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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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219/236

少しだけ似た者同士

そこはギナビア城の地下。

訓練用に広く作られた一室の中央には汚れ一つ無いニルニーアが佇み、そんなニルニーアと対峙するシューカの二人が居た。


「ここまで戦えるなんて……どうやら、私はシューカの実力を見誤っていたようだ」


「本気で戦ってくれていませんのによく言いますわ。私には本気を出す必要すら無いということですか? ニルニーア様」


「そうだね。シューカでは私に生を与えられない。本気で戦う必要も無いほどに」


「裏切ったと知った時は、どういう風の吹き回しかと思いましたけれど、おかわり無いようで」


ニルニーアに比べて服は破け、汚れも目立っているものの、傷一つシューカは負っていない。


怪我を負わないように、外傷を与えないように、それでいて圧倒的。

ニルニーアがそうしなければ、何度も死に繋がる場面があったことが分からない程、シューカは愚かではない。

むしろシューカは最初からこの結果を分かっていてニルニーアの前に立っている。


「まだやるのかい?」


その言葉に返ってくる声はなく、代わりに甘ったるい香りが漂いシューカの姿が蜃気楼の様に揺らぎ、空気に溶けて消える。


「シューカ、私は少し気になることがあるんだ」


スルリと背後から突然生える様に現れた短剣。

刃はニルニーアの背に沈もうと近づくが、背中から漏れ出た血が絡みつき、途端に錆びていく。


「シューカが私のことを多少なりとも知っている様に、私もシューカのことを少なからず知っている。だからこそ気になってしまってね」


刃と持ち手を失った短剣の柄は音を立てて地面に落ち、ニルニーアが言葉を続けている間にシューカの幻影が次々と現れて周りを囲む。

現れた全ての幻影は濃艶さを増し、比例するように甘ったるい空気の濃さも増していく。


「君たち淫魔の種族は基本的に戦闘能力は高くない。戦いの場において、自身が戦場に立つ事が少ない。そもそもにおいて、戦闘を極端に好まない種だ。

しかしシューカは例外だね。その事は私もよく知っているよ。君は戦いを嫌ったりはせず、淫魔とは思えない程に個体としての戦闘能力もある。自分の強みを知り、自分の弱さも理解している。

だから教えて欲しい……君は何故――」


幻影達が放った魔法が迫ることなど意に介さず、ニルニーアは一点を見つめたまま言葉を続けた。


「一人で戦っているんだい?」


放たれた魔法すら幻影だという事を見抜いていたニルニーアの視線の先、一見すれば誰も居ないソコに浮かび上がるシューカは、妖しく笑みを浮かべて口を開く。


「私が一人で戦うのは、そんなに不思議ですか?」


「不思議だね。私の本気を求めている割には、シューカだって本気ではない様に思える。男を魅了し、群れに紛れて戦うのが君のやり方だろう? ましてや相手は'魅了(チャーム)'の効かない私が相手。

