開戦
かなり短めです
「我等が王よ、皆様の準備は整っております」
「そうか……なぁ、セバリアス、俺の代わりにやってみないか?」
「御冗談を」
そう返してくるセバリアスが、後ろで俺の襟を正しながら笑っているのが分かる。
冗談だよ。三割ぐらい冗談。残りの七割は結構本気で言ってみたのは内緒だ。
扉越しに聞こえるハルベリア王の声。先程まではコニュア皇女が、最初はレゴリア王の声が聞こえていた。
時計を見ればそろそろ零時。
「どうして俺が大トリなのかねぇ」
「我等が王がおやすみの間に、ハルベリア様達がお決めになっておりました」
「分かってたら止めてくれても良かったんだぞ?」
「舞台を整えるのも我等の役目でございます」
「図ったな……? まったく……最近セバリアスが意地悪な気がするなぁ」
「年甲斐もなくはしゃいでおります故」
俺の服装の最終確認を終えたセバリアスは、深く頭を下げる。
それを振り返り確認すると、セバリアスの後ろには、集まってきたダンジョンの皆が整列し、セバリアスの様に頭を下げていた。
確認すると同時にコア君が気を利かしたのか、全員の心が期待と歓喜に満ちていく様子が伝わってくる。
あぁ、荷が重い。胃が痛い。しかしまぁ……何も悪い気分というわけでもないのは確かだ。
クラスメイト達のおかげで俺はココまで来た。セバリアス達のおかげで俺はココに立てている。
そしてこれからも多分に迷惑を掛け、頼りにする事ばかりだろう。
ふとハルベリア王の声が聞こえなくなった事に気付き、俺は大きく深呼吸をすて気持ちを整える。
「さて、結局は頼る事になるが、手筈通りに頼む」
俺が言い終えると同時に、最前列に居たセバリアスとルアールが扉を開け、最後尾の者達から扉を抜けて道を示す様に両サイドに整列をし直していく。
セバリアスとルアールを除いた皆が整列を終えた事を確認し、俺も扉をくぐり進めば、その後ろを残っていた二人が着いてきて、最前列の両端に加わり頭を下げた。
見渡せば、ハルベリア王達が席に座り俺達に視線を送っており、俺の正面には誰も居ない壇上。
見上げれば、曇天が広がっていて、夜空すらも空気の重さを演出しているようだ。
コンディションは悪くない。
起床してから二十四時間までもう少し。
期待しているぞ……なんて言葉はいらないだろう。代わりに俺がするのは一つだけ。
「期待に応えられる様に精々カッコつけてやるから、笑い話にでもしてくれ」
誰にも聞こえない様に小さくぼやき、俺は壇上へと上がっていく。
今回の為だけに用意した城から伸びる特設の壇上から見下ろせば、町は明るく、遠くにも光の線となった明かりが見える。
そして、ダンジョン機能によって至るところに映し出された壇上の俺の顔。
カチリ――と枷を実感させられる感覚が身体に走る。
時間だ。
「既に周知ではあるだろう。私がレストゥフル国の国王、常峰 夜継だ。まずはじめに、私は皆に謝らなければならない――」
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見上げている者達も、最近ではどこか見慣れてきている現象。
魔王メニアルと眠王の戦い、公開で行われた会議、最も新しいと言えば勇者対勇者の模擬戦。
今宵、曇天を背景に映し出されている映像には、ギナビア国のレゴリア王から始まり、リュシオン国のコニュア皇女、ログストア国のハルベリア王と続きレストゥフル国の王である常峰 夜継が壇上へ上がり映し出された。
