理想の寝床
次は、安藤達の様子を書く予定。
あれから三日。親睦会を開き、その後増えた要望に応える為、ダンジョンを改装しながら要望書とにらめっこをしていると、自室の扉が三回音を鳴らした。
「おはよう御座います我が王、ラフィでございます」
「入っていいぞ」
「失礼致します」
静かに扉を開け部屋に入ってきたのは、メイド達を取り仕切っている'ラフィ・ドラゴニクス'。先日の親睦会の時にセバリアスの娘だと紹介された。
俺の部屋には、基本的にセバリアスが顔を出すのだが、親睦会があった夜からはラフィが来るようになった。
理由は単純で、セバリアスが俺とラフィをくっつけようと…なんて事はなく、ただセバリアスがダンジョンに居ないから。
「そろそろお食事のお時間ですが、いかがなさいますか?」
「もう少しで一段落つきそうだから、その時に頼む。
…そういえばラフィ、要望が見当たらないが、ラフィは無いのか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私はお仕えできるだけで満足しております」
「まぁ、なんかあったら遠慮なく言ってくれ」
ラフィの部屋は、俺の部屋からも近く、セバリアスの隣だ。何か要望があれば言ってくるだろう。
あんまり無理に聞くと、今度はそれに応えようと無理やり要望を考えようとする。それは、俺にとっても面倒だし好ましくはない。
「ラフィ達は、いつも通り食堂使って好きに食べていいからな」
「皆にも伝えております」
最初は食材の心配もしたが、水は俺の魔力を使ってダンジョン君が、食材はメイドや執事がダンジョンの外の森から回収してきているらしく、そっちの心配はしなくていいとセバリアスに言われた。
そのうち、森で食材が取れなくなってしまう可能性もあるだろうし、できればダンジョン内で自給自足を確立したいが…その知恵は俺には無い。
畑とかを用意はできるものの、管理は俺がすると腐らせてしまいそうで…今度、誰かできる者が居ないか聞いておこう。
色々とダンジョンでできそうな事を考えていると、不安そうな声でラフィが俺を呼ぶ。
「王よ…」
「どうした?」
「あまり、私達に気を使わず、王のお好きなように振る舞いください」
不安そうと言うより、申し訳なさそうだ。
わりとダンジョンの事に関しては好き勝手やっているつもりなんだが…。
どう言えばいいか。
俺は要望書を机に置き、ラフィを見つつ言葉を選んでいく。
「お、王?」
突然見つめだし、一向に喋らない俺にラフィが困惑してしまった。
申し訳ないな。あんまり綺麗で見惚れちまったぜ。ヘッ。
まぁ、綺麗だとは確かに思うが、そんなチャラけた言葉を俺が言うはずもなく、やっとまとまった言葉を口にする。
「俺は好きにやっている。
それにお前等は応えている。
ここは俺にとって居心地の良い場所だと思っている。
これは事実だ。
思う所があっての言葉なのかもしれんが、安心しろ。
ここだけの話だが、俺は若く何より世間を知らなさすぎる。自分では王の器だなんて思っていない。だが、それを皆に言うのは、不安も出てくるだろう。
そうならないように振る舞う様にはしている。俺の為と言ってくれる代わりに、俺はできるだけ皆が過ごしやすい場所を提供してやりたい。
これは俺のしたいことで、俺の為にもなっている。これはセバリアスにも内緒な?
だから思い詰める様な事はせず、ラフィも好きに暮せばいい。
これから頼み事も沢山するんだ…嫌でも動いてもらう事もでてくるさ。そん時は、嫌な顔一つぐらいで手伝ってくれ。
俺から皆に言えるのは…普段は任せる。よきにはからえ。 ぐらいだ」
「ハァッ…何をおっしゃいますか。嫌な顔など一つもしません。王のご意思とあらば、その様に生き、王のご命令とあらば、血の一滴まで捧げます。
我々は、王の行く末に光絶えぬ様、計らいましょう」
「お、おう」
高揚した顔で胸に手を当て、その完成された動作で深く頭を下げて言うラフィに、ちょっとハッキリと返事ができなかった。
ただ思うことがあるとすれば、やっぱりセバリアスの娘なんだなぁ…としか。
「まぁ…頼りにしてるよ」
「勿体無きお言葉!このラフィ、必ずやこの身尽きるまでお仕えさせて頂きます!
