あの世で聖女に謝罪するんだな
時間は少し戻り場所は変わり、日が昇り始めた頃。
外の状況は戦闘音のみしか分からない佐藤と古河の二人は、リュシオン城の中を駆け回っていた。
「城ってなんでこんなに広いんだろうねぇ」
「居住の他に軍事施設の面もあるからな。財力の指標にもなれば、政治的から見てもデカくて複雑構造に意味があんだろうよ」
「くだらなぁ~」
「自慢できる部分ってのは心の余裕につながるもんさ」
「心の余裕ねぇ……」
軽く会話を交わしつつも遠くから多くの足音が聞こえると、足を止めた佐藤が近場の壁に手を当て、古河は一番近くの扉を開けて室内を確認する。
そして問題が無いことを佐藤に伝えれば、二人ともその部屋へと入っていく。
「数は減ったがエンカウント率は上がってきたな」
「結構道を塞いじゃったし、しょーがないんじゃない?」
「マップ把握が全く出来てねぇのがいてぇわ」
「正直、舐めてたツケって感じ」
「……まぁ、調子はノッてたな」
イケると思ってたんだがなぁ……と続ける佐藤の言葉は、近付いてきた足音が崩落する轟音に上書きされると共に掻き消される。
上がり気味の呼吸を整えながら耳をすませば、外から聞こえるのは咆哮と戦闘音のみ。
「なんか咆哮増えてね?」
「岸君じゃない? ほら、王様から何か貰ってさ」
「俺に内緒で? そうだったらいいけどな」
「ポジティブにいこうぜぃ~」
口ぶりこそ軽い二人だが、壁にもたれ掛かる姿からは疲労が伺えた。
肉体的疲労は当然、しかしそれよりも精神的疲労に二人は苛まれているのだ。
ショトルを扱うポルセレルは古河の予想を上回る厄介さをしていた。
魔力の質を書き換えられると言っても、使用する魔力の消費量は通常よりも多く、毎回書き換え続けなければならない。
それに同じ質にしてはならないという条件から、古河は必要以上の集中を強いられ、他の攻撃に対して意識が向けられない。
当然の様にポルセレルを狙えばショトルが壁となり、書き換えを間違えてしまえばショトルは回復してしまい、ポルセレル自身も古河の限界に気付き、それを誘う様に攻撃をしてくる始末。
佐藤も佐藤で深呼吸に紛れ込ませて、何度目になるか分からないため息を漏らす。
最後の一撃、完全にトドメがさせるタイミングでポルセレルにスキルを叩き込もうと考えていた佐藤は、その時が来るまではと正気を失った聖騎士団から古河を守り続けた。
始めは武具を破壊し気絶させ、数が増えてくると部位を欠損させる事で無力かを図っていたのだが……手加減を続けるには佐藤の実力が足らず、敵の数が多すぎた。
最初は自分の不注意で起きた。
フラジールの調整をミスしてしまい、必要以上に脆くなった聖騎士が剣を振る動きで塵になった。
次は心の中で謝りながらも故意でした。
数が多くなり、捌ききれなくなる前に活路を作らねば……と鷲掴みにしたヘルムから最大出力でフラジールを放ち、瞬く間に塵へと変えた。
そして脳裏に焼き付くのは、フラジールを使った後に一瞬だけ意識を取り戻した者の表情と声。
自分の死を察してなのか、涙を流しながらも笑みを浮かべる穏やかな表情。散り行く中で声にならぬ声で告げられた感謝の言葉。
恨み言でもなく、怒りでもなく、願いでもなく、ただただ感謝の意が込められた言葉。
「覚悟はしてんだけどなぁ」
深く突き刺さる言葉に、真綿で首を締められているような感覚に襲われながらも佐藤は殺し続けた。
その数など覚えていない。崩落を誘発して潰した数など数えられない。
ただ……自分を殺す者に感謝するーー自分が殺した者から感謝されるなんて感覚に、死にゆく者皆がそう言っているようで言われているようで、佐藤の精神は蝕まれていく。
「ゲームやら漫画やらで見た時は、ただのお涙頂戴シーンだったじゃねぇか。ったくよぉ、主人公どものメンタルには感服して惚れ惚れと憧れる」
「アタシと攻守交代する?」
