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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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221/236

どうかお幸せに

傀儡の群れ。

形は歪。

死して尚も彷徨う肉塊。

それらが襲うのは、既に一度心臓を貫き、更には四肢を千切り捨てたはずの男。


「ハァ……一体どこまで死ねば死ぬほど強くなるんですかねぇ、限界があるのですか? まったく、死霊よりも死霊らしい」


「御託はいい。もう終わりか?」


どこかの誰かが持っていたであろう剣を突き立てられても。

斬るというとりは叩きちぎる様な大鉈を振り下ろされても。

穿つ事を目的とした巨大な鑓であっても、魔法であっても。

肉がちぎれ血を撒き散らす力の限りの噛み付きも。

肉体の修復を繰り返したその男の肉体に傷一つ付ける事は、もうできない。


「鬱陶しいですねぇ」


笑みを崩さぬまま呟くフェグテノは、安藤ではないもう一人。記憶を元にするならば、明らかに動きが変わった人間――モクナ・レーニュを視線で追う。

慎重な攻撃に安定した防御。冷静な足運びに広くなった視野。そのどれもがフェグテノの記憶には存在していない。

加えてもう一つ。


「参りましたねぇ……」


数で押し、一撃入ったと思われた攻撃は、始めからソコに居たように現れる安藤によって防がれてしまうのだ。


最初はそれでよかった。

むしろ、安藤がモクナを守る事を誘発させ、その命を一つ奪った……しかしフェグテノはそれが失敗だったと今は理解している。

安藤が一歩踏み出せば、数で勝り恐れを忘れたはずの傀儡の軍が一歩距離を開けるのだ。


「趣向を少し変えてみますか 'オーダーパペット'」


フェグテノが手を鳴らす。

その音に呼応する様に傀儡達は声を上げ、崩れ落ちる肉と肉を擦り合わせ混ぜ合わせ、巨大な一つの塊へと変貌を遂げていく。


表面には様々な顔が模様の様に敷き詰められており、その中でも明らかに目立つように主張し突起した顔が二つ。

そしてその顔は、口を開き、声を発し、名を呼んだ。


「「モクナ」」


「えっ?」


優しい声で、愛おしそうに。


「「おいで、モクナ」」


「お母さん……? お父さん……?」


慈愛に満ちた表情で名を呼ぶ。


「「もう朝だよ。起きなさい」」


肉塊から伸びる手を模したソレに、モクナは引き寄せられる様に足が動く。

呼ばれている。呼んでくれている。

昔のように。今こうして。


もう一歩。もう一歩踏み出して手を伸ばせば、触れられる。もう少し、もう少しの所でモクナの体は後ろへと引っ張られた。


「お母さん!! お父さ「落ち着け」……ん……」


引っ張られる力に抗おうとするモクナだったが、自分の体を包む心音と、心を包む声に目の前の光景が変わっていく。

人としての形など無く、薄気味悪く笑う自分の両親の顔。自分を包もうとする二人の腕は、汚らしく音を立て異臭を放つ。


「「どうしたの?」」「「ほら、おいで」」「「おはよう」」


その声は確かに自分の求めていた声。表面に現れては崩れ消えていく顔の中には、随分と懐かしい顔もある。


「あぁ……皆……」


全てがモクナの心をかき乱す。

しかし、自分を包むこの暖かさこそが、今の自分を繋ぎ止めてくれるものであり、自分の最後で最高の支えであると思い出す。


「「モクナ」」


「ごめんなさい」


「「お前だけだ」」


「私だけ生き残ってごめんなさい」


「「お前のせいだ」」


「何もできなくてごめんなさい」


「「またお前だけ」」


「幸せになろうとしてごめんなさい」


「「お前がぁぁぁぁあぁアアアア!!」」


「ありがとう。お父さん、お母さん、皆……私は、私の幸せを知りました。私は彼と共に死にます」


二つの顔の表情は驚愕に染まり、ざわめいていた肉塊の動きが止まる。

同時に風を薙ぐ音と共に大剣の一閃が振り下ろされた。


「あぁ、なんと安上がりな感動なのでしょうか!! 涙が、涙が止まりません!! クククッ、いやぁ本当に良かった。アナタに粉々のぐちゃぐちゃにされた肉片を集め、思い出すのも難しい肉の顔を作り、わざわざ声帯までご用意して!

