王の使い
次も安藤達の予定
「調査は難航している」
俺たちの前に立つゼス騎士団長からの最初の報告は一言で終わった。
漆が先走ってから五日、翌日からは俺達は訓練を始める事になり、その日からこうしてゼス騎士団長が調査の現状報告を俺達にしている。
後日開く予定だった報告の場は、漆を…と言うよりは、俺達を警戒して延期を繰り返し、俺達も今更開かれるとも思っていない。
「わかりました…。明日は、進展のある報告を期待しています。
それでは、今日も生徒達をよろしくお願いします」
「先生殿は今日も?」
「はい。私は補助魔法と回復魔法を練習してきます」
「私が言うのもなんだが、お気をつけを」
ゼス騎士団長に返事をする事なく、東郷先生は頭を下げて訓練場を出ていった。
東郷先生は、俺達がゼス騎士団長に訓練を受けている間、書物室に籠り回復魔法を覚える事に専念している。
正直一人にさせるのは不安だ。いくら同伴で常峰の専属メイドが一緒に居るとは言え…。
「では始めるぞ。
まずは二人一組で柔軟!終わり次第、今日は打ち合いから始める!」
「安藤、今日は一緒にどうだ?」
「岸から誘ってくるなんて珍しいな」
後ろから名前を呼ばれ振り向けば、岸が軽く手を上げていた。
別に一緒にやりたい奴が居るわけでもない俺は、岸と柔軟運動を始める。
始めて数分、岸が周りには聞こえない声で呟く。
「こうなった以上、身の危険もあるしそろそろ行動したいんだが…どう考えてるよ」
「もう少しは、常峰から何かアクションがあるのを待とうと思ってる」
「いつまでだ?」
「そうだな…実践訓練が終わるまでが目処だろ。常峰も分かれて行動する目安はその辺にしていたはずだ」
「その間、どうやって皆をまとめる。言っちゃ何だが、もう決めたグループに分かれて行動した方がまとまると思うぞ?
それにさっき言ったように身の危険を守る方法が少なすぎる。安藤には話したと思うが、隷属的手段を取られた場合、抵抗持ちはいいがそうじゃない奴はどうする気だ?
スリーピングキングのスキルでクラス同士で干渉が出来ないのは確かだ。だけど、自身強化系は関係ない。実戦向きのスキル持ちが相手に操られたら…それこそ崩壊するぞ?」
背中同士を合わせ、互いに腕を絡めながら背筋を伸ばしつつ岸の言葉が耳に入ってくる。
分かっちゃいる。このままを維持するには、統率力が圧倒的に足りていないことぐらい。
東郷先生、市羽、新道が動けば時間は稼げるだろうが…誰も明確な対抗手段を言えない以上、不安がどうだとなってくるはず。
見えない敵と、すぐそこにあるような死の存在にクラスは完全に意気消沈している。
ここ数日はただ武器を振り、風呂に飯で就寝。息抜きができるような出来事はないし、全員ストレスが溜まってきているのが良く分かる。
笑いあったり、冗談すら聞こえなくなり始めているのが何よりの証拠だ。
「何か、この空気を払拭するような手があれば良いんだけどな…」
「無理だろ。下手に冗談を言やぁ、逆に空気を悪くする可能性の方がたけぇ。
それに言う人間が必要だ。
俺はまずふざけてる様にしか感じられないし、安藤が言った所で難しいだろ?新道は…今は正義感が先立ちすぎて冗談を言うような雰囲気じゃない。
市羽は絶対にその役は拒否するだろうし、東郷先生も今は俺達の為にと別の事で必死なのは分かってんだろ?
