己の役目を担って
「それじゃあ、私は先に行くわね」
「あぁ、ギナビア国で会おう」
「取り返して待ってるわ」
巨大な扉の前で、周囲と比べて一回りも大きい飛竜の横に立つペニュサと漆は互いに抱擁しあい、言葉を交わす。
「ニル、彩を頼む」
「貴女に言われずとも私と彩は一心同体だよ。死する時も共にいるつもりさ」
「ふふふっ、私を仲間はずれにしないでくれ」
「人間の習わしは得意ではないんだけどね。ここは武運を祈っておきますよ」
「互いにな」
漆を抱きしめるペニュサは、ニルニーアの言葉を聞いてゆっくりと漆から離れ、飛竜に取り付けられている鞍に跨る。
高く飛び上がっていくペニュサ、そしてペニュサに追随して次々と飛んでいく部隊を見送った漆は、深紅のドレスを翻してギナビア国へと続く扉をくぐった。
一瞬の暗転の後、漆とニルニーアの視界には、先行していた連合軍と魔軍が激突している風景が広がる。
道なりに視線を流せばギナビア国中央の入り口。更に奥にはギナビア城。
剣戟の音、雄叫び、悲鳴。それらを耳にしながら周囲を確認していると、近付いてきた魔族が音もなく細切れにされ息絶えた。
「お待ちしておりました漆様。我が王からの命によりお供させていただきます」
「あら? 人手を寄越すとは聞いてたけど、ラフィが来たの? こんな綺麗で可愛い子をよこしてくれるなんて、気が利くじゃない」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。ですがここは訓練と違い戦場……お気を抜かぬ様にお願い致たします」
「心配してくれるなんてうれしっ。でも安心して……今日は私、本気だから」
深紅のドレスから真っ赤な翼の骨組みが生え、骨組みを伝い滴る血は地面に落ちる前に散り広がり、霞を経て空気へ溶け消えていく。
そんな漆へ魔物が近づくと、あと一歩という所で無数の血の糸に身体と絡め取られ、糸は絡め取った対象から血を吸い上げる。
吸い上げられた血は糸を伝いドレスへ……そしてドレスから一体の真っ赤なワルキューレが生まれ出てきた。
「いい滑り出しだね。さぁ、私も彩の矛となろう」
一連の流れを見ていたニルニーアは、一瞬のうちに血溜まりへと変わり、漆の足元から這い上がるように右腕へと移動して指先から二の腕までを覆う。
シルクの手袋の様になったニルニーア。その腕を漆が振れば、ラフィが扱う様なとても細いワイヤーを模した血が空気を裂き鳴らしながら敵を切断する。
「結構。では作戦の確認を行います。
我等が王のご厚意である移動門の周囲を制圧後、この場に臨時簡易拠点を設置。
設置終了と同時に最低限の防衛部隊を残し、後衛との合流は待たずにギナビア国中央奪還へ移行。最終目標はギナビア城の制圧及び終戦までの防衛……よろしいですね?」
「本当は先行したいけど、それはダメなんでしょ?」
「名も顔も存在も知れている漆様が勝手に先行すると、必然的に皆がついて行ってしまいます。指揮を執らないのであれば、お控えください」
「はいはい分かってるわ」
ラフィに言葉を返しながら漆が右腕を地面に向け振り下ろす。
指先から伸びる血の糸と共に、纒っているドレスの裾からも漆を固定するように杭が伸びて深く刺さる。
「行くわよ、ニル」
言葉に応える様に脈打つ感覚が身体に走った漆は笑みを浮かべ、ゆっくりと左腕を前に掲げた。
右腕のシルクの様な手袋とは違い、左腕には深紅のガントレットが指先から肘下辺りまで覆う様に生成され、その手のひらには赤い球体が握られている。
その球体を漆は躊躇いもなく握りつぶした。