似ていましたか? 本物でしたか? 私的には大変良かったですよ! 銅貨三枚にも満たない喜劇を見れたのですから!! ねぇ!!」


目元と腹を抑えて爆笑をするフェグテノにも安藤は大剣を振り下ろそうとすると、肉塊を斬った時に生まれた粘液が絡みつき、思うように動かせない。


「おやおやぁ? 動かないですか? それは残念ですねぇ……一歩を踏み出して、大きく力の限り振り上げ下ろせば、私なんてたちまち死んでしまうかもしれないのに……。そう思いませんかぁ? モクナさぁん」


「相変わらず癪に障る奴だ」


愉快そうに喋るフェグテノを睨みつけ、大剣の形をハルバートに変えつつ粘液を振り払った安藤の一撃はフェグテノに触れる前に集まってきた肉塊の壁に威力を殺される。


それを予想していたのはモクナ。

肉塊で止められたハルバートを足場に駆け上がり、肉壁を越えて握る細剣をフェグテノの頭部目掛けて突き出す。


「残念でした。アナタの攻撃は私には届きませんよ」


避ける素振りすらみせないフェグテノだったが、その言葉通りモクナの意思に反して体が止まり、その一突きもフェグテノの目の前から進まない。

いつの間にか体の節々に絡みついている糸がモクナを空中に磔にする。


「彼氏さんでも生半可な力では千切れなかったんですよ? 貴女如きではどうする事もできません。というわけでこの剣は没収させてもらいましょう!」


指を軽く動かせば意思など関係なく細剣を手放してしまい、その細剣を掴んだフェグテノはモクナの首元へ突きつけた。


「彼氏さんは動かないでくださいね。いきなり現れると、ビックリして間違って喉元を突き刺してしまうかもしれませんから」


ハルバートから可変して動こうとした安藤は、ピタリと動きを止めて視線だけで殺せそうな目をフェグテノへと向ける。

対するフェグテノは、そんな事など気にも止めず、少しだけモクナの首元で剣先を遊ばせながら口を開く。


「さてさて、劇的な再開でしたし、前回の続きと思って戦ってみましたが結局はこうなってしまいました。確かにお二人は以前よりも強くなり、彼氏さんに至っては精神干渉も幻惑魔法も効かないご様子……まぁ、貴女は違いましたがねぇ」


