開戦を前に一眠り
少し短めです。
開戦予定まであと二日。
報告を見る限りでは、連合軍は問題なく統制と管理が出来ている。残留組のクラスメイト達も大まかな訓練は終えていて、個々での調整期間へとシフトしたと聞かされた。
帰還魔法の方も、シューヌさんや白玉さんの協力もあって形にはできたという報告が今朝方届いた。
ただ安定と安全性の確認は終えているが、本当に元の世界に繋げられるかはぶっつけ本番になるそうだ。
更に言えばアーコミアからのちょっかいも無く、気味が悪いほどに順調。
問題があるとすれば、やはり長期戦ができるほどの食料確保が出来ていない事と、神の城上空を染め上げている雷雲が濃くなって来ている事。
そして元の世界と繋ぐには、やはり神の城が一番安定するだろうという現実。
食糧問題に関して。
ダンジョンの機能をフルに使えれば少しはなんとかできそうだが、戦いが始まればそれはできない。間違いなく今以上に消費が上回る。それに長期戦に持ち込まれた時点で、アーコミアは独自の方法で世界を渡りかねない。やはり短期決戦狙いに変わりはないな。
そして雷雲については、古河と橋倉に並木を加え、魔法に長けている者にも調査をしてもらったところ……どうやら召喚魔法である可能性が高いという結果が上がってきている。
メインであろう召喚魔法の他にも、幾つかの魔法があの場に展開されているようで、その結果があの雷雲らしい。
帰還魔法も条件次第では厳しいな。
あの場であればいいのか、それとも完全に神の城を掌握しなければならないのか……。これも行ってみなければ分からない。かと言ってアーコミアが黙って見ているなんて事もないだろう。
幾つか予想を立てておいて臨機応変に対応していかないとな。
連合軍の目的は各国の奪還とアーコミアの討伐。
俺等の目的は帰還組を送り出す事。
この二つだけは間違えないように気をつけていこう……さて。
「いい加減頭を上げてくれ」
思考に一段落つけた俺は、大きな溜め息と共に目の前で頭を下げる二人の子供に視線を戻した。
リーカ、マルセロと名乗った二人の子供は、俺の言葉を聞いても頭をあげようとはせず、未だに額を床に擦りつけている。
「彩……これは、お前の入れ知恵か? それともペニュサ・パラダ、貴女の入れ知恵か?」
一向に頭を上げる気配のないリーカとマルセロから視線を外し、その二人を連れてきた当人達へ言葉を投げる。
すると、ペニュサさんは沈黙を貫くが、彩が反応を見せた。
「私もペニュサも何も言ってないわよ。むしろ私達としても諦めて欲しいから連れてきてるの」
「彩が言えばいいだろうに、なんでわざわざ連れてきた」
「連合軍は私の管轄じゃないし、下手に不満を残すよりはトップに言われたほうが諦めもつくかなって」
「ペニュサは連合軍の人間だが?」
「ペニュサはエニアちゃんに泣かれて葛藤の末よ」
本日二度目の大きな溜め息。
朝っぱらから彩とペニュサさんが二人を連れてきたのは別にいいんだが、その要件は自分達も連合軍へ参加をさせてくれ。という内容。
先日あったヴァロア襲撃の一件で、彩が匿っていた数名がスラムの子供達を守って命を落とした。
同じ屋根の下で生活をしていたからか……要するに仇討ちをしたいらしい。
「原則として十五歳未満の参加は禁止している。もちろん、若くして戦闘に長けている者も居るというので数名の中隊長から上の承諾・推薦があれば、審査後に参加は可能だ。二人は、それは聞いたのか?」
「「はい」」
頭を下げたまま俺の言葉に返事をするリーカとマルセロ。
「そうか。ちゃんと伝わっている様で何より……そういう事なら、三○一中隊長ペニュサ・パラダ、貴女からこの二人の推薦は出ていないが、この場で直接進言するつもりだったと捉えていいのか?」
「いえ、リーカ及びマルセロは戦闘経験に乏しく、現段階では……戦力にはならないかと」
妹のエニアにどういう駄々のこね方をされたのかは知らないが、随分と言葉を選んでいるな。
そりゃ希望があるかも知れないみたいに聞こえるわ。
「結構。俺から見ても二人は戦力にはならない。更に言葉を加えるのなら、二人の参加は周囲に迷惑を掛ける。ただの足手まといだ。
仇討ちを否定はしない。くだらないとも思わないし、広く言えば復讐行為を悪いとも言わない。だが、個人的な仇討ちに巻き込んで周囲を危険に晒して殺したいのか?」
「そんな事は、俺もリーカも」
「思わないだろうな。元は自分達を襲ってきた様な連中に情を持てる君達だ、間違っても故意にそんな事を考えはしないだろう。
しかし、君達が連合軍に参加をするという事は、結果的にそうなる」
「……その時は俺の事なんて見捨ててください」
「マルセロ!」
マルセロの言葉にリーカが反応を見せるが、俺は構わずに口を開く。
