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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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212/236

時と場所

地上より遥か上空。ハルベリア王から許可を貰い広げたダンジョン領域のギリギリライン。

まだログストア国には少し遠く、神の城からはいつぞやか見た鎧共が巡回しているかの様に飛び回り、見上げれば時折稲光を放つ禍々しい雷雲。

そして見下ろせば、魔軍が臨時拠点を目指し進軍をしている。

おそらく最前線であろうここに、俺は魔力を椅子の形に似せ、空中に腰掛けた。


「何度かショートカットしたとは言っても、流石に歩き疲れたな」


一人でぼやく俺に攻撃が迫ってくることはない。

下の魔軍も、神の城の鎧共も俺に気付いているだろうに、何故か攻撃はしてこない。


「俺一人を牽制する余裕が無くなったか……誘われているのか……はたまた実は俺を見失ったか……」


ふと浮かんでくる可能性を口にしたところで、それに返事が返ってくるわけもなく。俺は一息漏らしながら状況整理へと思考を切り替える。


移動している最中にもコア君からは色々と報告があった。

連合軍の進軍状況。

拠点設営の進捗。

レストゥフル国内の状況報告に加えて、コア君が分かる範囲でのクラスメイト達の様子。


「まぁ、リュシオン国に関しては、報告がなくともココからでも少しは分かるな」


オズミアルの他に、ジーズィクラスのデカさがある巨鳥が増え、その二体をジーズィが牽制し続け……ポップコーン片手にスクリーン越しだと言われても納得できそうな状況になっているのが見える。


しかしあれだな……岸達だけでは、あのデカブツ相手に被害を出さない様にと考えて戦うのは難しい。そんな余裕も無いだろう。

だがそれ程の状況にも関わらずリュシオン国が健在なのは、ジーズィが二体の動きを抑えているのもあるだろうが、他にオズミアルの動きを止めているのが居るな。


「連合軍に所属せず、わざわざリュシオン国を守る為にオズミアルの相手を買って出て、そして結果を出せそうな人物と言えば……真っ先に思いつくのはシューヌさんか」


シューヌさんの実力を完全に把握しているわけではないが、可能性的にはシューヌさんが一番高い。

一瞬だけ白玉さんという可能性も浮かんだが、白玉さんはギナビア国側の臨時拠点に向かったとコア君が言っていたから無いはず。


「だけど状況はあんまり良くないか……」


レストゥフル国防衛中のコア君や三代目からの報告では、予想以上に魔軍の動きがいいらしい。

これがレストゥフル国付近に限った話ならばいいが、もちろんそんな事はないだろう。現に重軽傷、死者も含めて負傷者の数は増え始めている。


進軍部隊も戦線を押し上げられていると言っても、進軍速度は低下が見え始め、臨時拠点との合流もまだ先……拠点側から挟撃部隊を出せればいいが、まだそこまでの余裕が出てきていない。


「想像していたより攻撃の手が緩まないな。魔軍の戦力の底も見えてこない。それにショトルとオズミアルは確認しているが、アーコミアとメニアルが戦場に出てきている様子もない」


加えてもう一つ……俺の予想が正しければ、大国が占領された事実はクラスメイト達にとっても厄介な状況になる可能性を生んでいる。

杞憂であればいいが、アーコミアは使ってくるだろうな……人間を。

その前にもう少し流れを引っ張り込んでおきたいな。


《コア君、レストゥフルの様子は》


《常峰君のお友達が何がするみたいだよ。今、ショトルとかけっこしてるね》


《かけっこ?》


ダンジョン領域に意識を集中すると、確かに武宮が大量に敵を引き連れて走っている事が分かる。

この敵がショトルなんだろうけど……なんで追い回されてるんだ?