まぁ、それでも今一番、効果がありそうなのはお前だ安藤」
背中を押す岸の重さが、そのまま言葉の重さの様に感じる。
岸だって分かって言っているんだろう。俺にそんな気の利いた発想ができないことぐらい。
俺だって誰かに任せていたいが、岸の言った通り新道はゼス騎士団長と柔軟運動を終えて、鬼気迫る雰囲気で一対一をしている。
市羽は、まぁ漆と柔軟運動をしている…まぁ、これ以上の面倒事は請け負わないだろう。
他の連中も柔軟運動をしていたり、新道の様に終えて模擬戦を始めている。だけど、その空気はやっぱり重苦しさが拭えない。
俺達も柔軟運動を終え、刃引きされた武器を取りに行こうと立ち上がった時、訓練場の空気が一気に重たくなった様に感じた。
身体は、まるで金縛りにあったように動かず、心臓を鷲掴みにされたような感覚が俺を襲う。
…俺だけじゃない。さっきまで聞こえていた武器のぶつかり合う音もしなくなり、隣には冷や汗を流す岸の姿。
一体…なんだ。
「訓練中、大変失礼致します。
こちらに人が集まっていたようなので…少しお伺いしたいのですが、この中に東郷様、市羽様、新道様、安藤様のどなたかはいらっしゃいますか?」
ノック音が響き、突然渋い声に自分の名前が呼ばれ、少しだけ重たい空気が軽くなったように感じて振り向けば…訓練場の入り口に燕尾服を着た初老の男が立っていた。
「殺気を飛ばし、それがモノを聞く態度ではないだろう。
それ以前に…貴様、何者だ」
ゼス騎士団長は新道相手に使っていた剣を突き立て、腰に挿していた剣を抜いて構えた。
その様子を見る限り、あの男はこの城の人間ではないのか。
そんな相手の侵入に気付かず、簡単にここまで来れるなんて、不安もいよいよだなおい。
「確かに、お声を掛けようにも気付いては頂けないだろうと言って、少し無礼でしたな。
私も急ぎなもので…よろしければ問いにお答え願えますか?」
一瞬だった。
俺達よりも後ろに居たはずのゼス騎士団長が、手を上げかけた初老の男の目の前に移動し剣を振り下ろすまで。
目で追えたのは、既に振り下ろされた剣と、それを指二本で止める男の一連が終わった姿。
「良き太刀筋です」
「ぬかせ」
一言だけで行われたやり取り。
同時に行われる次の攻防。
音だけは確かにその攻防の激しさを物語っているが、目に映るのは何十にもブレるゼス騎士団長の剣と、それを片手で捌く男。
常峰とゼス騎士団長の戦いも最終的には目では追えなくなっていたが、これは次元が違う。
速度も威力も、息がし辛くなるこの空気も。
圧倒されている中で気付く事もある。
ゼス騎士団長は攻撃の手を休めず、男はそれを防ぐばかり。
俺が見る限りではゼス騎士団長が優勢なのだろうと思った。だが、それは勘違いだったと認識させられる。
「私は早々に戻らねばなりませんので、この辺で」
初老の男が一歩だけ踏み出し、ゼス騎士団長の腕を止め、もう片方の指先をゼス騎士団長の喉元でピタリ止めていた。
「もう一度だけお伺いします。
居なければ、居ないの一言でよろしいのです。
この中に、東郷様、新道様、市羽様、安藤様はいらっしゃいますか?」
蛇に睨まれた蛙とはこの事なのだろうか。
またしても身体は動かない。
「俺が新道だ」
震える手で剣を握り、新道は俺達と男の間に立つ。
その姿を見て、情けない自分に喝を入れ、俺も呼吸が出来ている事に気づけるぐらいには意識が戻り、新道の隣に立った。
「安藤は俺だ」
市羽に関しては、名乗りを上げはしないが皆を背に前に立っている。
正直勝てるとは思えないが、先頭を行くなら俺が良いだろう。リヴァイブアーマーもある。
まずは焦るな。敵から目を離さず。避ける事に意識を置け。
「これは良かった。
では…」
初老の男は、ゼス騎士団長の腕を握っていた手を離し、服の内側に手を入れ何かを取り出そうとする。
武器だろうか。内ポケにしまえる武器…小型か?いや、こんなファンタジー、スカートの中から大剣が出てきてもおかしくはないと岸達は言っていた。
警戒を怠るな。
もしかしたら、相手の出方の様子を見る前に仕掛けるべきだったかもしれないな。
ぐるぐると頭の中で考えが周っていると、男が取り出したモノが見えた。
「こちらを我等が王よりお預かりしております。
それと、この手紙はクラスメイトだけでお読みするように。とお言葉を預かっております」
白い封筒と共に告げられた言葉に俺はアホ面を晒したと思う。隣で、どう反応すればいいか困惑して面白い顔になっている新道を見れば、俺もそんな顔をしているだろう。
名前は出てこなかった。だが、俺等を指定している事や、何故か'我等が王'と言う単語を聞いて出てきた人物はただ一人。
きっと、男の言葉を聞いていた全員が脳裏を過ぎったはずだ。
いやしかし、何故か確信を持っているけども確認はしておかないと…。
俺は気の抜けてしまった喉から、声を絞り出す。
「もしかして、アンタの言う我等が王は、常峰って名前か?」
「安藤様ですね?我等が王からは、できれば安藤様に手紙を渡すようと言われております。