「その言葉を口にするならば、一人で俺に会いに来るべきだ。それに、君は亡くなった者達の為と口にするが、君が亡くなった場合は今度はリーカが同じことをするだろう。他の子達がそうするだろう」
マルセロは何かいいたげな表情を浮かべている。だが俺はそれも無視して言葉を続けていく。
「突発的な感情のみで口にしているなら、君がやるべきことは仇討ちではなく弔いだ。君達を守った人達を無駄死ににさせたいのならば、連合軍としてではなく勝手に戦場に出るといい。それなら俺の許可など必要はない。
ただ一つ俺から言えるのは、仮に戦場に出たところで、今の君――君達では仇の前に辿り着く事すらできずに無駄に死ぬだけだ。何より、仇は誰か分かっているのかな?」
思わず「死にたいのなら勝手に死んでくれ」と出てきそうになった言葉を飲み込み、二人に問いかける。
あの襲撃、表向きはスタンピード的な扱いで処理をしている。アーコミアの部下が動いているのは間違いなさそうだが、その事を今のマルセロ達が知る事はできないだろう。
案の定、二人は言葉が詰まり、俺の問いには答えられそうにない。
でもあれだな……愚直に魔王アーコミアだと口にしないだけでも、色々と彼等なりに考えての行動だったみたいだな。
彩に頼った事も、俺に繋がっていると予想しての事だろう。
きっとマルセロとリーカは下の子達を頑張って守ってきたのだろう。だから頼る事はできても、利用する事はできても、漠然と守られる事に慣れていない。
「仇討ちは結構だ。だがそれは今じゃない」
「……それは、俺達が弱いからですか?」
「そうだ。やり場のない怒りが湧いてどうしようもないのなら、ペニュサと戦ってみるといい。彼女も様々な理不尽を背負い生きている人だ。色々な事を学び終え、それでも尚、仇討ちを考えるのならばもう一度俺を訪ねてくるといい。その時は力を貸そう」
「わかり……ました……」
苦虫を噛み潰したような表情のまま、マルセロは立ち上がり深く頭を下げると部屋を出ていった。
ペニュサさんに視線を送れば、同じ様に頭を下げてマルセロの後を追う。
「ありがとうございました」
二人を見送ると、残った少女――リーカがそんな言葉を口にした。
「まさかお礼を言われるとはな」
「きっとこのままだとマルセロは死んでいた。そして庇われた私もきっと」
「そう思うなら止めてやるのも優しさだぞ」
「そうなんだけどさ……どこかでそれでもいいかなって思っちゃってるんだ。だけどマルセロが死ぬのは悲しかった。だからありがとうございました」
改めて頭を下げ、リーカも部屋を出ていった。
残ったのは彩だけとなり、俺は張っていた気を緩めて今日イチの溜め息を漏らす。
「損な役回りさせてゴメンね、夜継」
「まぁいいよ。これでまた一つ彩に貸しが作れたわけだしな」
「うわ、最悪。嫌なのは断るからね」
「妥協はしろよ? にしても、悔しさと悲しさの矛先が曖昧で、葛藤のしすぎで苦しいんだろうな。あの若さで苦労するもんで」
「夜継はそこに追い打ちをかけたわけだけどね」
「生憎慰めの言葉やら、優しい言葉が浮かばなかったからな。ケア面は彩に任せる」
「それはペニュサに任せるわ。男の子の慰め方なんて私も知らないもん」
壁際に立っていた彩は、俺の対面の椅子に腰を下ろして山積みの紙束から一枚手に取り目を通す。
そしてすぐに二枚目を手に取り、眉間にシワを寄せたかと思えば、そっと山の上へ二枚とも戻した。そんな姿を見た俺は、少し彩をおちょくる事にする。
「これからもあの子達と関わっていくなら、そういう書類にも目を通す事になるから慣れておいたほうが良いぞ? 女帝さんや」
「先に優秀な子達を探す事にするわ。そもそも、夜継みたいに国を持とうなんて考えてないわよ」
「成り行きって怖いぞ。妙な運命力を感じるレベルだ」
「知らないわよ。私はただ女の子達とイチャイチャしたいだけだし……でもそうねぇ、男の子の慰め方は知らないけど、私もやれることはしておかないとね。リーカちゃんやエニアちゃんには笑っていて欲しいし、ペニュサの辛そうな顔は堪えたわ……」
天井を眺める彩の表情は、本当にかなり堪えている様子。
「夜継、私への命令はギナビア国の奪還にしてくれない?」
「……まぁ、士気の面も考慮して、彩にはギナビア国奪還に加勢をしてもらうつもりではあったが、帰還には協力しないと?」
「端的に言えばそうかな。最初から最後までギナビア国の奪還に動きたいの」
「理由は」
「私には帰れる場所がココにあるけど、あの子達が今まで生きてきた場所はあそこで、あの場所に私達の帰る場所があるから。引っ越しするにも準備をしてからにしなきゃね」
優しく笑みを浮かべる彩の瞳には、確固たる意思が宿っていた。
絶対に譲る気はないという意思が。