《どうしてショトルが武宮を追いかけてるんだ? どんどん増えていってるみたいだが……》


《ショトルの母体を見つけたみたいでね。少しちょっかいを出したんだよ》


《ちょっかいって……何をどうしたらショトルが武宮だけを狙う様なことに》


《岸君だったかな? 彼等が孤島から持ち帰ってきた道具さ。母体を判別出来るようにする道具とは聞いていたけど、どうやらあれは一時的に魔力の流れを弄る道具だったみたいでね。

本来分体から母体へ送られる魔力を反転させて、今は母体から分体へ魔力を送ってるみたいなんだ。その結果、母体は急速に魔力を消費する事になってしまってね。そこに僕が用意した一際濃密で凝縮された魔力の塊を見せびらかしたらどうなると思う?》


《追いかけっこの始まりか》


《うん、正解》


母体は魔力の枯渇を恐れ、その恐れは分体に伝染する。本能で母体を守ろうと分体は集まって来ていると考えれば……まぁ、今の状況は理解できた。

しかしそれだと……いや、まさかそうなのか?


《コア君、もしかしてショトルは考えたのか?》


《おかしい話じゃないさ。元は分体だったマープルだって、常峰君の言葉を理解して安藤君の一件に協力をしてくれた。ゴブ君と意思の疎通も出来ている。

多分ショトルは、消費量から吸収するべき魔力量と効率を考えて武宮ちゃんを追いかけていると思うよ》


《手当たり次第に周囲を襲わないのは……》


《今の僕達はショトル相手に魔力を使わず、確実に分体を削っているからね。警戒をしているはず。そこに強化で魔力を使い、更には魔力の塊を持った餌があれば欲しくなるさ》


魔王ショトルは学習する。獣程度の知恵はもうあるんだろう……そういえば市羽とショトルの戦いでも前兆はあったな。

その学習速度は遅いわけではない所を見ると、管理のしやすさと扱いやすさを考えてアーコミアが教えなかったのか。


もしショトルがアーコミアに管理されていなかったら、話し合いの道もあったかもな。

いや、ここは今以上に厄介な相手にならずに済んだと考えよう。


《状況は分かった。そのままショトルは任せる。コア君も手を貸してあげてくれ》


《もちろんそのつもりさ。それに常峰君のお友達の皆は、常峰君が思っているよりも期待に応えてくれそうだよ?》


《知ってるよ。だから俺が過度に期待する必要は無いんだ》


ダンジョン機能での会話を終えた俺は、リュシオン国の方へ視線を向け、次にギナビア国へを向ける。

彩との約束もあるし、俺が動くのはもう少し先だ。この場から動かない事が今の俺のやることだが、この場からでも出来ることはある。


「お主が手を出せば、アーコミアも手を出し始めるやも知れぬな」


「なんだ、そんな理由で俺はスルーされてるのか。 アーコミアがそんな殊勝な奴だったとは知らなかったぞ――メニアル」


少し魔物を呼び出して魔軍の進行を遅らせようとすると、数歩先の空間が裂け、酒瓶を片手にメニアルが現れた。

少し領域を広げればそこには届く。しかし今は、俺とメニアルの間にはダンジョン領域の境界線がある。

メニアルもそれを分かっていての立ち位置なのだろう。


「くくっ。まぁ、お主が動けぬ様に、奴もまだ時間を欲しておる」


「知ったような口ぶりだな」


「漆と言ったか? あの娘との約束もあり、更にはオズミアルやショトルを相手取っている今、甘く慎重なお主が動くとは思えぬよ」


「ショトルの件まで筒抜けか」