先程まで各国の王が士気を上げる為に、戦線へ立つ者達を労い褒め称え、勝利を祈り、生き延びたことを称賛し生き残る事を願った。
続く演説に飽きはこず、三者三様の言葉に皆が湧く。これまでにないほどに、熱を帯びて。
ならば次は? と異界の者であり、その王である常峰に期待が高まる中……彼は最初に謝罪を口にした。
「私は皆に謝らなければならない。
私は、我々異界の者は、皆の正義を体現するような聖人ではない。皆の望む様な英雄ではない」
常峰が告げると、壇上より更に先――空中に二十九の扉が現れ、そこから空中を足場に立つ異界の者達が姿を見せる。
「勇者であっても、聖女であっても、どれほどの力を持っていようとも我々異界の者は英雄ではない。その資格を持たない。
我々異界の者は、皆の為にこの場に立ってはいない。己の為に立ち、皆と肩を並べ、己の正義のみを貫く。愛国心など皆に比べれば……いや、比較する事すら烏滸がましいだろう」
湧きを見せていた空気は、静かに常峰の次の言葉を待つ。
冷めていくわけではないが、更に湧き上がる様子もなく、ただただ静かに。
その中で、一拍を開けた常峰の言葉は続く。
「故に私は思う。
戦線に立つ者達こそが英雄足り得る者ではないかと。
不安と恐怖を抱えながらも、戦士を支え送り出し、帰りを待つ者達こそが英雄足り得るのではないかと」
語りながら常峰が指を鳴らせば、戦線に整列する者達が見る映像には送り出す者達が。
送り出す者達が見る映像には、戦線に整列する者達が映し出される。
「見よ、研鑽を積み闇を斬り払う英雄達の姿を。
見よ、絶えぬ光となり後顧にて照らす英雄達の姿を。
私は諸君が眩しく、羨ましく思う。
故に私は考えるのだ。
諸君を突き動かすモノとはなにか――
種の垣根を越え迫りくる脅威に幾度と立ち上がり、立ち向かえる理由とは何か――
それは、諸君がこの世界に生きとし生ける者であり、守るべきモノを受け継ぎ、正義に殉じた輩への礼儀であると心得ているからではないかと。
だが、それを知るには私は皆の事を知らない。
元の世界への帰還を願う異界の者達も、異界にて語り継ぐことが叶わない。
……諸君。英雄諸君。私からの願いを聞いてくれ。
明けぬ夜はないが、沈まぬ陽もない。僭越ながら夜は私が継ごう。
しかし、夜明けを迎えに行くのは諸君だ。夜明けを知らせる光は諸君だ」
常峰が高らかに手を上げた瞬間、天へ向けて放出された魔力が曇天を貫き、染め上げる様に雲を押し広げ満天の夜空が英雄達を照らす。
「闇夜の戦場を駆ける英雄よ。
夜明けの光となり戦士を支える英雄よ。
愛する者の武勇を語れ。
友の武勇を語れ。
己が武勇を語れ。
己の存在を、友の存在を、愛する者の存在を、この世界の誇りを我々異界の者に刻みつけてくれ。
その先駆けとして、私は私を君達に刻もう。
この世界で皆と共に生きると決めた者として、私の世界を守る為に――」
言葉に合わせ、空には黄金の魔法陣と二重に並ぶ魔法陣が展開される。
そして、黄金の魔法陣からは輝く巨大な黄金のドラゴンが。
二重に並ぶ魔法陣からは、一つ目と二つ目の間に巨大な鯨の様な生物の姿を経て漆黒のドラゴンが現れ、それぞれギナビア国とリュシオン国の方角を向く。
合わせる様に常峰の頭上にも、目視できるほどの高密度の魔力が一本の剣を型取り、その剣先は天を向いていた。
「私の誇りを刮目して欲しい」
瞬間――二匹のドラゴンから放たれたブレスが大地を削り、群れ現れていた魔軍を薙ぎ払う。
同時に剣となった魔力が上へ上へと突き進み消えていく。
「さぁ、刻は来た!