これ以上は、王の邪魔となってしまいますので、私は王の食事の準備をしてまいります」
「出来たら教えてくれ。その時に合わせて食べるよ」
「はい!」
初めて見るラフィの満面の笑みを見て、少し驚いたが…俺は要望書へと意識を戻した。
安藤達へはセバリアスがやってくれるはず。
今は、俺はダンジョンの改装に意識を向けていればいい。
「なるほど…確かに風呂場に水風呂が無かったな」
水風呂の要望を見つけ、俺は至急大浴場に水風呂を付け足していく。
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王のお部屋を後に、足早で私は厨房へと向かう。
先程の王のお言葉は、私の心と身体を震わせた。そこまで想っていて頂けていたなんて…。
優しき魔力に優しきお言葉…思い出すだけで高ぶり果ててしまいそうになる程。
この身に余る王の優しさを漏らさぬよう身の内に留めていると、食堂には知った顔が先に居た。
「王はなんと?」
「お食事ができ次第伝える様にと。私は王の為にお食事を作りたいので、変わって頂けますか?」
「いやいや、ついでだし俺が作るよ」
「ついでで王の食事を作ると?」
「は?王の食事のついでに部下共の飯を作るんだよ。当たり前だろ?」
当然の事を、さも当然の様に言うこの男は、執事側を取り仕切る'ルアール・ルティーア'と名乗り、本来の種は私やお父様と近い水龍種。
バハムートなどという部類らしいですが、その大きさはお父様と同じくらいでしょうか。
彼は四兄弟の長男で、家事などもテキパキとこなす姿は…様になっているとは思います。思いますが
「王の食事は私が作るので、ルアールは皆の食事を」
「おいおいラフィさんよ。料理に関しては、俺の方が上手いだろ?ここは大人しく俺に譲っとくべきでは?」
「いえいえルアール。貴方一人に任せては負担も大きいでしょう。王へのお食事は私が」
「だったら皆の分を頼みたい所だなぁ」
ルアールも私も一歩も譲らず、視線だけで火花が飛び交いそうになっている中、ぱたぱたと視界の端を小走りで厨房に向かう影。
影の存在にルアールも気付いたようで、その影を目で追うと、私もルアールも圧倒されそうな手際の良さで料理を始めた者が一人。
「お二人とも、あまり喧嘩をしすぎて王を待たせるのはいかがかと」
その者は一切こっちを見ずに、瞬く間に食材を刻み、皿を並べ、できる盛り付けから済ませていく。
「シーキー、今から俺がやろうと思ってたんだよ。そうしたらラフィがだな」
「邪魔をしたのはそちらでしょう」
嘘を訂正しながら、私もシーキーの様子を窺う。
シーキー…彼女は、私の部下でもある。だけど家事に関して彼女の手際の良さは目を見張る。お父様に次いで料理も上手く…正直、彼女の料理を引き合いに出されると私も唸ってしまうほど。
分かってはいます。私はどちらかと言えば戦闘の方が得意なのも。
そんな私が、家事に長けたシルキーという種のシーキーに遠く及ばないところも。ですが私とて譲れない場合もあるんです。
「掃除などは「終わった」そうですか」
「では、食料調達は「他のに任せたのはラフィさんですよ?」そうでしたね」
「それでしたらダンジョン内の「今は私達の部屋と玉座の間のみで、見回りもいらないとセバリアスさんが言っていました」……」
て…手強いですね。シーキー。
久方ぶりに出会う強敵が、こんな身近に居るとは思いませんでしたよ。
「ンハハハ!あしらわれてやんの」
「ルアールさんも、何もしないなら厨房から出てください。邪魔です」
「ンハッ!?」
シーキーの一言で、ルアールがピシリと固まってしまいましたが、放置しておきましょう。
「王のお食事は、私が作る」
このままでは、本当にシーキーだけで作り終えてしまいます。それは、どこか悔しい。
あまりこの手は使いたくありませんでしたが…仕方ありませんね。
「シーキー」
「なんです?」
「お食事のご用意…お手伝いします。
よろしければ、手ほどきもお願いします」
お手伝い。
王以外で、私が申し出る事は中々ありません。これは苦渋の決断です。ですがここでシーキーの技術を盗み、私の料理の腕が上達をすれば、お父様が戻り次第…王のお食事のご用意は私専属とできるはずっ!
