体内へ
さみぃ。上空何百メートルだこりゃ……。
「橋倉、バフの維持は行けるか?」
「だ、大丈夫ッ」
「舌噛まねぇ様にな」
コウモリの羽での飛行も慣れたもんだ。
そんな事を考えながら、近寄らせまいと放たれてくる雨の様な魔法を避けていく。しかしソレも完璧というわけではなく、時折先読みされたように放たれる魔法の処理は、抱きかかえている橋倉がしてくれている。
「み、右に飛びますっ! '転移'」
一瞬視界が揺らげば、先程まで俺が居た位置で爆発する魔法が視界の端に映った。
……もう何度もこうして橋倉に頼って避けているんだ。まったく、情けねぇ話で涙がでそうだぜ。
「ジーズィさんの相手をしながら俺達も相手にするって、バチバチに頭回ってんじゃねぇかよ」
意思の疎通はできない可能性が高い。そうスリーピングキングから聞いてたけど、魔王ってのはどいつもこいつも戦闘にはステータス振ってんのか?
それに、雲に触れるぐらいの氷山背負ってるとか……あの氷山、嫌な気配がビンビンなんだよなぁ。
「橋倉、仮に俺が神避け連発したとして、オズミアルを倒せる程の魔法が用意できるか?」
「ぇ……ぅんと……大きい……から、その、えっと」
「ゆっくり考えてくれていいぞ」
スリーピングキングから貰った情報では、あの氷山は'氷帝'というスキルの塊。昔のセバリアスさん達が束になって暴走を抑えた正真正銘天然モノの化物が、その生命を賭して継承したスキル。
そして、そんなモンを宿した魔王オズミアルを倒す方法。異常な生命力の根本――心臓を破壊する事。
どういう手段でも構わない。
外部から強力な攻撃を叩き込んでもいいし、なんらかのショックで心臓を止めてもいい。体内に入って心臓を直接叩いてもいい。
倒す方法がシンプルで分かりやすいのは認めるけどよぉ……。
「フィジカルの差と、予想以上の隙の無さ。基礎スペックの差でシンプルに負けてんだけど」
ジーズィさんの攻撃が通らない程に防御力高め。
敏捷性は無くとも、あのデカさでの一歩の前では生半可なスピードなんて無意味。
攻撃力は言わずもがな。多種多様で、数が減る様子のない魔法に加えて、鼻息だけでもどっかにふっ飛ばされそうになる。
対話はできないけど何かしらの意思はあり、攻撃を当てる為の攻撃やら防ぐべき攻撃と受けて問題ない攻撃の判断ができる程度の知能はある。
弱点の腹の下までしっかりと氷でコーティングもされてるしよぉ。
ジーズィさん、よくまぁ一歩も動かさないで戦ってるわ。むしろ、それを目的としてるから攻めきれてないのか?
「永禮、君」
「お? 計算済んだ?」
「ぅ、ぅん。あの位置……動か……ないなら……三時間」
「一撃でか?」
「ぅん……」
動かない事が前提で三時間掛けて発動すれば一撃で沈められるか。
橋倉をどこかに避難させて、俺とジーズィさんで三時間……有効手段が無い今、やってみる価値はあるが――既にオズミアルは橋倉を危険視している。
「舌、噛むなよ!」
誘導性の高い魔法を避けていると、狙いすました様に細かな魔法が橋倉を狙ってくる。俺ではなく橋倉を。
「チッ」
「ぁっ……」
その証拠に、俺が回避をミスって羽を撃ち抜かれて橋倉が離れた。そうなりゃ、橋倉が何かしようとすると前もってソコに置いていた様に魔法が橋倉を狙いやがるっ!
「ミスト! 引っ張れ!」
俺の声に反応して、肩にずっと乗っているミストスパイダーが橋倉を糸で絡めて引っ張ってきてくれた。
同時に誘導性の高い魔法も軌道を変えて突っ込んでくるが、使役空間から呼び出したラット達が盾となって防いでくれる。
群れで防いだからか、瀕死になっても死んだラットはいないな。それなら使役空間にさえ戻せば、数日で全快はする……するけど、気分のいいもんじゃねぇ。
俺は俺の未熟さを埋めてくれているラット達に、心の中で礼を告げて使役空間に速攻で戻し、融合していたバットを切り替えて新しい羽で飛び回る。
そして頭を回せ。
ワンチャン賭けて、もう一度オズミアルにパーフェクトテイマーを試すか? いや、今の俺じゃ使役化はできない。
前回試した時、一瞬で魔力を奪われて死んだ時の感覚でそれは理解してる。
あの時みたいに調子に乗って判断を誤るわけにゃいかねぇ。
残機ストックは一つ。その上、デメリットも制限もモリモリなんだから、無駄に死ねねぇ。
「だけど臆しても居られねぇって! 橋倉! アイツの口を開けられるか!?」
「や、やってみる!」
表に出てきそうな恐怖心を噛み殺し、その時が来るまでオズミアルからの猛攻を避け続ける。
一度、二度、三度と耳鳴りする程の咆哮が交わる中で避け続けていると、俺が何かすると察してくれた様で、ジーズィさんも力も借りて数分時間は稼げた。
「――'聖殻領域'」
四度目の咆哮をオズミアルが終えた瞬間を狙い、橋倉が魔法を発動する。その魔法は、閉じようとした口の間に現れ、完全に口が塞がるのを止めた。
俺は橋倉を包む様に抱きかかえ、その隙間を目掛けて急降下する。
無い頭を絞って考えた結果、一番確率が高そうなのは体内に入る事。中がどうなってるかは分からねぇが、外でうだうだやってるよりは進展があると思う。
こまけぇことは中に入ってから考える!
