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眠れる王  作者: 慧瑠
それぞれ

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209/236

ギナビア城へ

「……チッ。ニール、右」


隠す素振りも見せず、漆はわざとらしく舌打ちを漏らしながらニルニーアへ指示を出す。それに返事こそ無いが、指示に応える様に漆の足元を血の波が抜け、連合軍と交戦しているゴーレムを飲み込んだ。


正面ではワルキューレと共に、血で創り上げた自身の分体を操る漆がゴーレム達の進軍を処理を阻止を行い、ニルニーアと反対側ではその様子を伺いつつ片手間にゴーレム達を捌くラフィが居る。


「邪魔ね」


開戦から三時間。既に何度か漏れた漆の呟き。

設営途中の臨時拠点を狙う敵はゴーレムのみに変わっており、周囲に魔物や魔族の姿は見えない。それでも拠点が出来上がるまではと、一歩も動かずにその場を防衛している漆だが、その様子は苛立ちが滲み出始めている。


死者こそ居ないが、漆が居ることで無茶をしようとする者も出始め、負傷者も出ている。そこには一切の責任を感じていない漆なのだが、一歩間違えて致命傷を負われてしまっては足手まといになり、邪魔でしか無い。

そのため多少の気を払いながら出来る範囲内での援護を行い、致命傷を負わせてしまう事だけは避けていた漆だったが――


「……」


無理に突っ込みゴーレムに囲まれた小隊を目にした時、今までワルキューレに緊急で感覚を繋げて助けていた漆は、諦めずに攻撃をしようとする小隊を一瞥だけして見捨てた。


「限界ですね」


漆の行動に気付いたラフィが小隊を囲むゴーレム達を一掃しつつ呟く。


助けようと思えば漆は助けられた。しかし漆は助けなかった。

理由は簡単。ラフィも理解をしているため、咎めようとは思っていない。


先の戦いを見据え、漆の武器となる血を持たない敵を相手に温存しながら戦っている漆は、必要最低限を維持しながら戦っている。

だが必要最低限を維持している為に、現状漆には大した余裕はない。最小限での攻撃を行おうとすると、他の味方が漆の攻撃の出鼻をくじき、そのせいで無駄に消費をさせられている面も多く、同時に漆はストレスと感じてしまっているのだ。


そしてまだ終わらぬ拠点の設置と、更に掛かる時間を考えた結果……漆は小隊の五人を見殺しにして、その者達の血を扱うことで多くの兵を守ろう――そういう建前を用意だけして見捨てた。


「ラフィ……ごめんねぇ、少しぼーっとしてたわ」


「いいえ、お気になさらず」


悪びれた様子もなく言う漆に返すラフィは、半分程度完成している拠点を見渡してからギナビア城の方へと視線を向ける。

視線の先では、進軍してくるゴーレム達とは別に一定距離で停止したドラゴン型のゴーレムと目が合う。


「完全操作型。魔法の気配から察するに視覚共有をしているゴーレム。こちらの動向……というよりは、漆様を観察しているようですね」


アレが動きだせば、間違いなく漆は対処をしなければならない。そうなれば拠点設営に支障が出てくるのは分かりきっている事。加えて今の漆は、当たり前の様に連合軍を見捨てる可能性すらある事をラフィは見抜いていた。


「連合軍の被害を広げすぎるのは、我が主の御心に反する。漆様のご希望をお手伝いするようにとの命もありますし……致し方ありませんね。補助に徹する予定でしたが、我が主のご予定に差し障る可能性がある以上、アレの処理は私がしますか」


そう決めたラフィは素早くニルニーアの元へ移動する。

腹を貫かれながらも、痛みを感じた様子もなく血の刃でゴーレムをバラバラするニルニーアは、自分の背後に立ったラフィに気付く。


「おや、どうしました? ドラゴニクスの娘」


「少し離れますが、問題はありませんね?」


「彩の事を言っているのかい? 君の言う問題は私の問題ではないので、どう答えたものでしょうか。ここまで戦いづらい環境での戦いは、彩は初めてでしょうからね……怒りの感情が溜まっていくばかりだ。あぁ、やりたいことが出来ずに悶々としている彩もまた可愛い……」