不利で圧倒的な差を持つ相手に不利な状況で挑むのは、なにか理由があるのかな?」


「確かに私らしい戦い方ではないかもしれません。だけどニルニーア様は一つ勘違いをなさっていますわ」


楽しげに笑みを深めるシューカの姿は空気に溶け込む様に消え、次の瞬間――ニルニーアと唇がくっつきそうな程の距離に現れる。


「私は本気ですわ。ただ誰にも楽しみを邪魔されたくないだけですの」


またシューカの姿がフッと消え、次は後ろからニルニーアを抱きかかえて耳元で囁く。


「ねぇ、ニルニーア様。あのお嬢さんと共に歩む今、ニルニーア様は楽しいですか?」


「思いの外、楽しめているよ。私は彩に破れ死に、彩の生と私は結ばれた。死んでいるのに生を実感できるこの感覚は実に新鮮で楽しい」


そう答えるニルニーアの言葉は柔らかく、声は小さな弾みを見せ、自分を抱きかかえるシューカの腕を優しく包む。


「本当に楽しそう。こんなくだらない戦いの中でも……少しだけ……」


「シューカ――」


自分とは対極にあるシューカの声と言葉で察したニルニーアが口を開いた瞬間――それを遮る様にシューカの体は発光してニルニーアを巻き込む大爆発を起こした。

爆発の威力は凄まじく、ニルニーアの一切を吹き飛ばし、訓練用に補強をされているはずの壁や天井に罅が入り、室内に大量の血が流れ込んでくる。


その一角で一糸まとわず、傷一つないシューカの姿が色を吸い上げる様に現れ、壁を伝う血を指でなぞり唇を飾り中央へと視線を向けた。


「さようならニルニーア様。心より憧れお慕い申し上げておりましたわ」


返事は求めていない。

ただ一方的に伝えるだけ伝えたシューカの姿は、血の色に塗りつぶされ消えていく。


「やれやれ……もう少し彩に我儘を言っても良かったかな」


血の泉が波紋を揺らしながら響いた声は、シューカには届かない。


--


適当に城内で服を漁ったシューカは上空から真っ赤なギナビア国を見下ろし呟く。


「これも予定通りなのかしら? アーコミア様」


瓦礫はとうに沈み、闊歩していた魔軍は抵抗しようとするが意味を成さずに糧となる。

そんな惨状を暫し眺めてギナビアから離れようとしたシューカだったが、背後に迫ってきた纏わりつく気配に振り向いた。


「ふーん、貴女がシューカ」


「会う気は無かったのに、トドメでも刺しに来たの? お嬢さん」


シューカの言葉に漆はすぐに返事をせず、頭の先から足先へ、そしてゆっくりと視線を上げて目を合わせる。

妖艶に淡く紅く光る瞳に見つめられたシューカは、見透かされている様な気分になり一歩分の距離を取って諦めた様子で身構えた。


「抵抗ぐらいはさ「いつでも訪ねておいでよ。貴女なら歓迎するわ」――見逃す気? 異界の者って甘いのね」


遮った漆の言葉に一瞬だけ唖然とした表情を浮かべたシューカだが、すぐ気を引き締め直し警戒を解くことはしない。

ニルニーアが手加減をしていた事が幸いしてか、まだシューカには余力があるが相手は異界の者。一瞬で勝負がつく可能性すらある中で、シューカは態度こそ余裕であっても過信はしない。


「ニルのために教えておくけど、今のニルは私が許可しないと本気を出せないの。貴女の気持ちに応えてあげたくても、すぐにはできなかったの。流石にこれだけ力を使ってる時に許可を私も出せないしね」


「盗み聞きとは悪趣味ね」


下げ気味に両手を広げる彩の行動に釣られて視線を落とせば、先程よりも血の嵩が増している。


「私とニルは一心同体だしね。だから、ニルが見逃した貴女を私は当然見逃す。それに貴女は……どことなく私の親友に似ているし」


「あら、気になる言葉だわぁ」


「少しだけね。貴女とニルが友達だったら、きっともっと似ていたんだろうなって思う」


漆の言葉が指す感情をシューカは分からない。そのはずなのに、妙な納得と安堵が胸の中を埋めていく心地よさに満たされていく。

だが同時に、それを否定する感情が湧き上がり、それを言葉にしようとするが――先に漆が'でも'と言葉を続けた。


「似ているだけで違うモノなんでしょ? きっとそう。これは私と月衣だけのモノ。だからシューカ、貴女はいつでも私を――私達を訪ねてくるといいわ。貴女の享楽の渇望を満たすために、いつでも応えてあげる」


