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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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214/236

怖くあっても

「付き合わせてわりぃ」


「本当です。とても怖いのに、それでも貴方の側が安心するんですから……困りました」


「う”っ、その、あれだ、無理して付き合わなくてもいいんだぞ? 集合場所で待っててくれれば」


「……守ってくれないんですか?」


「当然守る!」


「それなら私にとってはココが世界で一番安心する場所です」


即答してくれた長野を見て、藤井はクスクスと笑ってしまった。


ダンジョン下層。

水の底から山積みにされた色とりどりの宝石が囲む中で、藤井は背中合わせで長野に寄り掛かる。

背中から伝わる体温に長野の身体はガチガチになり、心拍数は右肩上がり。その様子は、背中合わせの藤井にも伝わっていた。


「初代より行動開始の許可がでました。御二方、ご準備は終えていますか?」


そんな二人が立つ水面に、もう一つの影が降り立つ。


「レーヴィさんにも手伝って貰って申し訳ないっす」


「お気になさらず。元より、我等が王からご友人達に助力するようにと指示を頂いておりますので」


表情一つ変えずにお辞儀をするレーヴィの姿は、そのまま水に溶ける様に沈む。同時に水面はゆっくりと波たち、更にゆっくりと積み上げられている宝石共々長野達を包む水の球体が作られていく。


「綺麗ですね……」


「あぁ……すげぇ……」


水の中を反射する宝石の光は、異世界であっても更に別の世界に包まれたようで、二人は小さな感嘆をもらす。



ダンジョン下層から場所は変わり地上。

ショトル討伐の報告と、戦場に響き渡る音と歌声に戦士達は高まり、均衡を保っていた戦況は優勢へと変わりつつあった。


そこに更に一つ、戦場に変化が現れた。


波打つ空から現れたのは、宝石を内包して淡い極彩色の光を煌めかせる水の球体。

その球体から更に波が広がれば、空には大海が生まれ、登り始めていた陽の光を揺らめかせる。


球体の中央に佇む二人。内の一人である長野が深呼吸をし、覚悟を決めて藤井に言う。


「ここまで来ちまったら引き返す方があぶねぇかもしれねぇ。だから、必ず守る。藤井には傷一つ付けさせない」


長野の言葉に藤井は薄っすらと頬を染め、小さく笑みを浮かべて答えた。


「お願いします。代わりに私は、貴方の力に」


両手を広げ胸を張り、天を仰ぐ藤井にスポットライトの様に揺らめく光が集まる。それを待ちわびたかの様に、どこからともなく聞こえてくる拍手の音。

元から聞こえていたはずの音楽は拍手の音に呑まれ、ゆったりと、それでいて焦燥感と緊迫を煽るような音のように聞こえ始め、歪む音が届く範囲――突然現れた藤井達を襲おうとしていた魔軍達は言い知れぬ恐怖がふつふつと湧いてくる。


しかし、光を一身に浴びる藤井から不思議と視線が逸らせず、足を止めてしまったその場からも動けない。


そして……藤井はスキルを得た時にソレがどういうモノかは理解し、その上で絶対に口にする事は無いと思っていた言葉。

ソレを使う事は怖く、一人だったら使わなかった。だけど今はとても安心して、側にある光に身を任せて使える。


緊張などもなく、笑ってしまう程に落ち着いた気持ちで、藤井は言葉を発した。


「―開幕― 'グラン・ギニョール'」


音が全て消え、寒気を感じる程の静寂に魔軍は包まれ、一体の魔物の頭に一滴の液体が触れると……その部位はドロリと溶けた。

瞬間、湧き上がる周囲の空気。

響き渡る拍手と歓喜の声。


次に数名の魔族が、異臭を漂わせながら現れたボロボロの操り人形に捕まり、抵抗も無意味に簡素な椅子に固定されたかと思えば、上から針やハサミ、内側に小さな棘が無数についた首輪や変色した生肉が降ってきた。

すると更に湧き上がる歓声が聞こえ、次の展開を期待する言葉が飛び交う。


ボロボロの操り人形は、変わること無く動かないはずの表情を歪ませて、降ってきた道具の内の一つ――やたら長い針を手に取り、拘束されている最寄りの魔族の目にゆっくりと針を沈ませていく。