「はぁ……我が主のご意思に背くと?」


「何か勘違いをしているね? 彼は私の主ではない、私は彩と共にある。彩の機嫌に私はついていくだけだ」


「その漆様は我が主のご指示に従っていると思われますが?」


「有象無象から有象無象を守る事かな? 現に今の彩はが頑張っていると思うけどねぇ……彩の庇護下でもない者をよく頑張って。

ドラゴニクスの娘よ、君が彩に期待を寄せるのは勝手だが、その期待に応えるか応えないかは彩が決める事を忘れるべきではないね。もしどうしてもというのなら、君の主の駒を使えばいいでしょう? それか、君が片付けてから行けばいい」


会話中にもゴーレム達はラフィ達を襲うが、二人の片手間による攻撃によって数を減らしていく。

一見すれば二人の動きが無くとも均衡を保てている。しかし、ラフィとニルニーアを含めて気付いている者達も多い。ゴーレム達は、まだ本気で攻めてきていない事に。


様子見の攻め。

ドラゴン型を含め、遠巻きで進軍を止めているゴーレム達こそが本隊。

もし本隊が進軍してきたならば、拠点の設営どころではないだろう。


「私が本気を出してしまってもいいけど、間違えて貴女を殺すかもしれないわね。ニルニーア」


「君の主の意向がそれかい? 本気を出すことを許されていないから私に声を掛けたんだろう? 脅すのならできる事で、別の言葉で楽しませてくれ。ラフィ・ドラゴニクス」


クスクスと笑いながらゴーレムに体を貫かれるニルニーアに、背後から飛び掛かろうとしていたゴーレムを細切れにしたラフィは手を翳そうとした――が、それよりも先に鈴の音が戦場に響く。