「ふふふっ、思い上がっているお嬢さんは好きよ」


「気が合うじゃん。私も余裕を崩さない女性も大好き」


「「ふふ、ふふふふ」」


二人は視線を外さずに笑いあう。

その時には、シューカも構えを解いており、警戒もせずに漆の隣を抜けていく。


「そういえば、また貴女の名前をちゃんと聞いていなかったわ」


「漆 彩よ」


「そう。私は淫魔のシューカよ。気が向いたら、また会いましょう」


言葉を残して羽を広げ飛んでいくシューカと入れ替わりで、漆のアーマードレスから滴る一滴の血がニルニーアの姿へと変わる。


「もっと早く出てくれば良かったのに」


「彩に任せたほうが、きっとシューカも素直になると思ってだよ」


「物は言いようってやつ? かわいいニル」


「意地悪を言わないでおくれ。仕返しをしたくなってしまう」


クスクスと笑う漆に、ニルニーアは甘える様に抱きついて顔を谷間に沈めて目を閉じる。

そんなニルニーアの頭を漆が撫でていると、ニルニーアから悪戯心が伝わってくると同時に言葉が飛んできた。


「彩の甘い所は眠王に似ているね」


「ちょ、やめてよ! 夜継とニルってそんなに関わりないでしょ!?」


「ふふふっ」


「それに! 私が夜継に似ているんじゃなくて、夜継が私に似ているの! いや、夜継が似てるのは私じゃなくてお祖父ちゃんよ!」


「彩の祖父か。彩や眠王を見ている限り、随分と愉快な人間だったのだろうね」


心底嫌そうな表情とは裏腹に、漆が思い浮かべている人物の姿にニルニーアは笑みを浮かべる。

しかし、愉快と聞いた瞬間、漆から明らかな苦手意識が流れ込んできた。


「夜継のお祖父ちゃんの方が愉快な人だったかな。お祖父ちゃん以上にフラフラしてる人だったけど、常に誰かが周りに居て賑やかで優しい人だった……それに比べてお祖父ちゃんは、何もかも知っている態度で……お祖父ちゃんが本気で何かをしている所なんて見たことない」


