信念なき不死者
「……どちら様だ?」
突然背後に現れた反応。敵意は無いが、ピリピリと干渉をしてくる感覚はある。
声を掛けてみても返事が返ってくる様子はない。
「なんだこれ」
座ったまま首だけを動かして後ろを確認してみると、随分とデザイン性のある三つの氷塊が佇んでいる。
ダンジョンの機能で確認すると、なんかしらの生き物だという事は分かるが……コア君に聞いてみるかな。
そうと決まればとダンジョン機能を使う前に、ため息が聞こえた。
氷塊から目を離して正面へ視線を戻せば、そのため息を漏らした主と目が合う。
「そっちから出向いてくれるとは」
「すぐに戻りますよ。お互いにまだ始めたくは無いでしょう?」
「急ぐ理由が無いから始めていないだけで、別にすぐでも構わないぞ。アーコミア」
「急がない理由があるの間違いではありませんか? それに私はソレを回収しに来ただけですので……どうか、大人しくお渡ししていただけませんか」
アーコミアが指差すのは、俺の後ろに佇んでいる三つの氷塊。
この妙な干渉のされ方とアーコミアの様子から大体察しはついた。氷塊の正体はフラウエースか。
逃げ出したのか? いや、確かフラウエースが氷塊になるのは、死にかけなり魔力枯渇なりが理由だとかセバリアスが言っていたはずだ。
おそらくあの現れ方は転移魔法。アーコミアの仕業ではないとしたら……裏切りがあった可能性がある。
わざわざ俺の付近に転移させた理由は、そうする事がアーコミアにとって困るから。
これは……少し賭けになるが、やってみるか。
ダンジョン領域のギリギリに立つアーコミアを見つつ、俺は干渉を許可してみた。
するとピリピリしていた感覚は、ぐんぐん俺の魔力が吸い取られていく感覚に変わっていく。
それ以外の変化は見られない。少し様子だな。
「俺にはコレが何か分からない以上、別に引き渡すのは構わんが……わざわざ大将が出てきてまで回収したがるのには興味があるな。断った場合はどうするんだ?」
「実力行使――と言いたいのですがね、まだその時ではない。理由が知りたいのでしたらお教えしますよ? ソレがソコにあるのが貴方の仕業ではないのは、分かっていますから」
「どうせ時間はあるんだ。是非お聞かせ願いたいね」
まだ氷塊に変化はないな。まぁ丁度いい、フラウエースをどういう風に利用していたか答え合わせだ。
それともう一つ、気になる事ができたしな。
「大体は貴方の予想通りでしょう。ソレはダンジョンマスターで、同時に私の隷属なんですよ。近場の者から魔力を吸うという便利な性質を持っているので、ショトルが回収して貯蓄している魔力をソレが吸う。そしてダンジョンを維持しながら、私の命令で魔物を生む。至って単純な話です」
「随分と遠回りだな」
「ショトルに隷属魔法を掛けても、一日もすれば解除してしまうんです。そうなればダンジョンを使うにあたって面倒なので……それに、ショトルは魔力を吸う前に捕らえた餌を殺してしまう事もありますから」
「捕らえた餌ねぇ……」
「頭がよく回る貴方なら、そちらも予想はできているのでは?」
「俺等が召喚されるまでに幾つかの小国が、魔族の手によって落ちていた事。人間にもアンタの息が掛かっている者が居る事。リュシオンに至っては、トップがそっち側ともなれば……まぁ、大体の予想はできる。
さながらそっちのダンジョンは人間牧場か」
「さすがです。まぁ、人間のみに限った話ではありませんがね」
フラウエースを隷属化してこの状態を維持すれば、勝手に魔力を周りから吸収し続ける魔力タンク。それをダンジョンマスターとして運用できれば、本人はダンジョンの制限に縛られる事もない。
維持も適当に魔力のある者を攫って充てがっておけばいいだけ。
便利なもんだ。
「そのダンジョンマスターが、なんでこっちの領域内に居るのかも答えてくれるのか?」
ふとダンジョン領域内を確認すると、追加で魔物が送り込まれてきていない。