痛みに声を上げ、身を捩らせて逃げようとすれば更に針は深く深くと進み、それだけに留まらず針が刺さっている部分から異臭を放つ汁が滲み出てくると共に眼球が腐り落ち始める。


当然それだけではなく、次々と拘束された仲間達はボロボロの操り人形に弄ばれ、煽る様に拍手と歓声は大きくなっていく。


逃げようと踵を返した魔族も居たが、その者は一歩目を踏み出した後に、振り子のように揺れる三日月の刃に四肢を切断されて水面に転がり、水を赤く彩る道具へと成り下がる。

一層盛り上がった歓声に気が狂いそうになりはじめた魔族が瞬きをすると、次の瞬間にその魔族は合わせ鏡の中央に立たされていた。


鏡の中に映る一番奥の自分が笑いかけてくる。

その次の自分が後ろの自分に殺される。

更に次の自分は、何故か愛しさを感じる見知らぬ魔族と手を繋いでいる自分を嬉しそうに見ている。

その手を繋いでいる自分は悲しそうに表情を変えて己の胸に剣を突き立てる。

残された見知らぬ魔族は、前に居る自分を喰らい始める。


様々な感情を掻き立てられながらも、合わせ鏡に閉じ込められた魔族は映し出される自分から目が離せず、一番手前に居る自分に首を締め上げられている事に気付かない。


一人、また一人と仲間が消えていく事に気付いた別の魔族。

悲鳴が聞こえたかと思えば、それは歓声で、嬌声のような気もして、やはり悲鳴にも聞こえて。

目の前に転がった腐りかけの魔物の死骸を誤って踏み潰してしまった時、上がる血飛沫と共に聞こえる拍手の音に幸福感を覚えた。

ならばと次の獲物を探すが何もおらず、孤独の魔族は己の皮膚を少し剥ぐ。すると聞こえる観衆の笑いと称賛の声。得られる幸福感に従い、魔族は更に少し……己の皮膚を剥ぐ。


至る所で行われる惨劇に、歪んだ音はコメディ調の音楽を演出し、拍手は水面に赤い手形となって現れる。


しかしそれは魔軍のみが見て、魅せられているだけ。

茫然自失としたまま取り囲む魔軍の中央では、静寂の中で自身の身体に降り注ぎ纏わりつく死線を浴びる藤井の姿。

そんな藤井にグラン・ギニョールの範囲外から魔法が飛んでくるが、宝石の山を越える前に半透明な蟹が現れ、その鋏を壁にして防ぐ。


「そのまま藤井を守ってくれ'蟹座(こうせん)'」


鋏を鳴らして応える蟹座に満足した長野は、その手を高らかに掲げて声を張る。


「天盤を回せ! '乙女座(スピカ)'」


声に呼応して長野の頭上に現れた天盤から身を乗り出すアルカイックスマイルの美女。その美女が積み上げられた宝石達に手を翳すと、宝石は液体へと変わり美女の掌へと集まっていく。

