いちについて
「僕に過保護だと言ったけれど……君だって、いつまで経っても過保護じゃないか」
レストゥフルの城からでも見える白銀の巨鳥を見て、誰に聞かせるでも無く呟くコア君。その視界に赤い煙が打ち上げられると、三十秒後に矢の雨が煙が打ち上げられた一帯に降り注ぐ。
別の方角でも赤い煙があがると、同じ様に弓兵達が一斉に矢が放たれ、敵軍へと降り注ぐ鋭利な雨となる。
《三号~、左舷押され気味だから行ってもらえるかな? 交代でルアールをそっちには送るから》
《数分持たせろ。こっち処理してから向かう》
《頼むねぇ~……それにしても、思ってたより敵の統率が取れてるね》
《ダンジョン産ってならこんなもんだろ。進軍部隊は上がれてんのか?》
《こっちで把握できる限り、ペースは悪くない感じ。拠点設営の方も多少遅れが見えるけど、許容範囲内って所かな》
ダンジョン領域を調整し続け、状況を把握していた。
当然敵の増減や負傷なども把握しているが、加勢する余裕は無く、常峰の動きに合わせつつレストゥフル国の防衛に追われている。
「コアだったか? 曲射でショトルの足を制御できるのは分かったが、ショトルを魔軍から引き離してどうする」
背後の扉が開くと、作戦会議室となっている部屋からレゴリア王が大量の書類を片手にコア君へと声を掛けた。
「コア君と読んでくれると嬉しいな、ギナビアの王。質問の答えだけど、魔王ショトルは純粋な物理に弱い」
「それは分かっている。報告書でも、勇者市羽の戦闘記録でも確認はした。だが勇者市羽の様な戦いをしろとは、部下共には言えねぇぞ」
「できたらショトルなんかを魔王とは呼んでいないだろうね。それほどにショトルというのは、この世界でしか……魔力を扱う者にしか驚異的ではない。こう言われると簡単だと思わないかい? つまるところ魔力を使わなければいい。使ったとしても、一工夫加えればいい」
「なるほどな。それは俺達でもすぐに扱える代物なのか?」
「とても原始的だからね。ショトルは被害を考えず魔力さえ使わなければ蛮族でも殺せる。魔法なんて使わなくても、人は殺せる。つまりはそういう事だよ。ただ死ににくい人間ってだけさ」
レゴリアに説明をするコア君が手を掲げると、矢を受け再生で足が止まっていたショトルの群れの頭上に巨大な扉が現れる。同時にコア君は、青く強い光を放つ魔法を空へを打ち上げた。
その光は最高到達点へと届くと、更に強く光を放ち黄色へと色を変えて消える。
「後衛待機への合図か」
「数は減らさなきゃね」
コア君がレゴリア王の言葉に返すと同時に、扉から炎を纒った巨石が落ちてきた。
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「おーう、どんどん打ち込め!」
「「「「ガッテン!!」」」」
白髭を蓄え、ドスの効いた声を響かせる巨漢――ゴゴールは、打ち出し終えた投石機に新たな巨石を補充する。そして周りの男達が巨石に油を撒き、火打ち石で炎を纏わせ、大きく口を開け待つ扉へと打ち込んでいく。
「ボルディルの旦那、本当にコレで魔王がどうにかなるのか?」
「馬鹿弟子が言うにはコレでいいらしい。そうなんだろ!? 馬鹿弟子!!」
「そうだよー! 次の合図があるまで師匠達は攻撃続けてー!」
少し離れた場所からボルディルの問いに答える武宮は、江口と並木と共に机を囲み地図とにらめっこをして目は離さない。
「詳しい事は分からねぇが、まぁいい。野郎共! 手を抜くんじゃねぇぞ!」
「「「「ガッテン!!!」」」」
ゴゴールの声に答える男達は、声と汗を流しながら巨石を次々と打ち出していく。
その様子に心強さを覚える武宮達は、地図に次々と印を入れながら次の段取りの話し合いを続ける。
「ココもありえそうだね。並木さんはどう思う?」
「うん、やっぱり少し絞れる様にしないと難しいかな。もし市羽さんとかみたいな超能力ばりの直感があれば別だけど、私達じゃそれは無理だから……追い込むしかないかな」
「そうなるとショトルの性質を利用するのが一番かな?」