理由を考えると無数に浮かんでくるのだが、このタイミングでとなれば'ダンジョンが停止して無駄に追加投入する余裕が無くなった'と考えてもいいだろう。
「少しちょっかいを出されましてね。まさか遠隔で私の隷属魔法を解除した上に、ダンジョンとの繋がりを断ち切って転移で飛ばされるとは思っていませんでしたよ。
おかげでダンジョンの機能は止まり、魔物達も言うことを聞かなくなってしまいました」
「そんな事ができる奴が居るなんてな。是非とも仲間に引き込んでおきたい所だ」
「ふむ……そう言われると、貴方と接触する前に消えてくれたのは救いでしたね」
アーコミアが向けた視線を追えば、それはリュシオンの方向――先程までオズミアルが居た方を見ている。
なんか消えていったなと思っていたが、アレは死んだのか。
岸達がやったんだな。
「ん?」
「はぁ……まさか貴方一人で三体分も補えるのですか」
ふと魔力の消費量が減ったと思うと、どうやらその必要が無くなったようで……振り返ればフラセオとは違うが氷塊は人の形になっていた。
「戻ってくる気はなさそうですね」
「ならどうする」
「使えないのならば処理したい所なので、その魔力の壁を消しては貰えませんか?」
「それは無理だな。アンタが俺を攻撃しない保証はない。むしろ、そうしない理由がない」
一度頭を下げてレストゥフルの方へと移動していくフラウエース達。
その背を見つつ、魔力の壁が消えないと分かったアーコミアは大きなため息と共に、上げかけた手を下ろす。
んー……本当にアーコミアは動けないのか。
以前は俺の魔力量がどうのと発言した事もあったのに、フラウエースに俺が魔力を送っていても余裕がある事に気付いていなかった。
どことなく疲れている雰囲気もあるし、本調子ではないのは確かなのだが。
「やけに諦めが早いな」
これは俺の率直な感想だ。
本調子ではないからと言っても、あまりにも簡単にフラウエースを諦める様子には違和感を覚える。
「もう少し粘ろうとも考えていましたが、ここで無理に連れ戻すほどでも無いというだけです。どうせこの戦争は、私達の負けでしょうからね」
「なんだ、降伏か?」
「それはしませんよ。ちゃんと終わるまでは戦います。ただ、魔王ショトルと魔王オズミアルは負けてしまい、魔王ガゴウは宛にはならないでしょう。にも関わらず異界の者は欠ける事無く健在。
メニアルがそちらの勇者市羽を相手取ってくれたのは嬉しい誤算でしたが、逆に言えばそれだけです。
魔物も統率は取れなくなり、ただの成り行きや己の力を無駄に過信している魔族では、異界の者という力に殺されるだけでしょう。
あぁ、パティ・ニカも危ないですね。ヒュドラはダンジョンの管理があってやっと使役出来ているので、暴走して死んでしまうかもしれませんね」
あぁ、なるほど。違和感はそういうことか。
コイツ、この戦争に勝つ気が無いのか。
戦争の勝敗はどうでもよく、アーコミアの勝利は異界へ飛ぶ事。本当にそれだけで、それ以外はどう転んでも問題ないと。
「解せんな。こんな早期の段階で諦めが付くなら、なんで戦争なんて起こした。この戦争の意味はどこにある」
「そこまで私に聞きますか? まぁ、単なるついで……なんて答えでは満足しなさそうですね」
「ついでにしてはリスキー過ぎる気がするからな。アンタがリスク管理を怠るとは思えない」
「過大評価ですよ。ただ、私が予定していたよりも異界の者の動きが良く、時間を掛けるべきではないと判断したまで」
やれやれと首を振るアーコミアは、視線を俺からギナビア国の方へと向けた。
「さて、一旦この話はココまでにしましょう。どうせもう少しすれば、貴方は答えに辿り着く。その前にほら、どうやらまた一つを迎えそうですよ。
眠王は愚かな不死者と血の不死者、どちらが勝利すると思いますか?」
「当然、漆だ」
「えぇ、私もそう思います」
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「'世生歿'――どうだ? 美しい技だと思わんか」