「アーコミアが驚いておったのでな。大方、チェスターが用意した玩具に踊らされておるのだろう?」


そういえば、あの道具はメニアルも確認していたか。その時にどういうモノかは理解していたと。

アーコミアが対処をしない所を見ると、必要はないと判断したのか、はたまたそもそもメニアルが道具の事を話していないのか。

まぁ、適当に誤魔化しておくか。


「さて、どうだろうな。それよりも俺は、メニアルがわざわざ出てきた理由を知りたいところだ」


「大した用などない。どうせ暇であろうと思うて、話し相手にでもなってやろうかとな」


そう言いながら突き出された酒瓶を、俺は軽く首を振って断る。


「我の酒は飲めぬか」


「敵の酒を好き好んで飲むことはない。ってよりも、後数年は飲めないんだよ」


「異界の流儀は難儀よな。齢幾つであれ呑まれぬのならば、飲めばよかろうて。呑まれるのであれば、飲まねば良いだけであろう」


「限度を越えて酒に呑まれるのが一定数居るからな」


「ふむ……そう言われてしまえば、確かにとしか言えぬか……」


メニアルにも心当たりがあるのか、何かを思い出した様に頷き突き出していた酒瓶を自分の口元へと持っていく。


「時に夜継よ。ジレル達は元気にしておるか?」


「お前に裏切られたショックで寝込んでるよ」


「抜かせ、我の腹心ぞ? そんなヤワではない事ぐらい、我が一番知っておる」


カラカラと笑うメニアルは、小さく裂いた空間に手を突っ込むと、皿に乗った魚の串焼きを引っ張り出して頬張っていく。

まさかとは思うが、本当に雑談をしに来ただけなのか?


「勘ぐるな。すぐにと剣は抜かん」


「表情に出てたか?」


「身構えておらぬお主は、存外表情にでる。短き付き合いである我が気付く程度にはな」


「そいつはなんとも……」


ムニムニを頬をほぐしていると、メニアルは俺に向けて手を翳した。

すると、すぐに背後から何かがぶつかる音が聞こえ、視線を向ければ、どこからか飛んできた肉片がズルズルと地面にすべり落ちていく。


「一応魔力の壁は張ってるぞ」


「我がお主と話しておる。故にくだらぬ横槍は我が望まぬ」


「そうかい」


つまり今、俺に攻撃でもしようものなら、メニアルの邪魔をすると同義。だから大人しく守られとけと。

こういう所は律儀というなんというか……不思議な魔王様なこって。


「そういや、この会話はアーコミアまで伝わるのか?」


「最初に告げたはず。奴も時間が惜しい身、今更我の動きを気にはせぬよ」


「なら聞くが、死ぬ気か?」


「お主が我を殺す。そうであろう?」


「……確か、そんなシナリオだったな」


微笑み答えるメニアルの雰囲気は、あまりにも穏やかで……心のどこかでそれを望まず、無理に取り繕っている様子もなく。

心底それを求め、本心からそう言っているということが分かってしまう。


感情的に死にたくないと訴えてくれれば気が楽なのに、感情的に殺せと訴えてくる目は心地の良いものではないな。


「知ってると思うが、今回の連合軍には少なからず多種多様の種族が参加している。中には魔族と人間の混合部隊もある。メニアルが死なずとも、少しずつ目標には進めているぞ」


「知っておる。その事実、我も嬉しく思う。故に最後のひと押しが必要なのだ。魔王という存在を、魔族が認める者が、魔族を認める者が、種の垣根を理解し隔たりを払う為の力を持つ者討たねばならぬ。