「……。先に、皆の分を作ってから王の分を作る予定なので、ちょっと時間かかりますよ?」
「仕方のないことです。それぐらいであれば」
「それじゃ、盛り付けお願いします」
未だに固まっているルアールをよそに、私はシーキーの指示に従い盛り付けを始めた。
待っていてください我が王よ。このラフィ、他の追随を許さない程の腕前を身に着けて参ります。
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「うん。まぁ、ありがとう」
聞こえないと分かっていながらも、その熱い意思に口から漏れてしまった。
要望を粗方片付けた俺は、ダンジョンの機能を試しに使ってみる事にしたんだ。
色々ある機能の一つに、ダンジョン内の様子を見ることができる機能があり、なんとなく食堂を映し出すと、ラフィとルアールが楽しそうに話していたので見ていた。
見ていると、ラフィの思考を読み取ってしまい、嬉し恥ずかしの苦笑いが漏れている。
「コア、起きている時も思考は基本的に切っていていい。本当に危険だったりした時は繋げてくれ」
俺の意思を汲み取って、コアが脳に流れてくる対象の思考を切った事を確認しつつ映像をもう少しだけ見ることにする。
何をしているか分からない速度で料理をするシーキーに、それに合わせて動くラフィ。
シーキーの言葉で固まっていたルアールも後から加わり、凄まじい速度で料理が完成していく。
その様子を見ながら思う。
このダンジョンには本当に色々な種族が存在するが、その垣根は無く、皆が仲がいい。
かつてのダンジョンの主の事もコアの記録から読み取った。傍若無人な王も居れば、人畜無害な王も居た。
そうした長い時間の中で、王もダンジョンに仕える者達も入れ替わりは当然ある。戦闘による死、寿命、病死、様々。
このダンジョンに仕える者には、二つの種類に分かれる。
コアを通し、ダンジョンとその主に契約をし仕えている者。そして、ダンジョンの主が呼び出し生んだ者。
前者はセバリアスやラフィ、シーキーが該当する。後者はルアールや、その兄弟だ。
それでも王を中心に、このダンジョンの者達は仲がいい。この三日、様子を見てきたが…皆が生き生きとしている。
いい場所だ。俺よりずっと長い時間共にした者達は、信頼を築けている。
やっぱり、王は俺には荷が重いな。
ふと、そんな事が頭を過るが、ため息と共にその考えを吐き出した。
分かっていたことだ。それでも今、俺は王として皆を見ているんだ。不甲斐ないのは否めないが、ここで荷を下ろせない。
そんな事をすれば、きっとダンジョンはまた機能を停止し、彼等は次の王を長い時間待つのだろう。
明日か明後日にはセバリアスが安藤達の所へ着く。頼んだ手紙を読んで、安藤はどう思うだろうか。
次の後継者が決まるまでか、俺が死ぬその瞬間までか…それとも呆れられて皆が解放を願うその時までか。
その時がくるまでは、俺はこの手に余る荷を背負い続けようと思った事を。
もちろん、これは俺の為だ。
慎重でいるために、帰還法を探すために、魔王と対峙する戦力の為に、俺が満足するために。
皆が笑い合えているこの場所は…赤の他人にも関わらず酷く温かく、見ているだけで落ち着くんだ。
「クラスメイトには悪いが、先んじて一歩を踏み出させて貰おうか」
この世界に適応するために俺は腹をくくり、楽しそうに料理をしていくラフィ達の映像を切り、ダンジョンの主として俺はダンジョンの大改造を始めた。
そう遠くない内に何かを殺す機会も来るだろう。それでも俺は迷わない。
ダンジョンを脅かす何かが来ることもあるだろう。それでも俺は躊躇わない。
味方だった者が敵になる事もあるだろう。それでも俺は咎めない。
俺が理想を掲げたこの場所は、俺が守り、皆が帰れる場所として、俺はここの王として…俺が望む大事な寝床として根を張ろう。
常峰君の決意表明。
この時より、常峰君はダンジョンの主として生きる事を決めました。余程、いい寝床だったんでしょうね。
ブクマ、評価、感想、ありがとうございます!
涙がぽろりと漏れそうです。