全ての宝石たちが一つの塊となった時、長野はリュシオン国を指差して告げた。


「'天と地を繋ぐ扉 今開かれん 守護する者よ 支配する者よ 我が声に応え堕ちよ' 天盤を返れ '空の軍勢(アエリアエ・ポテスタテス)'」


頭上に輝く天盤が裏返り、艷やかな黒に染め上げられ、美女は宝石の塊へと溶け込む様に消えた。

数秒後、羽ばたきの音が近づき、一塊となっていた宝石は一片も余す事無く燃え盛る矢となり、鳥となりリュシオンへと羽ばたいていく姿を長野は見送った。


次々と起こる不可解な現象に、地上を駆ける連合軍も驚くが、慣れか呆れか……次第に笑みが浮かび聞こえる音楽を耳に武器を振るう。



空からの攻撃も少なくなり、より優勢に戦況を運ぶ様子をコア君は城から見ていた。

時折、空の大海を巨大な黒い影が泳ぎ、大半の魔法を喰らうレーヴィの姿に隣に立つルアールも嬉しそうに。


「見てくださいよ初代、妹が補助に徹してますよ」


「見てるよ。僕の知らないうちに、レーヴィは仲間思いになったね」


「我等が王に感化されたんでしょう。少しだけ表情も柔らかくなりはじめて……もう、俺はそれが嬉しくて嬉しくて」


「あはは、ルアールはレーヴィ達の事が大好きだもんね。きっとこれから、ルアールは嬉しくて忙しくなるかもしれないよ?」


「そういう面でも、我等が王には感謝しています」


「うん、だからこそ常峰君のお友達に無理をさせ過ぎるのはいけないね……藤井ちゃんだっけ? あの子、あの力を扱えていない」


コア君が見つめる先では、レーヴィが必要無いと思って見逃した魔法を防ぐ蟹の姿があり、その先に天を仰ぐ藤井の姿がある。

更にコア君の目には、乱れが大きくなり始めている藤井の魔力が見えていた。


「死なせない様にしているのは無意識かな? それでも廃人コースだろうね。なんとも危ないスキルだ……だからこそ、あんなに無茶をするべきではないね。本人の精神面にも相当な負担が掛かってる」


「止めますか?」


「もう少しだけ彼女の頑張りを見ていてあげたいけど……止めようか」


「それなら私がしますよ」


コア君の言葉に従ってルアールが動こうとすると、それを止める様に扉から鴻ノ森が移動してきた。


「君にできるのかい?」


「帰る予定の皆も、最後だからと頑張っていますからね。任せても何も言われないでしょうが……まぁ、せっかくなので」


呟くように言葉を吐いた鴻ノ森の瞳は、薄っすらと紫色を帯び、吐く息も淡く薄く色を帯びている。それらは黒い蓮の花弁へと変わり、風に乗って藤井の元へと舞い上がる。


頭の中で'終始望む幻想(パラノイア)'とスキル名を呟けば、遠目ながらに藤井が意識を失った事を確認できた。

それを確認した鴻ノ森は、集合場所へ戻るために扉へと向かいつつ思い出す。

どうせ知れているだろうと思っていたが、帰還する旨を伝えに行った時、常峰とのやり取りを。


――そういえば鴻ノ森に少し頼みたい事があるんだがいいか?


――本音を言えば、嫌ですね。


――まぁ、最後だから頼まれてくれると嬉しい。


今思えば、伝える事に意味があったのだろう。


――今から帰還組に対してだけ鴻ノ森を法から外す。


――つまり、帰還組にだけスキルを使えると。


――何かあった時用にな。例えば、突然駄々をこね始めた奴が居た時とか用だ。


――私に悪者になれと言うことですか?


――嫌ならいいさ。柿島にも同じ事を頼んでるからな。


そう言われ、何も答えずに部屋を出た。この時は単純に帰りたくないと言い始めた誰かの為だと思っていたけれど……。


「本当、気持ち悪いぐらいに怖い人」


漏れた鴻ノ森の言葉は誰かに聞かれることはなく、風にのって溶けていく。


別に誰かに聞いて欲しいわけでもない鴻ノ森が扉を抜ければ、その先ではシーキーが集合場所の床に魔法陣を描いている姿が目に入った。


「シーキーさん、貴女の予想通りでした」


「そうですか。鴻ノ森様がお近くで待機しておられてよかったです」


鴻ノ森があのタイミングでコア君の元を訪れたのは偶然ではなく、集合場所で待機していると、準備の為にと入ってきたシーキーから言われたのだ。

スキルが暴走する可能性があると。コア君の元へ行くようにと。


「嫌味ですか」


「いいえ、貴女は帰還組において我が主のお言葉に最も応えています。我が主個人のご意思では、帰還組の皆様を戦場に立たす気はありません。ただそれは我が主のご意思であり、皆様のご意思ではなく、私達は皆様のご意思を尊重するようにと仰せつかっております」


「ならもし私達の全員が何もしたくないと言った場合は、何もしなくてよかったんですか?」


「構いません。我が主が準備が整うまでの行動をご用意したのは、皆様が何もしたくないと言わない事を予想し、皆様の行動を制限するためです。そのため、歴代の主達は皆様の監視役も担っております」