おそらくここで拒否したとして、ことが起こってから勝手に行動しそうだな。そう考えると、予め話してくれた事をプラスとして考えるべきか……多分、こうやってプラスに考える俺は甘いな。
「今回の戦いは長期戦に持ち込めず、かなり無茶をする短期決戦だ。主に建国して一年にも満たない新国という事に加え、定住者や避難民の受け入れをした現状、備蓄が圧倒的に足りていないという事が一つ。
次に、今でこそ大きな問題を起こす者が居ないが、時間が経ち、現状に慣れてしまうと問題が起きる可能性が高まり、アーコミアに付け入る隙を与えてしまう」
「何が言いたいの?」
「常時優勢に事を運ぶには、どれだけ迅速にアーコミアを倒すかが鍵になる。そのために、俺はアーコミア討伐に専念したい」
「まぁ、そうね。夜継の考えも分かるわ……」
そうは言うものの撤回をする気はないのだろう。
申し訳無さそうな表情を浮かべる彩に水を用意してから続ける。
「お前のしたい事を止めはしない。ただ条件がある」
「条件?」
止めないと聞いた彩は、用意した水を飲みながら次の言葉を待っている。
頭の中で予め用意していた作戦を考え直しながら、俺は条件を口にした。
「彩の希望を叶えるならば、開戦と同時にギナビア国中央まで一気に攻め入る部隊に参加してもらい奪還、奪還後は防衛までしてもらうことになるだろう。
かなりの激戦が予想されるが、行けるか? 最長で二日……それでギナビア国を奪還できなければ、帰還に協力してもらう」
「十分。必ず取り返してくるわ」
「なら好きにしろ。話は通しておく」
席を立った彩は、部屋から出ていこうとする前に振り返って小さく笑みを浮かべた。
「ありがとね。私が男だったら夜継に惚れていたわ」
「どんな褒め言葉だよ」
呆れて漏れた俺の言葉に彩はクスクスと笑い、思い出した様にあっ…と声を漏らし、言葉を続ける。
「別に市羽を応援したわけじゃないんだけど、一昨日ぐらいに夜継の落とし方で相談された時に'外堀から埋めれば?'って言っちゃった。頑張ってね」
「……ハルベリア王の耳にまで入ってた理由はそれか」
余計な事を……とも言うわけにもいかず、手でシッシッと払う様な仕草をすれば、彩は彩で軽く手を振って出ていった。
「セバリアス」
「ここに」
「少し残留組のクラスメイトの配置を変更する。彩をギナビア国へ、皆傘、十島、篠崎はログストア国、岸と佐藤、橋倉と古河はリュシオン国へ先行してもらう。
市羽とレイヴンに関しては状況判断で動いてもらう事にする」
「かしこまりました。我々は如何なさいましょう」
「開幕は変更無く。ラフィかルアールを彩に、ジーズィが岸達に、残りはリュシオン国の防衛にあたってくれ。以降は状況に合わせてセバリアスが指示を出してくれて構わない。ただ、俺からの連絡があった時は、予定通りに頼む」
「その様に皆には通達しておきます」
「頼む」
一礼をして消えるセバリアスが見えなくなった事で、俺はいそいそとベッドへ移動して横になる。
予定していた話では連合軍の先行組は、転移魔法で数回に分けて送る手筈だったが……残留組を含めて先行組を送り出すには、やっぱりダンジョン機能で扉を繋ぐのが早いだろう。
そうとなると、ハルベリア王達にダンジョン領域拡張の許可を得ておかないとな。後々言いがかりを付けられても面倒だ。
一時的領地の貸し出し。終戦後に返還する形を取れば、多分よっぽど面倒事は起きないだろう。
後は岸達に話を通してから……それから……えーっと、あぁそうだ。結局オズミアルに大きな動きは無い。
おそらく開戦と同時に動きがあると考えていいだろう。
もちろんオズミアルだけじゃなくて……ショトルに、メニアルも。
最初の段階でショトルをおびき出してから、迎え撃った後に進軍して制圧していくつもりだったけど、それも難しいなぁ。
あぁ、眠い。
考えがまとまらなくなってきた。
「緊張は……してるなぁ」
考えるのが億劫になり、頭を空っぽにすると、少しずつ早くなっていく心音が身体の中を駆け抜ける。
成功しなかったら、どうしようもない問題が起きたら、もし誰かが死んだら――マイナスな思考を覆せる考えが頭に浮かぶことはなく、ただただマイナス面なもしもの思考が浮かび上がっては消えてを繰り返し、比例する様に心音は加速する。
「ふぅ……それでも悲しいかな時間は迫るし、睡魔は手を緩めてくれない」
ポジションを整えて目を閉じれば、俺の意識は有無を言わさず遠くなり……最後に浮かんだ気持ちに、俺は思わず苦笑いを漏らす。
明日は寝れない。それが一番億劫だ。
その言葉を最後に俺の意識はプツリと途切れた。
一方その頃を挟むか悩み中です。
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