一応、体内突入を判断した場合の作戦もスリーピングキングから聞いてんだよ!
「は? チィッ!!くそがっ! 橋倉任せた!!」「へ?」
加速を続け、口元へ辿り着いた瞬間――視界の端、氷山の山頂が光った。
思考が駆け巡る前に警笛を鳴らした俺の脳は、悪態を付きながら抱えていた橋倉をオズミアルの口の中へ投げ込むという行動を取る。
そして次の瞬きが開かれた時、意識が途切れる前に視界に入ってきたのは、吹き飛ばされて消滅していく俺の下半身と目を見開いている橋倉の表情だった。
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「へ?」
何が起きたのか理解ができなかった。
でも、視界を横切った光の情報が頭の中に流れ込んできたことで、誰かが攻撃をしてきたことが分かる。
速度重視の魔法。
属性は氷。
更に幾つも魔法を重ねて威力を上げていた。
朱麗ちゃんがスキルで改造して強化するのとは違って、魔法同士の相性が考えられていて無駄がない。
「な、永禮君……」
永禮君は大丈夫だと分かっていても、心臓は静かにしてくれない。
気持ちが焦って、頭がまわらない。
永禮君は大丈夫なの。
常峰君から不死鳥の魔物の子供を貰って、それと融合してるから一回なら平気だって永禮君が教えてくれた。
前だって大丈夫だった。
だから大丈夫なの。
「……ハッ……ハッ……」
ダメだ。呼吸が落ち着かない。息がしづらい。
私がしっかりしていれば、永禮君は攻撃を受けなかった。
私がもっと早く魔法の発動に気付いていれば。
私がもっとスキルを扱えるようになって、時間を掛けずに大規模魔法を扱えれば。
私がもっと……。
私が……私が……。
あの時も私を庇って、今だって……――橋倉任せた!
「…………違う」
朦朧として、何も考えられなくなってきた頭の中で永禮君の声がした。
そうだ。攻撃に気付いた永禮君は、私に任せてくれたんだ。
信じて任せてくれたんだ。
これからも信じて任せて欲しい。これからも永禮君の隣に立っていたいから。
「スゥーー……フゥーー……」
大きく深呼吸をして、少しでも多く酸素を取り入れていく。
臭いけど、そんなのは後回し。
「'治癒の光'」
まず回復魔法を自分に掛けてみる。
うん。今の所、毒に侵されてはないみたい。
リピアさんは言っていた。
種によって、個体によって毒となるモノは変わってくる。だから体に異常を感じたり、環境が変わったら体調管理をするようにって。
「えっと……それから……」
いつもは永禮君がバフと呼ぶ魔法達を自分に掛けて、私は常峰君と永禮君の会話を思い出していく。
――オズミアル戦で肝になるのは、どうやって攻撃を通すかだ。
――ってもなぁ。魔王ガゴウが言うには、メタクソかてぇんだろ? 今の俺じゃ火力不足じゃね?
そう。だから外で戦うなら、私の魔法か佐藤君のスキルで脆くするのが大切だって言ってた。
だけど朱麗ちゃんと佐藤君と離れちゃった今、攻撃手段は限られちゃってたんだ。お腹も硬かったし、効き目がありそうな攻撃はどうしても発動までに時間が掛かっちゃう。
私もすごく集中しなきゃいけないし、きっと外で戦うのは難しかった。
だから永禮君は中で戦おうとした。
確か中での場合も少し話してたはず……えっと……。
――体内は柔らかいみたいなオチあると思う?
――ただのフライトタートルであればな。ただ相手はオズミアル。断言するべきではないだろうが、外装よりは比較的柔らかいとは考えられる。
うん。それに、仮に体内が強固な鱗で覆われていても、どこかの器官はむき出しだろうって永禮君達は話してた。
見渡す限りだと、柔らかそう。足元もふにふにしてるし……多分、鱗で覆われてるってことはない……よね?