中を見れば、一番理解できるのは安藤様だろうと」
男は何時の間にか俺の前に移動し、手に持っていた封筒を俺に差し出した。
俺の質問に答えはしなかったが、今の言い方が何よりの答えだろう。
差し出された封筒を受け取り、少しだけ開けて中を確認すると、中には二枚に渡り綴られた手紙とイヤリングが一つ。
「では、確かにお渡し致しました。
私はこれにて失礼いたします」
「あ、あぁ…ありがとうございます」
男は一礼をして訓練場から出ていこうとした。俺達もそれを止める事無く見送る空気だったが、それを許さないのが一人居た。
ゼス騎士団長だ。
「待て。ここは王城、易易と侵入を許し、そのまま見逃す事はできぬ」
「…。王より手は出すなと言われております。
貴方も我等が王に見当は付いておられるでは?」
「だからと言って素性も分からぬ者を逃すわけにはいくまい。
本当に彼の手の者かすら怪しいところだ」
確かにゼス騎士団長の言うとおりだ。
しかし、軽く手紙に目を通したが、字体からは常峰のものだと思う。
この世界に来て、文字に関しての学習はしなかった。でも本は読め、文字も書くことができた。
まぁ…メイド達に確認させてみると、綺麗な字の奴も居れば、俺みたいに達筆又は読み辛い…ストレートに言えば汚い字もあるらしい。
これに書かれている文字は、俺同様に達筆ですね。と苦笑いされた常峰の文字だと思う。
俺達には綺麗も汚いも関係なく読めるから関係ないのだがな。
「証明は安藤様達がしてくださるかと」
「なら、証明するまでご滞在を願いたいものだな」
ゼス騎士団長の身体が淡く発光し始める。
その現象は肉体強化の魔法の傾向で、ゼス騎士団長は基礎となる肉体強化魔法を極めているらしい。
初めて飛ぶ斬撃を見せられた時は普通に顔が引きつった。
飛ぶ斬撃の事は置いておいて、今はこの状況を収めなきゃならない。
肉体強化をしたと言う事は、ゼス騎士団長も本気を出し始めたと言うこと。あの二人の空気が張り詰めていくのも分かる。
なんとか二人を落ち着かせようと考えていると、男が自分の喉元に突きつけられた剣をそのまま握り砕いた。
「マジかよ」
その光景に思わず声が漏れてしまう。
男は俺の呟きに反応することも無く、剣を砕かれ警戒を高めたゼス騎士団長を見下した。
「あまり邪魔をなさらぬよう。
王から止められてるとは言え、これ以上邪魔をするようであれば、相応の被害は覚悟をするように」
響く声は、先程までの渋い声のはずが、ノイズが走ったように聞き取りづらく、腹の底まで冷え渡るような恐怖が身体を縛る。
アイツ…ここ数日でなんてもん従えてんだよ…。
「しかし…それは王が望まぬこと。
私とて本意ではありません。我等の事はできるだけ伏せるようにと言われておりましたが、これぐらいはよろしいでしょう」
男が手を掲げると、巨大な魔法陣が現れた。
「アァアアアアアッッ」
魔法陣の大きさに唖然としていると、後ろから橋倉が声を上げ、頭を抑えてそのまま気を失ってしまう。
一瞬、精神干渉の類を疑ったが、橋倉の様子を見ていた男が申し訳なさそうに言った。
「特殊なスキルをお持ちだと言うことは聞いておりましたが、'魔導帝'をお持ちの方もいらっしゃったのですか。
魔法を知って日が浅い状態で、これは少し情報が多すぎたようですね。
申し訳ないことをしてしまいました。
一、二時間程で目は覚めると思いますので、ご安心ください」
完成したのか、魔法陣に手を突っ込みながら言う男に、俺達は返事をすることを忘れた。
仕方ないだろう…。魔法陣に突っ込んだ手が魔法陣を超えると、人間の手とは異なる形とデカさに変わってんだから。
「まさか…ドラゴン!?だが、人の姿になど…」
「時間が押しているので、これで私は失礼いたします。
もし、ご機会があればまたお会い致しましょう」
巨大な手の先から伸びる鋭利な爪は、天井を削り穴を開け、男は軽々と飛び上がり姿を消した。
さすがのゼス騎士団長も、呆気にとられ固まっている。
しかしあれだな。常峰は、俺達が変わったスキルを持っていると伝えてはいたようだけど、スキルの詳細までは伝えていなかったらしい。
だからこそ橋倉が'魔導帝'を持っている事は知らなかったようだし…。
「古河、橋倉は大丈夫か?」
「あー…うん、たぶん大丈夫かな?
かなり冷や汗をかいたみたいだけど、今は落ち着いて眠ってるー」
いきなり近くで悲鳴のような声を聞いて倒れた橋倉に驚いた古河は、あわあわとしながらも橋倉の頭を膝に乗せ、ハンカチで汗を拭いてあげていた。
あの男も大丈夫だと言っていたし、きっと大丈夫なんだろう。
さて…あの男の正体を知っておこうか。
スキルを教えられていなかったのなら、流石にユニークスキルの対策はできてないだろう。
「並木」
「え?あ、うん。分かってはいるんだけどさ。
ちょっと突拍子もなさすぎて、言っちゃっていいやつなのか…」
並木はチラっとゼス騎士団長を見た。
知られちゃまずいのか?
