天才と秀才
短めです
風呂から上がり、さっぱりとした気分で時間を確認すれば、模擬戦開始まで五分を切っていた。
「こればっかりはしょうがないな。時間が経つのが早いのが悪い」
誰に言い訳をしているのかも分からないまま独り言をつぶやき、着替えを済ませて第一層へ。
何も考えずに移動した俺が出た場所は、半壊したコロシアムの一角。主催者の観戦用みたいな、特等席の側。
「なんだこれ」
「雰囲気はバッチリでしょ?」
ポロッと漏れた言葉に返したのは、一段下の席に座って寛いでいたコア君だ。
「それっぽいけど、何で半壊しているんだ」
「どうせ壊れるだろうし、こっちの方がいい感じに雰囲気出るかなぁって。常峰君がどうかは知らないけど、他の皆には意外と好評だよ?」
「あぁ、まぁ……それはなんとなく分かる」
返事をしながら周囲を見渡せば、対面に位置する場所にはクラスメイト達がちらほらと集まっており、少し離れた場所には目立つヘアスタイルのネルラスさんを筆頭にエルフの者達や、白玉さんと共に孤島の者達。
第一層を連合軍の訓練場として開放をしていた為か、休憩中の連合軍の者達、ハルベリア王やリーファ王女、コニュア皇女に加えてレゴリア王の姿など見知った顔も見受けられる。
「コア君が集めたのか?」
「常峰君があんな風に宣伝したんだよ? 直に観戦させろって意見が出てくるのも当然だと僕は思うなぁ」
「宣伝効果はバッチリって受け取っておくか」
特等席っぽい椅子に視線を送れば、コア君はニコニコしたまま頷いてくるので、俺はその特等席へと腰を掛ける。
そうこうしていると時間が来たようで、市羽と新道が別々の入り口から中央のステージに現れた。
二人の登場に合わせて俺が拍手をすれと、歓声こそ無いものの観客席からは割れんばかりの拍手の音が響き、映像に二人の姿が映し出される。
「こうして戦うのは初めてだね。市羽」
「ログストアに居た時には、時折手合わせはしていたでしょう?」
「お互い手加減の上でね」
ちゃんと二人の会話も拾えているようだ。
映像から聞こえる会話を聞いていると、市羽と新道は俺の方へ向き一礼。そしてそれぞれ刀と剣を喚び出し握り向かい合う。
同時に二人の雰囲気が変わり、ざわついていた音は二人の空気の飲まれ静まり返る。
澄み渡る草原に立たされた様な錯覚。静かに冷たく、しかしどこか暖かさのある空気を纏う新道。
黒く纏わりつき飲み込まれる様な感覚。空気が軋み、触れるだけで斬れられそうな空気を纏う市羽。
静寂の中で殺気とも呼べる二人の空気がぶつかり合う。
数秒の睨み合いの後、どちらからともなく二人の姿は消え――同時に凄まじい音を響かせステージが割れる。
「コア君、これ観戦側は安全なのか?」
「自分の身ぐらいは守れるでしょ?」
「……」
慌てて二人を隔離する様にドーム状に魔力の壁を張れば、余波を防いだだけで一気に魔力が削られた。
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初撃。
振り下ろされる剣。
振り上げられる刀。
追撃。
背後から迫る光。
それを遮る割れた空間。
返す追撃。
己を囲む様に現れた水の刃。
刃を打ち消す紅蓮の炎。
尚も初撃の競り合いは行われたまま、畳み掛ける様に魔法の攻防が行われる。
しかし数秒もすれば、攻防の音の中に金属が打ち合う音が増えた。
何十、何百と続いた打ち合いの後に、力を入れて新道が市羽を弾き飛ばしたかと思えば、着地しようとする市羽に向けて光り輝く無数の剣が襲いかかる。
対する市羽は、着地の間際に一度鞘に刀を収めて呟く。
「'抜刀・玉堂星'」
声が響いたのか、結果が生まれたのか……観戦していた者にはどちらが先に起きたのか分からない。
ただハッキリとしているのは、市羽に迫っていた無数の剣が全て弾き飛ばされた事だけ。
その事実に驚嘆する観戦者の声を耳に、市羽は少しだけ口角を上げた。
斬り伏せ、砕くつもりで放った技。しかし光の剣を弾くだけに終わった。
もう新道は次の攻撃に移っており、向けられた掌からレーザーが放たれている。
「流石は新道君ね」
呟く市羽が動く。
ゆっくりとした動作で目の前まで来ていたレーザーを斬る。
瞬間――光る剣が新道の前で壁となったにも関わらず、新道は壁際まで吹き飛ばされた。
遅れて地面に一本の痕が走り、新道が吹き飛ばされて舞い上がった砂煙が斬り裂かれたかと思えば、全ての音を飲み込む様な轟音が響き渡る。
その音の正体は、市羽へ襲いかかった純白の斬撃とソレを受け止めた市羽の一閃。