「んにゃ、仕込みは順調なんだ。このままでいい」
だからと言って古河も佐藤も諦め、逃げたわけではない。
ここで諦めるようなら、そもそも残るなんて選択をしていない。
「そろそろポルセレルも待ちくたびれてる頃か」
「もういいの~? 震えちゃってた膝は落ち着いた?」
「うっせぇよ。そっちこそ、頭の整理はできたのかよ」
「いやー、結局頭使っても仕方ないかなぁって。だから出たとこ勝負で!」
「おいおい」
「大丈夫大丈夫。ちょーっとだけ考えてる事はあるからさぁ」
「そーかい。んじゃ行きますか」
ここまで入ってきた部屋と同じ様に、佐藤は懐から投擲用のナイフを取り出して不安や心のモヤモヤを吐き出す様に床へ突き立てる。
その様子を横目に古河も最後の確認をしていく。
対ショトル用の道具として渡されていた杭が二つに魔力変換用の魔法陣が書かれた札と、それに加えてもう一つ魔法陣が描かれた札が一枚ずつ。
しかし杭の方は戦闘の余波を受けたのかひび割れ壊れているようで、古河は少しもったいなさそうに杭をその場に捨てる。
すると残るのは佐藤が渡してくれた分の変換用と、予めセバリアスに頼んで細工を加えた変換用の札が一枚。
「佐藤君、ナイフ一本かしてー」
「構わねぇけど、何に使うんだ?」
「考えなしなりの小細工かな」
佐藤から投擲用のナイフを一本受け取った古河は、着ている服の袖を少し裂き、その布を使って変換用の札一枚を間に挟みナイフの刃の部分をキツめに縛った。
「これでよ~し!」
自分の札と共にナイフを懐へとしまった古河は、動きを阻害しないかの確認を兼ねて軽くストレッチをして気合いを入れていく。
それに習い佐藤も軽く身体をほぐし、パンッ!と自身の頬を強く叩けば、その目は先程までとは違い力強いものへとなっている。
「いくぞ」
「お~」
なんとも気が抜ける声に、佐藤の肩の力は程よく抜ける。そしてそのまま壁に手を当てて力を込めてスキルを発動すると――
「もう子遊びはお終いでよろしいので?」
「そろそろ構ってやらねぇと、寂しさで癇癪起こされてもたまんねぇからな」
数枚の壁が塵となり、戦闘の時から一歩も動いていないポルセレルの姿まで見える大穴が空く。
「本当に口の減らない方々だ」
駆け抜けて大部屋へと二人が踏み入ると同時に、ポルセレルの背中で蠢いていた触手が古河を狙い伸びてくる。
それを確認した佐藤は一人だけ加速して先へ。
古河は走る速度を落として魔法とスキルを使い触手を撃ち落としていく。
加速した佐藤は一気にポルセレルへと距離を詰めるが、先読みしたように横から触手ごと貫いてくる鎗に気付き手を翳す。
「'フラジール'」
手に触れた先から塵へと変わる鎗。その後ろから剣を構えて突き進んでくる聖騎士。
「……'フラジール'」
再度呟かれたスキルの名。合わせて佐藤の掌からは小さな衝撃が放たれ、ソレに触れたモノを例外無く塵へと変え、触手へと触れる前に衝撃波は消えた。
「自我の無い雑兵では、その力に抵抗ができませんか。ショトルを警戒している辺り、結局は魔力。魔力抵抗が可能なのでしょう?」
「試してみるか? そこから動けねぇお前じゃ、その仮説を試すしか防ぎようがねぇぞ」
「強がりを。言葉を返さずに試してみればいいでしょうに」
明らかな挑発に佐藤は勝ち気な笑みだけを返し乗らず、代わりに後ろから色とりどりの魔法が触手を貫きポルセレルへと迫る。
「猪口才ですね」
ポルセレルの呟きと共に盾を模した形へと変わった触手が魔法を全て受け止め、糸のように細く広がる別の触手がふわり…と大部屋を埋めた。
柔らかい布ような挙動の糸触手は、柱や聖騎士達の存在など無いかの様に落ちて佐藤と古河を襲う。
「古河!」
「だいじょーぶっ! ―闇断つ光の壁よ 顕現せよ― 'ライトウォール' さらに加えて'エンチャントォ!'」
