迫る時間を前に
短めです
安藤と最後に会ってから十日か……時間が経つのは早いな。
そんな事を思いつつ魔力を操作しながら山積みの書類に目を通し、空になったコップには手伝ってくれているセバリアスが何度目かのおかわりを注ぐ。
ショトルが寄生している可能性のあるリュシオン国の避難民の検査はモール会長が人手を用意してくれたこともあり、大方済んでいる。
加えて、ハルベリア王とレゴリア王から領地を貸し出すという話を受け、ダンジョン領域の拡張も済ました。
帰還方法の確率の方も、白玉さんやシューヌさんの協力もあって爺達が遺した資料の解読が進み、それなりの進展があると報告が来ている。ともなれば、次に考えるべき事は……。
「セバリアス、連合軍の様子はどうだ?」
「ギルドからはグレイ・ヴァロア様、ログストア国からはゼス・バッカス様、そしてリュシオン国のガレオ様、ギナビア国のヴァジア・ベンベルド様が中心となり隊列や連携、新しく連合軍用の簡易暗号などを考案し、後二日程あれば及第点には届くかと」
「ハルベリア王からの報告書通りか」
三人から六人のグループが複数集まった小隊。その小隊が集まった中隊、そしてセバリアスが口にした四人を大隊の隊長とし編成された連合軍。
連合軍の名簿は手元にあるが、正直多すぎて名前を覚えるだけでも厳しい。
当然のように顔と名前が一致しているわけもなく、俺が連合軍に関してできている事を言えば、上がってきた経過報告書を元にセバリアスから口頭で状況を聞き照らし合わせるぐらいだ。
セバリアスが確認に付き合ってくれるおかげで、今のところなんとかかんとか把握できているだけでも俺は自分に花丸を上げたい。
しかし、後二日で形にはなるか……凄いな。
ゼスさんが率いる第一大隊。
グレイさんが率いる第二大隊。
ヴァジア元帥率いる第三大隊。
ガレオさん率いる第四大隊。
中隊は各大隊の数字を頭に番号を割り振り、小隊は中隊長が番号を割り振って管理できるようにしている。
急拵えの連合軍という事に加え、合計して七桁にも及ぶ兵を完全に管理など俺にはできないが、そこは常に戦ってきた者達だからろうか……各隊長が臨機応変に対応して、俺が思っていた以上のまとまりを見せている。
正直に言えば、大隊を編成できたら及第点ぐらいにしか考えていなかったけど、共通敵の存在はここまで影響力があるか。
「避難民受け入れは一通り終わりを見せている。開戦まで残り十日を切っている現状……食糧問題はどうなりそうだ?」
「モール様からの支援や各国からの持ち込みもあり、味や品質などに拘りを見せなければ、開戦まではギリギリ枯渇はしないかと」
「問題は開戦後か。長期戦になった場合、まず持たないな」
「三日、戦線維持できれば良いほうでしょう」
「余裕を持ってとなると……いや、余裕なんて無いか」
共通敵、更に公開会議も影響したのか、募っていく不安に比べて大きな問題は少ない。しかし確かに不安の声は多くなってきている。
何か行動を見せる頃合いかなぁ。
「残留組の調子は?」
「流石というべきでしょうか。皆様、強力なスキルをお持ちの様で、即戦力にはなるでしょう」
「正直に言っていいぞ、スキル面を抜いた場合は?」
「……やはり経験不足な面があります。想定外な行動を起こす事があるのは良いのですが、想定外であろう事態に判断が追いつかない所が見られます。自力を見誤る時もしばしば。
しかし成長は眼を見張るものであり、開戦までにはその辺りも一定基準に届くかと考えます」
意外と高評価だな。
もう少し辛辣な言葉が返ってくるものだと思っていたけど、セバリアスが嘘を付いている訳でも無さそうだ……なんか微笑んでるし。
あいつら大丈夫か?