たまたまその者が夜継であっただけではあるが、今や夜継でなければならぬ。我が思慮を汲み取れぬお主ではないだろう」


「俺個人としては、汲み取りたくはないがな」


「それでもお主は汲み取り、そう動く。だからお主は甘いのだ」


大きな溜め息が漏れる。

これが俺の返答だ。


もう、なんというか、尊敬して呆れちまうよ。

俺には真似できない自己犠牲精神。そこに至るまで、何がどれほど犠牲になったかなど知ることは無い。

饒舌に不幸自慢でもしてくれたほうが、くだらないと鼻で笑い飛ばせるだろうに。


「さて、くだらぬ話は辞めじゃ。もっと愉快な話をせぬか」


「メニアルにそう言われたら何も言えねぇよ。しようしよう、愉快な話を」


くだらないと笑い飛ばせない俺を前に、本人からそう言われちゃあな。

さて愉快な話か……どんな話をしようかね。


「では我からじゃ」


「順番制なのか? まぁいいよ。なんだ?」


「子は成せそうか?」


「お前の頭の中では幾つ過程がすっ飛んでんだよ……」


急に襲ってくる頭痛に耐えながら、メニアルと雑談をして時間を潰していく。

騒音や爆音が聞こえていても、俺とメニアルの周りに被害はなく、それ以外の邪魔は入らない。

時折メニアルが食事や飲み物を用意し、気が付けばかなりの時間が過ぎていた。


随分と楽しそうに話すじゃないか。今が戦争中で、ここが戦場である事を忘れてしまいそうな程に。


「実に良き時間であった」


突然メニアルがそんな言葉を口にした。同時にメニアルは座っている俺の前に移動をしてくる。


「まだ時間はあるだろ」


「我の私用で使える時間が無いのじゃ。もうそろ戦況も大きく動くであろうしな。ほれ、はよう立って引き継げ」


「なるほど」


納得した言葉を口にはするが、俺は立ち上がろうとはしない。

それが気に食わないのか、メニアルは俺を睨みつけ、空間から引き抜いた当てる気の無い剣を振りかぶる。


「これは……どういうつもりじゃ? 答えよ、市羽」


しかし、その剣は俺の背後から伸びる刀に止められ、刀の持ち主の名を口にするメニアルの視線は俺から外れてその奥へと向けられた。


「以前保留した機会が訪れたのよ? お楽しみを消化しましょう。メニアル・グラディアロード」


「夜継、お主の差し金か?」


「いいや、俺も驚いてるよ。そんな約束を何時したのやら」


俺は本当に何も知らない。

剣を避けようと思わなかったのは、魔力の壁もあるというのもあるが、俺に殺されたがってるメニアルでは俺を殺せない事が分かっているだけ。

まさか、そんな約束をするほどに仲が良かったなんてな。


「市羽よ、我の目的は理解しておるのだな?」


「当然よ」


「我は主を殺すぞ?」


「そう。安心して頂戴、私は貴女を殺さないわ」


「ぬかしおる」


次の瞬間、無数の空間を縫い合わせる様に現れた剣先を二振り目の刃が切っ先を突き合わせてピタリと止めていた。


……俺を間に挟んで攻防するの辞めてくれませんかね。

当たらないと確信しているとは言え、肝っ玉が冷える冷える。


「何故、この時を選んだ」


「夜継君の望みを叶える為よ」


「……お主も甘いな」


「貴女程ではないわ。それより場所を移しましょう」


なんか二人して笑い合ってるし、本当に仲いいのな。

時と場合が違えば微笑ましいのに。


「あぁ、そうだ夜継君」


「はい?」


突然名前を呼ばれて反応を見せると、俺とメニアルの間に市羽がスルッと入ってきて目を合わせてくる。


「夜継君の望みを叶えたら、追加でご褒美は貰えるのかしら?」


「まぁ、希望するなら応えようとは思うが――ングゥ!?」


ご褒美と言われて、そういえば寝具云々を用意すると約束していた事を思い出していた俺は、言葉が続けられなくなった。


胸ぐら辺りを引っ張られたかと思うと、どアップになる市羽の顔。

次に感じるのは、唇に当たる仄かに暖かく柔らかい何か。

最後に鼻腔を掠める少し甘さを孕んだ匂い。


あれ? これ、俺、キスされてる?


なんとか頭の処理が追いついた頃には、市羽の顔が少しずつ離れ、満足そうな表情の顔で告げられた。


「前払いで少し貰ったわ。残りは後でゆっくり頂戴」


俺が市羽に返す言葉を考えていると、先に呆れた様子のメニアルが口を開く。


「見せびらかしおって」


「羨ましいかしら?」


「生娘を妬むほど清くはないわ」


「ふふふ、こんなに心地の良い嫉妬は初めてね」


「その豪胆さは素直に感服じゃ」


そんな会話をしながら開いた空間の奥へと消えてく二人。

そして一人になる俺。

数秒遅れて、周囲の音を認識する。


頭が真っ白になったんだな……と理解すれば、色々と言いたい事は頭の中に湧き出てくる。その中で一番最初に出てきた言葉はどうしても飲み込めず、小さく、とても小さく零して吐き捨てる事にした。


「時と場所ぉ...」

落ち着いて書ける時間が欲しい




ブクマ・評価ありがとうございます!

これからもお付き合い頂けると嬉しいです!

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