古河が頭上で指を滑らせ弧を描くと、糸触手は行く手を遮る様に現れた白い円盤に受け止められ、その円盤の大きさはポルセレルの頭上まで広がる。
「か~ら~の~ 'エンチャント'」
受け止められていた触手がじわりじわりと円盤を侵食する中、更に古河の声が響けば触手は白い炎に呑み込まれて消滅していく。
更に炎の勢いを増す円盤はポルセレルの頭上に縮小されたかと思えば、すっぽりとポルセレルを包み閉じ込めて見せた……が、黒い触手が殻を割る様に炎を砕き飲み込む。
「厄介極まり――なっ」
元より防御魔法であるソレではポルセレルにダメージを負わせる事も、ポルセレルを守る触手をどうにかする事も出来ず、無傷のポルセレルは鬱陶しさを感じながら古河を見る。
しかしその視界に古河は映らず、見たことのない魔法陣が描かれた札が浮いていた。
「アタシだって、もうお腹くくってるんだから。本物の龍の炎は耐えきれる? '龍の息吹'」
瞬間――黄金の煌きを放つ蒼炎が大広間の半分を埋めた。
その余波は当然聖騎士達を飲み込み、近くに居た佐藤をも飲み込もうとする。
「ちょ!? 'フラジール'」
思わぬ古河の猛攻に佐藤は慌てて身を守る様にスキルを放ち、急いでその場から距離を取って古河の隣へ移動した。
「すごい火力だ。あんなのするなら事前に教えててくれよ。死ぬかと思ったぜ」
「佐藤君なら、なんか大丈夫かなって」
「謝罪の言葉が欲しいって言ってんだ」
「えへへ」
「顔は悪くねぇから逆に無性にハラタツ」
止まらずに温度を上げ、周囲がその熱により溶けていく中、佐藤は立ち位置を古河の前へと移動して手を前に翳す。
すると吹き飛ばされた熱風と炎の中から蒼炎に焼かれたままの触手が飛び出し迫り、佐藤に触れる前に塵となる。
「やっでぐれ”ま”しだね……」
「キモッ」
振り払われた炎から現れたのは、至る所が炭化し、表情を歪めるポルセレル。
古河が率直な気持ちを口にしている目の前では、ポルセレルの様子がおかしい事に佐藤が気付く。
ゆっくりとではあるがポルセレルの炭化した部分は修復されているのだが、周りの触手達の回復が明らかに遅い。
「私に何をしたんですか?」
その事はポルセレルも感じている様で、ハッキリと喋れる様になった声で佐藤に疑問を投げかけた。
「ショトルに嫌われたんじゃねーか? 焦げて強くなった加齢臭が嫌になってよ」
「戯言を」
どうなっているかなど知らない佐藤だが、敢えて知っているような素振りを見せて挑発をすると、明らかにポルセレルの声色に怒りが含まれたのを感じた。
――今まであったはずの余裕がポルセレルから消えている。
目に見えての好機に佐藤は頭をフル回転させて手を考え、ここから畳み掛ける手を考える。
「古河、さっきのもう一度は」
「もう無理だね~。そもそも私じゃ扱えない魔法だし、今のアタシでエンチャントとかしたら大半の魔力を持ってかれちゃう感じの魔法だからアレ」
「おk。なら例の作戦でいくから、足場には気をつけろよ」
「あいあいさー」
次の動きを古河に伝えた佐藤は投擲ナイフをポルセレルへ向けて投げ、その後を追うように駆け出していく。
そして投擲ナイフが先にポルセレルへ触れるか触れないかのタイミングで足を止め、両手を大きく広げ叫んだ。
「賠償は任せたぜ、キング!! 'フラジール'!!!」
高らかに叫んだ声は響き……場は静まり返る。
「……ハッタリですか」
ナイフを僅かに動ける触手ではたき落としたポルセレルが呟くと、佐藤は勝ち誇った笑みを浮かべ口を開く。
「魔王ショトルの攻略法……それは、魔力を使わない物理的干渉によるダメージだ。それも再生を上回るか、魔力を枯渇させるほどの蓄積量が必要。だが俺等のスキルは基本的に魔力を含み、俺等自身の純粋な戦闘能力は高くない」
「それが何だというのですか」
「今のアンタは何故か再生が追いついていない。すなわち、寄生させている魔王ショトルの再生に限界が来ているという証拠……ポルセレル、予告だ」