シーキーの言葉に、鴻ノ森は目を細める。

監視しているなどと言われて、大概はいい表情などできない。特別な理由があれば別なのかもしれないが、今回は鴻ノ森の特別に触れず、少しの嫌悪感を覚えてしまう。


「あんまりいい気分ではないですね。ということは……シーキーさんは、私の監視ですか?」


「私はこの場の防衛です。異変を見落とさぬ様にとは仰せつかっておりますが、監視のご命令は受けておりません」


「異変……そこまで私達は信用ないですか」


ふと漏れてしまった言葉の撤回をしようとした鴻ノ森だったが、先にシーキーと目が合い言葉が止まる。

無感情にも取れる冷たい視線を向ける鴻ノ森を見るのは、羨望と僅かな嫉妬が含まれたシーキーの瞳。


「私達が対応できるのは、皆様が必ず我が主の為、友の為、この世界の為に動くと我が主が信じ、その時の為にと予め伝えられているからです。

鴻ノ森様ならば大丈夫だと我が主から信頼を得ているからこそ、皆様へ力を振るう事を許されたのではありませんか? 少なくとも私はそう思います」


「なんですかそれ。ものは言いようですね。そこに偽りが無いとしたら……あまりにも、私達や王様を過大評価しすぎですよ」


「過大評価とは思いません。現に鴻ノ森様は私の――ひいては我が主の期待に応えてくれたではありませんか」


「……たまたまです」


「私は気を使い言葉を選ぶ事が苦手です。そして私は他人の機微に疎く、言葉にしてくれなければ分からい事が多くあります」


いきなりそんな言葉を言ってきたシーキーに、今の流れのどこにそんな返答をする要素があったのか分からず、鴻ノ森は首を傾げる。

対するシーキーは鴻ノ森から視線を外さず、真っ直ぐ見つめたまま言葉を続けた。


「鴻ノ森様は何故期待に応えるのを恐れるのですか?」


鴻ノ森の心は、本人でも驚くほど強く揺れた。

今まで言われた事のない言葉で、今までにない程に納得できる形で、他者へ、特に常峰へ抱く恐怖の正体が浮き彫りにされたように。


「初めて図星というのを突かれたかもしれません」


シーキーに向けて言ったわけではない。

ただ、言葉として吐き出さなければ、強がり、ソレを否定してしまいそうで。


言われて気付き、そこから自覚し、呆れて納得をする。

私は期待というモノが嫌いで、ソレを向けられる事が怖い。応えられた時、更にと重ねられる期待が心底鬱陶しく、怖い。


「シーキーさんの気分を害するかもしれませんけど、私は常峰 夜継という人が怖くて嫌いなんです。私以上に私を知っている様で、隠さず絡めてくる信頼から期待を突き立ててくる彼がどうにも好きになれそうにありません」


「鴻ノ森様は我が主を信頼しておられないと?」


「いいえ、ここまでしてくれている彼をしないわけはありません。だけどそうですね……どこまで行っても、私は得体の知れない彼がただ怖いんです。身勝手で臆病な私は、恐怖を抱く事自体少ないこともあってでしょうかね……怖いものは嫌いなんですよ」


自身の主を嫌う言葉を聞いたシーキーは、怒ることも無く、気分を悪くする素振りも無く、静かに'そうですか'と言葉を返して鴻ノ森から視線を外し作業に戻る。

しばらくその様子を鴻ノ森が眺めていると、新たに扉が現れてリピアが姿を見せた。


「後はリピアに任せて良さそうですか?」


「はい。転移先の描き込みは私がします。シーキーさんは、少しおやすみください」


「問題はありません。畑様と中満様のお手伝いをしに行きます。リピアは魔法陣の構築を終え次第、数名を連れて柿島様と湯方様と共に避難民が混乱を起こさぬよう対応に当たりなさい」


「わかりました。ですが、あまりご無理をなさらぬようにしてくださいね?」


「お互いに」


部屋に入ってきたリピアは鴻ノ森に深く一礼をした後、シーキーから作業を引き継いで魔法陣を完成させていく。

引き継いだシーキーは次の目的地へと移動しようとする前に鴻ノ森の前で足を止め、優しい目で見つめ、口を開いた。


「鴻ノ森様はお強く、誠実な方です。あまりご自身をお嫌いにならないでください」


「……ありがとうございます。今更ながら、もう少し早く知り合い、ゆっくりと時間を掛けてシーキーさんとお話をしたかったと思いました」


「嬉しいお言葉です。えぇ、とても」

頭が痛いです。


次は、リュシオン国ですかねぇ……。あいも変わらず決まっていません。



ブクマ・評価 ありがとうございます!

諸事情により更新ペースが落ちていますが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです。

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