グチャリと音を立てて抵抗も無く潰れた球体の中から溢れ出す血。
ソレが大地に染み込むと、漆を中心に血管が浮き上がったかの様に枝分かれを繰り返し広がり、ソレを踏んだ敵は容赦なく串刺しにされ息絶える。
突然、敵が次々と串刺しにされていく様子に連合軍は驚き動きを止めてしまうが、管を辿った先に立つ漆を見て更に驚きを強めた。
敵味方関係無く戦場に垂れ流れる血は一滴も残らず漆へと集まり、血を吸い上げ濃さを深く深くするドレスから次々と生まれるワルキューレ。
生まれたワルキューレが運良く抜けてきた敵を貫けば、その敵からワルキューレ達も血を吸い取り、分裂をして数を増やしていく。
個が敵を倒し新たなる個を生み気が付けば、紅のワルキューレ軍が戦場を赤く彩っていた。
「ラフィ、一帯の制圧は私がするから、連合軍には拠点設置に専念してもらえない?」
「構いませんが……ペース配分を間違えぬようお気をつけを」
「もちろん。また倒れたら夜継に馬鹿にされちゃうわ」
「……では指揮権限持ちの方々に通達してまいります」
その場は漆に任せて離れていくラフィは、片手間に最寄りの魔軍を処理しつつ周囲の状況と漆の戦闘能力から制圧までの時間を弾き出す。
このまま何も起こらなければ、三時間程である程度の処理を終えるだろう。だが、当然増援が来る事は予想される。
加えて残留組を指導していた者達は、残留組の欠点を把握していた。
ラフィは指導者であり、漆は残留組。
当然二人も例に漏れず、ラフィは漆の事を把握している。
漆のスキルは維持には魔力、吸収し循環を行い完全に掌握をしようものなら体力までも大きく消費する事があり、その戦闘法から配分と判断を誤れば一気に弱体化する。
ラフィが把握している情報では、漆の魔力量は異界の者達の中では平均よりも少し上。
常峰の様な異常性は当然なく、異界の者達の中でも一線を画する橋倉や東郷には遠く及ばない。更には近接格闘のセンスも決して高いわけではない。
侵略よりも防衛に向いている。
それがラフィの中にある漆の評価。
故に今回の戦場は漆にとって不利。何よりギナビアという国は、漆本人が攻め込むにあたって天敵とも言える存在があるのだ。
「流石に相手も頭を回しますね」
目視で確認はできないが、ソレの存在にラフィは気付く。他に現段階で気付けているのは、ニルニーアぐらいだろう。
寸分違える事なく、一糸乱れず進軍してくる気配。
心音の変わりに一定の速度を保つ足音。
時間が経過するにつれ、強者からその存在に気付き始める。
ギナビア国が所有する魔導兵器――高機動型ゴーレム兵。
人に、魔物に、ドラゴンに、ただ石材を積み上げたようではなく、一種の芸術と言われても頷けるソレ等は、血の通わぬ兵隊。
ただ一方的に消耗を強いられる無機質な存在は、漆の顔をしかめさせた。
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同時刻
岸達もリュシオン国付近にて交戦をしていた。
「まこっちゃん! ここは連合軍に任せて突っ切るぞ!」
「オーライ!!」
「橋倉と古河も離れるなよ!」
「はいはぁ~」「ぅ、ぅん!」
連合軍と共に周囲の制圧を行っていた岸達ではあったが、その場は連合軍に任せて移動を開始する。
当然行く手を阻もうとする魔物達が居るが、それらに岸が触れれば敵が同士討ちを始め、その混乱の中を極力戦闘を避けながら四人は駆けていく。
感覚が短くなってきている地震に足を取られないように気を使い、その地震の原因であるオズミアルと怪鳥ジーズィの咆哮を耳にしながら速度を上げリュシオン城へ向かう。
「岸君、佐藤君、ストップ」