だったら確か……。
「'トランスミットボルト'」
手のひらから放たれた電撃が、床や壁、天井を伝っていく。電気が通った場所は焦げて変わった臭いがするけど、効いてないのかな? 大きな反応はないみたい。
これなら体内で多少暴れても、オズミアルがいきなり動き出したりはしなさそう。
えーっと、それなら……。
常峰君と永禮君の会話を思い出し、中に入った時に気をつける事を一つ一つ確認しながら私は足を動かし始めた。
目標は心臓部。
あの大きさだから正確な場所も、心臓の大きさも分からない。一人は心細い。でも永禮君が任せてくれたから、私は足を進めることができる。
迷わない様に循環する魔力の流れを見て、右へ左へ。よく分からない段差を降りて、どこかも分からないまま歩き続ける。
どれくらか分からないけど、そうして歩いていると、薄っすら聞こえていた音がどんどん大きくなってきた。
「……鼓動? ち、近い……のかな」
一定のリズムで聞こえてくる音は、少しずつ大きくなっていく。それを頼りに歩いていると、音が遠くなりはじめた。
少し戻って、一番音が大きい場所で私は足を止める。
「道は……ない、よね」
ぐるっと見渡してもソレらしい道は無い。試しに魔法を壁に当ててみても、道が現れたりはしない。
「一番……音が……大きい場所……」
息を止めて、目を閉じて。耳から入ってくる音に意識を集中すると、自分の心音とは別のリズムの鼓動がすぐに聞こえ、更にその音に集中していく。
一歩前へ、戻って。
一歩後ろへ、戻って。
右へ、戻って、左へ、戻って。
何度かそんな事を繰り返して、一番音が大きい場所を探して数分。一番音が大きく聞こえる壁の前に立った。
「生……半可な魔法じゃ、ダメ」
最初は気付かなかったけど、魔力の流れを見ながら歩いていると気付いた事がある。
オズミアルがどれだけ魔法を使っても枯渇しない理由――それは、魔力吸収のせい。
自然に回復していく魔力量が多いだけかな? って思ってたけど、オズミアルは他にも魔力を吸収する何かがある。
必要以上に使っている素振りはないんだけど……多分、前に戦った時に永禮君が一瞬で魔力が枯渇したのもこの吸収のせいだ。
「……なん、だろう。魔法じゃない」
そこまで分かっても、そこから先が分からない。
孤島のダンジョンみたいな魔法の気配もないし、ショトルみたいな感じでもない。
「……」
とりあえず道を作ろう。
普段の私とは違って、幾つも言語が重なった様な言葉を高速で紡いでく。
実際に聞き取ろうとすると私でも聞き取れない。だけど、私の意思で私は理解して言葉紡ぐ。
「――'穿つ虚構'」
詠唱を終えて魔法名を口にすると、目の前に現れたのは半透明な帯。その半透明な帯が巻き付いた腕で壁に触れると、ドリルで削った様な痕の大穴が空く。
そのまま半透明の腕を前に掲げながら、大穴を空けて進んでいると、真っ白な開けた空間に出た。
「ふぇ……?」
今までとは違う色の空間に驚きながらも見渡すと、開けた空間の一番奥に鼓動する巨大なソレがあった。
氷で包まれているけど、ひと目見れば誰でも分かると思う。あれが心臓だ……。
「あれ、を、壊せば……」
氷で包まれた心臓はとても大きい。それに魔力の密度が高くて、多分'穿つ虚構'で触れても打ち負けちゃう。
それならもっと強力な魔法を使うしか無い。
「――! 'エア・ウォール'!」
詠唱をしようとした私は、咄嗟に詠唱を止めて最速で発動出来る防御魔法を唱えが、簡単に防御魔法は貫かれる。
それでも無駄じゃなかったみたいで、魔法の軌道がズレてギリギリ避けることができた……。
一息ついたのもつかの間、私は周囲の気温が異常に下がり始め、しんしんと雪が振り始めた事に気付く。そして降り落ちる雪の奥、心臓の前に佇む影にも。
「だ、だれ……ですか…?」
小さく呟いてしまった私の問いに返ってきたのは、天井を埋め尽くす氷柱の雨だった。
---
「ぁ……っあぁ……」
途切れた意識が戻ってくる。
凄まじい倦怠感に見舞われながら、口の中に溜まっていた血を吐き出して状況確認すると、周りは木々だらけ。
どうやら森に落ちたらしい。
「ズボンは……大丈夫か」
消し飛ばされたはずの下半身はズボンも一緒に戻っている。倦怠感とエグい魔力の消費以外には、身体に異常も見当たらない。
「わりぃなジョニー。休んでくれ」
スリーピングキング授かり、俺が'ジョニー'と名付けた不死鳥の雛は、胸の辺りからスーッと現れると、そのまま力なく羽ばたきながら使役空間のへと消えていく。
さて、これで俺の残機は無くなった。次は同じ様な状況になれば間違い無く俺は死ぬが、橋倉をオズミアルの体内に送り込めたのはデカイ。
後は隙を見て俺も――
「おいおい……なんだそりゃ」
橋倉との合流を考えていた俺の思考は、三つの鳴き声によってかき消され、声に釣られる様に見上げれば意識するよりも先に言葉が出てきた。
一つはオズミアル。
もう一つは対峙するジーズィさん。
そして残るもう一つは……オズミアルの背負う氷山だったもの。
ジーズィさんよりも一回りほど大きい白銀の巨鳥が翼を広げていた。
その光景を見て、なんとか状況整理をして絞りでた言葉は……。
「怪獣映画かよ……」
更新が安定せずにすみません。
大きすぎると、サイズ感といいますか、感覚といいますか……色々と狂いますよね。
ブクマ・評価ありがとうぎざいます。
これからもよろしくしてくれると嬉しいです!