だがすまない。今日の訓練は少しハードになるかもしれん。
心の中で残留組の皆には謝罪の言葉を述べつつ、今日の訓練内容の変更を伝える。
「第四層に放っている食料用の魔物達だが、明日には追加を召喚する。今日中に残留組で根絶やしにしてくれ。そして狩った魔物は全て食料に当てて欲しい」
「かしこまりました。五層にも食料用の魔物はおりますが、四層だけでよろしいので?」
「ひとまずはそれで様子見だ。余力は残しておきたい」
おそらく開戦前に五層も一度狩り尽くす事になるだろうなぁ。
長期戦にするつもりはないが、もしもの時の用意もしておかなければならない。しかし出し渋って壊滅なんて笑えない。
あぁ、胃が痛い。
キリキリする。
「――我が王よ、監視からの報告が入りました。どうやら神の城に動きがあったようです」
「アーコミアの野郎……俺の胃から破壊する気かよ」
大きなため息を漏らし、動きたくない身体を引きずって外へ繋いだ扉を抜ける。
「おぉおぉ、ご立派な演出なこって」
扉を抜けた先、見上げれば青空が広がっているのだが……視線を神の城へ向けると、その上空一帯だけ禍々しい雷雲が空を染めていた。
「んー、濃密な魔力だねぇ。天候操作の魔法かな?」
「コア君でも分からないか」
「アハハ、記憶や知識が全部あるわけではないし、何より知ってたとしても僕の知識なんて古典になっていてもおかしくないさ」
俺の到着と同時にふらっと現れたコア君は、遠くで稲光をしている雷雲を見て楽しそうな笑みを浮かべている。
しかし魔法か……。後でセバリアス達にも聞いては見るが、分からなくても残留組の中でなら、古河か橋倉辺りに協力をしてもらえば、魔法である以上は全容を知るぐらいはできそうだな。
まぁ、このタイミングであんなモノ……煽っている様にしか見えない。魔法の発動理由次第だが、相当問題があるものではない限りは放置かな。
その理由も、魔法の詳細が分かれば予想ぐらいはできるだろう。
訓練前に古河と橋倉にも確認してもらう様に、セバリアスに頼んでおくか。
「はぁ……ただこれでまた不安は煽られるな」
「そうだねぇ。今は影響が無いとは言え、今後影響してきそうな雰囲気はたっぷり醸し出てるからねぇ。何か妙案があるかな?」
面倒だ。と口には出さないが、その意味合いを含みに含んだ溜め息を漏らすと、コア君が期待の眼差しを俺に向けてくる。
だが残念だ。コア君が期待に応えられそうな考えは俺には無い。できる事と言えば……。
「未知数は恐ろしいが、それを覆う程の安心があればいい。やり方は幾つか浮かぶけど、ここは単純に分かりやすく行こうと思う」
「ほぉ! 是非聞かせてほしいね!」
「本当に簡単な事さ」
コア君にそう返しつつ、俺は二人に念話を繋げる。
『市羽、新道、今から三十分後に二人で戦ってもらう』
『分かったわ』『なんとも突然だね』
後は二人次第。
強さ、派手さならセバリアスとルアールの模擬戦も一つだが、流石にまだ見せていない手札を晒す必要もないだろう。
もしこれでもまだ足りないようなら、その時はその時で考えるだけ考えるさ。
「ん? あぁ、なるほど。あの二人を使うんだね」
市羽と新道が移動した事で察したのだろう。
うんうん。とコア君は頷きながら、準備をしててあげるよ!と言い残し第一層へと消えていく。
入れ替わりで、新道ともに市羽が転移をしてきた。
「説明が欲しくて来たけれど……大体理由は察したわ」
「俺達を見世物にする。という事で間違いないかな?」
「察し良すぎてドン引きだわ」
転移してきて早々、俺の視線を辿って雷雲を見た二人は、質問をしてくる事もなく俺の考えを汲み取ってくれた。
「俺は一度メニアルとやってるからな。それに俺が負ける所を見せるわけにはいかない。そこで二人の出番だ。勇者というスキル持ちであり、顔は売れてるし、大国の国民に対しての信頼もある。元を辿れば異界の者で、一般的な認識では俺の部下辺りに位置しているだろう。
知名度、興味、公開できる情報を考慮した結果、二人が適任だと判断した。頼めるか?」
「もちろん。夜継君の頼みだもの、構わないわ」
「俺も構わないよ。ただ、これは単純に興味本位なんだけど……常峰は、俺と市羽、どっちが勝つと考えているんだい?」
新道がその問いを投げかけてきた瞬間、市羽から出てくる空気が纏わりつくような感覚がした。