「魔力に反応する性質でしょ? 私も考えたけど、王様の領地に攻めてきてる現状から考えるに、異界の魔力に怯えなくなってるんじゃないかな。それか、取り込める方の魔力が多いからそっちに釣られちゃってるのかも。
そもそも、本当に予想通りショトルが動くかも分からない」
レストゥフル国を中心とした地図には、大量のバツ印が加えられている。その数はあまりにも多すぎて、印の意味を成していない程。
下唇を噛み締めて頭を回す並木だが、どう考えても'ショトルが一つになる地点'を導き出せずに居る。
「私が駆け回って釣ってみる?」
「恵美が危ないからそれはやめて欲しいな。それに常峰君から連絡があった場合、すぐに集まれない可能性も高い行動は避けたい」
「むー」
「そう不貞腐れないで。僕は恵美に危険な事はして欲しくないんだよ」
「正輝……」
江口に頭を撫でられ、照れくさそうにしている武宮。そんな二人の様子を見て少し呆れてしまった並木は溜め息を漏らす。
――ん? 釣る……危険……ショトルの性質……あっ。
しかし不思議なもので、回っていた頭が停止し一息漏れると、今まで思いつかなかった事が浮かんだりする事がある。かく言う並木の頭の中にも、今まですっぽ抜けていた情報が浮かんできた。
「あるじゃない。魔王ショトルを一箇所に集める方法」
言葉が漏れている事に気付かず、並木は考える。
「難しいかな? でも、できたら勝算は出てくる。チェスターさんがくれた道具を持ってるのは……長野君も持ってたはず。それにコア君さんにも手伝って貰えれば……できるかな? いや、でもこれ…………」
「何か良い案が浮かんだようだね」
ブツブツと漏れる独り言が止まったのを見計らい江口が声を掛けてみれば、並木は言いづらそうな表情を浮かべながら武宮を見る。
「良い案とは言い難いかな。多少可能性があるだけで……多分、江口君は反対する」
「まさか、恵美を使う気かい?」
眼鏡越しに鋭くなる江口の視線を受け、言葉を詰まらせた並木は考えついた作戦の実行は無理だと判断して首を横に振ろうとした。しかし、二人の視線の間にぬっと割り込んだ武宮は、江口の視線を両手で塞ぎ、ニマーっと笑顔を見せて並木に言う。
「まぁまぁ、聞くだけ聞こうよ正輝! 私もちょっとぐらいカッコつけたいんだよね」
ずいっと顔を近付けてくる武宮の気迫に少し押されつつも、並木は後で江口に怒られるのを覚悟して諦めたように考えを口にした。
「失敗すれば、逆に厳しい状況になるかもしれないけど……まずはコア君さんに協力してもらう必要がある――」
並木が作戦内容を説明していくと、途中で江口が声を上げそうになるが、またしても武宮の手によって目と、今度は口も塞がれてしまう。
そんな様子を横目に並木が最後まで伝え終えれば、武宮は江口を開放すると同時に二つ返事で了承し、師であるボルディルの元へと駆け出してしまった。
「……こんな作戦を考えついちゃった責任もあるし、怒ってくれてもいいわよ」
「そんな事をすれば僕が恵美に怒られてしまうよ。それに恵美の気持ちも分からなくは無いんだ」
「カッコつけたいってやつ?」
「うん。きっと、僕達が何かしなくても常峰君達がどうにかしてしまうんだろう。どこかでそう思ってたし、今でもそう思うよ。だから僕個人、並木さんの作戦には反対だ。
だけどね、カッコつけたいって恵美の気持ちは僕も思うし……何より、あんなに生き生きしてる恵美を僕が止められるわけがない。むしろ全力でサポートしてあげたくなる」
「結局惚気って事でいい?」
「あぁ、だから必ず成功させよう。並木さん」
「最初から運頼みだけどね」
動き出す前から謎の気疲れを感じる並木は、これ以上疲れない為にそそくさと移動する。
その足は扉を抜け、数分もしない内に目的の人物が居る場所へと辿り着く。
「話は聞いていたよ。中々に面白い作戦だと思うから、僕も手伝おう」
並木が口を開くよりも先に、外を眺めていたコア君が並木に向けて話しかけながら懐から棒状のモノを取り出して投げ渡す。
受け取った並木は、その棒状のモノがチェスターからの贈り物である杭だと気付き、何故それをコア君が持っているのか不思議に思った。
「さっきまで長野君が来ていてね。入れ替わりだったのさ」
「長野君が……ですか?」