「と、飛びます! '転移'」
古河の声で二人が足を止めると、間髪入れずに橋倉が転移魔法を使い、次の瞬間には四人はリュシオン城内の大広間へと移動していた。
「確かにこっちの方が手っ取り早かったな。ありがとう橋倉」
「ふぇ、ぁ、ぇへへ」
岸に褒められ頬を緩ませた橋倉だったが、オズミアルの咆哮が聞こえて身を竦ませてしまう。
「んじゃぁ、大本を叩きに行きますか――「申し訳ありませんが、それはできませんねぇ」出てきやがったな。三流悪党」
動き出そうとした四人を止めた声。振り向けば、絡み合う触手を椅子代わりに座っているポルセレルの姿。
「永禮」
「……おけ。橋倉、準備してくれ」
「え? ぁ、でも……へ?……ぅん」
岸と佐藤の間で交わされたアイコンタクト。その内容を察した橋倉は何か言おうとしたが、そっと古河が耳打ちすると、小さく頷き静かに魔力を練り始める。
「作戦は決まったようですね」
「待つ美学を知ってるなんてな。二流に格上げしとくぜ」
「減らず口を」
手でクイックイッと煽りを見せれば、絡み合っている触手から新たな触手が伸び岸を狙う。対する岸は、息をゆっくりと吐き、焦らずに触手の動きに目を凝らす。
触れず、触れられず、他に意識を向けさせすぎない様に最低限の動きで。
右へ、左へ、後ろへ、前へ。
頭の中で何度も言葉を唱え、岸は全ての触手を避けていく。
その様子を、古河と橋倉の前に立つ佐藤も僅かな挙動すら見落とさないように観察する。
「ッチ……」
舌打ちを漏らしながら不自然に引っ張られる様にして移動したと思えば、先程まで岸が居た足元から無数の触手が現れ、同時に大広間の扉が開かれ、血走った目をした人間達が四人を取り囲んだ。
「まこちゃん、作戦変更するか?」
「問題ねぇ。これぐらい想定の範囲内だ」
佐藤はサムズアップを決め込み、岸がそれに拳を合わせて打ち鳴らす。
「で、できました!」
「古河! 'ライトボール'」
「ほいきた。'エンチャント'」
橋倉が発した瞬間、間髪入れずに佐藤が叫び、即座に古河が合わせ、大広間は真っ白な閃光に包まれた。
予期せぬ出来事にポルセレルは目を閉じてしまい、操っていたショトル達の動きも止まる――そして集まってきた兵共々ポルセレルが目を開いた時、その場には二人しか残っていなかった。
「……まさかお二人で私達の相手をすると?」
「本当は俺だけのつもりだったんだけどな。古河が残るのは予想外だった」
「どっちかと言えば、こっちの方が役に立てそうだからねぇ~」
そう言う古河は、魔法を唱え二つの火の玉を喚び出す。
その魔法を戸惑うこともなくポルセレルへと放てば、火の玉は四つ、八つと二度分裂し迫るが、全てポルセレルが操るショトルに防がれる。
「ちょ、古河!?」
「平気平気~。私の予想通りなら……ほらねぇ」
突然の古河の攻撃に驚いた佐藤。しかし、驚きの表情を浮かべたのは佐藤だけではなく、ポルセレルも同じだった。
先程までは余裕に満ち嘲笑っていたポルセレルが驚いた理由……それは、古河の魔法でショトルが焼け落ちたからである。
一発目が着弾した時は気にしなかった。だが続けて二発、三発と当たり、魔力の吸収が行われなかった事が問題なのだ。
「貴様、何をしたっ!」
「教えてあげなぁ~い」
ニコニコと笑う古河は、内心ホッとしている。
常峰からショトルの話を聞き、訓練が始まる前に市羽とショトルの戦闘映像を説明ありで見せられた時に古河は思っていた。
――魔法陣を通し、質を変えた魔法がショトル相手に使えるのであれば、発動された魔法そのものを弄って魔力の質を変えれば通るのでは?