「嫌いなのかい?」


「嫌いじゃなくて苦手なだけ。何をするにも、始まる前に終わりまで決めている様な……本当、夜継がお祖父ちゃんみたいに行動的な人間じゃなくてよかったって思うわ」


「凄く頭の回る人間という事だけは分かったよ」


漆から流れ込んでくるイメージと心境を整理していると、ふとニルニーアの脳裏にもめったに関わらなかった父との会話が掘り起こされた。


――飽いたな。


そう呟くニルニーアの父は並ぶ食事には手を付けず、グラスに注がれた血を飲み言葉を続けた。


――我が父が若き頃、セノリア・ログストアという人間に出会ったと言う。飽い枯れ果てるまで、父はその名をよく口にしていた。


グラスに向けているはずの視線はどこか遠く、その言葉に羨みが含まれている事だけは分かった。


――頭が回り、父が一度たりとも戦いにすら上がれなかった相手。しかし彼の人間と共に生きるのは大層愉快であったと語った。


始祖の吸血鬼を相手にそんな事ができる人間というのは、当時のニルニーアも興味が湧いた。しかし祖父の時代の話で、関わる事はないとすぐに忘れていた事も思い出す。


「へぇ、ニルのお祖父ちゃんの話、初めて知ったかも」


ニルニーアと同じ様に漆にも流れ込んでくる記憶とイメージ。


「遠い昔の話だよ。祖父とは関わりなどなく、父ともそれほど共に過ごした時間はないからね。話になる様な事も少ないのさ」


記憶に出てきた人間が同一人物である事を、二人はまだ知らない。


--

-


「やはり紛い物ではダメな様ですね……もしかしたらと思っていたのですが」


「よく言う。期待の'き'の字も無い様な眼で」


「そんな風に見えますか?」


「見えるね。どこまでも期待していない眼だ」


俺にも向こうの状況はラフィから伝わっている。

一面が血の海になっている。と報告された時は、一瞬意味がわからなかったが……まぁ、結果としてギナビアを制圧できているのならいい。


これでギナビア側は奪還から耐久へ。漆達には引き続き連合軍と合流するまで持ちこたえて貰えばいい。

リュシオン側も同様に、臨時奪還拠点から順調に進軍して防衛の構えへシフトしていっている。

残るはログストア国だが……まぁ、漆が奪還した今、そろそろ動いてもいいだろう。


「まだご友人の戦いは終わっていないみたいですが、待たないのですか?」


固まりかけていた体を解しながら立ち上がれば、少し困った表情のアーコミアが俺の後ろを指しながら問いかけてきた。


残念だなアーコミア。俺が待っていたのは漆だけだ。

ログストア国に関して、安藤の力を借りるつもりはない。


「もう指示は出してあるからな」


「そうですか――」


大きなため息を漏らしたアーコミアが手を掲げた。


「仕方ありませんね。ではコチラも始めましょう」


そうアーコミアが告げた瞬間、上空で濃さを増していた暗雲から圧倒的な存在感を感じる。

更にもう一つ。

下で群れを成していた魔物の気配が一斉に消えていく。


何事かと様子を見てみれば、神の城の兵共が何故か魔物達を殺し回っていた。


「一体何を……」


そして気付く。

下の魔物が殺されていくのに比例して、頭上の存在感が増している事に。

いや、下だけじゃない。ダンジョン領域内の気配が消えていくと、悪寒が増していく。


そういうことか。


「気付きましたか?」


「大規模な仕掛けはしてくるだろうと思っていたが、勝ち負けを気にしなかった時点で気付くべきだった。この戦争自体が生贄か」


「面白い表現をしますね。しかし流石と言った所でしょうか……前倒しにし、少し無理をして戦争を起こし良かったと思いました」


福神さんは、神の城がチーアから離れたから魔神復活阻止は無理だと言った。

それは神の城が召喚に必須であるという事。それは容易に想像できたが、他に必要なモノが分からなかった。

そもそも魔神の復活手順を俺は知れなかったが……なるほどな。


阻止はできずとも引き伸ばすことはできる。

過去に魔神は復活した痕跡がある。それも何度か。

しかしアーコミアは神の城を用いらなければならなかった。


これは俺の凡ミスだな。

魔神の封印と召喚を別物だと考えていた。


「神の城は魔神召喚用の祭壇の役目があり、それを起動するには膨大な生贄が必要になる。まるで昔の異界の者を喚び出す召喚魔法の様に」


「ここまでくればお話をしても問題ないでしょう。正確には、魔神の封印とは異界への隔離の事を指します。そして異界に最も近い領域が神の城なのです。

ではココで一つ眠王に問いです。私は魔神の復活のために異界から貴方達を召喚してもらわなければならなかった――それは何故でしょう」


「魔神が居るから異界から召喚をするのではなく、異界の者が召喚されるから魔神の封印が緩む」


「続けてどうぞ。どうして緩むと考えましたか?」


「'異界'という言葉は、けして俺たちの世界の事だけを指した言葉じゃない。世界を繋ぐ召喚魔法……それこそ、魔神が封印されている場所にも」


「流石ですね! 本当に困りましたよ。召喚魔法には手を加えられ、繋げる先を固定され、幾ら生贄を差し出し歪みを広げても、最小の緩みしか生み出せ無いようにされていました。

繰り返せば僅かながら魔神がコチラへ戻ってこれますが、所詮は漏れ出た絞りカスにしか過ぎません。それに繰り返すにも使用制限まで掛けられ、欲を駆り立てられた人間でも易易と召喚出来ない様にされていました」


異界の者と密接なのは魔王という存在。

しかし、こっちの世界の人間は魔神の存在を知っていて、魔王とは別のカテゴリーで認識していた。

だが問題だったのは、異界の者を喚んだからと言って、必ずしも魔神が現れないという事。


この世界の基準で人間の寿命は短く、世代が変わるのも早い。

それこそ、魔神なんて存在は勇者よりも御伽噺の領域なんだろう。

だが御伽噺というカテゴリーでは同じ。


何度も現れて世界を救ってくれる存在と、過去に本当に居たのか分からないほど曖昧な魔神という存在。

世界を救う勇者という存在は、魔神の脅威を極端に下げて認識させた。

目先の脅威である魔王を退ける方が重要で、召喚を行うデメリットなど知ろうともしなかった。


「だからと言って、爺が手を加えなければ大量の生贄で勇者を喚び出し」


「私が生まれるよりも前に、本格的に魔神が復活していたかもしれませんね」


「前倒しにした理由は、俺等が動きすぎたからだったな」


「足りない分をこじ開ける為に、時間を掛けて生贄を用意しても良かったんですがね……貴方には気付かれてしまったでしょう。そして気付かれてしまえば、阻止されるリスクが高まる」


「強行した方がリスクを抑えられて、成功する可能性が高まると考えたか」


「貴方がこの世界の人間と深く関わってくれたので……理由や目的はどうであれ、こうすればこの世界の人間の為に貴方は動くと思いました」


「異界に行く事が目的だと言っていたのは嘘か?」


「いいえ? それこそが私の目的ですよ? その手順として魔神には復活してもらい、その残った歪みを利用させて頂くつもりです。

なんせ、今この世界で繋げられるのは、本来の召喚魔法であっても魔神の封印領域と貴方の世界だけですから」


爺達でも召喚の際に、完全に封印に影響を出さない様にすることは出来なかったという事か。


まぁいい。

そういう事なら、仮に帰還魔法に魔神が絡んでくる可能性があったとしても、もう気にする必要もない。

やることは変わらない。


アーコミアを殺し、魔神を殺し、神の城を手に入れ、帰還魔法を使う。


《コア君、予定を二つ繰り上げる》


《暗雲の様子から何となく察していたよ。いつでも大丈夫》


《助かる……んじゃ、任せた》


コア君との会話を終えた俺は、一気に踏み込み、驚いた表情のアーコミアの顔面を鷲掴みにして、神の城へと向かった。

暑いですね。夏ですね......




ブクマ・評価ありがとうございます!

これからもお付き合い頂けると嬉しいです!

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