「随分と屁理屈をこねられたよ。レストゥフルの国内から出なければ何をしてもいいのか?とか、常峰君から連絡があったらすぐに戻ればいいのか?とか、どこまでの無茶は許されるのか?とかね」
「それでコア君さんはなんと」
「コア君でいいよ。
まぁ、僕が言いたい事はさっき言ったからね、特に言うことはなかったよ。ダンジョン領域は広げすぎていて、対応しようにも流石に少し遅れてしまうけど、レストゥフルの国境内であれば僕の目が届く。だから'僕の目が届く範囲であれば、好きすればいいよ'って答えたね」
「コア君から見て、私の作戦はやっぱり結構無茶してると思いますか?」
時間を掛けて練ったわけでもなく、かもしれない……という要素が多く含まれる今回の作戦。加えて失敗すれば誰かが死ぬ可能性は高く、更には状況をただ悪化させる事に並木は不安があった。
少なからず立案してしまった責任はあり、もしかしたら自分よりもいい案を誰かが持っているかもしれない。そんな不安が脳裏を過り、並木は自分の指先が振るえている事に気付く。
そんな並木に心境を知ってか知らずか、コア君は優しく微笑んで返した。
「多少の無茶はすればいい。あんな風には言ったけど、それぐらいを許せる度量は持っているつもりだよ。もしもの尻拭いは僕等に任せて、やれるだけはやってみればいいよ」
コア君の表情と言葉に偽りはなく、その言葉を聞いた並木の心は少しだけ軽くなる。
「ふぅ……ありがとうございます。最後までお世話になります」
「おまかせあれ。あぁそれと、君の作戦が良いと思ったのも本当だよ? 敵は統率された動きをしている。ショトルも例外なくね」
思い出したように告げるコア君からパチンと指の鳴る音が響けば、並木の周りを囲う様に複数の映像が現れた。
映し出されているのは前線。
押して押されて、ショトルが溜まれば巨石が降る映像。
戦場に居るショトルの映像が次々と増えていき、すぐに並木の周りは無数の映像で埋まっていく。
その一つを確認し終えた並木が映像に触れれば、また新しい映像が現れ、並木は言葉を発する事もなくなり集中力を高めながら映像を切り替え続ける。
どれくらいの時間が経っただろうか。
何回目の映像か。何度目かの煙が上がれば、燃える巨石が落ちていく光景を確認した時、並木の手と目が止まった。
「見つけた」
見つめる映像には、魔物達に姿を変え、紛れて戦っている複数のショトルの姿。その一体。
一見するだけでは、周りとなんら遜色は無く、並木の言葉を聞いて確認したコア君も他のショトルと判別はつかない。
「間違いないのかな?」
「はい。これが魔王ショトルの母体です」
並木が指差した狼の魔物の姿をしたショトルは剣に貫かれる。しかし、口元を歪めたかと思うと、どろり…と溶けた姿は人の形へと変わり、自分を突き刺した者の腹部に深々と鋭利に尖った腕を突き立てた。
《シェイド、そこから北東に少しずれた所に負傷者が出たから迎えに行ってくれるかな? それと、そこに居るショトルには手を出さないようにね》
《わかりました初代。すぐに向かいます》
すぐにシェイドの気配が移動し始めたことを確認したコア君は、改めて並木へを向き直る。
「準備が出来たら送るよ」
「五分ください。武宮さん達が準備してくれてると思うので連れてきます」
「うん、その間に僕も準備をしておくよ」
扉を使い移動する並木を見送ると、コア君はコア君で並木達の作戦が成功する事を祈りつつ、ダンジョンを少し弄り始めた。
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「右から来てるぞキャロ」
「うっさいわね! 分かってるわよ! そっちこそちゃんとフリム守りなさいよ!!」
連合軍に参加をしている'消えない篝火'の四人は、レストゥフル国の防衛中隊の傘下に組分けされていたのだが、現在その中隊の半分が分断されてしまっていた。
「フリム、他の小隊はどうなってる」
「なんとか持ちこたえてはいますが、私達のように日頃からチームを組んでいるわけではありません。負傷者もそこそこ粗が出始めておりますね」
「こうも上手く分断されちまったらな。あの巨石の雨も俺等がここに居ちゃ使えねぇって分かってる見てぇによ」