「そうね。ただ貴方が使ってるってだけでマイナスに振り切ってるわよ?」
「そのザマでまだ軽口を叩くか。大したものだなぁ、異界の者というのは」
最初こそ優勢で戦っていた漆だったが、中々止めの一手までが届かなかった。
そして始めは首を狙われた。
前回と同じ様に防ごうとした漆であったが、その技は更に磨かれており、止まる事無く振り抜かれてしまった。
だから漆は己の喉を抉り、削り取った。真っ赤なガントレットの爪を使い、一切の躊躇いもなく。
その行為で噴き出そうとした血は、一滴の漏れも無く首と胴をを流れ繋ぎ、失われたはずの首は形を取り戻していく。
警戒を少し高めた漆は次に喉を抉った腕を斬られた。
二度も斬られてしまった事にため息が漏れそうになるのを堪え、今度はその腕を切り落とそうとする。
そして漆は振り上げた腕を斬られた。
一瞬動揺した事を漆は、自分の両足首にも冷たい感覚が割り込んできた事に気付く。
四肢が思うように動かなくなり表情を歪める漆は、全く感覚の無くなった手先を短剣で壁に打ち付けられ、足も剣を突き立てられて固定されていた。
「どうでもいいわ。早く殺したらどう?」
「その手には乗らん。ニルニーアと似たスキルを所有している貴様だ……どうせ死なぬのだろう? なれば殺さん」
「ならずっとこのまま? 男が相手とか、吐き気がするから嫌なんだけど」
「氷像にでもすれば騒がしく喚くこともない」
動けない漆の腹部に柄を突きつけたナールズ。同時に柄が触れている部分から温度が抜けていく。
血の流れが止まり、その部分の感覚も無くなっていくのを感じる漆は、紅く光る瞳をナールズに向けた。
「まだ抵抗するか。しかし私は神に選ばれた存在、そんな遊技は効かん」
「うざっ」
視界に収めたナールズの内部の血を操り、そのまま殺してしまおうとした漆。だが向けた瞳の先に操れる血は枯れていた。
一滴すらも血が通っていないナールズに、漆は心底面倒くさそうなしかめっ面を浮かべる。
その間にもピタリと密着させられている柄が体を登っていき、それに合わせて体内が凍っていく。
ナールズにいいようにされ、漆の中で更に増していく不快感と苛立ちを察してかナールズは口を開いた。
「異界の者、知っているか? スキルを操るのは積み重ねた技術と経験、そして意思だ。心の臓が止まり、脳が停止した時、貴様はその意思をどう思い発す」
「その時は怨念にでもなって呪い殺すわ。何年ぐらい掛かるか、貴方は知ってる?」
「さて、生憎私は死霊使いではない。ゴーストやスケルトンなどの生態なぞ考えた事はなかった。試してみるとしよう」
焦らす様に心臓の部分だけは避け、胸を登り首で止まり、鎖骨を撫でる様に這い、ゆっくりと柄は心臓の部分へと降りていく。
骨から冷え、凍っていく中で漆は視界だけを動かして自分の固定されている体を一通り確認してゆっくりと目を閉じる。
その様子を見ながらナールズが心臓へ到達した柄を振り上げると、冷たい風が舞い上がり、漆の呼吸は静かに止まった。
「まずは一人だ。神に選ばれたのが貴様等だけと思うなよ……異界の者は私が根絶やしにする」
ナールズが踵を返すと、ピチャッと水たまりを踏んだような音が響く。
そんな音がするはずの無い状況で聞こえた音が気になり視線を落とせば、ナールズの足場は真っ赤な血溜まりに染め上げられており、その範囲を徐々に広げている。
「制御が切れたか」
原因であろう漆を肩越しで確認すると、形を保てなくなったガントレットと纏っていた服が地面へと流れ落ち足元へと溜まり続けていた。
その様子にナールズは鼻で嘲笑い、前へと向き直り――目を見開いた。
「これは何だ……何故貴様がソコにいる!」
真紅に染まった室内。その中央に大きな欠伸をしながら堂々と座るのは、今さっきナールズが無力化したはずの漆。
「心の臓も脳も、骨の髄まで凍てついたはずだ!」