己の高潔たる武勇を友に、我等に、己に、世界に刻みつけよ!」
英雄達を映し出していた映像は、セバリアスとルアールが薙ぎ払った魔軍に移り変わり、最後にログストア国付近から進軍してきている魔軍が映る。
そして……天から振ってきた巨大な魔力の剣により一蹴された。
「願わくば、諸君らの武勇が古今に響き渡らんことを」
常峰の言葉に熱の籠もった声は返ってこない。
しかし、聞いていた者達の瞳には静かに熱を孕んだ覚悟が宿り、一度だけ力強く地を踏み鳴らす音が返答として響いた。
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「「「進軍せよ」」」
俺が壇上から降りるタイミングに合わせ、セバリアス達が薙ぎ払った地点に繋げた大扉を連合の正面に喚び出す。
同時にハルベリア王達の声が響き渡ると、雄叫びと共に進軍の足音が聞こえてくる。その音を耳にしつつ、俺は昨日の内に渡しておいた子機を通して、クラスメイト全員に念話を繋ぐ。
『さてと、これと言って伝える事は無い。送る言葉は唯一つ……俺の望む勝利を持ち帰れ』
『『『『『仰せのままに』』』』』
いつぞやか聞いたノリのいい返事だ。
クラスメイト達が移動していく様子を見送り、次は人へと戻ったセバリアスとルアールを含めたダンジョンの皆の方へ向く。
「セバリアス、ルアール、ご苦労だった。おかげで出だしは上々だ」
深く頭を下げる二人に頭を上げてもらい言葉を続ける。
「これから俺等も動く事になる。幾つか急事に対しての予想と対処は行っているが、全て予想通りとはいかない可能性の方が高い。だが恐れる必要も、焦る必要も、気負う必要もない。
任し任せろ。それだけで問題無い……いや、しかしそうだな……安っぽくはなるだろうが、この戦いが終わったらできる範囲で好きな褒美を一つ用意しよう。休暇希望なら一年までは用意するぞ」
最後の言葉――というよりは、一個前の褒美と聞いた瞬間、セバリアスとルアール以外の目が輝いた気がした。
珍しくシーキーも反応を見せている。
これは言葉選びをミスったかもしれないな。だが前言撤回をして士気を下げるのもな……。
ハハッ、どうやら気持ちが高ぶっているのは俺も変わらないらしい。
視界に白い光がチラつき、ログストアの方を向けば、神の城の浮上と共に三門の砲台から'神の怒り'が放たれた。
しかしそれを届かせるわけがない。
ルアール達が動こうとしたのを手で制し、魔力の壁で全てを受け止めるとことで分かる事もある。
確かに威力はあるが、一門一門の火力は前回に劣るな。少し魔力を込めれば……ほら、押し返せる程度だ。
完全に修復が完了していないのか、いや、別にリソースを割いてると考えるべきか。
神の怒りの更に奥。神の城の更に上。
先程の魔力でも押し吹き飛ばせなかった雷雲。
スキルの扱いと調整に慣れ始めた橋倉でも解析をしきれなかった。仮に解析をしきろうとしようものなら、情報量に絶えきれず気絶してしまうらしい。
古河も距離がありすぎて干渉できず、並木は他の魔法が折り重なりすぎて根本まで視えない。
アーコミアがそこまで手を掛けなければならないモノとなれば、おおよその見当は付く。
ミスリードだったとしても、それだけの手間を掛けたモノ。
「まぁ、それもしてくるわな」
列を成す様に現れた大量の魔法陣を眺め呟く。
そこから姿を見せるのは、数えるのも馬鹿らしくなる程の魔物や魔族。更には黒い泥の様なモノまで。
「敵さんのお目見えだ」
魔力供給が止まったのだろう。徐々に弱くなり消えた神の怒りを防ぎ終え、進軍してくる魔軍を見下ろす。
「内側の異変を見落とすな」
ただ数で押してくるだけならいいが、それだけでもないだろう。
町を通る様に視線を流し、俺の言葉に応える様に深く頭を下げた皆を見渡せば、その頼もしさに思わず抜けそうになる気を引き締め告げた。
「行動開始」
曜日感覚が狂ってました。
暑いのは嫌いです。
さて、どこの戦いから始めましょうか……何も考えていません。
まぁ……成るように成るでしょう。
ブクマ・労い・評価ありがとうございます!
これからもお付き合いいただけると嬉しいです!