見ている者達のほとんどが、いつ斬撃が放たれたのかは分からない。市羽がそれを受け止めた一閃の動作など見えてはいない。
しかしそんな者達に対して二人は気を使おうとはしない。
秀才は天才を超えるために全てを出していく。
「本気ね」
割れた地面の先で、無傷で佇むフルフェイスの白銀の騎士に向けて市羽が問えば、輝く無数の剣を背に白銀の甲冑を纏う新道が答える。
「あぁ。勝たせてもらうよ、市羽」
突然市羽が高く飛び上がった。
不可解な行動の様に見えたそれは、地面の中から現れた剣によって正しかったと裏付けされたが、剣はそのまま空中の市羽を目掛けて突き進み、新道の背にあった剣も光の線となり市羽を襲う。
それらの攻撃を市羽は確実に捌き、防いでいくものの、防いだ衝撃で市羽は空中に浮かされ続けて地面に降りるどころか更に上へ上へと上がっていく。
普通に見ていれば新道の猛攻を防ぐのに市羽は手一杯。しかし、猛攻を仕掛けている新道は分かっている。
ただの一撃たりとも市羽に届いていない事に。光の剣を増やし、手数を多くしても尚、市羽に掠る事さえない事に。
文字通り全方位からの攻撃を、市羽は刀で弾き、躱し、斬り伏せ、魔法で防ぎ、流し、受け止めて
対処してみせた。
そして新道は目を見開く。
「こうかしら」
そんな声が聞こえた。
途端に重なる音が増えた。
「流石だね……まったく……」
ヘルムの中で小さくぼやく新道の声は誰にも届かない。
全ての攻撃を捌き、ふわりと軽やかに着地する市羽を見て……その背に並ぶ四本の刀を見て、剣を握る手に力が入った事には誰も気付かない。
あの市羽の背に並ぶ刀が、自分の力に限りなく近いモノだと新道だけはハッキリと分かってしまった。
「十二本の光剣に不可視の剣が七本。手に握っている一本を合わせて二十の剣。それが新道君の……というわけね」
新道が磨き上げた'剣聖'と技術に、市羽は素直に称賛の意を向ける。
同じ数を操るには、現状すぐにとはいかない。新道の猛攻を捌く為に、こちらの手数として模倣してみたが攻めに転じる事はできず、結果として防ぐのみで終わった。
つまり今の攻防に置いて市羽は防ぐ事しかできなかった。ただ劣化した剣聖と技術を真似るしかできなかったのだ。
市羽は、どこかで新道を侮っていた事を理解し、秀才であると認めていた事を思い出す。
間違いなく新道 清次郎という男は強い。
元の世界であっても、努力を怠らず、才能が無くとも自分に並び得る可能性がある者であった。
そんな者を相手に、自分は愚かにも力量を見定めようとした。
市羽は視線を動かし、観戦している常峰を見る。
――彼が認めている新道 清次郎を自分はどこかで過小評価していた。
その事を理解すると同時に、懐かしい感覚が市羽の中で蘇る。
自分と対峙して尚、自分を目標とし更にその先を目指す者が居る感覚。
諦める事なく、闘争心を更に磨き上げ、食らいついてこようとする空気。
「ごめんなさい新道君。もっとしっかり貴方を見るべきだったわ。そしてありがとう新道君……私は本気で貴方を殺すことにするわ」
彼の希望に応えられる事の安堵感か……はたまた、好敵手が居たことを思い出せた喜びか。市羽の表情は、場を支配する威圧感と違って柔らかい。
信頼を持って殺す。
常峰と安藤が互いは死なないと信頼して殺し合ったように、市羽は新道を信頼して不純物を取り除いた殺意を向けた。
僅かにも手加減などしない。
常峰のオーダーに応える為に、それを受けられると信頼をして、市羽は刀を鞘に収める――。
瞬間、音もなく全ての刀が砕け散り、吹き荒れる暴風に破片は舞い上がる。それにより市羽の姿が見えなくなるが、新道は身構えようとするも苦笑いを浮かべるしかできなかった。
身体が一切動かないのだ。
まるで首から下が切り離された様に感覚はなくなり、冷や汗が顔を伝い、首から下に流れる事でやっとまだ身体は繋がっていると認識できている。
姿こそ見えないものの、未だに重くなり続ける圧は己の死を連想させ続けてくる。
――カツ
うるさい心音の上から聞こえた一歩分の足音。
本能が合わせる様に一歩下がろうとするが、身体は動かず、新たな死が自分の生を断つ感覚が新道を襲う。
――カツ
更に聞こえた足音。加えて次は、新しい死が視界に映し出される。
先程までの服装とは違い、華やかな和服を靡かせながら現れた市羽に新道は息を呑む。
――カツ
三歩目の音。