「それがどうしたの?」
「な……に……」
ナールズの叫びに漆は事も無げに返す。
己の目を疑うナールズが振り向くと、確かにソコにも磔のまま凍っている漆の姿はある。
様々な可能性が頭の中を駆け巡る数秒後、ナールズは一つの結論を出した。
「偽物か」
「0点」
漆はナールズが出した結論を即座に切り捨て、嘲笑を飛ばし、遊ぶ様に指先でクルクルと弧を描きながら言葉を続ける。
「正直もっと何かあると警戒してたんだけど、考えすぎだったみたいだしもういいかな? 時間掛けても仕方ないし、あの子達の場所を取り戻しに来ただけだし」
「何を言っている!」
「うるさいなぁ。ニルが言っていたけど、不老不死になりたがってたんだっけ? そんなザマになってまで叫ぶのが不老不死になってまでしたかった事なの? 笑えるわぁ」
クスクスと見下しながら笑う漆を見上げナールズは怒り、今一度'世生歿'をと踏み出そうとした。そこでやっとナールズは気付く。
自分の視界が低くなっている事に。
自分の足が膝下辺りまで無くなっている事に。
今も尚、高速で渦を描く血に体が削られている事に。
「私さ、不老不死がどうなのかあんまり分かってないんだよね。もしこのままミンチになったらどうなるの? あぁ、なんだっけ、神に選ばれたんだっけ? なら肉片になっても再生するの? それとも意思が足りなくて幽霊でもなる? 良かったわね、自分で試せそうで。不老不死になったかいもあったかしら?」
「貴様!! 私を愚弄するか!! このナールズ・グレンドを!!」
「愚弄する価値も興味もないわ。あぁそれとね、勘違いを一つだけ正してあげる。
私はニルと似たスキルを所有しているんじゃなくて、ニルの全てを持っているのよ。貴方の羨んだ不死の全てをね」
「ぎぃざァァま”ア”ぁぁ……ぁ……!!…………!!」
既に肩から上しか残っていなかったナールズは、羨怨を剥き出しにした瞳を最後の瞬間まで漆へと向け続け、渦巻く血溜まりに呑まれた。
「聞こえているかは知らないけどさ、選んでくれた神様に会えるといいわね。その時は次の来世のお願いでも……あぁ、死ねないなら来世は無いか」
ナールズが呑み込まれた血溜まりを踏みつけながら、漆は内部を完全に凍らされた自分に触れる。すると、その体はボロボロと崩れ落ちてナールズが呑み込まれた血溜まりとは別の血溜まりに沈み、漆への体内へと戻っていく。
切り離されたナールズを呑み込んだ血溜まり以外の全てが自分の元へ戻ってきた事を確認した漆は、興味が完全に失せた視線を残った血溜まりへと向け、その後に転がっているケトルを見つける。
「汚したままだとルコさんが困っちゃうなぁ……」
スッと漆の指が空を撫でれば、残っていた血は一滴残らずケトルの中へと収まる。
「あー、えーっと、まぁいいや。名前忘れちゃったけど、多分貴方は私が戦った中で一番滑稽だったわ」
その言葉を最後に漆は部屋から出ていく。
部屋には、物言えず煤けたケトルだけが静かに残っていた。
ナールズとの一戦を終えた漆は近場の窓を適当に割り、血で足場を作って城の最も高い場所へと移動した。
眼下に広がる城下町ではラフィが暴れて魔軍を圧倒している様子が伺える。
「ニルの方はもう少しかな?」
城下町を見下ろしながら城内に居るニルの気配を辿ると、優しい感情を持ちながら戦っているニルの位置を漆は確認した。
「少しニルが戦っている相手も気になるけど……後でニルに聞けばいいだけだし、まぁいいわ」
んーーーっと声を漏らしながら体を伸ばした漆は、そのまま城下町に向けてゆっくりと手を翳し呟き――
「返してもらうわ」
――ギナビア国は血に沈む。
遅れ遅れの更新で申し訳ないです。
しわ寄せの山と暑さに蝕まれて、上手く時間が作れていません。
ブクマ・評価ありがとうございます!
貧弱な私ですが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです!