その音に惹かれ、ラフィもニルニーアも漆も、ゴーレム達の意識までもが引っ張られてそちらを見る。


拠点の中心として鎮座する巨大な黒い門。そこから空気を揺らし、響き聞こえる鈴の音。

その涼しげな音は次第に近づき、姿を表した。


黒を切り抜き、赤が支配する戦場に不釣り合いな純白。

人間を二人従え、九つの尾を揺らし、靡く振り袖から飛び立つ折り鶴達。


「眠王様のご厚意に少しでもお返しをいたしましょう。千影、菊池、行きなさい」


「「はっ!」」


他者の意思で染まらぬ純白の九つの尾の持ち主は、先行する二人を見送り漆の隣に立つ。


「やりたい事があるとお察しします。こちらは私達が立ち会いますので、貴女もお行きなさい」


「貴女、確か――」


「名はお伝えしておりませんでしたね……私、白玉と申します。肩書もなく、自由に戸惑うしがないただ獣人です」


チリン――と音が響けば、飛び回っていた折り鶴達がゴーレムへと張り付き、関節部分を小爆発を起こして無力化されていく。

その様子を見て、漆は少しだけ苛立ちが収まっていくのを感じ始めた。


「数が数よ? 任せてもいいの?」


「お優しいですね」


「女の子にだけよ」


「ふふふっ。愉快なお方」


漆の元へ集い、真紅のドレスへと戻っていくワルキューレに代わり、無数の折り鶴が人の形を模してゴーレムの前に立つ。


「お礼は期待しといて」


「お気になさらず。既に十二分な恩義を常峰様より賜っておりますので」


「それはそれ、これはこれ。私のために期待しといてね」


漆の投げキッスに、白玉は微笑みながら尾の鈴を鳴らして応えた。

そんな反応を見せる白玉に対して、漆は少し寂しそうに肩をすくめつつ全ての血を回収し、その場から離れていく。


地を這う漆の血が無くなったことで、保たれていた距離を詰めるゴーレムが現れ始め、白玉に向け拳を振り下ろそうとする。

だが白玉は焦らない。


「同郷の方も、常峰様のお付きの方も、お強いが故にお忘れの様ですね」


内袖から取り出した煙管で拳を弾き、その腕を叩き落とせばゴーレムが頭を垂れる様な姿勢に。そしてその頭部を使い、二度煙管の音が響いた。


「この場に立つ私達は、守られるだけの存在ではありません」


砕け散るゴーレムは一つではない。

連合軍も声を上げ次々とゴーレムを壊し、菊池や千影も土塊を積み上げていく。


「貴方達と同じ、戦う事を選んだ方々ですよ?」


-


白玉を別れた漆がギナビア城へ向けて駆けていると、その後ろにラフィが現れ、漆の影からはニルニーアが姿を表す。


「もうお喋りはよかったの? ニル」


「嫉妬かい? 彩が何よりも優先だと分かっているくせに。可愛いね」


「嫉妬を期待するニルも可愛いわ」


「仲がいいのは結構ですが、本隊が動き始めましたよ」


少し呆れ気味のラフィの言う通り、漆達が動き出した事で残っていたゴーレムの軍勢も動き出した。

それは当然、漆を観察していたドラゴン型も。


「雰囲気が違う?」


漆のドレスから滴り落ち生まれたワルキューレが先行しドラゴン型へと向かったが、先読みをするように首を動かし突撃を避け、その先の尾でワルキューレを弾き飛ばす。

その一連の動作と、自分を見つめて離さないその様子に漆も違和感を覚えた。


「完全操作型のゴーレムですからね。先程までのゴーレムとは別物とお考えください」


「要するに彩の操る分体と同じ様なものだよ。でもね彩、敵である事に変わりはない。血の通う餌か、土の人形かの違いでしかない」


ドラゴン型の横薙ぎで振るわれた腕は、彩にあすなろ抱きをするニルニーアが腕を振り上げるだけで塵へと変わっていく。


「……まぁ、もう少しはくだらない人形遊びに付き合いましょうか」


塵になったはずの腕が再生していくのを眺めていたニルニーアは、何かに気付き呟く。その瞳と声は酷く冷めきっている。

その事にラフィも漆も気付いたが、それに何か言う事はせず、周囲を囲むゴーレム達を見る。


「息を合わせるのは難しいでしょうから、二組に分かれましょう。ドラゴン型か周囲の処理か……漆様はどちらがよろしいですか?」


「アイツの視線、不愉快だから私がやるわ」


「では私が周囲を処理しましょう」


ラフィが腕を振るえば、空気が切れる音が小さく響いた後に最寄りのゴーレムから崩れ落ち、残る漆とニルニーアは目の前のドラゴン型へと意識を集中させていく。


――不愉快。


漆がドラゴン型の瞳に抱く感情は、それ一つ。


「私の考えや気持ちがそうであるように、ニルの思考は私にも流れてくるわ。それに間違いは無いのね?」