そしてその考えは正しかったと証明された。
「というわけだから、ちょっとは役立てると思うよ」
「ちょっとどころか一気に主戦力だぜ」
古河のスキルを知っている佐藤も、今の攻撃と古河本人の様子から大体の事は理解し、背中合わせの位置へ移動してナイフを構える。
「作戦に大幅な変更は無し。ただ、少しそっちに流す。それでいいな?」
「こういう時は、オーライッ――だったよね」
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「やぁやぁ異界の諸君。常峰君から君達のことは聞いているよ。君達も常峰君から時間が来るまでの動きは聞いていると思うから、無駄な説明は省くことにしよう!」
東郷先生を筆頭に、開戦後それぞれ部屋へと戻り荷物を持ち、大広間へと集まった帰還組の前に立つコア君は、誰からの返答も待つ気などサラサラ無く一人話を進めて指を鳴らした。
すると、東郷先生達を囲むように大量の扉が現れ、下がるプレートには繋がっている先が書かれている。
「それぞれの場所に扉は繋げておいたから、移動の時は短縮で使うといいよ。もし必要なら声を上げてくれればダンジョン内なら僕には届く。だからその時が来るまでは、臨機応変に個々の考えで行動してくれて構わないよ。僕はそのため、君達のサポーターとして尽力する」
次は質問を受け付けるつもりで一呼吸開けたコア君だが、誰からも質問が出てきそうな様子はない。その事を確認すると、「だけど……」とコア君は言葉を続けた。
「忘れないでね。君達が自由に出来るのは、その時が来るまで。
もし常峰君が帰還方法を完成させて、帰る事が可能になり指示があった時点で君達はココに戻ってくる。たとえ、目の前で誰かが死にかかっていても、何を犠牲にしても君達はココに戻るんだ。いいね?」
そう言うコア君の瞳は、否応を言わせる気はない……と告げている。しかし次の瞬間には、場を埋めようとしていた重い空気は離散し、軽い声で続く。
「まぁ、もし君達がダダをこねても、僕が強制的に連行するから安心してくれていいよ! ただできればそんな事はしたくないから、帰る覚悟をした上での行動を僕からは'お願い'するよ」
「質問がある」
「君は……長野君だったね。質問どうぞ」
一部を強調して言い終えたコア君が、クラスメイト達を軽く見渡していると、目が合った瞬間に長野が手を上げた。
「ダンジョン内ということは、滞在組の所にも行けるのか?」
「もちろん繋げられるよ? 僕は常峰君から扉を生成する権限を貰ってるからね。ダンジョン内であればどこにでも繋げてあげられる。
だけど、君達が望んでも僕は繋げない。なんの為にこうした組分けがされているか……まさか、それを問おうなんては思っていないよね?」
「いや、聞いてみただけだ」
アハハ。と苦笑いをして誤魔化した長野を見て、コア君はわざとらしく溜め息を漏らす。そして呆れたように長野のみならず、少しだけ悩むような表情を見せている者達を視線で射抜きながら言い放った。
「常峰君は君達には優しいからね。それを本人も理解しているから、君達のことは僕に任せたんだろう。だから言うけど、君達は生き延びなければならない。
浅くも広くも、深くも狭くも、君達はこの世界との繋がりを得たのかもしれないけど、それはこの世界での話でしかない。
君達は、君達の選択は、この世界で死ぬ事を許さない。この世界での別れを済ませるのなら今のうちだよ。そして、残ると決めた者達のと別れは既に済ませているはず。
君達の友がした選択と決意を、君達自身がした選択と決意を……常峰君の頑張りを無下にするのは僕等が許さない」
少し苛立ちが見え始めたコア君だったが、スパーン!と軽快な音が響き渡る。
何事かと振り返れば、苦笑いを浮かべる二代目と、コア君の後頭部を叩いた張本人である三代目はカラカラと笑い声を上げた。
「あまり脅してやるでない。彼等とて、軽い気持ちのみでこの場に残っておらんだろう」
「テメェは若造に入れ込みすぎなんだよ。そこの奴等も! 気負いすぎんじゃねぇ、辛気くせぇ顔するならココで膝抱えて座ってろ。もう戦争は始まってんだよ、居るだけ邪魔だ。
覚悟出来たやつで、戦える奴は着いてこい。外を散らしにいくぞ」
「やれやれ、東郷という者は後でで構わぬから私の元へ。他に指示がなく治療を行える者が居れば、東郷と共に来る良い。仕事を与える」
二代目と三代目はそれぞれ別の扉を開けて出ていき、残されたコア君は叩かれた後頭部を擦りながら深呼吸をして気持ちを切り替える。
「悪かったね、少し気が立っていたみたいだ。それぞれ手が空いたら彼等の手伝いをしてあげて。さっきはああ言ったけど、僕が君達のサポート役な事には間違いないんだ。出来る限りは君達の要望を叶えるから、遠慮はしてはいけないよ」
返事こそないが、数名が頷いたのを確認したコア君は、バツが悪そうに喚び出された扉から出ていく。
そして残された者達も、気合を入れ直したり、相談をしたりして各自それぞれ扉を開け、自分が今出来ることをするために移動を始めた。
ほんっとうに遅くなりました。すみません。
なんか、色々と、自分でも驚く程にタイミングが重なってしまい、全く書く暇がありませんでした。
次はそれほど遅れないか、少し早めの更新を目指します。
ちゃんと完結はするつもりです。
ブクマ・感想・評価ありがとうございます。
こんな私ですが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!