ビシッとポルセレルを指差した佐藤は、高らかに告げた。
「次でアンタを殺す」
その宣言を追うかの様に響き始める音と揺れ。
気付いたポルセレルが周囲を確認しようとしたが、それより先にぐらりと身体が傾き、浮遊感がポルセレルを襲う。
「貴様! まさか!」
城自体が崩れ始めている事に気付いたポルセレルが顔を上げると、視界いっぱいに佐藤の掌が映り、聞こえる。
――フラジール。
動かせる全ての触手を前面に押し出し、その手から放たれる崩壊の波を受け止めるが、先程受けた魔力であるにも関わらずショトルの触手は塵になっていく。
「異界の者がっ! 聖女様の復活を邪魔して許されるとでも!! 私は、私は!」
「その為に自国民を犠牲にしてちゃ、聖女様も嬉しかねぇよ」
最後の一押しだと言わんばかりに放たれたフラジール。
ポルセレルは抵抗をしているのか、すぐに塵へと変わらずに右腕からゆっくりと消え――そこから新たな触手が生えた。
「は?」
「まだ死ぬわけには!」
吹き出す様に生えた触手が佐藤を襲い、フラジールを使って崩壊させようとしても逆に触手の数が増えて佐藤を呑み込もうとする。
予想外の展開に佐藤の思考は止まってしまい、無抵抗のまま触手の波に呑み込まれかけたその時、落ちてくる瓦礫を穿った光の雨が触手を吹き飛ばした。
「さとーくーん!!」
そして聞こえてくる古河の声に振り向けば、ふらふらと放物線を描いて先程渡した投擲ナイフが飛んでくる。
「ったく、カッコつけたのに締まらなすぎて泣けてくる」
触手が吹き飛ばされた事で更に悪態をついているポルセレルに向け、佐藤はキャッチした投擲ナイフを構えて額に突き立て呟いた。
「'フラジール'」
使える魔力を最大限に込めたスキルは、一瞬でポルセレルの頭部を塵と変え、後を追うように身体も塵へと変わっていく。
「あの世で聖女に謝罪するんだな」
消え逝くポルセレルに告げた佐藤は落下し続けながら気付く。
「これ、やばくね?」
加減をせずに設置したナイフを通して放ったフラジールは、城は当然のように、それが建つ地盤をも脆くし崩壊させていた。
佐藤もそのつもりでスキルを使ったのだが、離脱する分の魔力は残る算段だったのだ。
しかし最後の触手に加えてダメ押しのスキル使用により、佐藤の魔力は空っぽ。現状から離脱する余力は無い。
見上げれば、ギリギリ崩壊していない足場から古河が手を伸ばしている。
「イベントムービー見てぇだな。適当にディスク抜いたりコマンド入力でバグったりしねぇかな」
自身の上から振ってくる瓦礫を見つつ、自傷気味にくだらないと思いつつ漏らした言葉に覇気はなく、どこか諦めたような声。
そしてゆっくりと息を吐き、多少の不満と不甲斐なさを胸に目を閉じる佐藤……しかし、一瞬減速したような感覚の後に思いっきり引っ張られる様に壁際へと引っ張られていく。
「ぐぇっ」
多少減速してくれたようだが、壁に叩きつけられ更には磔にされた佐藤はカエルが潰れたような声を漏らしつつ、何が起きたのか確認するために目を開ける。
状況を確認すると、光を放つ鏃のような何かが服の上から壁に突き刺さっており、それによって佐藤は自分が磔にされていると分かった。
そして光り放つそれが何かもなんとなく。
「マジで締まらなすぎ。でも……」
佐藤は大きく息を吸い、吹き抜けとなった空を見上げて叫んだ。
「愛してるぜぇぇぇぇ!! げんじぃぃぃぃ!!!!」
頭の中には映像があるのに、言語化しようとすると脳みそが煮えます。
まだまだ勉強不足と技量不足を感じますね。
最近、土日の概念を見失いそうになります。
ブクマ・評価ありがとうございます!
まだまだ未熟な私ですが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!