新道の思考は加速した。展開できる限りの魔法を発動し、全ての剣を操り市羽を襲う。逃げ場など与える様な事もせず、油断など以ての外。
これ以上市羽に呑まれないように意識を繋ぎ止め、全力で市羽を倒す為に最善だと思う行動を新道はする。
防いだのならば。躱したのならば。流したのならば。市羽がどう動いても良いように、どう対応したとしても対処できるように……だが市羽が取った行動は更に一歩を踏み出すだけ。
しかしその一歩と思われる行動は、新道にとってのニ歩分であり、幾多の思考を孕んだ無数の攻撃は市羽の後を追うばかりで触れる事はなく。ただただ置いていかれる。
「全く……君は本当に遠いね」
一歩一歩を近付いてくる市羽を見て溢れた言葉。
足止めにもならない攻撃は無意味と悟った新道は、近付く市羽への攻撃をやめて呼吸を整える。
邪魔な情報を遮断するために目を閉じ、身体に流れる血を意識し、魔力の流れを掌握し、失われていた身体の感覚を取り戻す。
指先、足先、血の一滴まで取り戻した新道は、残る力の全てを握る一本の剣へと集めていく。
両手で握った剣こそが己であり、絶対の一振りを以って敵を斬る。
ただその事のみを意識し、ゆっくりと目を開けた。
まだ市羽はステージの中央。対する己は下がる事もできない端。距離はまだあるが、二人にとっては眼前に立っている事と同じ。
勝負は次の一歩。
市羽が足を僅かに上げたと同時に踏み込んだ新道の姿が消える。
出した一歩が地に付く前に新道は市羽の目の前に現れ、全身全霊の一撃を振るう。
市羽の一歩が地に着いた時――市羽と背中合わせになった新道は上を見上げ、口を開いた。
「ありがとう市羽」
「こちらこそお礼を言わせて頂戴。ありがとう新道君、貴方のおかげで夜継君の希望に応えられた。そして誇って欲しいわ……私が本気で対峙できる数少ない人であり、貴方の本気は私に届いた事を。
貴方が誇り続けるられるように、私は先を歩き続けるから」
「そうだね……いつか常峰に自慢するよ」
「ふふっ、そうしてちょうだい。それまでには、頑張って彼に嫉妬を覚えさせるわ」
会話が終わるのを待っていたかの様に新道の甲冑には亀裂が入り、意識が切れ倒れる新道と共に砕け散った。
そして倒れた新道の代わりに見上げた市羽の頬は、薄っすらと斬れて血が伝う。
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どこまで市羽が全力を出せたかは分からない。だが、確かに市羽の本気を垣間見た。
「あっはっはっ!! なるほど、あれが剣聖と刀神か! いやはや凄いねセバ君! 僕には最後の攻防が全く見えなかったよ!」
「……えぇ。お二人とも、私の予想を上回っておりました」
勝敗が決まり、鳴り止まない拍手と歓声の中でコア君が言えば、セバリアスも珍しく驚いた表情を浮かべ答える。
俺としては最後の攻防よりも前から目で追う事は難しくなっていたし、遠慮無しに削れられていく魔力の壁を維持することで精一杯だった。
「新道様の踏み込みからの一撃にも驚かされましたが……市羽様の最後の攻撃、私も追えていません。何時刀が抜かれ、何時新道様の斬ったのか……気付いた時には、既にそれらの過程全てが終わっておりました」
「だよねぇ。僕もそんな感じだよ。気が付いたら刀は抜かれて斬った後って感じ」
その会話を耳にした俺は驚く。
まさかセバリアスですら分からなかったとは……。
ふと視線を向ければ、市羽と目が合った。
その目には期待が込められており思わず逸らしたくなったが、俺は視線を逸らす事なく拍手を返す。
その時、脳裏に以前市羽に言われた言葉が蘇ってくる。
――貴方の予想を越えて、貴方の必要不可欠になってあげるわ。
俺の感情はさておいて、確かに市羽は俺の予想を越えて来た。そして今後の動きに市羽は必要不可欠となるだろう。
軽く市羽を抜きにして色々と考えを張り巡らせてみるが、今の戦闘と日頃の行動で助けられている面が多くて抜きにしての考えは上手くまとまりを見せない。
「参ったね、どうも」
どうやら市羽 燈花という存在は、俺が思っている以上に俺の思考に根付いているらしい。
戦闘描写は何時まで経っても難しいです。
以前より時間が作れなくなってしまっています。すみません。
次の更新は……できたら少し早めの更新を目指したいと思います。
ブクマ・感想・評価ありがとうございます!
まだまだ未熟なままですが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです!




