巻きに上がる爆煙などから戦況の確認もしていくアーコミア。
「最初の段階で敵対してしまったのが間違いだったのでしょう。まだ立場が固まる前に嘘でも貴方と友好的であるべきだった。
正直、所詮は異界の者と侮っていました……ここまで私の前に立ち塞がるなんてね」
愚痴は口から出し、頭の中では別の思考を張り巡らせていくアーコミアであったが、自分の中で納得のいく答えが導き出せないまま戦いを続け――腕に集まり纏わりつく常峰の武器に気付くのが遅れてしまう。
「まずは一本目ですか」
呟きと同時に切り捨てられた腕はぐしゃりと嫌な音を立てて潰され、傷口を塞ごうと回復魔法を使っては見たものの、干渉に合わせて調整をしたにも関わらず完全な止血はできなかった。
「魔法で戻せればいいですが、ダメなら異界に良い腕を作る技術がある事を祈りましょうかね」
絶え間なく続く常峰の攻撃。
下手に魔法で防御をしようものなら、それごと常峰は貫いてくる。そのため、アーコミアは側面から当たるか当たらないかの位置で魔法を爆発させ、その勢いで攻撃の軌道を逸らしていく。
今度は自分の体にも薄く魔力を纏い、先程の様にはならないように。
それでもジリ貧には変わりない……ついにはそのボヤキすらも口にはだせずに、距離を取ることも許されず、逆に詰めたところで有効な手段はない。
「ッ……」
右足。深々と突き刺さる鑓。
その形は崩れ、足を包んでいく様子に目をやり、アーコミアは声を殺しながら大きなため息を吐き捨て、同じ様に右足も切り落とす。
神の城の砲を使う事も考えた。しかし、それでは復活の為の魔力が減ってしまい、最悪の場合は不発に終わってしまう。
「ですが、死んでしまっては元も子もないですね」
見上げれば、まだ魔法は途中であり、魔神が復活するまで時間が掛かりそうだ。とアーコミアは考え、今を諦め、常峰が逃げられない様に鎧達を魔力の壁へと張り付くよう命令を下した。
「お見事ですよ眠王。私の負けです。またしばらくは大人しく動くとしましょう」
切り捨てるのが遅れ、体内に常峰の武器が混じったのか、先程よりも魔力の乱れが大きくなっているアーコミアは、鎧達に囲まれ見えなくなっている常峰へ称賛の念を贈り指を鳴らす。
「そのために、やはり貴方にはココで消えてもらいます」
常峰を見下ろす様に三つの砲が現れ、まばゆい光を放ちながら膨大な魔力が砲口に溜まっていく。
確実に常峰を殺す為に最大出力で。
前回の様に復活などできないように。
肉片の一片すら残さない攻撃を。
「さようなら。常峰 夜継さん」
一斉に放たれた砲撃は、魔力の壁に張り付いていた鎧達を一瞬にして消し飛ばし、魔力の壁も紙切れの様に貫いて光の柱を作り上げる。
威力に申し分はない。
大気は揺れ、その威力から周囲の魔力も荒れ狂い、近場に居たアーコミアもその余波で脳を揺らされた様な感覚に陥る程。
普通ならばこれで終わりだ。
この瞬間、魔法を使える者など存在せず、ただ光に飲まれ消え逝くだろう。
普通ならば。
「……私のお別れの言葉、返してもらえますか?」
「いいや、さよならだ。アーコミア・リジェスタル」
アーコミアが見たのは光の柱を上回り飲み込む静かで冷たい魔力の奔流。
そして、柱の中から出てくるボロボロの常峰の姿。
「しぶとすぎですよ」
「あぁ、死ぬほど痛かった。最悪死んでいた……だがチキンレースは俺の勝ちだ」
答える常峰の傷は、逆再生されている様に塞がっていき、感じる魔力は急速に膨れ上がっている。
「前回と同じですね。まったく……嫌になりますよ。少しずつ積み上げても、崩れる時はこんなにも簡単に、一瞬で崩れていくんですから」
「俺がアンタの立場なら同じセリフを口にしたさ。そして同じ様に、また次と切り替えた。それでいてアンタは俺より上手くやるんだろう。
だから今回はたまたまだ。たまたまアンタが焦り、たまたま俺の方が上手くいき、そのたまたまを俺は利用して次が無いようにアンタを殺す」
そう告げる常峰の体は修復を終えており、向かい合うアーコミアの体は常峰の武器に包まれていく。
同時にアーコミアは自分の心臓が鷲掴みにされている感覚がして、脳裏には傷口から入り込んだ自分の体を包む砂の様な武器の存在を思い出す。
「来世があるのならば、二度と貴方とは会わない事を祈りましょう」