「私の記憶がよく知る視線の気配だ。不死モドキに成り果てた次は、もうお仲間が欲しくなりましたか? ねぇ、ナールズ・グレンド」


ドラゴン型は吠える。ニルニーアの言葉を否定するように、その告げられた言葉に怒ったように。


「うるさっ。えーっと、なんだっけ? ナールズだっけ? あの時の男でしょ?」


漆が喋る中、ブレスを放つための魔力がドラゴン型の口に溜まっていく。


「思う所は色々とあるけどさぁ……」


そして漆へと放たれたブレスは、一歩だけ前に出たニルニーアによって受け止められ。


「とりあえず不愉快よ」


一度だけ漆によって踏み鳴らされた音の後に、ドラゴン型は間欠泉の様に吹き出した血に飲み込まれた。

そして立ち上る血柱が収まると、真っ赤に染まったドラゴン型のゴーレムはボロボロと崩れ始め、静寂が訪れる。


「お見事です。漆様」


聞こえた声に振り返れば、残骸となったゴーレム達の上にラフィは立っており、両手を叩き拍手をして漆を称えている。

軽く周りを見渡すと、既に周囲のゴーレムで形を保っているモノは無く、三人に近寄ろうとするゴーレム達も居ない。


「ゴーレムにも恐怖心があるの?」


「ナールズがそういう命令を下したのかと。どうやら、向こうも彩に会いたいみたいですよ」


「個人的には勝手に死んで欲しいけどね」


漆の疑問に答えたニルニーアは、心底嫌そうに顔を歪める漆の隣でクスクスと笑った。


---


ドラゴン型のゴーレムが破壊された事で感覚の共有が切れたナールズは、ギナビア城の謁見の間にて玉座に腰を掛けながら目を閉じて漆達の到着を待つ。


そして謁見の間にはもう一人、適当に空いている椅子に腰を掛け、爪の手入れをしているシューカの姿があった。

適当に捕らえた者に魅了(チャーム)を掛け、ゴーレムを操るように指示を出しているシューカは、予想していたよりもゴーレムの消耗が早いことに気が付いている。


ギナビア国のゴーレム兵は特製であり、通常のゴーレムよりも性能が高い。しかしそれは一流の使い手が揃っているからこそ発揮されるモノであり、所詮は操り人形が更に人形を操っているだけ。

数で押していると言っても、それが無限に続けられるわけではない。


「はぁ、つまらないわね。この戦い」


小さく漏らした言葉はナールズの耳にも届いたようで、表情もつまらなそうなシューカへと言葉を返した。


「なに、今に騒がしくなる」


「騒がしくね……まぁ、いいんじゃない?」


そういう事ではない。と思いつつもシューカはそれを口にせず、爪の手入れを続けながら適当に言葉を並べる。


アーコミアの目的を知った時、面白そうだから協力した。

しかし今ではどうだろう。

異界という場所には興味がある。異界の者と戯れるのは、悪い気分ではない。

それでもこの戦争はつまらない。


全ての爪の手入れを終え、手持ち無沙汰になったシューカは、冷めた瞳でナールズに視線を送る。


「どうかしたかね?」


「いいえ、見惚れてただけよ。少し火照りを冷ましてくるわ」


「くくっ。好きにしろ」


心にもない言葉を並べられたナールズは、それを理解した上でくだらなそうに笑う。

シューカはナールズの反応に特に何か思うことはなく、ひらひらと手を振りながら謁見の間から出ていき、その足で窓から飛び立ち、ギナビア城の屋根へと移動して城下町を見下ろす。


城下町に以前のような姿はなく、散乱した瓦礫と魔物で溢れ、その中を魔族達が闊歩している。

もしこのまま魔族が占領したならば、新たに家々が建ち並ぶであろう。だがシューカの脳裏にそのイメージは湧かない。


「アーコミア様の目的が完遂した場合、こっちはどうなるのかしら。こっち側の軍は、その事をどれだけ考えている者が居るのかしら」


独り言を漏らすシューカに返す者は誰も居ない。


「あーあ、つまらないわ。こんな事を考えちゃうのもつまらない」


頭を軽く振り、嫌になっていく思考を振り払うシューカは体を伸ばし気持ちを切り替える。


「こんな時は適当に漁って、後は……ニルニーア様と戯れてみようかしら」


視線を遠くへ向ければ、ゴーレムの軍隊が割れていくのが見えた。

その先頭にニルニーア達が居る。

もうすぐここも戦場になり、その時には自分の目の前には敵となったニルニーアが居る。


そう考えれば、シューカの気持ちは少しだけ晴れていく。

頭が働きません。




ブクマ・評価ありがとうぎざいます。

これからもよろしくしてくれると、嬉しいです。

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