わざと神経を逆撫でするように貴女の部分を強調し、その言葉に僅かながらも反応を見せるモクナを見逃さず笑みを深めて言葉を続ける。


「ではそんな愚かな貴女に問題です。こちらのお肉、貴女のお知り合いのモノでしょうか、全く関係のない肉でしょうか」


「一体何を言って」


「はい残念~。これは貴女の同僚のお肉でした! おっと、ゴミが混ざっていますねぇ」


フェグテノは片手でブチブチと握り千切って掌を開く。その手の中をモクナに見せるために開くと、フェグテノが困った様な声で言葉を吐いた。


「今のは私が悪かった。貴女のご両親が混ざっていたので、分かりづらかったですね! 次は分かるように、ゴミはしっかり捨ててからにしましょうか」


同じ様に何度かグニグニと肉を千切り捨て、一つまみ分だけが残った塊を笑みのままモクナに見せつけるフェグテノ。


「まぁ、嘘なんですけどね! 混ざって私にもどれがどれだか。アッハッハッ!!」


高笑いの声が響く中、煮え滾りそうになる怒りを抑えつけるモクナは機を待つ。


今すぐにでも感情のままに叫び、罵倒し、己の体など捨ててでも不愉快極まりないその声を止めたい。

それをせずにすんでいるのは、全てを知っても信じてくれる人が居るから。

共に生きたいと思える人ができたから。

もう一人では戦っていないのだから……落ち着け。


「油断しすぎだ」


「あらあら」


警戒を怠っていたわけではない。それでも優位という状況から慢心が生まれていたのだろう。

武器を手放し目の前に現れた安藤の言葉に、フェグテノは大した言葉も返せず振り抜かれた拳が顔面を捉えた。


その威力、凄まじく。

フェグテノの頭は簡単に弾け飛び、余波で体まで散り散りになる。


そんなフェグテノの状態など確認せず、安藤はモクナの体に絡みついていた糸を引きちぎり、自分の武器を回収すると剣と盾に形を変えてモクナへと手渡した。


「お借りします」


「あぁ」


短く言葉を交わした二人を目掛けて飛んでくる肉塊。

安藤は裏拳で、モクナは剣の重さを確かめる様に振り、二人は一点を見つめる。


「馬鹿力ですねぇ。さっきの身体も偽物とは言え、それなりに手を加えてはいたんですよ?」


「'筋衝拳'」


二人が見つける先、肉塊の中から現れたフェグテノに向けて振り抜かれた容赦のない拳は衝撃波を打ち出し進む。

その衝撃波は幾度に重なる肉壁によって防がれるが、安藤は何かを確認するようにもう一度拳を振るう。すると先程と同じ様にフェグテノを守り弾ける肉壁を見て確信をする。


「次は本物みたいだな」


「何を根拠に」


「どうやら本当に俺の攻撃は食らいたくないらしいな」


煽るためでもなく、阻害の布石でもなく。ただフェグテノを守るためだけに動いた肉塊。

そして安藤の目には、言葉を聞いた時にフェグテノ表情筋が一瞬引き攣り反応した様子、何より心臓を動かす筋肉を捉えている。

フェグテノが本物である確信した安藤は、今度は力を溜めに溜め、全力で拳を振り抜いた。


「嫌ですねぇ……」


即席で身代わりを作ろうにも、大量の屍や肉塊の維持に魔力は底をつきかけており、安藤の言うようにその攻撃を受ければひとたまりもない。

それでも安藤達が手加減などするわけもなく。


安藤の動作から何をする気か察したフェグテノを守る為、肉塊はドラゴンの頭を模しながらフェグテノを丸呑みにして内側に隠す。

しかし、安藤の放った衝撃波は先程の比ではなく、一瞬で肉塊を吹き飛ばしてフェグテノを剥き出しにし、衝撃波の後を追っていたモクナは真っ直ぐ駆け抜け剣を振るう。


直撃こそしなかったものの、余波で体勢を崩されたフェグテノを守ろうとモクナを狙い肉塊が動くが、それらをモクナは盾で上手く受け流し、剣の届く範囲まであと一歩の所まで踏み込む。なんの迷いもなく、全ての信頼を一人に寄せて。