「私達が見捨てられれば話は別ですけど」
「滅多なことは言うもんじゃねぇぞ」
魔王ショトルを警戒し、身体強化もせず魔力を込めていない矢ファイルアンが放ち、射貫いた場合はそこから再生をするか息絶えるかを観察し、ショトルであった場合はファイルアンかゴレアが継続して攻撃。
射抜けなければ魔物、もしくは魔族と判断してキャロやフリムが魔力を使い対処をする。
そんな戦い方のせいか、どうしても攻めが遅れてしまい危うい瞬間も生まれてしまう。
「減らねぇな」
「上の発表では、総数は劣っている可能性が高いらしいですからね」
何よりも敵の数が減るどころか、未だに増え続けている事が四人……取り残された小隊の気力を削っていく。
「ガレオさん、少し下がりましょう」
「どうした?」
「右の小隊、ショトルの判別を誤りました。一人が腹部を貫かれ重症、戦線崩れます」
「なるほどな。ファイルアン!」
「確認してる。キャロ」
「わかってるわ!」
フリムの言葉を聞いた三人が後方に道を作りつつ下がっていると、敵の間を縫うように移動していく黒い影に気付く。
明らかに他とは違う動きをするソレを警戒するが、すぐにそれは敵では無い事を理解する。
重症者が出た小隊の中央で止まった影は、黒いピシッとした服装に身を包んでおり、腹部を貫かれた者を小脇に抱えつつ、周囲の魔物を蹴散らしていく。
その者を狙う魔法も飛んでくるが、視線を向けるだけで黒い靄が盾として現れ防ぎ、飛び掛かった魔物が触れる前には靄は消えている。
「下がるぞ。この人間の仲間は着いてこい」
「「「は、はい!」」」
負傷者を小脇に抱えた男――シェイドは、選別して攻撃する敵と避ける敵を選んで道を作っていく。その流れに合わせて他の小隊も後退を始め、シェイドの姿に覚えのあるゴレア達もペースを乱さない様にシェイドと合流した。
「あんた、確か眠王の所の」
「シェイドだ……エルフの里であった人間か。その様子だと余力はあるな」
「何かするのか?」
「すぐに分かる」
シェイドの言葉の意味はあまり分からなかったが、なにか策があるような様子にゴレアもそれ以上は言葉を交わすことはせず、ショトルの確認を怠らない様にしながら後をついていく。
後退を開始して数分後、シェイドは突然足を止めて周囲を見渡し始めた。
ゴレア達や他の小隊の面々も不思議に思い、同じ様に足を止めて周囲を伺う。
「シェイド、後ろ」
「問題ない」
立ち止まったシェイドに対し、真っ先に飛び掛かってきたのは薄気味悪いのっぺりとした真っ黒の騎士。
その存在に気付いたファイルアンが声を掛けるが、シェイドは焦らず最初から分かっていたかの様に半身を逸らす――次の瞬間、そんなシェイドの横スレスレを先端が杭の矢が横切り、飛び掛かっていた真っ黒の騎士に深々と突き刺さった。
同時に周囲の空気が一変する。
真っ黒の騎士は苦しむ様に藻掻き、姿を不定形へと変え、その色は白くなっていく。
白くなったショトルは、眼球の様な形になり周囲を見渡し、ある一角でピタリと動きが止まった。
白い眼球ショトルの視線の先……この場の何よりも濃密で膨大な魔力を内包した球体を握るのは武宮。
「いちについて……よーい」
呼吸を整え、その球体を腰に下げたポーチに入れ、ショトルに背を向けた武宮はクラウチングスタートの姿勢を取り呟く。
そして――
「ドン!!」
一気に駆け出した。
その後を白いショトルは追う。
形状を次々と変え、四足歩行の獣になりながら武宮の後を。更にそのショトルの後を、似たように姿を変えたショトル達が追いかけ始める。
「一体何が起こっているんだ」
何が起こっているか分からぬ間に、何かが起きた事だけは理解しているゴレアが呟くと、シェイドの隣に移動してきた弓を背負う並木が答えた。
「ショトルは私達が受け持ちます」
遅れてすみません。
休みが欲しい
まさか、こんなに時間がなくなるとは
ブクマ・評価・ご感想ありがとうございます。
まだまだ未熟な面が多いですが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!