無理矢理転移魔法を使おうともしてみたが当然のように発動にまで至らず、アーコミアは薄くなり始めた暗雲を見上げて目を閉じた。
「残念だがそれは叶わない」
アーコミアが吐いた台詞に常峰は確信めいた口ぶりで答え、その言葉に怪訝そうな表情を見せたアーコミアに対し、同情を含んだ視線を向けたまま常峰はアーコミアを圧殺した。
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心臓を潰し、全身を潰す。二度に分けて聞こえた嫌な音。
そこから俺は更にアーコミアの肉片が塵になるまですり潰す。
数秒後には、アーコミアの体はパラパラと武器の合間から落ちていった。
落ちていくアーコミアだったモノを見ながら、俺は福神 幸子との取引を思い返す。
俺だけの判断ならココまではしないだろう。
だが、福神 幸子は魔神を討伐するとは別に俺に頼んだ。
その一つが――アーコミアを完全に殺して欲しい。
完全に殺すという意味がいまいち分からなかったが、福神 幸子が言う分には肉体を残さなければ後はいいらしく、多分これで大丈夫なはずだ。
こうして欲しい理由も話され、それが二つ目の頼み。
その頼みは俺から新道にも頼む事になったのだが……まぁ、それはいい。
今はとりあえず、こっちだ。
見上げれば、薄まり始めていた暗雲は神々しい光を放つ雲へと変わっていっている。
「もう少し時間掛かるのか?」
アーコミアがどう考えたか分からないが、魔神の封印は解かれる寸前まで進んでいた。このまま進めば、アーコミアは封印の解除を成し遂げられていただろう。
ただし、それは再度封印できる状態での封印解除。
神の城の制御は、魔神の封印の制御でもあるらしく、チーアは文字通り魔神の封印の最後の鍵だった。
チーアが有していた魔法は二つ。
爺達が手を加える前の召喚魔法と初代勇者が創り上げた封印魔法。
仮に大量の贄を捧げ、アーコミアが行った様に封印を解除したとしても、魔神が弱れば再度封印が勝手に行われる仕組みを初代が作り上げている。
そして魔神は、内側で戦っている初代との戦闘でも弱っていく。
初代以外の者がどうやって封印していたのかは気になっていたが、言ってしまえば誰でも封印できるとは思ってなかったな。
福神 幸子の旦那さんは、それを利用して時間稼ぎをしたものの、結局爺や召喚された袋津さん達と協力しても倒すまでには至らなかったというのが真実らしい。
「要するに今までは逃げて生き延び続ければ、勝手に魔神は封印されていた。だが……」
最後の鍵はチーアからアーコミアへ移り、その鍵は、今、俺が潰した。
俺が鍵を引き継ぐ提案もしたのだが、そもそもアーコミアがチーアから奪えた事自体がイレギュラーらしく、アーコミアから誰かへは、方法も時間も準備も足りないんだとかなんとか。
つまり、この戦いで今までの様な封印は期待できない。
「福神 幸子さんも、そのつもりが全く無かったしな。俺に嘘をついて逃げ道を潰しただけかもしれん。
まぁ……いいさ。殺るか殺られるか。最悪の場合は新しい封印でも何でも用意できるまで戦い続ければいい。わざわざ魔力枯渇させて、瀕死ギリギリにまでなったんだ」
念の為にスキルフォルダで確認すれば、ちゃんと最後の枷を外せる条件はクリアできている。
後は、意識すると頭の中に浮かんでくる言葉を口にすればいい。
最後の枷を外してどこまでやれるのかは分からんが、時間稼ぎぐらいはできると妙な自信は何故かある。
「残りは帰還のタイミングだが――は?」
ぶつぶつと頭の中で整理をしながら考えていると、神々しく光る雲の奥からこちらの方へ何かが吹き飛ばされてきた。
勢いはあるのだが、距離があるおかげか吹き飛ばされてくるソレを確認する暇はあり、俺は見えている事が信じられずに間抜けな声が漏れてしまう。
その間にも吹き飛ばされてくる人物は、なんとか勢いを殺して空中に踏みとどまり、背後に居る俺に気付くと数秒目を丸くしたと思えば、勝手に納得して、軽く手を上げ口を開く。
「おぉ、元気そうだな! やー坊!」
俺の記憶にある姿よりも老いている感じはあるが、その時より生命力に満ちあふれているというか、身体が筋肉質というかなんというか……いや、そもそもどっから現れてんだ、この爺。
遅れ遅れですみません。
ブクマ・評価・感想ありがとうございます。
これからもお付き合い頂ければ、幸いです。