そんな中、フェグテノは呆れて大きなため息を漏らす。

特に面白みもなくフラフラと生きてきた。何の面白みもない自分の走馬灯。

短い命で弱々しくも劇的に生きる人間に興味が湧いたのが何時頃かも忘れた。

別に今まで玩具にしてきた者共に謝罪の言葉はない。罪悪感なんて微塵もない。

憎悪も好意も安堵も幸福も、親近感も劣等感も優越感も、人間が思い吐露する感情という感情は実に面白く、強いて告げるならば感謝の言葉。


フェグテノは仮面の下で視線を動かし、一歩を踏み出して迷いもなく剣を振るうモクナを見る。


人間は良くも悪くも成長をする。

目の前で自分を殺そうとする人間もその一人。

自分を殺そうとする剣には、以前ほどの憎悪は含まれていない。

それでも強い意思の宿った一撃には一体何が含まれているのだろう。

この状況からもし死ぬとなったら、彼女は一体なんと叫んで死に、彼は何と言って私を殺そうとするのだろう。


「終わりだ。フェグテノ」


悪足掻きにもならないと分かっていても肉塊がモクナの剣と受け止め、更に攻撃をしようとする。

だが、やはり、モクナの元へ移動してきた安藤が全てをねじ伏せ道を作ってみせ、モクナの握る剣は吸い込まれる様にフェグテノの頭蓋を貫いた。


数秒後、制御を失った肉塊は脈打ち、ゆっくりと動きを止める。


「さようなら、フェグテノ」


モクナの声が響く中でフェグテノが見るのは、自分を見下ろす二人――よりも奥にある暗雲と空の境目。


痛覚はとうの昔に腐れ落ち、痛みなどはない。それでも身体の制御は上手く行かず、感覚が無くなっていくのが分かるのは笑いものだ。

死を恐れる事はない。自分が死した肉共をそうしてきたように、私が誰かの傀儡となるならば、それもまぁいい。だが、この先は何も知る事ができず、これで死んでしまうのは些か惜しいと思ってしまうのも、また笑えてくる。


砕けた仮面で一瞬視界が覆われ、次に映る時には焦点は安藤とモクナの二人に合い、警戒を怠らず晴れ晴れとしない表情を見てフェグテノは笑う以外の表情が浮かばない


仇を討ったというのに、自分の次の手を警戒している。その用心深さは、自分が持ち合わせていない強さの形。

そんな二人――今まで見てきた中で、七、八百文字程度でまとまりそうな二人の物語に順位を付けるのならば……下から数えたほうが早いだろう。

そんな二人は果たしてこれから先、自分の見れない二人の物語は、どれほど劇的なのだろう。

仇討ちをしたというのに、満たされる様子も無く、そもそも仇を討つ前に満たされ始めた人間。

望まず世界を越え、勝手に戦いに巻き込まれ、一度全てを裏切ってもまだ信念を曲げない人間。


ゆっくりと感覚は消え、意識が落ちていく中でフェグテノは思い考える。

まだ始まったばかりの二人。もしかしたらこの戦いが終わった後で、すぐに幕引きを迎えるかもしれない二人。

無駄にも自分の最後を看取ろうとするそんな二人に言いたいことが一つだけあった事を思い出し、フェグテノは弱々しく、厭味ったらしく、見下げられながらも勝ち誇った笑みを投げ口を開く。


――もう傀儡で遊ぶ事もできず、安い劇の続きも見れないのはやはり物悲しい。ですので、どうか、私が楽しめたはずの先で、私の分まで、幕が降りるその瞬間まで、どうか……お幸せに――


果たして声になっていたかもフェグテノには分からない。二人に今の自分の本当の気持ちが伝わっていれば面白い。

言葉通りに受け取るのならば、それはそれで面白い。


フェグテノは笑みを崩さず、もう見えていない二人の表情を予想しながら、ゆっくりと息を止めた。


「呆気ないものですね……」


完全にフェグテノが死んだ事を確認したモクナと安藤。

モクナが最終確認も兼ねてフェグテノの死体に魔法で火を放てば、何の抵抗もなく燃え上がり、異臭を放つ肉塊にも広がっていく。


「不満か?」


「わかりません。ただ、あの時謝ったのは、私の本心だったんです。これで皆の魂は報われたのか……本当にフェグテノが言わせた様に思われていたのではないか……そう考えてしまうんです」


「そうか。なら沢山悩んで、苦しんで、惑わされて答えを出そう。納得できるまで、どれだけ時間が掛かっても」


混じり合う油や粘液で変わっていく色は、鮮やかではあるが晴れやかなものではなく。二人は口を閉ざし目を閉じ、せめてもの手向けと黙祷を送る。

多くから無数の足音と声が聞こえてくるまで。


そして到着した連合軍の者達が見たのは、燻る火種がまだ残る灰の山のみだった。

大変遅れて申し訳ありません。

熱中症をぶり返し、現在の住まいが九州なのですが……台風に見舞われ。

今朝方、一台のPCが逝き……。

色々と重なる時は重なるものですね。



ブクマ・評価・感想ありがとうございます!

更新も安定しない私ですが、これからもお付き合いいただければ嬉しく思います。

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