当の市羽の表情は変わっていないし、新道は悪意のない笑みを向けてきている。
さて、どう答えものか。
二人が強い事は知っている。だからこそ今回の公開模擬戦を頼んだのは確かだ。しかし、どっちが強いかとか考えてなかったな。
俺が市羽、もしくは新道と戦った場合……ダメだな。勝てるイメージが湧かん。俺が根負けするか、何かしらの攻略法を編み出して、最後には完封されそう。
ただ頭を空っぽにしてパッと出る答えは――。
「市羽かなぁ」
「あら嬉しい」
「なるほど。是非とも常峰の予想を裏切りたいね」
思いの外、新道がやる気な事に驚く。
その事を口にはしなかったが、俺の視線に気付いた新道が答えてくれる。
「最後のチャンスかもしれないだろう? 俺も一度ぐらいは天才っていうのに勝ってみたいんだ」
「だそうだが市羽は?」
「夜継君が負けろと言うなら負けるわ。勝てというなら勝つわよ?」
「本人目の前にして言えるのも凄いが……確かにこんな風に言われちまったら、意地の一つも出ちまうかもな」
「そういう事。それじゃあ俺は少し準備運動でもしてくるよ」
「あぁ、集合場所は第一層で」
一度だけ頷いた新道は、そのままどこかへと移動していく。
そして残ったのは市羽だけなのだが、上機嫌な様子で雷雲を眺めているばかりで移動する様子はない。
「市羽は準備とかしなくていいのか?」
「別に必要ないわ。それよりも、私はオーダーが欲しいわね」
「オーダー? なんだそれ」
「新道君との模擬戦よ。夜継君は私にどうして欲しい? 勝って欲しいのかしら、負けて欲しいのかしら」
揺るがない自信を瞳に宿し、それだけなのに俺が言えばその通りにすると物語っている。そして俺も、きっとそうなるんだろうと思えてしまう。
だから気になってしまい、俺がこういうのも必然だろう。
「オーダーは一つだ。お前の本気が見てみたい」
「貴方が望むなら」
大げさに、それでも優雅に、すっと手を横に広げてから一礼をする市羽は様になっている。そしてそのまま転移をして消える。
突発的な提案だったが、中々に興味が出てきた。
頭の中でダンジョン機能を選択して片手を振り上げれば、レストゥフル国内の至る所にウィンドウが現れていく。そこには'開始まで二十分'と書かれ、そのカウントダウンより一回り大きな文字で'勇者市羽対勇者新道'という文字が書かれている。
これだけで、後は勝手に話が広まるだろう。
片方しか知らなくても、興味の惹かれる対戦カードだと思う。後は少しダンジョンの皆に手伝ってもらって、祭り事の雰囲気を出していこう。
意図の分からん雷雲よりは皆の気を惹けるはずだ。
時間が来るまでの間に、俺は面倒な山の処理を進めておくかな。
こんな状況で、いやこんな状況だからなのか……俺や漆、市羽に新道、はてには東郷先生やエマスなどにも縁談の申し込みが来はじめている。
まぁ、どこに申し込めばいいか分からないから俺の所に全員分が集まるんだろうが、お断りのテンプレを用意するのにも時間が掛かって仕方がない。
山積みになっている問題の解決を考えつつ、片手間でお断り処理しているのだが、それでも縁談希望の紙束が俺の部屋を圧迫しはじめているんだ。
俺が勝手に断るのも気が引けるので、一応振り分けて本人に任せようとした所、本人達から全部断ってくれと言われている。
「レストゥフル国とのパイプ欲しさなのだろうが、そもそもこの戦いで負けたら意味がないだろうに……先を見越して逞しい限りだよ、本当」
まぁ、元より俺も負けるつもりはない。各国の貴族プロフィールが勝手に集まってくると思えば、少しぐらいは利用できる資料になるだろう。
それに悲観的な空気が充満するよりは幾分もマシだ。
「もうひと踏ん張りだ。アーコミアとの一戦が終われば、どう転んでも一段落はつく。そしたらとりあえず寝よう。ひと月ぐらいは寝潰そう」
確固たる意思を口に、俺は自室へと繋げた扉を喚び出す。
気合を入れ、扉を開け、さっきよりも少し増えた紙の山を見て、漏れてしまった大きな溜め息と共にそっと扉を閉める。
「まずは風呂にでも入ってさっぱりしよう」
誰に言うでも無く言葉を並べた後に開けた扉の先は自室ではなく、ちゃんと風呂場に繋がっていた。
未だに落ち着かず、更新遅れ気味ですみません。
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