「できれば私にも教えてはくれないか?」
どうするべきか悩んでいると、ゼス騎士団長が頭を下げて頼んでくる。
流石に独断で決めづらく、新道と市羽に視線を送ると、二人とも頷き返してきた。
まぁ、ダメと言っても中々引いてくれ無さそうだしな。
俺達の様子を見ていた並木は、ハハハと顔を引き攣らせて男をスキルで見た結果を伝え始めた。
「常峰君が従えてるからなのか、半分ぐらいはモザイク入ったみたいに見えなかったんだけど…名前は'セバリアス・ドラゴニクス'っていうらしい。
いや…うん、この人…人?この龍族の人、見えただけでもとんでもない量のスキルを持ってて、どれもこれもレベルカンストしてた。
EXスキルも結構持ってたし…状態が'ダンジョン守護者'ってよく分からない状態になってたよ」
「ダンジョン…守護者…だと」
俺は、説明を聞いても すごくヤバイ奴 ぐらいにしか分からねぇけど、何やら岸が目を見開いて驚いた様子だ。
「知ってるのか?」
何気なく聞いてしまったが、岸は素早い動きで俺の方へ首を回し震えた声でポツポツと声を漏らし始めた。
「ダンジョンの守護者…つまり、ダンジョンという場所を守護する者。
その守護者が、スリーピングキングの事を我等が王と呼んでいた…。これが意味することそれは…。
スリーピングキング、ダンジョンマスターの肩書まで手に入れやがった!!!!
おいおいおい、俺達より異世界満喫してねぇかキング!くぅ~、羨ましい!おおおお、滾ってきたエネルギーが今にも溢れて爆発しそうだああああ!!!」
なんか興奮し始めた岸。いつも岸とつるんでる佐藤と長野も感化されて'魔物っ娘'やら'煽りトラップ'やらとテンションが上がっている。
よく分かんねぇけど、とりあえず常峰は元気そうだ。
「ダンジョンの王、龍族…これは、どうハルベリア王へ報告したものか」
隣ではゼス騎士団長がブツブツと何か言っているが、確かにゼス騎士団長には伝えないほうが良かった内容なのかもしれないな。
だが、岸達が騒ぎ始めた事もあって、張り詰めた空気は無くなっている。何より、常峰の無事を知って皆の顔色も少しばかりか良くなった気もする。
早く東郷先生にも伝えたほうが良いだろうし、手紙の事もある。
俺は新道へと、もう一度視線を送る。それに気付き、新道は察してくれたようで…。
「なぁ皆!どうやら常峰は元気に愉快な事になってるみたいだし、俺達も今日は休みにしないか?
昼飯の時にでも東郷先生と一緒に常峰からの手紙公開も含めてさ」
「おっいいね!スリーピングキングからのラブレター…きっと、キングからのご命令がビッシリと書かれてるぞ!」
「あらそう?なら、私はご飯の前にお風呂に入ってくるわ。
たまには、時間を気にせずにゆっくりと入りたかったところなの」
新道の発言に、待っていたかのように岸が便乗して、市羽に至ってはもう模擬剣を立てかけて訓練場の外へと向かっている。
もう訓練という空気はなく、数人の女子は市羽と一緒にお風呂へ行く方向へと話が進んでいるようだ。
「ゼス騎士団長、そういうことなんで今日は休みでいいですかね?」
「あぁ。私も少し報告書をまとめたい。また明日、いつもの時間から」
クラスメイト達の雰囲気の変わりように新道も張っていた気が緩んだようで、困り顔でゼス騎士団長に休みの許可を貰っている。
「スリーピングキングは、いいタイミングで連絡を寄越したな」
「俺的にはもっと早くしてほしかったけどな」
いつの間にか隣まで来ていた岸に言葉を返しつつ、俺はもう一度軽く手紙に目を通す。
「スリーピングキングからはなんて?」
「常峰の現状が少しと、これからやって欲しい事が書かれてるみてぇ」
「ハハハ!まぁ頑張れマッスルナイト!」
「マッ!?」
変な声を漏らす俺の肩を軽く叩き、岸はそのまま訓練場を出ていってしまった。
…あぁ、筋肉騎士だからマッスルナイトなのか。
妙に納得をした俺は、手紙の内容に従って行動する事にした。
セバリアスは、強キャラにもしたい欲求。
いつも同じになってしまいますが、ブクマ、評価、感想ありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。




